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第37話 今日は社員ではなく、取引先として入ります



 退職まで、あと十二日。


 土曜日の朝、俺は平日と同じ東都ダンジョン資源開発株式会社の本社前に立っていた。


 ただし今日は、いつもの社員証を使わない。


「白石さん……じゃなかった。社長、そちらは鞄へしまってください」


 隣にいたコレットが、俺の手元を指さした。


「分かってるよ」


「無意識に社員証を出そうとしていました」


「五年も使ってるからな」


 代わりに首から下げるのは、受付で発行された来客用の入館証だった。


『ヘクサ・リンク株式会社』


『白石直人』


 その下には、《訪問先 古代技術事業準備室》と印字されている。


「同じ建物なのに、入口から違うんだな」


「当然です。本日は東都ダンジョン資源開発株式会社の社員としてではなく、弊社代表として来ています」


 コレットはすっかり仕事の顔だ。


 今日同行しているのは、コレットとシエル、それにセラ。


 正式契約となった古代遺物解析業務の第一回目である。


 ラヴィは必要ない。


 本人は最後まで「何か爆発する古代兵器があるかもしれません!」と主張していたが、セラに却下された。


 フィオナは自宅から俺の体調を遠隔監視。


 イリスは古代施設の通信管理室で、復旧した回線の点検をしている。


 六機全員が、毎回同じ仕事へ付いてくる必要はない。


 それぞれ得意な仕事がある。


 ヘクサ・リンクが会社になったことで、その当たり前のことも少しずつ形になり始めていた。


「直人」


 シエルが俺の社員証を見る。


「今日使用すると、入退館記録上は休日出勤になります」


「使わないって」


「念のため」


「コレットみたいになってきたな」


「契約上の区分は重要」


 二人が揃って頷いた。


 最近、この組み合わせは強い。


     ◇


「いらっしゃいませ。御社名をお願いします」


 休日受付の社員に尋ねられた。


「ヘクサ・リンク株式会社です。十時から古代技術事業準備室と打ち合わせがあります」


「少々お待ちください」


 社員が予約一覧を確認する。


 俺の顔を見て。


 もう一度一覧を見る。


 それから、少し困った顔をした。


「あの……白石さん、ですよね?」


「はい」


「第五資料室の」


「平日はそうです」


「今日は?」


「取引先です」


「……なるほど?」


 納得していない顔だった。


 俺も完全には納得していないので仕方ない。


 来客用の入館処理を終えると、いつもなら自由に通れるゲートを、今日は受付社員に開けてもらう。


「変な感じですね」


「俺もです」


「十二日後からはこちらが通常になります」


 コレットが言う。


「そう考えると、今のうちに慣れておいた方がよいでしょう」


「退職しても結構ここへ来るのかな」


「解析契約が継続する限りは」


 エレベーターへ乗る。


 いつもなら地下階を押す。


 今日は。


 技術本部のある七階。


 指が一瞬だけ地下へ向かい。


 途中で止まった。


「習慣というものは興味深い」


 シエルが見ていた。


「言わなくていい」


「地下階選択率、出社時直近百回では――」


「本当に言わなくていい」


     ◇


 古代技術事業準備室には、既に十人ほどの社員が集まっていた。


 部屋の中央には、以前シエルが第四保管庫で解析した古代遺物が並んでいる。


「お待ちしていました」


 準備室の責任者が俺たちを迎えた。


「本日はよろしくお願いします、白石社長」


「……よろしくお願いします」


 一瞬、反応が遅れた。


「社長」


 コレットが小声で注意する。


「聞こえてる」


「返事が〇・八秒遅延」


 シエルまで言う。


「まだ慣れてないだけだよ」


 責任者が笑った。


「私たちも少し呼びづらいですよ。来週まで同じ社員ですから」


「ですよね」


 それで少し楽になった。


 今日の契約内容は、三時間の古代遺物解析。


 シエルが主担当。


 セラは、必要になった場合の古代設備起動と俺の魔力制御。


 コレットは、資源価値と再利用性、契約範囲の管理。


 俺は六機との接続が必要な場合の契約者。


 業務範囲は最初からはっきりしている。


「では、お願いします」


「解析を開始」


 シエルの青緑色の瞳へ、細かな術式と数字が流れ始めた。


     ◇


 一時間半後。


 予定していた二十四点のうち、十九点まで解析が終わっていた。


「第十九号」


 シエルが机の上に置かれた金属箱を見る。


「古代式食料保存容器」


 準備室の社員が端末へ入力する。


「研究価値は?」


「低い」


「低いんだ……」


「ただし現代製品より魔力消費効率は約六十八パーセント優秀」


 社員の手が止まった。


「それ、十分研究価値ありません?」


「軍事・高出力魔導技術としては低い」


「生活用品としては?」


「高い」


 責任者が頭を抱える。


「評価軸を変えないと駄目だな……」


 少し前の会社なら。


 強い魔法を出せない。


 大きな魔力反応がない。


 それだけで低性能と判断していた。


 六機がそうだったように。


「次」


 二十点目。


 細長い黒い板。


 シエルが見た瞬間。


 いつもより少し長く止まった。


「どうした?」


「情報量が多い」


 青緑色の瞳に、数字が高速で流れる。


「第三解析機単独では完全復元不能」


「セラが必要?」


「違う」


 シエルはコレットを見る。


「第五資源機」


「わたしですか?」


「資源管理形式の記録がある」


 コレットが黒い板へ近づく。


 琥珀色の瞳が光った。


「……これは」


「何?」


「在庫管理表です」


 準備室の社員たちが静かになった。


「在庫?」


「はい。ただし」


 コレットが空中へ古代文字を展開する。


「この一枚に、複数施設の資材入出庫記録が保存されています」


