第40話 四万トンの鉱石より、先に直すものがあった
第二採掘集積拠点が見つかってから三日が経ったが、四万一千八百二十六トンもの採掘済み資源には、まだ誰も手を付けていなかった。
土地の所有関係、施設そのものの管理権、地下資源を扱うための権利、搬出経路や周辺環境への影響。山の中に想像を超える量の資源が眠っていると分かっても、それを知った翌日から好き勝手に運び出せるほど現代社会は単純ではない。コレットなどは、むしろあの数字を見てから確認項目を一気に増やしていたくらいだ。
そんな中で、一つだけ先行して許可が下りた作業がある。
「採掘従機の保全整備、ですか」
山中の巨大扉の前で、三枝さんが協会から発行された作業許可を確認しながら言った。
「はい。今回はあの一機だけです。採掘も搬出もしません。現状維持に必要な修理だけという条件です」
対象は、第二採掘集積拠点で唯一動き続けていた採掘従機。前回シエルが確認した損傷率は六十二・八パーセントで、いつ完全停止しても不思議ではない状態だった。
三枝さんは許可証から顔を上げると、少しだけ笑った。
「四万トン以上の資源があると分かったのに、最初に直すのが運搬設備でも採掘設備でもなく、あの一機なんですね」
「コレットがそう決めました」
「社長も賛成したでしょう」
すぐ横から訂正が飛んできた。
小さなテーラードジャケット姿のコレットは、今日も完全に仕事の顔をしている。
「したけどさ。四万トンの鉱石より先に一機直す方が、会社としても得なのか?」
「長期的には、その可能性が高いです。採掘設備を使い潰して資源だけ回収する運用は、事業として非常に効率が悪いですから」
利益の話になるとコレットは容赦がないが、その判断そのものにはフィオナも賛成らしい。蜂蜜色の髪を揺らしながら、穏やかな笑顔で頷いた。
「働けなくなるまで働かせるのは、よくありませんものね」
「……それは本当にそう思う」
何気なく返した言葉が、自分自身にも少し刺さった。
以前の俺なら、体調が悪くても会社へ行き、終業間際に押し付けられた仕事でも断れず、何とか終わらせることばかり考えていただろう。
それに気づいたのか、セラが銀白色の髪を揺らしてこちらを見る。
「直人様?」
「何でもない」
「直人の過去勤務履歴との連想が発生した可能性を確認」
「シエル、それは解析しなくていい」
「了解」
いつもの無表情で答えたシエルの横では、イリスだけが俺の袖を小さくつまみ、扉の奥をじっと見ていた。
「なおと。あの子、まだ待ってる」
「前に出した待機命令のままか?」
「うん」
あれから三日間、あの採掘従機は勝手に採掘へ戻ることなく、俺が指定した場所で待機を続けているらしい。
「じゃあ、行こうか」
俺が言うと、イリスは小さく頷いた。
◇
山肌へ埋まっていた巨大扉が開くと、低い駆動音とともに古代文字が浮かび上がった。
『臨時保守管理者――確認』
『六環式補助機構――確認』
内部の照明はまだ大半が死んでいる。イリスが最低限必要な通路だけへ魔力を回し、シエルが過去の崩落や床面損傷を避ける経路を空中へ表示した。
暗い人工通路を二十七メートルほど進んだところで、目的の採掘従機が見えてくる。
三日前とまったく同じ姿勢だった。六本の太い脚を折り畳み、巨大な身体を床すれすれまで落としている。待機を命じられた場所から、一歩も動いていない。
『臨時保守管理者を確認』
「待たせたな」
『待機命令を継続中』
「状態はどうだ?」
『作業可能』
「そういう意味じゃないんだけどな……」
機械に体調を聞くようなものだから仕方がないのかもしれない。俺はシエルを見ると、彼女はすぐに前へ出た。
「詳細解析を開始」
青緑色の瞳から淡い光が走り、巨大な機体を頭部から脚先までなぞっていく。数秒後には、採掘従機の内部構造を示す立体図が空中へ浮かんだ。
「外装損耗多数。右第二脚駆動部、摩耗率八十九パーセント。左掘削腕冷却経路、機能低下。主制御核は正常ですが、継続稼働には推奨できない状態」
「それでも動いてたのか」
「さらに問題があります」
シエルが立体図の一部を拡大すると、いくつもの機構が灰色に表示された。
「照明予備系、空調補助、振動緩衝、自己診断の一部が停止しています。ただし、故障による停止ではありません」
