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第6話 普通の火球にするのが、一番難しい



 六畳一間が、真昼のような白い光に包まれた。


「ラヴィ、術式を破棄しなさい!」


「ええっ、もう完成してますよ!?」


「ここは居住区です!」


 セラが床へ両手をつく。


 青い六角形の魔法陣が一気に広がり、ラヴィの手のひらに浮かんだ白い光を包み込んだ。


 空気が震える。


 窓ガラスが細かく鳴り、部屋の照明が一斉に消えた。


「うわっ……!」


 爆発を覚悟して頭をかばった。


 だが、熱も衝撃も来なかった。


 白い光は、細い糸のように引き伸ばされ、床に置かれた外部中継核へ吸い込まれていく。


 最後に、ぱちん、と小さな音がした。


 暗くなった部屋に、焦げたような匂いだけが残った。


「……建物は残ってるな」


「当然です」


 セラがゆっくりと立ち上がる。


 銀白色の髪から一本だけ、勢いよくアホ毛が立っていた。


「第一制御機であるわたしが、完全に抑制しました」


 言い終わった直後、セラの膝が崩れた。


「セラ!」


 倒れる前に抱き留める。


「問題ありません。少しだけ演算能力を使い切りました」


「それを問題があるって言うんだ」


「九十七秒後には、姿勢制御を再開できます」


「今は立たなくていい」


 セラを床へ座らせると、赤い輸送容器から不満そうな声が聞こえた。


「せっかく、きれいに術式が組めたのに」


 緋赤色の髪を高い位置で結んだ少女が、容器の縁へ手をかけている。


 外見は十一歳ほど。


 白い半袖シャツに黒い短丈ベスト。


 赤と黒のプリーツスカートに、黒いオーバーニーソックス。


 金色に近い橙色の瞳が、暗闇の中でも輝いていた。


「ラヴィ。状況を確認してから行動しなさい」


「確認しました。マスターがいました。魔力もたくさんありました。だから撃とうとしました」


「確認項目が不足しています」


「ちゃんと天井も見ましたよ?」


「天井があるから撃ってはいけないのです」


 セラが頭を押さえる。


 目覚めたばかりなのに、二人の関係が少し分かった気がした。


 ラヴィは輸送容器から勢いよく飛び降りた。


 着地した瞬間、右脚がうまく動かなかったらしい。


「わっ」


 前へ倒れかけた身体を、片手で床について支える。


 そのまま勢いよく顔を上げた。


「問題ありません!」


「セラと同じことを言うんだな」


「わたしは転んでません。戦闘姿勢への移行です!」


「床に手をついてるけど」


「低い姿勢からの方が、敵の攻撃を避けやすいんです」


 ラヴィは立ち上がり、赤いポニーテールを大きく揺らした。


 だが髪の先が、輸送容器の留め具へ引っかかっている。


 本人は気づかないまま一歩進み、後ろへ引き戻された。


「いたっ」


「髪、引っかかってるぞ」


「これは敵の拘束攻撃ですね!」


「輸送容器だよ」


 留め具から髪を外してやる。


 ラヴィは少し頬を膨らませたあと、俺を真っすぐ見上げた。


第二術式機ラヴィです。術式構築、出力変換、精密射撃を担当します!」


「白石直人だ」


「知っています、マスター!」


「もう俺が契約者だと分かるのか?」


「はい。こんな魔力を持ってる人、他にいるわけないですから」


 ラヴィは俺の周りを一周した。


 金橙色の瞳に、赤い魔法陣が次々と浮かぶ。


「すごいです。どこを見ても魔力です。圧縮されすぎて、ほとんど動きませんけど」


「褒められてるのか?」


「もちろんです!」


 ラヴィが両手を広げる。


「普通の人の魔力が水なら、マスターの魔力は、山を小さな瓶へ無理やり詰め込んだようなものです!」


「今にも瓶が割れそうだな」


「だからセラが必死に押さえてます」


 隣を見ると、床へ座ったセラが静かに頷いた。


「わたし一機では、抑制だけで処理能力の大半を消費します」


「ラヴィが起きれば楽になるんじゃなかったのか?」


「直人様の魔力を、安全に消費できるようになります」


 セラが外部中継核へ手を伸ばす。


「先ほどラヴィが構築した術式を破棄したことで、僅かですが魔力が消費されました」


 頭頂部のアホ毛が、ゆっくりと寝ていく。


 セラは手を使わずに立ち上がった。


 先ほどまでの危うい動きが嘘のように、姿勢が安定している。


「現在、わたしの使用可能な演算能力は三十一・六パーセントまで回復しています」


「少し魔法を作っただけで、そんなに変わるのか」


「マスターは、もっと撃った方がいいです!」


 ラヴィが目を輝かせて割り込んだ。


「一日百発くらい撃てば、セラも元気になります!」


「百発も撃てる場所がない」


「外で撃ちましょう!」


「この辺りは住宅街だ」


「空なら?」


「落ちてきたらどうする」


「ダンジョン!」


 ラヴィは迷うことなく答えた。


「ダンジョンなら魔物もいます。マスターは魔力を消費できる。素材も手に入る。わたしたちの修復も進みます。全部解決です!」


「まだ探索者資格を持ってない」


「では今から取りましょう」


「試験は二日後だ」


「二日も撃てないんですか!?」


 ラヴィは、この世の終わりを告げられたような顔をした。


「マスターの安全のために、今すぐ一発だけでも撃つべきです」


「さっき止められたばかりだろ」


「あれは部屋の中だったからです。お風呂場ならどうですか?」


「もっと狭い」


「浴槽へ撃てば、お湯も沸きます」


「アパートごと沸く可能性があります」


 セラが即座に却下した。


