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第38話 地図にない入口は、山の中で眠っていた



『第二採掘集積拠点』


 その名前が、現代地図の山中へ重なったまま消えない。


 東第七ダンジョンからはかなり離れている。会社の管理区域でもなく、探索者協会の公開地図にもダンジョンとして登録されていない場所だった。


「本当にここなのか?」


「たぶん」


 イリスは俺の隣で、紫色の光を浮かべたまま答えた。


「その『たぶん』が怖いんだけど」


「昔の座標と、今の地形が少し違う」


「少し?」


 シエルがすぐ補足する。


「地殻変動、河川位置、道路建設を考慮すると、誤差範囲は半径二・八キロメートル」


「それ、山で探すには広くない?」


「なので調査が必要」


 簡単に言われた。


 コレットは既に別の問題を見ている。


「社長。明日すぐ現地へ向かうのは反対です」


「分かってる」


「よかったです」


「そんなに信用ない?」


「改善しています」


 またその言い方だ。


「理由は三つあります。第一に、土地所有者の確認。第二に、探索行為が必要になった場合の許可。第三に、もし本当に未登録ダンジョンだった場合の発見報告手順です」


「勝手に山へ入って、入口だけ見つけて帰るのも?」


「場所によります」


「なるほど」


「さらに」


 コレットが四つ目の項目を追加する。


「旧施設に残っている資源が、現在の法制度上誰に帰属するかも不明です」


「まだ見つけてもいないのに?」


「見つけてから揉めるより先に考えます」


 やっぱりコレットだった。


     ◇


 翌朝。


 俺は出社前に、探索者協会へ連絡を入れた。


 事情を説明すると。


 思ったより反応が早かった。


「未登録ダンジョンの可能性があるなら、協会側でも確認します」


 電話越しの支部職員が答える。


「場所の情報を送ってください」


「まだ確定じゃないですよ?」


「それでもです。既存の登録情報と照合します」


「分かりました」


 イリスが出した旧座標。


 シエルが補正した現代推定位置。


 それを送る。


 数分後。


「……確かに、その周辺に登録ダンジョンはありません」


「じゃあ未発見?」


「断定はできません。自然洞窟や旧鉱道の可能性もあります。ただ」


「ただ?」


「過去二十年間に、その周辺で小規模な魔力異常報告が三件あります」


「三件?」


「どれも単発で、継続性がなかったためダンジョン認定には至っていません」


 イリスを見る。


 本人は朝食のパンを食べながら、眠そうにこちらを見ていた。


「関係あると思う?」


「あるかも」


「もう少し自信ほしいな」


「近くまで行けば分かる」


 そこは中枢機らしい。


「協会としては」


 電話の向こうで職員が続ける。


「現地確認を共同で行いたいです。未登録ダンジョンだった場合、白石さん側の発見情報として記録します」


「会社名義?」


「情報提供主体がヘクサ・リンク株式会社であれば、法人名義にできます」


 コレットの顔が上がった。


「お願いします」


 横から即答した。


「聞こえました」


 職員が少し笑う。


     ◇


 問題は土地だった。


 山の大半は私有地。


 一部だけ市有林。


 旧座標の中心点は。


 ちょうど私有地と市有林の境界付近にある。


「面倒そうだな」


「普通です」


 コレットが答える。


「土地に権利者がいるのは当然です」


「ダンジョンって、勝手に発生するんだろ?」


「発生しても土地の権利が消えるわけではありません」


「そりゃそうか」


 協会を通じて自治体へ照会。


 さらに土地所有者へ、現地確認の許可を取る。


 俺たちだけなら何日もかかりそうな手続きだったが。


 未登録ダンジョン候補。


 しかも既に協会と継続契約を持つ法人からの情報提供。


 そのため、話は意外と早く進んだ。


 三日後。


 現地調査の許可が下りた。


「退職まで?」


「九日です」


 セラが答える。


「まだ社員なんだよな」


「平日は」


 イリスが言う。


「今日は社長」


「土曜日だから?」


「うん」


「区分が分かりやすいな」


     ◇


 山へ入る当日。


 同行したのは。


