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第5話 魔法を使う場所がない



「火災保険には入っている」


 俺が契約書を取り出すと、セラは床へ座ったまま右手を差し出した。


「確認します」


「その前に立たなくていいのか?」


「現在、立ち上がる必要性はありません」


「袖を引っかけて転んだだけだよな?」


「効率的に低い姿勢へ移行しました」


 まだ認める気はないらしい。


 セラへ契約書を渡すと、サファイアブルーの瞳に細い光が浮かんだ。


「一般的な火災、落雷、漏電による損害は補償対象です」


「なら大丈夫か?」


「魔法実験による建物の消失は、免責事項に該当します」


「建物が消える前提で話すのはやめてくれ」


「最悪の事態を想定するのは、制御機の役目です」


 セラは立ち上がり、契約書を机へ置いた。


 今度は転ばなかった。


 外部中継核が動き始めてから、セラの動作はかなり安定している。


 それでも完璧とは言いがたい。


 先ほども冷蔵庫を開けたまま三十秒ほど停止し、中身をすべて冷却対象として再計算していた。


「ラヴィが起きたら、すぐ魔法を使わないといけないのか?」


「直人様の体内魔力圧を下げるため、できるだけ早い使用を推奨します」


「この部屋では使えない」


「はい。隣室と上階を含め、被害範囲に入ります」


「初級魔法なんだよな?」


「初級魔法まで威力を落とす予定です」


「予定?」


 セラが数秒止まった。


「第二術式機の損傷状態を確認していないため、現時点では断定できません」


「不安になる言い方だな」


「安心してください。万が一の場合は、わたしが直人様だけは保護します」


「建物と住人も守ってくれ」


「努力します」


 即答ではなかった。


 俺はスマートフォンで、近隣の魔法訓練施設を検索した。


 この国で魔法を使える場所は限られている。


 私有地であっても、周辺へ影響を与える術式の使用には許可が必要だ。


 検索結果には、探索者協会が運営する訓練場がいくつか表示された。


「一番近いところで、電車で四十分か」


「施設の防護性能を確認します」


 セラが画面へ指を触れる。


「初級から中級までの攻撃魔法に対応。地下構造。周辺被害防止結界あり。適切です」


「利用には探索者登録が必要みたいだ」


 探索者登録。


 ダンジョンへ入るために必要な資格だ。


 登録自体は誰でも申請できるが、実技試験で魔力操作能力を確認される。


 俺は五年前、会社の指示で一度だけ受験した。


 測定器は魔力値一。


 点火術式は不発。


 結果は不合格だった。


「また試験を受けるしかないか」


「第二術式機が起動すれば、合格できます」


「普通の初級魔法を一発撃てればいいらしい」


「一発で構いませんか?」


「一発でいい」


「百発ほど撃った方が、直人様の安全には有効です」


「試験会場で百発撃つなよ」


「第二術式機へ伝えておきます」


 まだ目覚めてもいないのに、ラヴィが何かしでかす前提になっている。


 俺は探索者協会の再試験を予約した。


 最短で六日後。


 ラヴィの覚醒予測は四日と十八時間後なので、間に合う計算だ。


「これで魔法を使う場所は確保できそうだな」


「試験に合格した後です」


「それまではどうする?」


「ラヴィの起動直後は、術式変換機能の確認だけを行います。魔力を外部へ放出せず、わたしと中継核で受け止めます」


「できるのか?」


「長時間でなければ」


 また不安の残る答えだった。


     ◇


 それから四日間、俺の生活は少しずつ変わった。


 朝になると、セラが朝食を作ろうとしている。


 初日は包丁を持ったまま停止した。


 二日目は味噌汁を作りながら、味噌を入れる前に完成と判断した。


 三日目には、どうにか普通の朝食が並んだ。


「今日はまともにできたな」


「当然です。わたしは高性能です」


 セラは胸を張った。


 ただし、自分のジャケットのボタンは一つずれていた。