「ラヴィ。直人様が試験を受けるまで、外部への術式放出は禁止します」


「でも、魔法を撃たないと出力調整ができません」


「外部中継核を使用して、放出前段階までの構築訓練を行います」


「それじゃ、本当に撃てないじゃないですか」


「撃たないための訓練です」


 ラヴィは不満そうに口を尖らせた。


 小さな八重歯が見える。


「一発も?」


「一発もです」


「火花くらいは?」


「認めません」


「指先を少し光らせるだけなら?」


「先ほど、それで部屋の電源が落ちました」


 言われて、照明が消えたままだったことを思い出す。


 ブレーカーを確認すると、主電源が落ちていた。


 復旧させると照明と冷蔵庫は戻ったが、机の上に置いていた古い魔導時計だけは動かなかった。


「壊れたのか?」


 俺が時計を手に取ろうとすると、セラが先に確認した。


「永久保護停止です」


「またか」


「直人様へ接続された術式の余波を検出したようです」


 ラヴィが後ろから時計を覗き込む。


「こんな弱い余波で止まるんですか?」


「現代製の一般家庭用機器です」


「壊れやすいんですね」


「わたしたちの基準で考えてはいけません」


 二人の会話を聞きながら、俺は明後日の探索者試験を思い出した。


 実技試験で求められるのは、初級火球を一発。


 標的へ当てられれば合格。


 以前は発動すらできなかった。


 だが今は、発動しないことより、威力を落とせるかの方が問題らしい。


「ラヴィ」


「はい、マスター!」


「俺の魔力を、試験で使える普通の火球にできるのか?」


「任せてください!」


 ラヴィは自信満々に胸を張った。


「六機総出なら、完璧な初級火球にできます!」


「今は二機しか起きてないけど」


「……二機でも、たぶんできます」


「たぶん?」


「大きさは普通にします。威力もできる限り普通にします」


 ラヴィが両手の指を合わせ、少し気まずそうに視線をそらした。


「ただ、色まで普通にする余裕はないかもしれません」


「何色になるんだ?」


「先ほど見たとおり、白です」


「火球は赤か橙色だよな?」


「色が違っても、火球は火球です!」


「試験官に怪しまれないか?」


「威力が普通なら、きっと大丈夫です」


 セラが横から付け加える。


「直人様。重要なのは、試験へ合格することです。一般的な魔法使いを完璧に装うことではありません」


「それもそうか」


「ただし、実技試験では必ず、わたしたちの指示に従ってください」


「分かった」


「特にラヴィが『もう少し出せます』と言っても、出力を上げてはいけません」


「セラ!」


「事前に明確にしておく必要があります」


 ラヴィは頬を膨らませたが、否定はしなかった。


     ◇


 それから一時間。


 俺は部屋の中央に座り、魔法を撃たないための訓練を始めた。


 セラが魔力の流れを抑え、ラヴィが術式の形を作る。


 外部中継核が、行き場のない魔力を一時的に受け止める。


「マスター。右手を前へ」


「ああ」


「胸の奥にある魔力を、指先へ移すイメージです」


「動いてる感じがしない」


「圧縮されすぎてますから。普通の感覚では動きません」


 ラヴィが俺の右手へ両手を重ねる。


「わたしが引っ張ります。マスターは抵抗しないでください」


「分かった」


「セラ、始めます!」


「許可します。出力は最低値を維持してください」


 胸の奥にあった重いものが、ゆっくりと右腕へ流れ始める。


 指先が熱くなる。


 ラヴィの金橙色の瞳が輝いた。


「術式構築、開始!」


 俺の手のひらに、小さな白い光が生まれた。


 先ほどとは違い、豆粒ほどの大きさしかない。


「これが火球か?」


「まだ火球になる前です」


「小さいな」


「この状態で、初級火球八十七発分あります」


「これで?」


「はい!」


「もっと小さくしてください」


 セラの指示を受け、ラヴィが歯を食いしばる。


 豆粒ほどの光が、米粒ほどに縮んだ。


「初級火球三十二発分!」


「さらに減圧してください」


「やってます!」


「まだ三十二発だぞ」


「マスターの魔力が硬すぎるんです!」


 ラヴィの赤いポニーテールが逆立ち始める。


 セラの毛先も淡青色に強く発光した。


 外部中継核が低い音を立てる。


 米粒ほどの光は、ようやく針の先ほどまで小さくなった。


「初級火球、一・八発分!」


「あと少しです」


「これ以上は、形を維持できません!」


 ラヴィが叫んだ直後。


 白い光が消えた。


 外部中継核から、薄い煙が上がる。


 三人とも、しばらく動けなかった。


「……失敗か?」


「いいえ」


 ラヴィは肩で息をしながら、俺を見上げた。


 その顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいる。


「最初から、普通の火球二発以下まで落とせました!」


「褒めるところなのか?」


「もちろんです!」


 ラヴィは小さな八重歯を見せた。


「あと二日あれば、絶対に一発分まで落とします」


 セラも静かに頷く。


「試験へ間に合わせます」


 魔力値一と判定され、初級魔法すら使えなかった俺は。


 普通の火球を撃つために、古代最高級の魔道人形二機が全力を出さなければならないらしい。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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