第31話 俺を窓際へ送った会社が、俺たちの商品を買いに来た
高純度魔力伝導銀を試験販売した翌々日。
朝食を食べていると、コレットの琥珀色の瞳が突然輝いた。
「白石さん」
「どうした?」
「売れました」
「それは一昨日聞いた」
「違います」
空中へ三通の文書が並ぶ。
「追加購入希望です」
「もう?」
「はい」
最初に一・〇八キログラムだけ販売した魔導銀。
研究用として購入したメーカーが性能試験を終え、その結果が協会の取引網へ共有されたらしい。
『純度――既存研究用規格を上回る』
『魔力伝導損失――現行最高級品比 約三十一パーセント低下』
『加工後性能――良好』
俺には細かい意味までは分からない。
ただ。
「かなり良かった?」
「かなりです」
コレットが答える。
「既に三社から問い合わせがあります」
「三社も?」
「一社目。東央魔導機器研究所。月二キログラムの試験継続購入」
次。
「二社目。国立魔力工学研究機構。研究用途として五百グラム」
「国立?」
「はい」
「急に話が大きくなってない?」
「品質が品質ですので」
そして。
三通目を表示する前に。
コレットが少しだけ笑った。
「三社目です」
「その顔、何?」
「白石さんもよくご存じの会社です」
嫌な予感がした。
『東都ダンジョン資源開発株式会社』
俺は箸を止めた。
「うち?」
「はい」
セラが文面を確認する。
「購入希望量、月一・五キログラム」
シエルが続ける。
「用途。古代遺物研究用高精度魔力回路」
少し前。
第四保管庫で大量の古代品を見つけた。
その研究を始めるため、高純度の魔導銀が必要になったらしい。
「向こうは、誰が作ってるか知ってる?」
「協会経由の試験販売でしたので、現段階では供給者名は非公開です」
「じゃあ知らないのか」
「ですが、正式契約時には開示されます」
ラヴィが顔を輝かせた。
「じゃあ会社に行って、『マスターの商品でした!』ってやるんですね!」
「やりません」
コレットが即答した。
「どうしてですか!?」
「取引相手を煽って何の利益があります?」
「気持ちいいです!」
「利益になりません」
「コレットは夢がありません!」
「口座残高が増える方が好きです」
強かった。
◇
「そもそも」
俺は三社の希望量を見る。
「全部受けられるの?」
合計。
月四キログラム。
今は加工設備を二台しか動かしていない。
「可能です」
コレットが答える。
「現状の安全運転でも、週一回の加工で月五から六キログラム程度まで生産できます」
「じゃあ余裕?」
「量だけなら」
その一言で分かった。
「他に問題が?」
「原料残量です」
中層に大量に残っていた黒い砂。
あれは低品位の魔力金属残滓だった。
「シエル」
「計測済み」
空中へ資源量が表示される。
『第一資源加工区画・回収可能残滓』
『推定総量――四・八トン』
「そんなに?」
「床面、排出溝、旧保管槽を含む」
「全部魔導銀になる?」
「いいえ」
コレットが答える。
「平均回収率は、現在の設備で約四・九パーセントです」
四・八トンの五パーセント弱。
それでも二百キロ以上。
「かなり持つな」
「現在の注文量だけなら数年分あります」
「なら安心じゃない?」
「いいえ」
また否定された。
「白石さん。原料を使い切る前に、新しい供給源が見つからなければ事業は終わります」
「数年先だぞ?」
「事業計画では考えます」
「起きてまだ二週間くらいなのに?」
「第五資源機ですので」
いつもの答えだった。
イリスがテーブルに頬をつけたまま呟く。
「もっと下にある」
「原料?」
「うん」
コレットが即座に振り返る。
「どのくらいですか?」
「いっぱい」
「単位でお願いします」
「……山くらい」
「容積は?」
「忘れた」
「後で接続記録を確認させてください」
「眠くなければ」
「重要案件です」
「じゃあ、お菓子」
「経費になるか確認します」
「またそこからなのか」
◇
問題はもう一つあった。
「販売価格を上げます」
コレットが言った。
「え?」
「初回は試験販売価格でした」
「十六万二千円でも?」
「純度と性能が実証されました」
市場価格を比較した表が出る。
「次回から、一キログラムあたり十八万円を基準にします」
「高くない?」
「既存の最高級研究品より性能が高く、なおかつ同等品より安価です」
「じゃあ適正?」
「むしろ普及段階までは抑えています」
ラヴィが首を傾げる。
「もっと高く売れるなら、高く売ればいいのでは?」
「短期なら」
「じゃあ!」
「ですが、買い手が研究に使えない価格では市場が育ちません」
「市場を育てる?」
「継続的に買っていただいた方が、最終的な利益は大きくなります」
「お金って本当に面倒ですね……」
「だからわたしがいます」
最近、この会話を何度も聞いている気がする。
◇
昼休み。
会社の第五資料室で古い帳票を整理していると。
主任が入ってきた。
「白石」
「はい」
「購買部から問い合わせが来てる」
「俺に?」
「ああ」
差し出された社内端末を見る。
