第10話 第三解析機は、起きてすぐ余計なことを言った
明日から毎日1話投稿の予定です。
第三解析機の覚醒予測は、七日と十時間。
そう表示されていたはずだった。
だが翌日の夜、会社から帰宅すると、残り時間は二日まで縮まっていた。
「また早くなってるな」
「ダンジョンで受信した情報が、第三号機の損傷領域を補完しています」
セラは氷青色の識別線が入った輸送容器の前に座り、表示板を確認していた。
「身体の修復そのものは、直人様の魔力が行っています。しかし失われた術式や記憶の一部は、外部情報から再構築できるようです」
「初心者用ダンジョンに、シエルの修復情報が残っていたってことか?」
「正確な理由は、現時点では不明です」
セラが答える横で、ラヴィは腕を組んで輸送容器を見下ろしている。
「シエルが起きたら、あの壁の正体が分かりますね」
「ああ。罠があっても発見できるらしい」
「これで安心して壁を壊せます!」
「壊しません」
セラの訂正は早かった。
「でも、開かなかったらどうするんですか?」
「正規の開放方法を解析します」
「火球で開ける方法も、正規の方法に含まれませんか?」
「含まれません」
ラヴィは残念そうに頬を膨らませた。
俺はネクタイを外し、冷蔵庫から水を取り出す。
「シエルが起きるのは明後日か」
「その予定です」
セラの返事を聞いた直後、輸送容器から短い電子音が鳴った。
『第三解析機、外部情報の統合を完了』
『修復手順を再構築』
『緊急起動条件を変更』
表示板の数字が書き換わる。
二日。
十時間。
一時間。
最後に停止したのは、残り十一分だった。
「明後日じゃなかったのか?」
「予定が変更されました」
「見れば分かる」
セラが立ち上がる。
頭頂部には、細いアホ毛が一本だけ立っていた。
「直人様。第三号機の起動に備えます」
「何をすればいい?」
「輸送容器の前へ座ってください。わたしが魔力供給量を調整します」
「わたしは?」
ラヴィが手を挙げる。
「待機してください」
「術式で手伝えます!」
「何も撃たずに待機してください」
「それは手伝っていることになりますか?」
「非常に重要な支援です」
ラヴィは納得していない顔をしながらも、少し離れた場所へ座った。
俺はセラの指示どおり、輸送容器の前へ腰を下ろす。
冷たい外装へ手を触れた瞬間、胸の奥から魔力が流れ出した。
以前のように、一気に吸い取られる感覚はない。
セラと外部中継核が間に入り、細い流れへ変えている。
「魔力供給、安定」
セラの銀白色の髪が広がった。
「第三解析機の人格核へ接続します」
輸送容器の内部から、淡い青緑色の光が漏れる。
『人格核、再起動』
『情報領域、六十三パーセント復旧』
『周辺環境の解析を開始』
「まだ目覚めてもいないのに解析するのか?」
「シエルですから」
ラヴィが当然のように答えた。
『室内面積、十九・四平方メートル』
『稼働機、二』
『契約者、一』
『生活環境、狭小』
「起きる前から部屋の悪口を言われてないか?」
「事実を報告しているだけです」
セラの声にも、わずかに諦めが混じっていた。
『未稼働機、三』
『魔力供給源、測定開始』
『測定上限超過』
『再測定』
『測定上限超過』
『測定方式を変更』
数秒の沈黙。
『測定不能』
『原因――世界側の規格不足』
「世界のせいにしたぞ」
「適切な解析結果です」
セラは真顔だった。
輸送容器の蓋が、ゆっくりと開く。
白い保存用冷気の中から、淡い氷青色の髪が現れた。
顎付近までの短いボブ。
左右非対称の前髪が、片方の目元近くまで伸びている。
少女は閉じていた瞼を開いた。
青緑色の瞳の内部に、細い数値と魔法陣が次々に浮かぶ。
「第三解析機」
平坦な声だった。
「緊急起動を完了しました」
シエルは上体を起こし、俺を見た。
視線が頭から足元まで移動する。
「個体名、白石直人」
「ああ。よろしく、シエル」
「直人と呼びます」
「いきなり決定なんだな」
「最短です。会話効率が三・八パーセント向上します」
シエルは輸送容器から降りようとした。
小さな身体が床へ着地する。
そのまま何事もなく一歩進み、開いたままになっていた容器の蓋へ頭をぶつけた。
ごん、と鈍い音が響く。
「大丈夫か?」
「問題ありません」
シエルは額を押さえず、こちらへ顔を向けた。
「空間認識機能は正常です。開放状態の蓋を、固定構造物として一時的に除外しました」
