第30話 会社を作る前に、最初の商品が売れた
「会社の名前、ですか?」
翌日の朝。
コレットが食卓へ資料を広げた瞬間。
ラヴィが勢いよく手を挙げた。
「《白石最強魔法会社》!」
「却下します」
セラが一秒で答えた。
「まだ何も説明してません!」
「名称だけで十分です」
「格好いいじゃないですか!」
「会社名としての信用度が低いです」
シエルまで追撃する。
「検索時に類似名称と混同する可能性、四十一・七パーセント」
「そんな会社あるんですか!?」
「最強、魔法、白石のいずれかを含む名称なら多数存在」
「全部入ってる会社は!?」
「確認していません」
「じゃあいいじゃないですか!」
朝から元気だった。
「そもそも」
俺は味噌汁を飲みながら言う。
「まだ会社を作るって決まったわけじゃないだろ」
「はい」
コレットが頷く。
「法人化はまだです」
「じゃあ、どうして名前を?」
「準備です」
空中へ予定表が表示される。
『安定利益三か月――未達』
『事業準備資金――積立中』
『施設資源使用権――協議中』
『販売経路――試験運用予定』
「会社を作る前に決めることが増えてるな」
「作ってから困るより良いです」
フィオナがにこやかに言う。
「直人さんが無理なく働ける会社にしましょうね」
「そこが第一条件?」
「はい」
「利益より?」
「はい」
コレットが横を見る。
「利益も必要です」
「健康あっての利益です」
「同意します」
意外と争わなかった。
「なおと」
イリスがテーブルへ頬をつけたまま呟く。
「会社名」
「何か案ある?」
「なおとの会社」
「そのままだな」
「分かりやすい」
「登記で困りそうだ」
「じゃあ」
少し考える。
「六環」
セラが反応した。
「《ヘクサ・リンク》ですか」
「うん」
六機一組。
俺と六人をつないでいる名前。
「悪くないかもな」
コレットがすぐ検索を始める。
「法人名、商標、同名事業者。後で確認します」
「まだ仮だからな?」
「仮称として保存します」
ラヴィが不満そうにする。
「最強は入れないんですか?」
「入りません」
「一文字も?」
「入りません」
「では《ヘクサ・リンク最強――》」
「入りません」
◇
その日の午後。
俺たちは探索者協会で、もっと現実的な話をしていた。
「結論から申し上げます」
支部長が資料を開く。
「第一資源加工区画で生成される物資について、白石さん側の使用権を認める方向で整理します」
「本当に?」
「ただし、条件があります」
隣にいたコレットの姿勢が少し変わる。
「伺います」
支部長が説明する。
地下施設そのものは、現在の管理区域内に存在する。
そのため、施設から無制限に資源を持ち出して自由販売することはできない。
一方で。
復元された古代記録には。
『六環式補助機構維持資産』
『使用権者――六環契約者』
と明確に残されている。
さらに。
設備を復旧したのも俺たち。
動力供給を可能にしているのも俺の魔力。
「そのため」
支部長が続ける。
「まず三か月間、試験的な共同事業として扱いたいと考えています」
「共同事業?」
「加工設備で生成された資源を協会経由で販売。管理費、鑑定費、販売手数料を差し引いた残額を白石さん側へ支払います」
コレットが割合を見る。
「実質、売上の七十二パーセント前後がこちらへ」
「品目によって変動します」
「妥当です」
即答だった。
「いいの?」
俺が小声で聞く。
「協会側が管理、安全、鑑定、販売先確保を担当します」
コレットも小声で返す。
「今のわたしたちには営業部も法務部もありません」
「確かに」
「最初から全部自前にする方が非効率です」
支部長が苦笑する。
「交渉されるかと思っていました」
「必要ならします」
コレットが微笑む。
「今回は必要ありません」
怖い。
「一つ確認があります」
「どうぞ」
「生産量をこちらで調整できますか?」
「安全範囲なら」
「では、まず少量生産にします」
支部長が少し意外そうな顔をした。
「最大まで動かさないんですか?」
「市場価格を壊したくありません」
コレットが答える。
「それに、設備が何百年停止していたか分かりません。連続運転の耐久試験も必要です」
「白石さん」
三枝さんが俺を見る。
「本当に起動して十日くらいなんですよね、この子」
「そうです」
「もう会社の経理部より詳しそうですね」
「白石さんの会社と比較する必要はありません」
コレットがさらっと言った。
「まだ辞めてないからな?」
「存じています」
◇
試験販売の第一号は。
前回と同じ、高純度魔力伝導銀になった。
