第41話 百二十七機を直す前に、修理工場を直すことになった
第二採掘集積拠点で唯一動いていた採掘従機を応急修理してから二日後、俺たちは再び山の中へ来ていた。
会社の退職日までは、あと四日。平日は第五資料室の引き継ぎを続けながら、協会や自治体との調整はコレットが中心になって進めてくれている。そのおかげで、今日は第二採掘集積拠点にある《採掘従機整備庫》の現状確認と、危険がなければ最低限の復旧作業まで行ってよいという許可が下りていた。
「念のため先に確認しておきますが、今日は停止している百二十七機を直しに来たわけではありません。整備庫そのものが使える状態なのかを確認し、必要なら最低限の機能だけ復旧します」
山中の入口を前に、コレットがそう念を押した。
「分かってるよ。百二十七機を俺たちが一機ずつ手作業で直していたら、それこそ何年かかるか分からないからな」
「はい。大量の機体を継続運用したいのであれば、個体より先に、それらを整備するための設備を戻すべきです」
言われてみれば当然なのだが、目の前に壊れた機械が並んでいると、どうしても一機ずつ直すことばかり考えてしまう。そこを最初から設備単位で考えるのが、いかにもコレットらしかった。
今回も協会から三枝さんと技術担当者が同行している。施設そのものの権利関係はまだ整理中なので、勝手に設備を持ち出したり、大規模な改造をしたりはできない。俺たちに認められているのは、あくまで施設の保存と安全確保に必要な範囲での復旧だけだ。
入口の前で、ラヴィが少し物足りなさそうに施設の奥を見た。
「整備庫ということは、今日は戦闘なしですか? もちろん修復術式も仕事だとは分かっていますけど、何か一体くらい警備機が出てきても――」
「出てこない方がいいでしょう。現在確認されている敵性反応はありませんから、今日は修復術式へ集中してください」
セラに穏やかに遮られ、ラヴィは不満そうに口を尖らせる。
「分かっています。でも、古代施設なら扉そのものが襲ってくる可能性だってあるかもしれないじゃないですか」
「その可能性は確認されていません」
シエルが即答すると、ラヴィは肩を落とした。
「シエルまで、そんなに早く夢を潰さなくてもいいじゃないですか……」
そんなやり取りをしながら内部へ進むと、入口脇には前回修理した採掘従機が静かに待機していた。青い照明を灯し、以前のように右第二脚を軋ませることもなく、俺たちが近づくと六本の脚でゆっくり身体を持ち上げる。
『臨時保守管理者を確認』
「待機中に問題はなかったか? 入口周辺の安全確認だけじゃなく、自分の状態も含めて教えてくれ」
『入口周辺安全確認――完了』
『異常なし』
『新規故障なし』
前回の命令は、きちんと反映されているらしい。以前なら、自分にどれだけ損傷があっても「作業可能」としか答えなかった機体が、今は故障の有無まで報告するようになっている。
フィオナが嬉しそうに微笑んだ。
「きちんと自分の状態まで報告できていますね。無理をして黙ったまま働き続けるより、ずっと良いことです」
『評価を受領』
「褒められたことまで分かるんだな」
「学習機能は限定的ですが存在します。前回修復後の自己診断記録も正常に保存されていますし、少なくとも現時点で無理な再稼働は行っていません」
シエルの確認を聞いて、俺もようやく安心できた。
イリスが整備庫までの案内を命じると、採掘従機は青い照明を前方へ向け、俺たちの歩幅に合わせるようにゆっくり進み始めた。
◇
採掘従機整備庫は、入口から思っていた以上に奥にあった。
途中には崩れた搬送路や停止した昇降設備があり、直線距離なら近いはずなのに迂回を繰り返す必要がある。シエルが安全な経路を選び、イリスが残っている照明と扉だけを部分的に起動させながら進んだ結果、到着まで四十分近くかかった。
「ここ」
イリスが足を止めた先には、これまで見た中でも特に大きな扉があった。横幅は十メートル以上あり、中央には採掘従機と同じ六本脚を模したような紋様が刻まれている。
『採掘従機整備庫』
『稼働率――四パーセント』
「四パーセントでも扉自体は開けられるんだよな?」
「たぶん」
「最近、その返事を聞いてもあまり怖くなくなってきた自分が嫌だな」
イリスは気にした様子もなく扉へ手を向けた。紫色の光が紋様の中をゆっくり走り、やがて低い駆動音とともに巨大な扉が左右へ開いていく。
その先を見た瞬間、俺だけでなく三枝さんまで足を止めた。
「これは……想像以上に広いですね」
第一資源加工区画も十分大きかったが、ここはさらに広い。奥が暗くて見えないほどの空間に、整然と整備台が並んでいる。一列十六基。それが左右に四列ずつ、合計百二十八基。
その上には、採掘従機と同じ巨大な機体が横たわっていた。脚を失ったもの、外装が開いたままのもの、土砂に半分埋まっているもの。見た目だけでも状態は様々だが、そのすべてが完全に沈黙している。
「停止している百二十七機の全部が、ここに並んでいるわけじゃないんだよな?」
