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第25話 第六中枢機は、起きてすぐ俺の膝で寝た



 第六中枢機イリスの完全起動まで。


 残り十秒。


 俺たちは黒い輸送容器を囲んでいた。


「九、八、七……!」


 ラヴィがなぜか声に出して数えている。


「静かにしてください」


 セラが注意する。


「起動直後は人格核が不安定な可能性があります」


「でも、最後ですよ!」


「分かっています」


 いつもよりセラの返事が少しだけ早い。


 よく見ると。


 銀白色の髪から、あの一本だけ飛び出していた髪がない。


「セラ」


「はい、直人様」


「今日、全然止まらないな」


「……そうですね」


 本人も気づいたらしい。


 シエルが即座に数値を表示する。


「第一制御機の演算負荷、三十一・二パーセント」


「そんなに下がったのか?」


「六環外部ネットワーク完成後、負担が分散されています」


 以前は九十パーセント以上。


 それが三分の一近くまで落ちている。


「五、四、三!」


「ラヴィ。声量を下げてください」


「二!」


「聞いていませんね」


「一!」


 紫色の光が走った。


『第六中枢機――人格核再構成完了』


『六環式魔導補助機構』


『全六機、起動を確認』


 黒い容器の蓋がゆっくりと開く。


 中で。


 小さな少女が目を開けた。


 腰まで伸びる烏羽色の髪。


 毛先だけが、光を受けて紫紺に染まっている。


 星空のような紫色の瞳。


 六機の中で一番小さい。


 黒いドレスの上には、身体に対して少し大きすぎる長いコート。


 袖から手がほとんど見えていなかった。


「イリス?」


 少女の視線が。


 セラ。


 ラヴィ。


 シエル。


 フィオナ。


 コレット。


 順番に動いて。


 最後に俺で止まった。


「……なおと」


「ああ。白石直人だ」


「知ってる」


 短い。


「第六中枢機、イリス」


 それだけ言って。


 イリスは容器から降りようとした。


 長いコートの裾を、自分で踏んだ。


「あ」


 前へ倒れる。


「危ない!」


 慌てて受け止めた。


 小さい身体が、すっぽり腕の中に収まる。


「大丈夫か?」


「……問題ない」


「転びかけたけど」


「コートが長い」


「それは見れば分かる」


 イリスは一度だけ自分の裾を見る。


「設計担当に言って」


「何年前の話だよ」


「覚えてない」


 そのまま俺の腕から降りるかと思ったら。


 降りなかった。


「イリス?」


「……ねむい」


「起きたばっかりだぞ」


「起動しただけ」


「違うのか?」


「違う」


 そう言って。


 俺の胸へ額を預けた。


 数秒後。


「……すー」


「寝た!?」


 ラヴィが叫んだ。


「起きて十秒ですよ!?」


「人格核は正常稼働」


 シエルが観察する。


「単純に休眠状態へ移行しています」


「何のために起きたんですか!」


「ラヴィ」


 セラが額を押さえる。


「イリスは中枢同期を行っています。身体活動より内部処理を優先しているのでしょう」


「起きながらやればいいじゃないですか!」


 俺の腕の中で。


 イリスが薄く目を開けた。


「……うるさい」


「起きてるじゃないですか!」


「寝てる」


「しゃべってます!」


「寝言」


「絶対違います!」


     ◇


 十分後。


 俺は床へ座っていた。


 イリスは俺の膝を枕にしている。


「どうしてこうなった?」


「直人さんの近くが、最も魔力同期効率が高いからでしょう」


 フィオナが微笑む。


「身体にも異常はありません。好きに休ませてあげてください」


「そうするけど」


 膝の上を見る。


「……すー」


 本当に寝ている。


 コレットが横から覗き込んだ。


「白石さん。その姿勢ですと足が痺れますよ」


「あとどのくらい寝るかな」


 シエルが答える。


「不明」


「そこは分からないんだ」


「第六中枢機は解析対象として特殊です」


 イリスが薄く目を開く。


「シエル」


「何?」


「私を勝手に測らないで」


「既に測定済み」


「……あとで接続権限、減らす」


「職務妨害」


「寝てないだろ」


 また目が閉じる。


「寝てる」


 かなり自由だった。


     ◇


 だが。


 イリスが起きてから、明らかに変わったことが一つあった。


「直人様」


 セラが俺の胸元へ手をかざす。


「体内魔力圧を再測定します」


「ああ」


 淡青色の光が身体を包む。


 以前なら。


 俺の中で際限なく圧縮され続ける魔力を、セラが必死に押さえていた。


 ラヴィが魔法へ変換し。


 シエルが状態を分析し。


 フィオナが身体を守り。


 コレットたちも稼働のため継続的に消費する。


 それでも。


 俺が生み出す量の方が多かった。


「測定完了」


「どう?」


 セラが。


 少しだけ驚いた顔をした。