「それを失敗って言うんじゃないか?」
「再発率は〇・六パーセントまで低下しました」
「ゼロじゃないのか」
「現実的な数値です」
シエルが部屋を見回す。
視線がセラで止まった。
「第一制御機。演算能力の八十一・三パーセントを、直人の魔力抑制へ使用中」
「把握しています」
「姿勢制御に割り当てられた処理量が不足しています。過去七日間の推定転倒回数、二十三回」
「その数値には、床面確認が含まれています」
「転倒です」
「床面確認です」
「転倒です」
二人は無表情で見つめ合った。
続いて、シエルの視線がラヴィへ移る。
「第二術式機。起動後の術式構築回数、百四十一回」
「そんなに練習したんですか?」
「外部放出回数、十四回」
「少ないですね」
「居住区内での無許可構築、二十七回」
「シエル、それは報告しなくていいです!」
ラヴィが慌てて立ち上がった。
「火球へ移行する前に全部止めました!」
「セラによる強制破棄、二十五回」
「残り二回は自分で止めました!」
「評価を求めていますか?」
「できれば褒めてください!」
「却下します」
ラヴィが目に見えて落ち込んだ。
「シエルは、起きたばかりでも容赦ないな」
俺がそう言うと、シエルが再びこちらを見る。
青緑色の瞳に、細い数値が流れた。
「直人の発言時、第一制御機の感情値が変動」
「シエル」
「独占欲、平常時より十二・七パーセント上昇」
「解析を停止しなさい」
「ラヴィの競争意識も九・四パーセント上昇」
「わたしは負けません!」
「何にだよ」
俺の言葉に、シエルが数秒間黙った。
「質問の範囲が広すぎます。対象を指定してください」
「冗談だ」
「訂正します。理解に六秒を要しました」
設定どおりというべきなのか、思っていた以上というべきなのか。
三機になっただけで、六畳一間が急に騒がしくなった。
「身体の調子はどうだ?」
俺が尋ねると、シエルは自分の両手を見た。
「駆動系、七十八パーセント。鑑定、索敵、地図生成機能は使用可能。長時間の稼働は非推奨です」
「無理はしなくていい。完全に直るまで休んでくれ」
シエルの瞳に流れていた数値が止まった。
「命令ですか?」
「命令じゃない。心配してるだけだ」
シエルは無表情のまま、数秒間停止した。
「シエル?」
「処理を再開します」
「今のは何を計算してたんだ?」
「回答を拒否します」
その声だけ、ほんの少し小さかった。
「直人」
「どうした?」
「ダンジョン内で取得した映像記録を確認します」
シエルが俺のスマートフォンへ手を伸ばす。
画面へ触れた瞬間、空中に青緑色の立体映像が広がった。
前回発見した黒灰色の板。
刻まれた六角形の溝。
周辺に生えていた青灯草。
シエルの瞳に、無数の分析結果が浮かぶ。
「解析完了」
「早いな」
「あれは壁面端末ではありません」
「じゃあ何なんだ?」
「扉です」
空中映像が拡大される。
黒灰色の板の周囲に、映像では見えなかった巨大な六角形の輪郭が描き出された。
「初心者用ダンジョン第一階層の奥に、封鎖区画が存在します」
「中には何がある?」
「記録が欠損しているため不明です」
シエルは映像を切り替えた。
協会の掲示板に出ていた、第二階層の原因不明の魔力反応。
その位置と、第一階層の扉が細い線で結ばれる。
「ただし、封鎖区画は第二階層の異常反応と接続しています」
「例の調査依頼と同じ場所か」
「はい」
シエルが俺を見上げる。
「罠探知、魔力解析能力を持つ探索者が参加条件です」
「今の俺たちは条件を満たしてる?」
「第三解析機であるわたしを装備登録すれば、満たします」
最低報酬、三万円。
六機分として給料から天引きされる額と、同じ金額だった。
だが、シエルは報酬画面を消し、封鎖区画の映像を大きく表示した。
「重要なのは金額ではありません」
「何か分かったのか?」
「扉の内部から、微弱な救難信号が出ています」
空中に、小さな文字が浮かぶ。
『六環式魔導補助機構』
『契約者、未確認』
『中枢接続、途絶』
「この信号は、わたしたち六機へ向けられたものです」
会社が価値なしと判断し、俺へ押し付けた六機。
その六機を待っている何かが。
初心者用ダンジョンの奥で、今も救難信号を送り続けていた。
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