 シエルが翻訳を重ねる。


 施設名。


 搬入量。


 加工先。


 転送先。


 何百、何千という記録。


「かなり古い物流データです」


 責任者が少し残念そうに言う。


「現代では使えない?」


「いいえ」


 コレットが即座に否定した。


「非常に使えます」


「昔の在庫表が?」


「社長」


 コレットが俺を見る。


「イリスが以前、別の整備拠点が存在すると言っていましたね」


「ああ」


「この記録に」


 空中の一地点を拡大する。


「現在わたしたちが管理している《第六環外部整備拠点》の入庫履歴があります」


 つまり。


 今の東第七ダンジョン。


「さらに」


 別の行。


『供給元――第二採掘集積拠点』


 また別。


『供給元――第四深層精製拠点』


「原料の供給元……?」


「はい」


 コレットの目が、完全に仕事の色になった。


 魔導銀に加工している黒い残滓。


 今ある分だけでも数年持つ。


 だが。


 俺たちはずっと、その先を気にしていた。


 使い切ったら終わり。


 事業にするなら、新しい供給源が必要になる。


「座標は?」


 俺が尋ねる。


「現代地理への変換が必要です」


 シエルが答える。


「ただし、通信管理室の旧座標記録と照合可能」


 そこまで聞いたところで。


 コレットが手を挙げた。


「一度止めます」


「どうした?」


「ここから先は、本日の契約範囲を超える可能性があります」


 準備室の責任者も気づいたようだった。


「この遺物は弊社所有です」


「はい」


「解析業務の中で得られた情報だから、情報も全部弊社のもの――とはならない?」


「契約書をご確認ください」


 コレットがすぐ条文を表示した。


『依頼品そのものから直接取得される情報は発注者へ帰属』


『ただし、受注者固有設備・固有記録との照合によって新たに生成された情報については、双方協議』


「なるほど」


「この板に書かれている古代座標は御社の情報です」


 コレットが続ける。


「ですが、それを弊社保有の六環ネットワーク記録と照合して現代位置を特定する作業は、別業務です」


「分かりました」


 責任者は。


 嫌な顔をしなかった。


「では、それは別途共同調査として相談しましょう」


「ありがとうございます」


 普通に。


 契約どおり。


 話が進む。


 俺は少し前のことを思い出した。


 主任に。


『少しくらい見てくれてもいいだろ』


 と言われ。


 シエルが。


『契約外です』


 と断った日。


 今は。


 会社側も最初から、追加業務なら追加契約だと理解している。


 俺たちだけではなく。


 付き合い方そのものが変わっていた。


     ◇


 三時間。


「本日の契約作業を終了します」


 シエルが告げた。


 解析完了、二十三点。


 残り一点は情報量が多いため、次回へ繰り越し。


 追加で。


 古代物流記録一件。


「ありがとうございました」


 準備室の責任者が頭を下げる。


「次回もお願いします」


「こちらこそ」


 俺も頭を下げた。


 会社の廊下へ出る。


 コレットが端末を確認した。


「社長。本日の業務完了を記録しました」


「請求はいくら?」


「初回契約分、九万六千円です」


「三時間で?」


「シエルの解析業務、セラの待機・補助、わたしの資源評価。それぞれ契約済みです」


「結構するな」


「専門業務です」


 シエルが横から言う。


「直人」


「何?」


「以前この会社で、同種の古代資料整理を一人で行った時間」


「……数えなくていい」


「推定時給換算――」


「本当にやめて」


「了解」


 これ以上聞くと悲しくなりそうだ。


     ◇


 一階へ降りる。


 来客用ゲートの前。


 首から下げていた入館証を受付へ返す。


「ありがとうございました、白石様」


「こちらこそ」


 社員なのに。


 様を付けられた。


 そのまま外へ出ようとして。


 ふと。


 胸ポケットへ手を入れる。


 社員証。


 もちろんまだ持っている。


 月曜日には。


 これを使って同じ建物へ入る。


「あと十二日」


 セラが俺の横を見る。


「はい、直人様」


「変な感じだな」


「わたしは」


 セラが少し考え。


「今日の方が、自然に見えました」


「そう?」


「はい」


 コレットも頷いた。


「適切な仕事を、適切な契約で受け、適切な対価を得ました」


「それだけ聞くと普通だな」


「本来、普通であるべきです」


 シエルが静かに付け加える。


「直人が以前置かれていた状況との比較が異常」


「それは言わなくていい」


「事実」


「分かってるよ」


 会社へ入るための社員証と。


 取引先として入るための入館証。


 今日だけは。


 両方を持っていた。


 でも。


 あと十二日で。


 片方はいらなくなる。


 そして帰宅後。


 イリスへ古代物流記録を見せると。


 眠そうだった紫色の瞳が。


 すぐに開いた。


「これ」


「知ってる?」


「うん」


 イリスが。


『第二採掘集積拠点』


 の文字へ触れる。


「まだある」


「場所、分かるのか?」


「たぶん」


「どこ?」


 イリスは旧座標を見て。


 通信記録を見て。


 最後に。


 現代の地図へ一本の紫色の線を伸ばした。


 その終点を見て。


 俺は眉を寄せる。


「……ここって」


 東第七ダンジョンではない。


 会社の管理区域ですらない。


 現在は。


 誰も所有していない山中。


 そして地図上には。


『ダンジョン登録なし』


 と表示されていた。


「なおと」


 イリスが言う。


「次の入口」


 俺たちの会社にとって。


 初めて。


 今のダンジョンの外へつながる仕事が。


 見つかろうとしていた。


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