「じゃあ何で止まってる?」
「自分で切った」
答えたのはイリスだった。
「自分で?」
「うん。動くため」
まるでそれを裏付けるように、採掘従機から機械音声が響く。
『作業継続を最優先』
『非必須機能を順次停止』
『残存部材を主駆動系へ転用』
少しの間、誰も何も言わなかった。
つまり、この一機は何百年、あるいは何千年かも分からない時間を働き続けるために、自分に必要ないと判断した機能を止め、その部品まで削って動力系へ回していたということになる。
フィオナの柔らかな笑顔が、ほんの少しだけ圧を増した。
「それは、よろしくありませんね」
『理由を要求』
「壊れるからです。作業を続けるために自分を削って、最後に完全停止してしまったら、結局仕事もできなくなります」
『作業継続には必要』
「必要ではありません。少なくとも、今はもう一機で全部を背負う必要はありませんから」
穏やかな口調なのに、どう考えても反論を許す雰囲気ではない。
「フィオナ、機械相手でも過保護なんだな」
「直人さん」
彼女はこちらへ振り返ると、変わらない笑顔で言った。
「必要な保護です」
「はい。その通りです」
俺はすぐに頷いた。
◇
「では、修理案を提示します」
コレットが次元収納を開き、今日持ち込んだ部材を床へ並べていく。現代製の耐摩耗合金、耐熱魔導線、冷却材。それに、東第七ダンジョンの資源加工設備で作った高純度魔力伝導銀が少量だけ混じっていた。
「魔導銀まで使うのか?」
「使用量は十二グラムだけです。右第二脚の伝導部へ使用すれば、駆動効率を大きく改善できます」
「売ったらいくらくらい?」
「現在価格なら二千円程度です」
「相変わらずすぐ値段が出るな」
「第五資源機ですので」
そのやり取りを聞いていたラヴィが、巨大な機体を見上げながら勢いよく手を挙げた。
「わたしは何をすればいいですか?」
「左掘削腕の冷却経路を再接続してください」
「撃たなくても?」
「撃たないでください」
「では、溶接魔法で直します!」
「それなら許可します」
途端にラヴィの表情が明るくなった。攻撃魔法でなくても、自分の術式を使う仕事なら満足らしい。
セラは俺の隣へ立ち、採掘従機の主制御核を確認してから静かに告げる。
「直人様。最後の再起動には契約者魔力が必要です。ただし、六環全機で分配しますので身体への負担は軽微です」
「ああ。最後は俺の番なんだな」
「なおと」
イリスが巨大な機体へ小さな手を向ける。
「修理権限、開く」
『第六中枢機――保守権限を行使』
『採掘従機――保全整備モードへ移行』
低い音とともに、機体の外装が何枚にも分かれて開いていった。内部には、現代の大型魔導機器とは比較にならないほど細かな回路と機構が詰め込まれている。
「これを人間が手作業で直すのは、かなり厳しいですね」
三枝さんが内部を見ながら息を吐く。
「全部は無理」
シエルが答えた。
「でも、六機なら可能」
その言葉どおり、誰か一人が中心になるわけでもなく、六人は自然にそれぞれの仕事へ移っていった。
シエルが破損位置を精密に示し、コレットが交換部材を必要な形へ加工する。ラヴィは熱量を抑えた溶接術式で冷却経路をつなぎ直し、フィオナは作業中に漏れ出す魔力と冷却材を結界で隔離する。イリスは古代設備の保守権限を維持し、セラが最後に流し込む俺の魔力を安全な濃度へ落とす。
六機すべてが揃ってから、こういう作業をするたびに思う。
以前は、俺が六人を使っているような感覚がどこかにあった。
今は違う。
一つの仕事を七人で分担している。
その方が、ずっと自然だった。
◇
修理を始めて一時間二十分ほど経った頃、コレットが右第二脚の前から立ち上がった。
「交換完了です。駆動部の摩耗部材を更新しました」
「冷却経路も再接続できました! 今回は焦がしてません!」
ラヴィが胸を張る。
「術式誤差〇・四パーセント。許容範囲」
シエルが確認し、フィオナも周囲の魔力漏出が収まったことを確かめて結界を薄くした。
「主制御核、再起動可能」
イリスが俺を見る。
「なおと。最後」
「ああ」
採掘従機の前へ立ち、右手をかざす。
「セラ、頼む」
「承知しました。減圧を開始します」