 俺たち七人。


 協会から三枝さんと、地質・ダンジョン形成を専門に見る調査員が一人。


 土地管理側からも職員が一人来ていた。


 朝八時。


 登山道から外れた地点で。


 シエルが空中へ地形図を表示する。


「推定中心点まで一・七キロメートル」


「道は?」


「ありません」


「ですよね」


 ラヴィが楽しそうに周囲を見る。


「探検っぽいですね!」


「今日は戦闘目的ではありません」


 セラが釘を刺す。


「分かってます!」


「返答が早すぎます」


「信用してください!」


 フィオナは俺の靴紐まで確認している。


「直人さん。傾斜が続きますので、疲労を感じる前に言ってくださいね」


「大丈夫」


「まだ登っていません」


「先に言っただけ」


「では記録しておきます」


「何を?」


「開始時点では大丈夫だったことを」


 それ必要なのだろうか。


 コレットは。


 山に入ってから何度も地面を見ていた。


「どうした?」


「鉱物反応があります」


「もう目的地?」


「いいえ。現代でも珍しくない鉄系鉱物です」


 少し先へ進み。


「これは低品質ですが売却可能な石材」


「拾う?」


「今日は拾いません」


「えらい」


「所有権未確認です」


「そっちか」


「当然です」


     ◇


 一時間ほど登ったところで。


 イリスが足を止めた。


「近い」


「分かる?」


「うん」


 紫色の瞳が。


 眠そうではなくなる。


「古い通信」


「生きてる?」


「死にかけ」


「また壊れてるのか」


「古いから」


 もう聞き慣れた。


「方向は?」


 イリスが山肌を指さす。


 そこには。


 崖。


 木。


 苔。


 それだけ。


「入口なんてないぞ」


 三枝さんが言う。


「埋まってる」


 イリス。


「どれくらい?」


「いっぱい」


「またその単位」


 シエルが解析を始める。


「地下空間反応を確認」


 全員の顔が変わった。


「本当にある?」


 地質調査員が機器を向ける。


「こちらでも空洞反応があります」


「深さは?」


「地表から七メートル前後」


「七メートル?」


「入口が崩落した可能性が高いですね」


 つまり。


 掘らないと入れない。


「ラヴィ」


「はい!」


「今、絶対撃とうと思っただろ」


「少しだけ!」


「禁止」


 セラが先回りした。


「爆破による開口は、内部構造を損傷する恐れがあります」


「分かってます……」


 ラヴィがしょんぼりする。


 そこで。


 コレットが崖の前へしゃがんだ。


「社長」


「何か分かった?」


「土砂の中に人工物があります」


 橙色の光。


 表面の土だけが少しずつ分離される。


「勝手に掘って大丈夫?」


 土地管理の職員が答える。


「この範囲なら、調査許可に含まれています。ただし大規模掘削は別申請です」


「では最小限にします」


 コレット。


 シエル。


 イリス。


 三人で位置を絞る。


「この下」


 イリスが指す。


「深度六・四メートル」


 シエル。


「人工構造物、幅推定三・二メートル」


 コレット。


「周囲土砂を全部除去する必要はありません。上部の認証部だけ露出できれば、設備側から開口処理できる可能性があります」


「そんな機能ある?」


 イリスが頷く。


「入口、自分で掘る」


「便利だな」


「生きてれば」


「不安になる一言つけるな」


     ◇


 結局。


 協会の小型掘削機材を使い。


 土砂を少しずつ除去した。


 俺たちも。


 手で持てる石を運ぶ。


 ラヴィは。


 魔法を使えないのが不満そうだったが。


 途中から普通に一番多く石を運んでいた。


「戦闘より地味です!」


「助かってるよ」


「マスターに褒められました!」


 そこから。


 急に速度が上がった。


 単純だった。


 二時間後。


 土の中から。


 黒い金属板の一部が現れる。


 六角形。


 紫色の細い線。


「同じ文明だ」


 三枝さんが息を吐く。


 イリスが前へ出る。


 小さな手をかざす。


『第六中枢機――接続』


 反応。


 なし。


「駄目?」


