第26話 第六中枢機は、初心者ダンジョンを初心者用ではないと言った
翌朝。
俺は、妙な重さで目を覚ました。
「……重い」
胸の上に何かいる。
目を開ける。
黒い髪。
長すぎるコート。
小さな身体。
「イリス?」
「……すー」
寝ていた。
「どうして俺の上で寝てるんだ」
「魔力同期効率が最も高い位置へ移動したようです」
ベッドの横から、シエルが答えた。
「起きてたのか」
「二時間前から」
「それはそれで早いな」
イリスを起こさないように身体を少し動かす。
すると。
「……なおと」
「起きた?」
「動かないで」
「俺が起きられないんだけど」
「あと五分」
「どこで覚えたんだ、その言葉」
「昨日、なおとが言ってた」
覚えなくていいところだけ覚えている。
「直人さん」
今度はフィオナが部屋へ入ってくる。
「起床時刻を十三分超過しています」
「俺のせいじゃない」
「確認済みです」
フィオナがイリスを見る。
「イリス。直人さんは朝食を取る必要がありますよ」
「……あと二分」
「短くなった」
「譲歩」
セラが台所から顔を出した。
「第六中枢機としては珍しい行動ですね」
「セラ、昔のイリスもこんな感じだったのか?」
「人格記録が完全ではありませんが」
少し考える。
「もう少し勤務態度は良好だったと思われます」
膝の上のイリスが目を開いた。
「昔は忙しかった」
「今は?」
「暇」
「今日、協会で説明する予定だぞ」
「……じゃあ少し忙しい」
そう言って。
ようやく俺の上から降りた。
床へ着地。
一歩目。
自分のコートの裾を踏む。
「あ」
前へ倒れる。
フィオナが抱き止めた。
「大丈夫ですよ」
「……コートが悪い」
「短くしますか?」
「嫌」
「気に入ってるのか」
「うん」
そこは譲らないらしい。
◇
午前九時。
俺たちは探索者協会の会議室へ来ていた。
俺。
六機全員。
協会側は三枝さんだけではない。
支部長。
技術担当。
ダンジョン管理担当。
古代遺物専門の職員までいる。
人数が多い。
「白石さん」
三枝さんが困ったように笑う。
「昨日の報告内容が、その……かなり大きかったので」
「俺もそう思います」
支部長が咳払いする。
「まず確認させてください」
大型モニターへ、昨日イリスが表示した構造図が映る。
初心者用ダンジョン。
現在把握されている第一階層。
第二階層。
封鎖区画。
そのさらに下。
何十層にも広がる未知の構造。
「これは、本当に現在我々が管理している東第七ダンジョンの地下構造ですか?」
「うん」
イリスが答える。
支部長が少し待つ。
「……以上ですか?」
「質問に答えた」
「そうですね」
会議開始三分で、イリスの扱いに困っている。
「イリス」
俺が声をかける。
「もう少し詳しく説明できる?」
「できる」
「お願い」
「東第七ダンジョンという名前は知らない」
「そこから?」
「昔の名前は《第六環外部整備拠点》」
部屋が静かになる。
「ダンジョンではない?」
技術担当が聞く。
「今はダンジョン化してる」
「今は?」
「壊れたから」
「何が壊れたんです?」
「いっぱい」
昨日と同じ答えだった。
「イリス」
「……分かった」
少し面倒そうに。
イリスが椅子から降りる。
小さな手をモニターへ向けた。
紫色の光が走る。
既存の地図へ、色分けされた区域が追加された。
「上の二層」
第一、第二階層が光る。
「搬入区画」
「搬入?」
「素材、部品、人員を入れる場所」
「つまり入口?」
「うん」
次に。
封鎖区画。
「整備準備区画」
資源保管領域。
「資材庫」
さらにその下。
今まで誰も知らなかった巨大区画。
「機体整備区画。術式試験区画。資源加工区画。転送管理区画。居住補助区画」
次々に表示される。
協会職員たちの顔が変わっていく。
最後。
最深部の巨大な黒い六角形。
「中央管理領域」
支部長が低い声で尋ねる。
「そこには何が?」
「分からない」
「中枢機なのに?」
「接続が切れてる」
イリスが自分の胸を指す。
「私の権限は、六環側の管理補助」
「施設全体の管理者ではない?」
「違う」
「では、中央管理領域には別の管理機構がある?」
「たぶん」
「たぶん?」
「最後に接続したの、すごく昔だから」
「何年前です?」
「覚えてない」
「百年?」
「もっと」
「千年?」
「たぶんもっと」
誰も言葉を挟まなくなった。
俺も初耳だった。
◇
「一つ、重要な確認があります」
ダンジョン管理担当者が手を挙げる。
「現在、このダンジョンは初心者向けとしてE級指定されています」
「うん」
「地下の未知区画に、高危険度の魔物は存在しますか?」
イリスが首を傾げる。
「魔物?」
「ダンジョン内に出現する生物です」
シエルが補足する。
「現在第一階層にスライム、角兎等を確認」
「あれ」
イリスが納得した。
「清掃用生体」