「魔力生成量と、六機全体の基礎消費量がほぼ均衡しています」


「ほぼ?」


「生成を一〇〇とした場合」


 シエルが数字を表示する。


「六環式補助機構の常時消費、九十八・七」


「一・三しか余らない?」


「はい」


 今までとは桁が違う。


「じゃあ、もう魔法を撃たなくても大丈夫なのか?」


「日常生活で危険域へ上昇する可能性は、大幅に低下しました」


 セラが答える。


「ただし、完全な均衡ではありません」


「少しずつは溜まる?」


「はい。ですが」


 銀白色の髪を揺らし。


 セラが笑った。


「以前のように、常時九割以上の能力を直人様の抑制へ使用する必要はありません」


 その直後。


 台所から電子音が鳴った。


「あ」


 セラが立ち上がる。


 そのまま。


 何にもぶつからず。


 何にも躓かず。


 冷蔵庫を開け。


 必要な物だけを取り。


 戻ってきた。


「……普通だ」


「直人様?」


「いや」


 初めて会った日。


 高性能なはずのセラは、何もない場所で転んだ。


 ボタンを掛け違え。


 料理中に止まり。


 返事にも時間がかかった。


 全部。


 俺の魔力を押さえるためだった。


「セラ」


「はい」


「今まで、ありがとう」


「……」


 止まった。


「セラ?」


「演算停止ではありません」


「じゃあ何?」


「処理しています」


「何を?」


「今の発言を」


 その顔が。


 少し赤い。


「保存します」


「やっぱり保存するのか」


「永久保存です」


 正常になっても、そこは変わらないらしい。


     ◇


「マスター!」


 ラヴィが期待に満ちた目で俺を見る。


「じゃあ今度から、魔法を撃つ必要はないんですか?」


「そうみたいだな」


「そんな!」


 膝の上のイリスが目を開ける。


「ラヴィ」


「はい?」


「撃ちたければ撃てばいい」


「イリス!」


「安全に」


「もちろんです!」


「必要な時だけ」


「セラと同じこと言ってません!?」


 再び寝た。


 ラヴィが肩を落とす。


 フィオナがその頭を撫でる。


「安全になったのですから、喜びましょうね」


「喜んでます……でもちょっと寂しいです……」


 戦闘担当として複雑らしい。


 その隣で。


 コレットだけが別の方向から考えていた。


「六機の常時稼働が安定したということは」


「何?」


「白石さんの魔力を利用した外部設備の長期運用も、計算しやすくなります」


「仕事の話?」


「はい」


「起きたばかりだぞ?」


「だからこそです」


 さすが第五資源機だった。


     ◇


 一時間ほどして。


 イリスが突然起き上がった。


「なおと」


「今度こそ起きた?」


「たぶん」


「たぶん?」


「大事な話」


 星空のような瞳が、完全に開く。


 部屋の空気が変わった。


「六環、同期する」


 イリスが小さな手を伸ばす。


 セラたち五人の胸元へ。


 順番に。


 青。


 赤。


 水色。


 緑。


 橙。


 五色の六角形が浮かぶ。


 最後に、イリス自身の紫。


 六つの光がつながり。


 俺を中心として巨大な六角形を作った。


『六環式魔導補助機構』


『全機完全同期』


『契約者――白石直人』


『六環中枢権限を復旧』


 スマートフォンが勝手に起動する。


 初心者用ダンジョンの地図が表示された。


 第一階層。


 第二階層。


 封鎖区画。


 資源保管領域。


 そして。


 今まで地図に存在しなかった部分が。


 さらに下へ広がっていく。


「これ……」


「古代側の構造図」


 イリスが答える。


「今まで見えてたダンジョンは」


 少し眠そうに欠伸をした。


「……入口だけ」


「入口?」


 三階層も。


 十階層も。


 そんな話ではない。


 表示された構造は。


 地下深くへ何十層も伸びていた。


 その最奥。


 一際大きな六角形の区画だけが、黒く塗り潰されている。


『中央管理領域』


『接続停止中』


 俺が尋ねる。


「ここに行けるのか?」


「今は無理」


「どうして?」


「壊れてる」


「何が?」


 イリスは。


 また俺の膝へ頭を戻した。


「……いっぱい」


「説明が雑だな」


「眠いから」


 目を閉じる直前。


 イリスは、もう一言だけ付け加えた。


「なおと」


「ん?」


「このダンジョン」


 紫色の瞳が。


 ほんの少しだけ開く。


「六環の整備拠点だった」


 そして。


「たぶん、なおとの会社が掘ってる場所より――」


 一度、欠伸をして。


「……ずっと大きい」


 最後の一機が目を覚ましたその日。


 俺たちは初めて知った。


 初心者用だと思われていたダンジョンの地下には。


 まだ誰も知らない巨大な施設が。


 丸ごと眠っているらしかった。


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