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第39話 山の中で、一機だけ働き続けていた


「六環じゃない」


 イリスがそう言った瞬間。


 開いた扉の奥から、重い音が響いた。


 金属を。


 地面へ叩きつけるような音。


 一度。


 二度。


 一定の間隔で、こちらへ近づいてくる。


「全員、入口から離れてください」


 フィオナが前へ出る。


 淡い緑色の結界が広がり、俺たちだけでなく、三枝さんや土地管理の職員までまとめて包んだ。


 葛城さんは今回同行していない。


 戦闘になるなら、無理に中へ入る理由もない。


「ラヴィ」


「はい!」


「攻撃は、敵対行動を確認してからです」


 セラが念を押す。


「分かってます!」


「術式構築を始めていますね」


「準備だけです!」


 ラヴィの背後には、既に小さな赤い魔法陣が浮かんでいた。


「シエル。見える?」


「深度二十七メートル。大型人工物」


「大きさは?」


「全長四・八メートル。高さ二・六メートル。脚部六。上部に作業腕二」


「人型じゃないのか」


「違う」


 イリスが補足した。


「採掘従機」


「知ってる?」


「型は知ってる」


「ここの個体も?」


「それは知らない」


 足音が大きくなる。


 暗闇の向こうに。


 黄色い光が二つ浮かんだ。


 最初は目に見えた。


 だが近づくにつれ。


 それが照明だと分かる。


 現れたのは。


 黒鉄色の巨大な機械だった。


 六本の太い脚。


 背中には岩石を積むための荷台。


 前方には、削岩用らしい二本の腕。


 装甲の大半は傷だらけで。


 片側の照明は半分割れている。


 それでも。


 まだ動いていた。


『搬出経路――障害物検出』


 機械音声。


『再計算』


 六本脚が止まる。


 巨大な採掘従機は。


 結界越しに俺たちを見た。


『未登録人員』


 ラヴィの魔法陣が少し大きくなる。


『六環式補助機構――確認』


「認識した」


 三枝さんが小さく呟く。


『第六中枢機――確認』


『第一から第五補助機――確認』


『契約者――照会』


 黄色い光が俺へ向いた。


『該当情報なし』


「またか」


 東第七ダンジョンでも。


 俺は臨時整備責任者として後から登録された。


「イリス。こっちでも代理登録できる?」


「試す」


 イリスが小さな手を向ける。


『第六中枢機権限』


『契約者・白石直人を、第二採掘集積拠点の臨時保守管理者として登録要求』


 一秒。


 二秒。


『要求受理』


『中央管理領域へ照会』


 そこで。


 止まった。


『中央管理領域――応答なし』


「やっぱり切れてるか」


『非常規定へ移行』


『六環式補助機構全機稼働を確認』


『契約者を臨時保守管理者として登録』


「通った」


 イリスが頷く。


 採掘従機の黄色い光が。


 赤ではなく、青へ変わった。


『臨時保守管理者――確認』


『作業報告を開始します』


「いきなり?」


『採掘従機百二十八機』


『稼働可能――一機』


 空気が。


 少しだけ変わった。


「……一機?」


 俺が聞き返す。


『百二十七機、停止』


『うち、回収可能地点確認済み――八十四機』


『位置不明――四十三機』


 イリスが。


 眠そうではなくなった。


「ずっと一人だった?」


 返事は。


 機械的だった。


『質問形式を解析』


『当機稼働期間――記録欠損』


『最終全機同期以降の連続作業時間――算出不能』


「どのくらい昔か分からないのか」


「たぶん」


 イリスが言う。


「でも、すごく長い」


 採掘従機の背中には。


 黒銀色の鉱石が大量に積まれている。


「それ、今採ってきた?」


 コレットが一歩前へ出た。


 目が完全に仕事の色になっている。


『肯定』


「品目は?」


『低密度伝導鉱』


「低密度?」


 シエルがすぐ解析する。


「現代名称との照合中」


 数秒。


「魔導銀の原鉱に近い組成を確認」


「じゃあ」


 コレットが荷台を見上げる。


「東第七ダンジョンで使っている黒い残滓の、加工前資源?」


「可能性、高い」


 シエル。


「でも」


 コレットはすぐ周囲を見回した。


「これは持ち帰りません」


 ラヴィが振り返る。


「またですか!?」


「またです」


「価値あるんですよね?」


「あります」


「なら!」


「土地、採掘権、施設管理権、資源所有権。何一つ確定していません」


 土地管理の職員が。


 再び深く頷く。


「本当に助かります」


「当然です」


 コレットは荷台から視線を外した。


「社長。今日は発見確認だけで十分です」


「ああ」


 俺も同意する。


 入口を見つけた。


 施設が存在した。


 稼働機もいた。


 それだけで。


 今日の成果としては大きすぎる。


「中へ入らない?」


 三枝さんが尋ねる。


「入りません」


 フィオナが先に答えた。


「内部安全性が未確認です」


「シエルは?」


「入口から確認できる範囲だけで、崩落痕十七。高魔力域三。移動反応一」


「その移動反応って?」


「この採掘従機」


「じゃあ他に動いてる物は?」


「現時点では未確認」


 なら。


 なおさら急ぐ必要はない。