「え?」
ラヴィが真っ先に反応した。
「スライムって清掃用なんですか!?」
「うん」
「わたし、いっぱい倒しましたけど!」
「また増える」
「そういう問題なんですか!?」
「角兎は?」
俺が尋ねる。
「植生管理用」
「俺たち、ずっと施設の掃除係と庭師を倒してたのか」
「壊れてるから、今は暴れる」
「なら倒して問題ない?」
「うん」
ラヴィが胸を撫で下ろした。
「よかったです!」
問題はそこではない気がする。
「では」
管理担当者が続ける。
「深層にも、そのような管理生物が?」
「いる」
「危険度は?」
「区画による」
「最も危険な個体は?」
イリスが少し考える。
「今の探索者基準、知らない」
「比較できない?」
「できる」
紫色の瞳が三枝さんを見る。
「この人」
「私?」
「中層の警備機一体に勝てない」
会議室が静まり返った。
三枝さんはC級探索者だ。
弱くない。
むしろ協会の現場要員としては十分経験がある。
「……どの程度、勝てません?」
三枝さん自身が聞く。
「正面戦闘なら」
イリスが淡々と答える。
「十秒くらい」
「私が十秒持つ?」
「違う」
「え?」
「警備機が十秒で終わらせる」
「そっちですか」
支部長が両手で顔を覆った。
「E級指定は一時停止だ」
即決だった。
◇
その日のうちに。
東第七ダンジョンの第二階層以下は、正式に立入制限がかけられた。
第一階層は現状危険度に変化がないため、初心者向け区域として継続開放。
ただし。
封鎖区画へ通じる経路は完全閉鎖。
今後の調査は、協会の許可を受けた専門班のみ。
「俺たちも?」
「白石さんたちは例外扱いになります」
支部長が答える。
「むしろ、六機の認証なしでは開かない設備が多すぎます」
「じゃあ俺たちがいないと調査できない?」
「現状では」
支部長は少し困った顔をする。
「その可能性が非常に高いです」
コレットの琥珀色の瞳が光った。
俺は嫌な予感がした。
「コレット」
「まだ何も言っていません」
「顔が仕事の顔になってる」
「白石さん」
にっこり笑う。
「協会との調査協力契約を見直しましょう」
「やっぱり」
「これまでは臨時調査員扱いでした」
空中へ数字が並ぶ。
「しかし今後は、白石さんと六機がいなければ進行できない継続案件です」
「値上げ?」
「適正化です」
「同じ意味じゃない?」
「違います」
支部長が苦笑する。
「こちらとしても、正式契約に切り替えるつもりでした」
「話が早くて助かります」
コレットが一礼する。
完全に仕事の顔だった。
「ただし」
フィオナが笑顔で割り込む。
「調査日程は、直人さんの本業と休養を考慮してくださいね」
「もちろんです」
「連日の深層調査は禁止です」
「分かりました」
「一日の最大活動時間は――」
「フィオナ」
コレットが横を見る。
「条件交渉はわたしが担当します」
「健康条件はわたしです」
「契約書へ記載します」
「お願いします」
二人の間で話がまとまった。
俺の意見を挟む前に。
◇
会議の最後。
支部長がイリスへ尋ねた。
「もう一つだけいいですか?」
「うん」
「白石さんたちなら、中央管理領域まで到達できますか?」
「今は無理」
即答。
「六機すべて揃っていても?」
「揃っただけ」
「どういう意味でしょう」
イリスが俺を見る。
「なおとたちは、今」
一度欠伸する。
「入口で、鍵を持ってるだけ」
「鍵?」
「六環は施設を開けられる」
紫色の光が地図へ走る。
「でも」
中層。
深層。
複数の区域が赤く染まった。
「壊れた設備」
別の場所。
「暴走した警備機」
さらに別。
「切れた転送路」
そして。
中央管理領域へ続く一本の経路。
そこだけが真っ黒だった。
「ここ」
「何がある?」
「分からない」
「また接続切れ?」
「違う」
イリスの眠そうな顔から。
ほんの少しだけ表情が消えた。
「向こうから切られてる」
会議室の空気が変わった。
「誰かが?」
「たぶん」
「今も?」
イリスは答えず。
しばらく黒い区画を見つめて。
「なおと」
「何?」
「先に」
紫色の瞳が俺へ戻る。
「会社、辞めない方がいい」
「え?」
コレットまでイリスを見る。
「理由は?」
「深いところ、すぐ行けない」
イリスは眠そうに答える。
「お金になるまで、時間かかる」
コレットが。
数秒黙った。
「……同意します」
「そこが一致するのか」
「極めて合理的です」
イリスは頷く。
「コレット、話分かる」
「ありがとうございます」
起きて二日目で。
六機の末っ子は、俺の退職計画まで止めてきた。
そして。
初心者用だと思われていたダンジョンは。
その日から正式に。
『古代大規模施設型ダンジョン――暫定調査対象』
へ指定変更された。
俺たちが週末に薬草を採っていた場所の地下には。
まだ入口しか見えていなかった。