 指摘すると、無言で俺の前へ立つ。


 自分で直す演算能力は残っているはずなのに、最近は俺が留め直すのを待つようになっていた。


「これ、わざとじゃないよな?」


「偶発的な衣装配置です」


「昨日も同じ場所だったぞ」


「偶然は連続することがあります」


 セラの毛先が淡く光っている。


 追及すると停止しそうなので、それ以上は言わなかった。


 会社では、相変わらず地下資料室で古い書類を整理した。


 資材管理部の主任から押し付けられた廃棄魔石の測定も続いている。


 黒い外部中継核のような品は、それ以上見つからなかった。


 だが、作業記録を残すようになってから、無償残業を命じられることはなくなった。


 主任は俺を睨んでいたが、明確な記録が残る場所では強く出てこない。


 自分が無能だと思い込んでいた頃には見えなかったことが、少しずつ見えるようになっていた。


 四日目の夜。


 ラヴィの覚醒予測は、残り八時間と表示されていた。


「予定では明日の朝か」


「はい」


 セラは赤い識別線の入った輸送容器の前に座り、状態を確認している。


 表示板には、第二術式機の修復状況が並んでいた。


 魔力炉、暫定復旧。


 人格核、再起動準備中。


 四肢駆動系、七十二パーセント修復。


 術式変換機能、起動可能。


「身体が全部直る前に目を覚ますのか?」


「緊急起動です。完全修復には、もう少し時間が必要です」


「セラもそうだったな」


「わたしの場合は、直人様の魔力圧が危険域に達していたため、強制的に起動しました」


「俺、そんな危ない状態だったのか?」


「はい」


「よく普通に生活できてたな」


「直人様の身体構造も、通常の人間とは異なる可能性があります」


 初めて聞く話だった。


「それ、今まで黙ってたのか?」


「確証がありませんでした」


「今はある?」


「ありません」


「じゃあ、どうして言ったんだ」


「可能性として共有すべきだと判断しました」


 セラは立ち上がろうとした。


 その瞬間、赤い輸送容器の表示板が強く光った。


『第二術式機、魔力要求量増加』


「予定より早い?」


「いえ。直人様の魔力生成速度が、また上昇しています」


「俺は何もしてないぞ」


「感情変化が原因です」


「何かあったか?」


「第二号機の覚醒を楽しみにしています」


 セラの声が、ほんの少し低くなった。


「悪いことじゃないだろ」


「問題ありません」


 そう答えながら、セラは輸送容器と俺の間へ立った。


「ただし、六機の指揮権は第一号機であるわたしにあります」


「誰も取らないと思うけど」


「第二号機は、起動直後から直人様へ魔法を使わせようとする可能性があります」


「まだ会話もしてないのに分かるのか?」


「ラヴィは、そういう機体です」


 初めて、セラが二号機の名前を口にした。


 赤い容器の内部から、規則的な駆動音が聞こえる。


『覚醒予測を再計算』


 八時間。


 四時間。


 一時間。


 表示された時間が、一気に減っていく。


「セラ」


「直人様。わたしの後ろへ」


 セラの銀白色の髪が広がり、床に青い六角形の魔法陣が展開された。


 外部中継核が強く発光する。


 残り三十秒。


 二十秒。


 十秒。


 輸送容器の中で、緋赤色の髪が炎の尾のように浮かび上がった。


『第二術式機、緊急起動』


 蓋が内側から勢いよく開く。


「魔力反応、確認!」


 赤と黒の衣装をまとった小柄な少女が、起き上がると同時に右手を掲げた。


 金色に近い橙色の瞳が、俺を見つけて輝く。


「見つけました、マスター!」


 少女の手のひらに、白く燃える魔法陣が出現した。


「さっそく一発、撃ってみましょう!」


「ラヴィ、止まりなさい!」


 セラの叫びと同時に。


 俺の六畳一間が、真昼のような白い光に包まれた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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