「待って」


 もう一度。


『六環式補助機構――接続要求』


 紫色の線が。


 一度だけ。


 弱く光った。


「生きてる」


「開けられる?」


「電力不足」


「魔力?」


「うん」


 セラが俺を見る。


「直人様」


「やる?」


「最小供給で試します」


「フィオナ?」


「結界を展開します」


「シエル?」


「供給上限を監視」


「コレット?」


「設備所有情報を記録します」


「ラヴィ?」


「待ってました!」


「攻撃じゃないぞ」


「魔力変換なら仕事です!」


 六人が。


 自然にそれぞれの位置へ動く。


 俺は。


 黒い板へ右手をかざす。


「開始する」


 白い光。


 セラが圧を落とし。


 ラヴィが古代設備用へ変換。


 シエルが数値を調整。


 フィオナが全員を守り。


 コレットが権限情報を拾い。


 イリスが接続を通す。


『契約者魔力を確認』


 地面が。


 低く震えた。


「来る」


 イリスが言う。


 次の瞬間。


 崖の表面から。


 土砂が左右へ押し出され始めた。


「自動掘削機能?」


 地質調査員が驚く。


「埋没時開口処理」


 イリスが答える。


 何百年。


 何千年。


 山の中で眠っていた入口が。


 自分の周囲の土を押し退け。


 少しずつ姿を現す。


 黒い巨大扉。


 高さ四メートル。


 その中央に。


 古代文字が浮かんだ。


『第二採掘集積拠点』


『施設状態――休眠』


「本当にあった……」


 三枝さんが呟く。


 俺も。


 何も言えなかった。


 地図にはない。


 ダンジョン登録もない。


 誰も知らなかった場所。


 でも。


 イリスの古い記憶は。


 間違っていなかった。


『六環式補助機構――認証』


『契約者――認証』


『外部からの再接続を確認』


 そして。


 次の表示。


『内部資源量を照会』


 コレットの身体が。


 ぴたりと止まった。


「コレット?」


「……待ってください」


 数字が出る。


 鉄系魔導鉱。


 高密度魔力鉱。


 希少伝導鉱。


 用途不明資源。


 単位が。


 キログラムではない。


 トン。


 その先も。


 さらに桁が続く。


「社長」


「何?」


「先ほど」


 コレットの声が。


 珍しく少し震えている。


「山くらい、とイリスが言いましたね」


「ああ」


「訂正します」


「少なかった?」


「逆です」


 琥珀色の瞳が。


 表示された数字を見つめる。


「山の中身が」


 一呼吸。


「ほぼ、そのまま資源です」


 ラヴィが。


 両手を上げた。


「じゃあ掘りましょう!」


「掘りません!」


 コレットが。


 今までで一番大きな声を出した。


「どうしてですか!?」


「権利関係が何一つ確定していません!」


 土地管理職員が。


 ものすごく深く頷いていた。


「その通りです」


「まず所有者。採掘権。ダンジョン認定。環境調査。搬出経路。安全性。市場影響――」


「コレット」


「何ですか、社長!」


「落ち着いて」


「これが落ち着いていられますか!」


 どうやら。


 大量の金になる資源を目の前にすると。


 コレットは興奮して掘り始めるのではなく。


 確認項目を増やすタイプらしい。


「なおと」


 イリスが俺の袖を引く。


「何?」


「まだ入らない方がいい」


「危険?」


「うん」


 紫色の瞳が。


 開いた扉の奥を見る。


 暗い。


 照明も。


 まだ戻っていない。


「中」


 一拍。


「誰か動いてる」


 全員が黙った。


「警備機?」


 ラヴィの声だけが少し嬉しそうになる。


「分からない」


「敵?」


「分からない」


「生き物?」


「……たぶん違う」


 イリスが。


 俺の袖を握る力を少しだけ強めた。


「六環じゃない」


 山の中で。


 誰にも知られず眠っていた第二採掘集積拠点。


 そこには。


 資源だけではなく。


 俺たちを待っていたのかどうかも分からない何かが。


 まだ動いていた。


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