第4話 廃棄箱の中に、六機の部品が混じっていた
正式な履歴どおりに提出した報告書は、その日のうちに差し戻された。
理由は記載内容不備。
どの部分が不備なのかは書かれていない。
資材管理部の主任へ尋ねても、返ってきたのは一言だけだった。
「余計なことを書くからだ」
俺は報告書を修正せず、再提出した。
再び戻されたら、また同じものを出すつもりだった。
以前の俺なら、主任に言われたとおり、経年劣化と書き直していただろう。
だが、自分が機器を壊していなかったと分かった今、存在しない失敗まで背負う気にはなれなかった。
「白石」
昼休みを終えて第五資料室へ戻ると、主任が入口に立っていた。
機嫌の悪さを隠そうともしていない。
「第二保管庫の整理を今日中に終わらせろ」
「整理ですか?」
「廃棄予定の魔石が残っている。測定器が直ったなら、全部測り直して処分区分を付けろ」
明らかに報告書への嫌がらせだった。
第二保管庫には、数年分の不良魔石が積まれている。
一人で終わる量ではない。
「今日中は難しいと思います」
「測定器を直したのはお前だろ。責任を持て」
「俺は保護停止を解除しただけです」
「口答えする暇があるなら動け」
主任は鍵と作業用端末を机へ置いた。
「残業代は?」
「お前の作業が遅れただけだ。会社が払う理由はない」
それを決めるのは主任ではない。
そう言い返しかけて、やめた。
まずは作業量を記録しておけばいい。
実際に残業となれば、その記録と一緒に申請する。
「分かりました」
「最初から素直に従え」
主任は満足そうに資料室を出ていった。
俺は作業用端末と鍵を持ち、再び第二保管庫へ向かった。
◇
保管庫の奥には、灰色の箱が二十七個積まれていた。
一箱につき、魔石が二十個から三十個。
ひび割れ、魔力枯渇、規格外、不純物混入。
すべて何らかの理由で商品にならなかったものだ。
「これを今日中か」
作業量を端末へ記録し、測定器を起動する。
昨日と同じように、胸ポケットのスマートフォンへ触れた。
「セラ、今話せるか?」
『はい、直人様』
「これから魔石を測定する。昨日みたいに、俺が触れても大丈夫なようにできるか?」
『可能です。ただし長時間の遠隔制御は、推奨できません』
「どのくらいなら持つ?」
『現在の状態では、連続二十二分です。その後、十分間の休止が必要です』
「十分休めば、また使える?」
『はい。計算上は』
「計算上?」
数秒、返事がなかった。
『先ほど、台所まで歩く途中で転倒しました』
「休んでた方がいいんじゃないか?」
『床面の確認です』
「家でもそれで押し通すんだな」
『直人様の作業を支援できない方が問題です』
スマートフォンの青い六角形が明るくなる。
『制御を開始します。無理をせず、二十二分ごとに手を止めてください』
「分かった。セラも無理するなよ」
また短い沈黙があった。
『……はい』
声が少しだけ柔らかくなっていた。
俺は一つ目の箱を開けた。
測定器へ魔石を置き、数値を端末へ入力する。
魔力残量ゼロ。
内部亀裂あり。
再利用不可。
次も同じ。
その次も、処分区分だった。
二十二分経つと、スマートフォンの六角形が点滅した。
『休止してください』
「ちょうど一箱終わったところだ」
『十分钟後に再開します』
「十分钟?」
『……十分後です』
「処理が怪しくなってないか?」
『問題ありません』
セラとの通信が切れる。
休憩中、俺は測定済みの魔石を処分区分ごとに分けた。
廃棄。
粉砕して建材へ転用。
微量魔力を抽出。
値段が付くものは一つもない。
これなら会社が長年放置したのも分かる。
作業を再開して三箱目。
測定器へ黒ずんだ小さな魔石を置いたとき、これまでと違う表示が出た。
『材質不明』
『魔力残量ゼロ』
『内部構造解析不能』
「規格外品か?」
記録表を確認する。
発見場所は、六機の魔道人形が見つかったダンジョンと同じだった。
ただし発見時期は六年前。
表面が黒く濁り、一般的な魔石とは形も違う。
六角形に近い平たい結晶だった。
スマートフォンの通信をつなぐ。
「セラ、少し見てほしい物がある」
『あと四分、休止時間が必要です』
「急ぎじゃない。終わってからでいい」
『映像だけ先に記録します』
カメラを黒い結晶へ向けた。
画面越しに見たセラは、しばらく何も言わなかった。
「セラ?」
『直人様。その結晶から離れてください』
先ほどまでとは違う、鋭い声だった。
俺は反射的に一歩下がった。
「危険なのか?」
『現在は停止しています。触れなければ問題ありません』
「何なのか分かる?」
『《六環式魔導補助機構》の外部中継核です』
俺は改めて黒い結晶を見る。
「六機の部品ってことか?」
『正確には、補助設備です。六機と契約者の間で魔力を一時保管し、供給を安定させるために使われます』
「どうして会社の廃棄箱に?」
『六年前に単独で発見され、用途を識別できなかったのでしょう』
記録には、魔力枯渇済みの低品質魔石と書かれていた。
買取査定額はゼロ円。
六機が見つかるより前だったため、関連があるとは考えられなかったらしい。