「この整備庫内にあるのは八十三機です。残り四十四機は施設内の別地点にあり、そのうち一機が現在稼働中」
シエルの言葉に、俺たちを案内してきた採掘従機へ視線を向ける。
「それでも、ここに八十三機か。見ただけで全部直すのは無理だって分かるな」
「状態を分類します」
シエルの瞳が青緑色に輝き、広い整備庫へ何本もの解析線が伸びた。同時にイリスも古い保守記録へ接続し、少しして八十三機分の状態が空中へ一覧表示される。
『軽度損傷――十三機』
『中度損傷――三十六機』
『重度損傷――二十八機』
『完全修復困難――六機』
「軽度損傷だけでも十三機あるなら、設備さえ動けば比較的早く戻せるんじゃないか?」
「可能性は高いです。ですが、今すぐ十三機を起こすことには反対します」
シエルが答えるより先に、コレットが首を横に振った。
「整備設備自体が四パーセントしか動いていません。十三機を復帰させても、次に故障した時の保守体制がありませんし、そもそも採掘再開の許可も出ていません。起こすこと自体を目的にするのではなく、維持できる状態を作ってからです」
ラヴィは少し残念そうにしながらも、今度は素直に頷いた。
「なるほど……直した数を増やすより、直した後にちゃんと面倒を見られる方が先なんですね」
「そういうことです」
◇
問題の整備設備は、整備台そのものではなかった。
整備庫の天井には何十本もの巨大な作業腕が収納されており、本来なら採掘従機を整備台へ固定し、破損部の診断から部品交換、魔力経路の再構築まで自動で行うらしい。
しかし今は、そのほとんどが動かない。
「主整備制御核そのものは生きています。ただ、整備腕への動力供給経路が三系統中二系統停止していて、部材搬送機能も止まっています」
シエルが中央設備を解析しながら説明する。
「今日の許可範囲で直せるところは?」
「一系統だけなら暫定復旧可能です」
「それで何台くらい使えるようになる?」
俺の問いには、イリスが天井を見上げたまま答えた。
「整備台、八基くらい。ただし八機同時じゃない。一台ずつ、自動で直す」
「俺たちが毎回横について手を入れなくても、必要な材料さえあれば進むってことか」
「うん」
それなら意味がまるで違う。
百二十七機を七人で一機ずつ修理していくのと、自動整備設備を一つ戻して順番に流すのでは、かかる時間も手間も比較にならない。
コレットも同じ結論に達したらしく、すぐに復旧見込みを一覧へ追加した。
「社長。やはり整備庫を最優先にして正解でした。これが使えるようになれば、わたしたちが直接行うのは故障診断や交換部材の供給、定期確認が中心になります」
三枝さんも天井の設備を見上げながら感心したように息を吐く。
「この施設自体が、最初から百二十八機を継続運用する前提で作られているわけですね」
「六環と同じ古代文明の機械でも、役割そのものが違うんだな」
「六環は人を助ける。従機は施設を動かす」
イリスの短い説明で、妙に腑に落ちた。
◇
シエルとコレットが共同で修復に必要な部材を洗い出すと、高伝導金属、耐熱導線、振動吸収材、制御回路用の古代規格結晶が必要だと分かった。
前半は現代製品でも代用できる。
問題は最後の古代規格結晶だったが、コレットは少しも困った様子を見せず、次元収納から手のひらほどの黒い板を取り出した。
「それ、どこから持ってきた?」
「第一資源加工区画で廃棄判定されていた旧制御板です。完全破損した設備から、再利用可能な部分だけ回収していました」
「またゴミ扱いされてた物が必要部品になったのか」
「使えるものを捨てる理由はありませんから」
「権利関係は?」
「東第七ダンジョン側の六環維持資産として使用権は確定済みです。保守契約上、こちらへ持ち込んで修理へ利用することも問題ありません」
そこまで確認済みなら、俺から言うことはなかった。
「じゃあ始めよう。今日中に一系統だけでも生き返れば十分だ」
「承知しました、直人様」
セラの声を合図に、六人がそれぞれの作業へ移った。
シエルが停止した動力系統から再利用可能な経路を選び、コレットが交換部材を必要な形へ加工する。ラヴィは焦げ付いた魔力導線だけを高精度の熱術式で剥がし、フィオナは古い冷却液や粉塵が作業区域へ漏れないよう結界を張った。
「ラヴィ、右側の導線だけです。隣の回路まで熱を入れないでください」
「分かっています。今回は戦闘じゃないので、むしろ細かくやりますよ!」
「戦闘でも細かくお願いします」
「セラまでそこを心配するんですか?」
以前なら短い返しが何度も続いていた場面でも、今はそれぞれが作業を進めながら会話している。その方が、俺にもずっと自然に見えた。
イリスは保守権限を開放し、俺とセラは最後の起動試験に備えて魔力供給経路を確認する。
作業そのものは派手ではない。魔物も出ないし、大きな爆発もない。
それでも俺には、以前のダンジョン探索より今の方がずっと面白かった。
