第29話 二万七千九百円を売らずに、壊れた設備へ戻した
前回の調査で精製した、高純度魔力伝導銀。
百八十六グラム。
暫定査定額。
二万七千九百円。
「これ、売らないの?」
翌朝。
探索者協会の保管室で銀白色の塊を見ながら尋ねると、コレットは即答した。
「売りません」
「結構いい値段だったけど」
「だからこそです」
コレットが空中へ二つの数字を表示する。
『売却した場合――約二万七千九百円』
『設備修復へ使用した場合――算定不能』
「算定不能?」
「第二魔力循環路が復旧すれば、第一資源加工区画の設備を最大十基まで再稼働できる可能性があります」
「二万七千九百円より価値がある?」
「その可能性が非常に高いです」
コレットは銀塊を見つめる。
「最初に作れた商品を売りたくなる気持ちは分かります」
「コレットなら真っ先に売ると思ってた」
「失礼ですね」
「違うの?」
「わたしは利益が好きなのであって、目先の現金だけが好きなのではありません」
胸を張る。
「設備へ戻した方が増えるなら、そちらを選びます」
「なるほど」
「ただし」
琥珀色の瞳がきらりと光った。
「あとで百倍にして回収します」
「やっぱりコレットだった」
◇
今日の目的は。
『緊急度A――二件目』
『第二魔力循環路の復旧』
協会側からは三枝さんと葛城さんが同行する。
ただし、中層へ入ってすぐ。
イリスが足を止めた。
「……いる」
「何が?」
紫色の瞳が通路の先を見る。
「警備機」
三枝さんの顔が引き締まった。
「前に言っていた、中層の?」
「うん」
「勝てないって言ってたやつ?」
「同型」
ラヴィだけが。
ものすごく嬉しそうだった。
「ついに!」
「喜ばないでください」
セラが止める。
「敵対状態か確認が先です」
「分かってます!」
俺たちは慎重に進む。
人工的な黒い通路。
紫色の照明。
その角を曲がった先に。
人間より一回り大きな何かが立っていた。
黒銀色の装甲。
四本の腕。
頭らしい部分には、赤い光が一つ。
「……強そうだな」
俺が呟いた瞬間。
『侵入者を確認』
赤い光が三枝さんへ向いた。
『施設所属情報なし』
次に葛城さん。
『施設所属情報なし』
そして俺。
『臨時整備責任者――確認』
六機。
『六環式魔導補助機構――確認』
「なら大丈夫?」
『未登録人員二名を排除します』
「駄目だった!」
三枝さんが叫ぶ。
警備機の腕が動く。
「フィオナ!」
「はい」
緑色の壁が。
三枝さんと葛城さんの前へ一瞬で展開された。
直後。
警備機から紫色の光弾が放たれる。
轟音。
結界が揺れた。
「威力確認」
フィオナは笑顔のままだ。
「問題ありません」
「問題ないのか!?」
「現在の出力なら」
二発目。
三発目。
すべて結界が受け止める。
「なおと」
イリスが警備機を見る。
「壊れてる」
「どこが?」
「識別系」
「止められる?」
「少しなら」
イリスの瞳が紫色に輝く。
『第六中枢機――管理介入』
『警備機動作権限へ接続』
警備機の動きが。
僅かに遅くなる。
「完全停止は?」
「無理」
「理由」
「管理命令を拒否してる」
「かなり壊れてるな」
「うん」
シエルの瞳に大量の情報が流れる。
「構造解析完了」
警備機の立体図が空中へ浮かんだ。
赤い点が三つ。
「破壊する必要はありません」
「ほんとですか!?」
ラヴィが残念そうに聞く。
「三か所の動力伝達点を停止すれば行動不能になります」
「じゃあ三発ですね!」
「一発でも可能」
「シエル」
「何?」
「今は一発って言わないでほしかったです」
「最適解です」
ラヴィがしょんぼりする。
「マスター」
「一発でやろう」
「はい……!」
落ち込みながらも。
戦闘が始まれば表情が変わった。
俺の前へ赤い魔法陣が広がる。
「三点同時射撃術式、構築します!」
「直人様。魔力圧を低下」
セラが俺の腕へ触れる。
「射線上の障害なし」
シエル。
「直人さん。反撃はこちらで防ぎます」
フィオナ。
「撃破ではなく無力化してください」
コレット。
「部品、まだ使える」
イリス。
「全員注文が多いな」
胸の奥から。
魔力を引き出す。
白い光。
以前なら、火球一つを普通の威力にするだけで。
セラとラヴィが必死だった。
今は。
六機全部がつながっている。
魔力の流れが驚くほど滑らかだった。
「マスター」
ラヴィが笑う。
「いつでも!」
「撃つ」
白い光が走る。
一つ。
途中で三つへ分かれた。
右肩。
腰。
左脚。
シエルが示した場所へ正確に命中する。
『動力伝達異常』
『姿勢維持不能』
巨大な警備機が。
その場へゆっくり膝をついた。
「停止しました」
シエルが告げる。
「損傷率?」
「追加損傷、三・一パーセント」
「三パーセントだけ?」
「修理可能です」
コレットがすぐ警備機へ近づく。
「右肩の伝達板は再利用可能。脚部軸も交換すれば使えます」
ラヴィが目を丸くした。
「倒した敵まで資産にするんですか?」
「敵ではなく、故障した施設設備です」
「戦利品じゃないんですね……」
「直せる物を壊してどうするんです?」
「戦闘担当には難しい話です」
「理解してください」
◇