     ◇


「一つだけ聞いていいか」


 俺は採掘従機へ向き直った。


『臨時保守管理者からの質問を受理』


「どうして今も採掘してる?」


 中央管理領域は応答しない。


 他の百二十七機は止まっている。


 搬出先も。


 恐らくもう機能していない。


 なのに。


 この一機だけは。


 山の中で。


 ずっと働いていた。


『作業命令が解除されていないため』


 簡単な答えだった。


「止まれって言われてないから?」


『肯定』


「搬出できない鉱石は?」


『第二集積庫へ保管』


「集積庫がいっぱいになったら?」


『第三集積庫へ移行』


「そこも?」


『第四集積庫』


「まだあるの?」


『第十六集積庫まで存在』


 コレットの顔が固まった。


「現在、何番まで使用していますか?」


『第十四集積庫』


 今度こそ。


 誰もすぐには声を出せなかった。


「コレット」


「……計算しません」


「まだ何も言ってない」


「今は計算しません」


「どうして?」


「数字を出すと、冷静でいられる自信が少し下がります」


 珍しかった。


「でも」


 コレットは深呼吸する。


「一つだけ確認します」


『質問を受理』


「採掘済み資源の総量」


『集積庫一から十四』


『現存推定質量――四万一千八百二十六トン』


 ラヴィが口を開いた。


「四万――」


「ラヴィ」


「はい?」


「叫ばないでください」


「でも四万トンですよ!?」


「分かっています!」


 コレットも声が大きくなっていた。


「その数字がそのまま売却可能量ではありません!」


「でも!」


「品位不明! 所有権未確定! 搬出経路なし! 施設安全性未確認! 市場へ一度に出したら価格崩壊!」


「はい!」


「だから掘りません!」


「もう掘ってあります!」


「そこが一番困るんです!」


 確かに。


     ◇


 そのとき。


 採掘従機が。


 ゆっくり向きを変えた。


『作業報告終了』


『採掘作業へ復帰します』


「待って」


 イリスが止めた。


『第六中枢機からの命令を受理』


「作業、停止」


 採掘従機が。


 初めて完全に静止した。


『理由を要求』


 イリスは俺を見る。


「なおと」


「俺が決めるの?」


「臨時保守管理者」


 そうだった。


 俺は。


 採掘従機を見る。


 何百年か。


 何千年か。


 分からない。


 でも。


 一機だけで。


 終わったことにも気づかず。


 命令が消えていないという理由だけで働き続けていた。


「しばらく休止」


『期間を指定』


「次の正式調査まで」


『了解』


 一秒。


『採掘作業を休止します』


 巨大な機械の脚が折り畳まれる。


 そして。


 その場へ低く沈んだ。


「休めるんだな」


『待機状態へ移行』


「故障は?」


 シエルが外から解析する。


「損傷率六十二・八パーセント」


「そんなに壊れてるのに動いてたのか」


「複数部位が限界値付近」


 コレットも荷台ではなく。


 今度は機体を見る。


「先に直した方が良さそうですね」


「あれだけ資源見て、それを言うんだ」


「当然です」


 コレットが少しだけ眉を寄せる。


「働けなくなるまで使い潰す方が、損です」


 そういう理由ではあるらしい。


 でも。


 俺も同じ意見だった。


     ◇


 入口は。


 協会と土地管理側が封鎖することになった。


 勝手に入られないよう。


 現代側の警告柵も設置する。


 正式なダンジョン認定調査。


 土地所有者との協議。


 施設管理権の確認。


 資源権利の整理。


 環境影響調査。


 やることは。


 一気に増えた。


「社長」


 山を下りながら、コレットが一覧を表示する。


「新規案件が少なくとも七件あります」


「聞きたくないな」


「会社ですので」


「社員、俺しかいないぞ」


「六機います」


「法律上は?」


「そこは今後の課題です」


 前を歩いていたラヴィが振り返る。


「じゃあ、人を雇いましょう!」


「その話はまた今度です」


「百人!」


「多すぎます」


 シエル。


「現状業務量に必要な人員推定、三から六名」


「本当に雇う話になってる?」


「将来的には必要です」


 コレットが真面目に答える。


 ヘクサ・リンク株式会社。


 作ったばかり。


 社員は俺一人。


 それなのに。


 一つ目の古代施設には、一万件以上の修理。


 二つ目の施設には。


 停止した採掘従機百二十七機。


 そして。


 集積済み資源。


 四万一千八百二十六トン。


「なおと」


 イリスが俺の隣を歩く。


「何?」


「仕事、増えた」


「お前が場所教えたんだろ」


「うん」


「少し反省して」


「でも」


 紫色の瞳が。


 ほんの少し楽しそうに見えた。


「まだ他にもある」


「今は言わなくていい」


「いっぱい」


「本当に言わなくていい」


 退職まで。


 あと九日。


 会社を辞めたら。


 少しは時間に余裕ができると思っていた。


 どうやら。


 その見通しだけは。


 かなり甘かったらしい。


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