『高純度魔力伝導銀の新規仕入先について』
やっぱり。
「お前、協会に出入りしてるだろ」
「しています」
「最近出た新素材の供給元、何か知らないか?」
俺は少し迷った。
嘘をつく必要はない。
「知っています」
主任の顔が明るくなる。
「本当か?」
「俺たちです」
「……は?」
「俺と六機で復旧した古代加工設備から出ています」
数秒。
主任は動かなかった。
「お前が?」
「はい」
「この魔導銀を?」
「俺一人じゃないですけど」
「でも供給元は――」
「現状は俺個人と六機です。販売は協会経由です」
主任が端末を見る。
俺を見る。
また端末を見る。
「……冗談だろ?」
「契約するときに供給者情報も開示されると思います」
黙った。
前なら。
ここで何か嫌味を言われると思っていた。
だが。
主任は何も言わなかった。
「これ」
「はい?」
「値引きとか」
「俺には決められません」
「持ち主だろ」
以前にも聞いた言葉だった。
「価格と契約はコレットが担当してます」
「またあの茶色い子か……」
「はい」
主任の肩が少し落ちた。
既に一度、契約で完全に負けている。
「社員割引みたいなのは?」
「商品を会社へ売るのに社員割引ってあります?」
「……ないな」
「ないですね」
会話が終わった。
◇
その日の夕方。
今度は黒川部長に呼ばれた。
会議室へ行く。
黒川部長。
購買部の課長。
技術部の担当者。
俺。
そしてスマートフォン越しのコレット。
『改めまして、第五資源機です』
「……よろしく頼む」
購買課長は普通だった。
変な先入観がないらしい。
「月一・五キログラムの購入を希望しています。継続供給は可能ですか?」
『可能です』
「価格は?」
『一キログラム十八万円です』
「初回販売時より上がっていますが」
『試験販売価格だったためです』
「性能証明書は?」
『協会鑑定書と、購入先研究所の公開可能な試験結果を添付します』
「納期は?」
『月末一括、または月二回の分納が可能です』
普通の商談だった。
本当に。
普通の。
だからこそ。
妙な感じがした。
会社から産廃として押し付けられた六機。
その六機が直した設備。
その設備で作った商品を。
今。
俺を窓際へ送った会社が。
正式な価格で買おうとしている。
黒川部長が途中で尋ねた。
「白石」
「はい」
「社員なのだから、多少融通を――」
『それは別契約です』
コレットが即座に遮った。
購買課長が黒川部長を見る。
「部長」
「何だ」
「社員個人との取引だからこそ、相場から外した条件は避けた方がいいでしょう」
「……そうだな」
意外だった。
購買部はまともらしい。
『こちらも御社だけ特別に高くするつもりはありません』
コレットが続ける。
『他社と同条件です』
「それでお願いします」
購買課長が言った。
話は。
十分ほどでまとまった。
◇
帰宅後。
コレットが新しい一覧を表示した。
『月間継続購入希望』
東央魔導機器研究所。
二キログラム。
国立魔力工学研究機構。
〇・五キログラム。
東都ダンジョン資源開発株式会社。
一・五キログラム。
『月間売上見込――七十二万円』
「七十二万?」
「粗売上です」
「それでも……」
「ここから協会手数料、設備維持費、原料管理費、税金の積立等を差し引きます」
「手取りは?」
「現時点の試算で、四十万円台後半です」
定期納品。
協会の月額調査契約。
シエルの業務委託。
そこへ。
魔導銀の継続販売。
「白石さん」
コレットが俺を見る。
「これが毎月継続すれば」
「ああ」
「三か月連続安定利益、という退職条件を満たせる可能性がかなり高くなりました」
今まで。
何度も。
まだ辞めるなと言われた。
そのコレットが。
今日は止めなかった。
「あと何か月?」
「現在、安定利益として認定できるのは二か月分です」
「じゃあ」
「あと一か月」
琥珀色の瞳が細くなる。
「来月も同じ水準を維持できた場合」
一呼吸。
「白石さん」
「うん」
「退職届を用意してよい段階に入ります」
ラヴィが勢いよく立ち上がった。
「ついに会社を辞めるんですか!?」
「まだ一か月あります」
「送別会の火球を――」
「禁止します」
セラ。
「では花火を――」
「魔法以外にしてください」
フィオナ。
「退職祝い予算を設定します」
コレット。
「直人の退職衝動、八十九・六パーセント」
シエル。
「高すぎるだろ」
「現在九十二・一」
「上がった!?」
最後に。
イリスが俺の隣へ寄ってきた。
「なおと」
「ん?」
「もう少し」
「ああ」
小さな頭が腕へ寄りかかる。
「ちゃんと辞めて」
「ちゃんと?」
「逃げるみたいにじゃなくて」
眠そうな声で。
イリスは言った。
「なおとが、選んで辞める」
少し前まで。
辞めさせられないために。
何でも受け入れていた会社。
今は。
その会社からもらう給料より。
その会社へ売る商品の利益の方が、大きくなろうとしていた。
あと一か月。
俺が窓際社員でいる時間にも。
ようやく。
終わりが見え始めていた。