「これがあれば、セラの負担を減らせるのか?」
『正常に起動できれば、遠隔制御の一部を代行できます』
「第二号機の修復は?」
『魔力供給が安定するため、早まる可能性があります』
思わず結晶へ近づきかける。
『触れないでください』
「でも、起動させないと」
『直人様が直接魔力を流した場合、容量を超える恐れがあります。わたしが接触量を調整します』
「会社の物だから、勝手には持ち出せないぞ」
価値を知らなかったとしても、所有権は会社にある。
黙って持ち帰れば窃盗になる。
『では、正式に譲渡を受けてください』
「価値があると報告したら、譲ってくれないだろ」
『価値を正しく報告する必要があります』
「正直に言うんだな」
『直人様が不利益を受けない範囲で、事実を隠す理由はありません』
セラらしい答えだった。
俺は作業用端末で、黒い結晶の過去記録を調べた。
六年前の鑑定結果。
廃棄予定。
再検査不要。
処分費削減のため、研究用廃材として無償譲渡可能。
古い規定が、まだ有効なまま残っていた。
「無償譲渡可能って書いてある」
『申請してください』
「用途はどうする?」
『譲渡済み古代魔道人形の状態観察用付属物』
「通るかな」
『会社は六機を価値のない物品と判断しています。その関連物にも、価値を認めない可能性が高いです』
嬉しいような、腹立たしいような話だった。
俺はその場で申請書を作成した。
黒い結晶の画像。
過去の鑑定結果。
六機と同一ダンジョンから発見されたこと。
自宅で行う状態観察に使用する可能性があること。
価値があるとは断定せず、関連性の調査目的とだけ記載した。
申請先は、資材管理部主任。
送信して三分後、返事が来た。
『廃材一個のために面倒な申請を送るな』
『持って帰りたければ、勝手に持って帰れ』
『処分品譲渡として承認する』
「通った」
『承認記録を保存してください』
「もう保存した」
『優秀です、直人様』
「それくらい普通だろ」
『ご自身を守る行動を取れたことを評価しています』
少し気恥ずかしくなり、俺は通信を切った。
黒い結晶を会社の支給品だった絶縁容器へ入れ、正式な譲渡番号を貼り付ける。
その後も作業を続けたが、すべてを終えることはできなかった。
定時までに確認できたのは、二十七箱のうち九箱。
端末には、開始時刻と処理数を正確に残した。
「今日中に終わらせろと言っただろ」
結果を報告すると、主任は不機嫌そうに言った。
「通常の測定速度では、あと二日ほど必要です」
「残ってやればいい」
「残業命令として記録して構いませんか?」
「……今日はもう帰れ」
主任はそれ以上何も言わなかった。
俺は黒い結晶の入った容器を持って会社を出た。
◇
帰宅すると、セラが玄関の前で待っていた。
「お帰りなさい、直人様」
「ああ、ただいま」
セラは一歩前へ出た。
何もない玄関で足を引っかけ、俺の胸へ倒れ込んだ。
「床面の確認か?」
「お迎えです」
「そうか」
今回は訂正しないことにした。
セラを支えたまま、持ち帰った絶縁容器を見せる。
「正式に譲ってもらった」
「確認します」
セラは慎重に容器の蓋を開けた。
中の黒い結晶へ、指先を近づける。
俺の胸の奥から魔力が流れ出す感覚があった。
だが昨夜のように、一気に吸い取られることはない。
セラの毛先が淡青色に光り、流れる量を少しずつ調整している。
黒ずんでいた結晶の中心に、小さな青い光が灯った。
『外部中継核、再起動』
部屋に並ぶ六つの輸送容器が、低い音を響かせる。
セラの頭頂部に立っていた一本の髪が、ゆっくりと寝た。
「負担は減ったのか?」
セラは俺から手を離す。
姿勢を正し、部屋の中央を数歩歩いた。
転ばない。
振り返っても、銀白色の髪を家具へ引っかけなかった。
「演算能力の使用率が、九十七・八パーセントから八十四・二パーセントまで低下しました」
「それでも八割以上使ってるのか」
「直人様の魔力が異常だからです」
「高性能なのに転んでたわけじゃない?」
「当然です」
セラは胸を張った。
その瞬間、長すぎるジャケットの袖が机の角へ引っかかる。
身体が後ろへ引かれ、そのまま尻もちをついた。
「……セラ?」
「これは衣装設計上の問題です」
「演算能力は戻ったんだよな?」
「十四パーセント程度では、不十分だったようです」
床に座ったまま、セラは赤い識別線の入った輸送容器を見た。
表示板の修復予測が急速に書き換わっていく。
十二日。
九日。
七日。
最後に表示されたのは、四日と十八時間だった。
「直人様」
「今度は何だ?」
「第二術式機の覚醒が、大幅に早まりました」
赤い輸送容器の内側から、小さな光が漏れる。
中にいる少女の緋赤色の髪が、炎のように淡く揺れた。
「もうすぐ、直人様は魔法を使えるようになります」
セラは真剣な顔で続けた。
「ですので、今のうちに火災保険の契約内容を確認してください」
初めて魔法が使えるかもしれないという期待より先に。
俺は、この古いアパートが耐えられるのかを心配することになった。