胸の奥から引き出された魔力が、以前のように暴れそうになることはない。セラが圧力を落とし、ラヴィが機体側の規格へ変換し、シエルが供給量を細かく監視する。
細い白光が、採掘従機の主制御核へ流れ込んだ。
『臨時保守管理者魔力を受領』
『自己診断を開始』
機体内部へ青い光が一つずつ戻っていく。
『右第二脚――正常』
『左掘削腕冷却系――正常』
『振動緩衝機能――暫定復旧』
最後に表示された総合損傷率が、六十二・八パーセントから少しずつ下がっていった。
五十一。
四十三。
そして。
『総合損傷率――三十八・六パーセント』
「まだ四割近く壊れてるのか」
「完全修復には専用整備設備が必要」
シエルの言葉に、イリスが採掘従機を見上げて続けた。
「でも、もう無理して動かなくていい」
採掘従機の照明が、黄色から青へ変わる。
『保守状態を更新』
『作業継続可能時間――大幅増加』
「いや、採掘作業はまだ再開しない」
『作業命令を要求』
そう返されて、俺は少し考えた。
「当面の仕事は、自分の状態確認と、この入口周辺の安全維持だけでいい。採掘も資源搬出も禁止する」
『採掘作業――禁止』
『資源集積――禁止』
『搬出作業――禁止』
並んだ表示だけを見ると、全部仕事を取り上げてしまったように見える。
「それと、もう一つ」
『命令を要求』
「壊れたら報告すること。部品を削ってまで勝手に作業を続けるな。完全に壊れるまで働くのは禁止だ」
採掘従機は数秒かけて命令内容を解析した。
『自己損耗を伴う作業継続――禁止』
『故障発生時――保守管理者へ報告』
『了解』
隣でフィオナが満足そうに頷く。
「よい命令ですね」
「ヘクサ・リンクの就業規則にも入れますか?」
コレットが真面目な顔で尋ねてきた。
「『故障するまで働かない』って?」
「人間向けには表現を変更します。『健康を害するまで勤務しない』でどうでしょう」
「それなら……って、今ここで決めるの?」
「代表承認を得ましたので」
「こうやって規則が増えていくのか……」
会社を作ってまだ日が浅いのに、知らない間に俺よりコレットの方が就業規則を増やしている気がする。
◇
修理が終わったところで、シエルが採掘従機の内部記録をさらに確認した。
「専用整備設備の位置情報があります」
「この機体を完全に直せる場所?」
「可能性、高い」
空中へ施設内部の簡易地図が現れ、その一角が強調表示される。
『採掘従機整備庫』
「ちゃんと専用の整備場所があるんだな」
『当機を含む採掘従機百二十八機の定期整備施設』
「状態は?」
『最終記録――稼働率四パーセント』
「ほとんど死んでるな」
イリスが地図へ指を伸ばす。
「ここ直せば、他の子も見られる」
「停止してる百二十七機も?」
「状態次第」
シエルが停止機一覧を開いた。
「完全破損個体は少数。大半は動力喪失、経路断裂、部品摩耗。修復可能性あり」
「時間をかければ、戻せるのか」
「はい」
そこで、コレットが地図を保存した。
面白いことに、今回は一度も集積庫の資源量を開かなかった。
「社長」
「何?」
「次の正式調査目標を変更したいです」
「四万トンの資源じゃなくて?」
「はい。先に採掘従機整備庫を確認します」
「資源があれだけあるのに?」
「だからこそです」
コレットは停止している百二十七機の一覧を見ながら、迷いなく答えた。
「資源だけ大量に確保しても、設備も搬出手段も壊れているなら継続事業にはなりません。それに、一機だけへ全部の仕事を押し付ける必要も、もうありませんから」
採掘従機がその言葉を理解したのかは分からない。
ただ、俺が新しく出した命令に従ってゆっくり立ち上がると、入口脇の指定位置へ移動していった。
前回とは違い、限界まで摩耗していた右第二脚から軋む音はしなかった。
四万一千八百二十六トン。
普通なら、その数字を知った瞬間に「いくらで売れるか」を考えるのかもしれない。
俺たちも、その価値を軽く見ているわけではない。コレットに至っては、恐らく誰より正確に金額へ置き換えられるだろう。
それでも。
ヘクサ・リンク株式会社が二つ目の古代施設で最初に使った金と時間は、鉱石を運び出すためではなかった。
誰にも止められないまま、一機だけで働き続けていた古い機械を直し、もう壊れるまで働かなくていいと伝えるためだった。