ただし。
今日は一基だけではない。
復旧した加工設備のうち二基を稼働させる。
「第一精製機、起動」
「第二精製機、起動」
イリスの権限で設備が目を覚ます。
コレットが投入量を指定。
シエルが処理状態を監視。
ラヴィが熱変換術式を補助し。
フィオナが異常発生時に備える。
セラが俺の魔力を設備用へ落とす。
「直人様。供給開始をお願いします」
「ああ」
胸の奥から。
白い光が二本伸びた。
『契約者魔力を確認』
『資源加工設備――稼働』
黒い砂が。
二つの加工槽へ吸い込まれていく。
以前なら。
ただの床の汚れにしか見えなかったもの。
それが。
一時間後。
銀白色の塊へ変わって出てきた。
「処理終了」
コレットが一つずつ回収する。
「総重量、一・〇八キログラム」
「一キロ?」
前回が百八十六グラムだった。
今回は約六倍。
「暫定査定額」
琥珀色の文字が浮かぶ。
『十六万二千円』
「三時間くらいで?」
「設備準備を含めて二時間四十六分です」
ラヴィが目を輝かせる。
「じゃあ明日は十台全部!」
「動かしません」
「どうしてですか!?」
「試験販売と言いました」
「売れるのに!」
「売れる量と、作ってよい量は別です」
ラヴィには一番難しい考え方らしい。
「なおと」
イリスが俺の袖を引く。
「全部動かすと」
「壊れる?」
「それもある」
「他には?」
「私、忙しい」
「そこ?」
「十台、見るの大変」
「中枢機なんだから頑張ってくれ」
「……給料いる」
コレットが即座に反応した。
「将来的に役員報酬として検討します」
「お菓子でもいい」
「経費区分を確認します」
「そこで真面目に検討するのか」
◇
銀はその日のうちに。
協会経由で、魔導機器メーカーの研究部門へ試験販売された。
用途は。
高精度魔力回路の試作。
現代品より純度が高いため。
研究用としてすぐ買い手がついたらしい。
販売額。
十六万二千円。
そこから協会側の管理費や鑑定費を差し引き。
俺たち側へ入る予定額。
「十一万六千六百四十円です」
コレットが表示した。
「一回で十一万……」
「まだ一回です」
「分かってる」
「設備の耐久性も未確認」
「分かってる」
「原料残量も完全には把握できていません」
「分かってるって」
「でしたら結構です」
でも。
コレットの口元も少し緩んでいる。
「嬉しい?」
「利益が出ましたから」
「やっぱり」
「それだけではありません」
琥珀色の瞳が。
俺ではなく。
六人を見る。
「姉妹全員で動かした設備から、初めて正式な売上が発生しました」
セラ。
ラヴィ。
シエル。
フィオナ。
イリス。
「なので」
少しだけ。
コレットの声が柔らかくなる。
「これは、わたしたち六機で稼いだ最初のお金です」
「俺も魔力出したんだけど」
「もちろん白石さんもです」
「七人だな」
コレットが一瞬止まる。
そして笑った。
「はい」
「七人で稼いだ最初の売上」
「その表現で保存します」
セラが頷く。
「わたしも保存します」
「二重に保存する必要ある?」
「重要ですので」
◇
帰宅後。
コレットが今月の収支予測を更新した。
会社の給与。
定期納品。
協会との月額調査契約。
シエルの業務委託。
そして。
古代資源加工の試験販売。
数字が。
初めて大きく会社員給与を超えた。
「白石さん」
「うん」
「まだ二か月目です」
「言われると思った」
「退職条件は三か月連続です」
「分かってる」
「さらに、この加工収入は安定性評価が未確定です」
「それも分かってる」
「ですが」
コレットが表示を一つ切り替えた。
『法人設立準備』
今まで。
『検討』
だった欄が。
『開始可能』
へ変わっている。
「もう準備していいの?」
「辞める前に準備する方が安全です」
「何から?」
「口座、事業内容、必要資金、会計方式、契約書式」
どんどん出てくる。
「あと」
コレットが最後に表示した。
『法人名――仮称』
『ヘクサ・リンク』
「これ、本当に使うの?」
「まだ仮です」
横からラヴィが覗く。
「《ヘクサ・リンク最強》に――」
「しません」
「最後まで言わせてください!」
フィオナが笑い。
シエルは候補名の重複率を計算し。
セラは黙って《ヘクサ・リンク》という文字を見つめ。
イリスだけは。
俺の隣で既に眠っていた。
まだ。
会社は作っていない。
仕事も辞めていない。
けれど。
俺たち七人の仕事には。
初めて。
仮の名前が付いた。
《ヘクサ・リンク》。
そしてその日。
会社を作るより先に。
最初の商品は、もう売れていた。