壊れた原因を探し、使えるものを拾い、役割の違う六人が一つずつ問題を解決していく。その結果、何百年も止まっていた設備へ再び光が戻る。
今の俺が会社で主任になるより、こちらを選んだ理由が、改めて分かった気がした。
◇
二時間ほどして、一系統分の整備機構がようやくつながった。
「交換部材、固定完了です。これで主経路へ接続できます」
「こちらも魔力導線の再接続が終わりました。焦げもありません!」
「動力経路の連続性を確認。異常なし」
「結界内部の危険物質も基準値以下です。直人さんの体調にも問題ありません」
「整備権限、開放済み」
六人の確認を聞いたところで、セラが俺へ向き直った。
「直人様。起動用魔力を供給します。今回は一系統のみですので、負担は軽微です」
「ああ、やろう」
右手を中央制御核へ向けると、胸の奥から流れ出した魔力をセラが丁寧に減圧していく。ラヴィが設備規格へ変換し、シエルが供給量を監視し、イリスが整備庫側の受け入れを制御する。
白い光が中央制御核へ吸い込まれた。
『臨時保守管理者魔力を確認』
『採掘従機整備庫――部分再起動』
低い振動音が、広い整備庫全体へ伝わる。
天井の一角で、今まで垂れ下がっていた巨大な作業腕がゆっくり持ち上がった。続けて二本、三本と光が入り、八基の整備台に紫色の線が灯っていく。
『第一整備系統――稼働』
『使用可能整備台――八』
「本当に動いたな……」
三枝さんが思わず声を漏らす。
だが、そこで終わりではなかった。
『修理待機個体を検索』
整備庫内の八十三機へ次々と光が走る。
『整備待機――八十三』
『施設内停止個体を追加検索』
『整備待機――百二十七』
「施設中の停止機が、全部整備対象として登録されたみたいだな」
「うん。整備庫が自動で優先順位を出す」
イリスの言葉どおり、一覧が次々と並び替わっていく。軽度損傷で、復帰後に施設安全管理へ使える機体が上位へ回され、重度損傷や専用部材が必要な個体は後ろへ下げられていった。
そして最上段に、一機の番号が表示される。
『採掘従機――第九十一号』
『損傷率二十三・四パーセント』
『必要交換部材――保有在庫内』
『推定整備時間――五時間十二分』
ラヴィが身を乗り出した。
「これなら、今日中に一機目が戻るんですよね? せっかくですし、完成するまで見ていきませんか?」
「残る必要はありません。自動設備を直したのに、社長が五時間横で見張るのであれば自動化した意味がありませんから」
コレットが淡々と返すと、フィオナもすぐ同意した。
「それに直人さんは、もう山中で四時間以上活動しています。今のうちに戻って休む方が良いですよ」
「まだ疲れてないけど、言ってることは分かる。監視はできるんだよな?」
「採掘従機とイリスの遠隔接続で可能です。異常時だけ停止命令を送れます」
セラの確認まで揃えば、残る理由はない。
「じゃあ、第九十一号だけ試験修理に回そう。それが正常に終わるまでは、次の機体を自動で始めないようにしてくれ」
「適切です」
コレットが満足そうに笑った。
俺が承認すると、整備庫の奥から低い駆動音が響き始める。停止していた第九十一号の整備台がゆっくり中央へ移動し、天井から降りた作業腕が機体を固定して、故障箇所の外装を丁寧に開いていった。
『自動整備を開始』
『完了予定――五時間十一分後』
百二十七機全部を今日直すことはできない。明日にも無理だろう。
けれど、俺たちが山へ来て一機ずつ手を動かさなくても、今この瞬間から一機目の修理が進み始めている。
それだけで、昨日までとはまるで違っていた。
◇
帰り際、前回修理した採掘従機が入口まで俺たちを送ってきた。
「今までみたいに一機で全部を背負わなくても、少しずつ仲間が戻ってくる。そうなれば、お前の仕事も分けられるようになるはずだ」
『情報を解析』
『採掘従機群の復旧を確認』
『作業分担効率――改善』
「やっぱり、そういう理解なんだな」
機械らしい答えに笑ってしまう。
ただ、それでいい。
一機で全部を続けるより、何機かで分けた方がいい。それは六機が目を覚ますまでの俺にも、今ならよく分かる。
山を下り始めたところで、スマートフォンが震えた。
『ヘクサ・リンク株式会社』
『第二採掘集積拠点・遠隔保守通知』
『採掘従機第九十一号――整備進行率三パーセント』
コレットが画面を確認すると、満足そうに頷いた。
「これで事業としても一歩進みましたね。社長が毎回現地で手作業をしなくても、設備側で仕事が進む状態を作れました」
「まだ一機目だけどな」
「だからこそです。最初の一機を自動で直せるなら、その仕組みを改善して二機目、三機目へつなげられます」
人を増やす前に、採掘を再開する前に、まず仕事を一人へ集中させない仕組みを作る。
ヘクサ・リンク株式会社が二つ目の古代施設で始めたのは、そういう整備だった。
そして俺の会社員生活は、あと四日で終わる。
その頃には、山の中で長いあいだ止まっていた百二十七機のうち、少なくとも一機は再び自分の脚で立てるようになっているはずだった。