警備機を停止させた先。
第二魔力循環路の制御室は、予想より狭かった。
中央に一本の太い管。
その周囲を何百本もの細い魔力線が走っている。
だが。
途中で一か所。
完全に焼き切れていた。
「原因判明」
シエルが指を向ける。
「主伝導板の破損です」
「交換できる?」
「規格に合う材料があれば」
全員の視線が。
コレットへ向いた。
「あります」
コレットが次元収納を開く。
現れたのは。
昨日作った、高純度魔力伝導銀。
「あれ使うのか」
「はい」
「ほとんど?」
「推定使用量、百四十一グラム」
「残り四十五グラム」
「そうなります」
「二万一千円分くらい消えるな」
「白石さん」
コレットが俺を見る。
「消えるのではありません」
銀塊を持ち上げる。
「設備へ変わります」
少し。
会社で使っていた言葉を思い出した。
経費。
損失。
無駄。
同じ金が出ていっても。
全部が同じではない。
「やろう」
「はい」
◇
修復は。
前回よりも大がかりだった。
「加工形状を指定」
シエルが立体図を出す。
「厚さ二・六ミリ。幅十一・二センチ」
「加工します」
コレットが銀塊を次元収納へ入れる。
数秒後。
薄い銀板になって出てきた。
「そんなこともできるの?」
「簡易加工のみです。本格設備には及びません」
ラヴィが術式を展開する。
「接続部を加熱します!」
「温度上限、千四百二十度」
「分かってます!」
「前回――」
「失敗率は言わなくていいです!」
セラが魔力供給を調整。
フィオナが制御室全体を結界で覆う。
イリスが管理権限を開く。
「なおと」
「俺の番?」
「最後」
「了解」
二十五分後。
新しい銀板が。
切れた魔力循環路へ接続された。
「直人様」
セラが頷く。
俺は右手をかざす。
「供給する」
白い光が流れる。
『臨時整備責任者を確認』
『第二魔力循環路――再起動』
最初は。
何も起こらなかった。
次の瞬間。
足元を。
紫色の光が駆け抜けた。
「おお……」
壁。
床。
天井。
今まで暗かった何十本もの線へ。
一斉に光が戻っていく。
『第二魔力循環路――復旧』
『中層設備への供給再開』
『第一資源加工区画』
『稼働可能設備――一/十二』
表示が変わる。
二。
三。
五。
七。
そして。
『稼働可能設備――十/十二』
「本当に十台……」
三枝さんが呟く。
「全部動かす?」
俺が聞くと。
「駄目です」
コレットが即答した。
「やっぱり?」
「まだ需要も販売経路も確認していません」
「じゃあ何台?」
「二台」
「慎重だな」
「これでも増やしています」
イリスが小さく頷く。
「コレット、えらい」
「ありがとうございます」
この二人。
本当に気が合う。
◇
そのとき。
新しい通知が表示された。
『第二魔力循環路復旧に伴い』
『資源管理記録を復元します』
「資源管理記録?」
コレットが反応する。
大量の古代文字が空中へ展開された。
「翻訳します」
シエルが読み取る。
『第一資源加工区画』
『保管資源所有区分――六環式補助機構維持資産』
「維持資産?」
『使用権者――六環契約者』
俺の名前が表示される。
『白石直人』
全員が黙った。
「これ」
三枝さんが慎重に言う。
「古代側の記録上は、白石さんに使用権があるということですか?」
「はい」
シエルが答える。
俺はコレットを見る。
「じゃあ、あの黒い砂も俺たちが使っていい?」
「古代記録上は」
「現代では?」
「別です」
即答。
「やっぱり」
「ダンジョン資源に関する現代法と、協会との管理契約があります」
コレットが記録を保存する。
「このデータは非常に強い根拠になります。ですが、勝手に販売はしません」
「まず協会と話す?」
「はい」
少しだけ残念そうな顔をした後。
コレットは胸を張った。
「正式に権利を確定させてから、堂々と売ります」
「そっちは楽しみなんだな」
「当然です」
◇
帰る前。
俺は停止した警備機の前を通った。
「これ、どうする?」
「修理対象へ追加されています」
シエルが表示する。
『中層警備機 第七号』
『損傷率――三十七パーセント』
『修理推奨』
「こいつも俺の仕事か」
「臨時整備責任者」
イリスが言う。
「忘れてたよ」
「だめ」
「一万件以上あるんだぞ」
「一個ずつ」
さらっと言う。
「何年かかるんだよ」
そこで。
コレットが俺の袖を引いた。
「白石さん」
「ん?」
「一人で直す必要はありません」
「六機がいるから?」
「それもあります」
空中へ。
一つの試算が出る。
『施設修復事業』
「事業?」
「この施設を継続的に修復し、資源を加工し、必要な物を販売するのであれば」
コレットが言う。
「もう個人探索者の規模ではありません」
会社を辞める。
その先。
今まで何度も話には出ていた。
自分たちの会社。
「まだ作らないよな?」
「まだです」
即答。
「ですが」
コレットは。
少し楽しそうに笑った。
「そろそろ、名前くらいは考えてもよいかもしれません」
俺が会社から押し付けられた。
六機の産廃魔道人形。
その六機と一緒に。
今度は。
自分たちの会社を作る話が。
初めて現実の予定表へ入り始めた。




