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第24話 俺の所有物なら、嫌だと言う権利もあるはずだ



『契約者が六環式補助機構を所有物ではなく、独立した人格として認識していることを証明せよ』


 最後の中継核を覆う黒い鎖。


 その前で、俺たちは揃って首を傾げていた。


「証明って言われてもな……」


「直人」


 シエルが空中の文字を解析する。


「発言だけでは解除されない可能性が高いです」


「じゃあ、『みんな大事な仲間です』じゃ駄目?」


「マスター、それは言ってほしいです!」


 ラヴィが勢いよく振り返る。


「解除できなくても!」


「今は解除方法の話をしています」


「シエルは雰囲気がありません!」


「雰囲気は解析対象外です」


「二人とも」


 セラが止める。


「まず、この設備が何を確認したいのか整理しましょう」


 コレットが黒い鎖を見ながら口を開いた。


「恐らく、所有権そのものではありません」


「どういうこと?」


「現代法上、わたしたちは白石さんの所有物です」


 そうだった。


 会社から百八十万円で売られた。


 今も毎月、給料から三万円ずつ引かれている。


「ですが」


 コレットが続ける。


「白石さんは、わたしたちを道具として扱っていません」


「それを証明しろってことか」


「恐らくは」


 フィオナが俺の隣で柔らかく笑った。


「直人さんは、わたしたちが嫌だと言ったら無理強いしませんものね」


「当たり前だろ」


 その瞬間。


 壁が光った。


『発言を検出』


『追加確認を開始』


「反応した」


 シエルがすぐに分析する。


「今の発言が条件に関連しています」


 空中の文字が変わる。


『第一確認』


『六環式補助機構各機へ、契約者命令に対する拒否権を付与しますか?』


「拒否権?」


 ラヴィが首を傾げる。


「マスターの命令を断れるってことですか?」


「現在も実質的には断れます」


 セラが答える。


「ですが、古代契約上は契約者命令が最上位です」


「そんなのあったの?」


 俺は初めて聞いた。


「直人様が命令権を乱用されなかったため、説明の優先度が低いと判断していました」


「もっと早く教えてくれ」


「申し訳ありません」


「じゃあ俺が『ラヴィ、百発撃つな』って言ったら?」


「それはセラが言っています!」


「例えだよ」


 シエルが答える。


「古代契約上、直人が正式命令として指定すれば拒否困難」


「……それ、嫌だな」


 俺は迷わなかった。


「付与する」


『確認』


『契約者命令への拒否権を、全機へ恒久付与しますか?』


「ああ」


 セラが俺を見る。


「直人様。よろしいのですか?」


「嫌なことまで命令してやらせたいとは思わない」


「ですが、緊急時には命令権が有効な場合もあります」


「じゃあ命に関わる緊急時だけ例外にできる?」


 壁が即座に反応した。


『条件設定可能』


『生命保護を目的とする緊急命令のみ、優先権を維持しますか?』


「それで」


『設定完了』


 五人の胸元に、一瞬だけ六角形の光が灯った。


「契約構造が変更されました」


 シエルが確認する。


「通常命令に対する拒否権を取得」


 ラヴィがぱっと手を挙げる。


「では、マスターに『火球を撃つな』と言われても拒否できます!」


「それはセラと相談してくれ」


「直人様」


「何?」


「危険な魔法行使については、第一制御機権限で停止可能です」


「ええっ!?」


 ラヴィの喜びは三秒で終わった。


     ◇


『第二確認』


 新しい文字が浮かぶ。


『各機が契約解除を希望した場合、契約者はそれを認めますか?』


 今度は。


 少しだけ空気が変わった。


「契約解除……」


 俺が呟く。


「つまり、俺のところから離れたいって言ったら?」


「はい」


 セラが静かに答える。


「六環式補助機構との接続を切り、独立個体として行動することになります」


「直人様の魔力供給も失います」


 シエルが補足する。


「現状では、長期稼働が困難になる可能性があります」


「それでも選べるようにするか、ってことか」


『回答を要求』


 俺は五人を見た。


 セラ。


 ラヴィ。


 シエル。


 フィオナ。


 コレット。


 みんな、俺を見ていた。


「認めるよ」


「直人様」


 セラが少し驚いた顔をする。


「だって、嫌になったなら仕方ないだろ」


「わたしは嫌になりません!」


 ラヴィが即座に言った。


「聞いてないけど」


「先に言っておきます!」


「わたしも離れる予定はありません」


 セラも続く。


「現在の契約継続を希望」


 シエル。


「直人さんを一人にすると、睡眠時間が心配ですから」


 フィオナ。


「白石さん一人に家計を任せるのも不安です」


 コレット。


「理由がそれぞれ微妙じゃない?」


「重要です」


 五人がほぼ同時に答えた。


 俺は笑ってしまった。


「でも、選べるのと選べないのは違うだろ」


 壁へ向き直る。


「本人が本当に離れたいなら、止めない」


『確認』


『契約解除請求権を全機へ付与』


『設定完了』


 再び五人の胸元が光った。


 今度はセラが、自分の胸へ手を当てる。


「……自由契約権限を確認しました」


「変な感じ?」


「はい」


 セラは少しだけ考え。


 俺の袖をつまんだ。


「ですが、わたしはここに残ります」


「うん」


「自主的に」


「分かった」


「記録してください」


 シエルが言う。


「セラの満足度、九十七・三パーセント」


「シエル」


「何でしょう」


「今のは言わなくていいです」


「了解」


 セラの耳が少し赤かった。


     ◇


 最後の文字が浮かぶ。


『第三確認』


『六環式補助機構を、契約者の利益のみを目的として運用しますか?』


「違う」


 今度は考えるまでもない。


「俺だけ得すればいいとは思ってない」


『では、運用目的を指定してください』


「運用目的?」


「自由入力のようです」


 シエルが答える。


 いきなりそんなことを言われても困る。


「会社みたいに事業目的を書くんですか?」


 コレットが考える。


「でしたら、将来的な経営理念にも使える文章が――」


「そこまで固くなくていいだろ」


「大事ですよ?」


「マスターといっぱいダンジョンに行く!」


「却下します」


 セラが即答した。


「全員が安全に暮らすこと、では?」


 フィオナが提案する。


「収益性も必要です」


 コレット。


「六機の完全復旧」


 シエル。


「魔法訓練!」


 ラヴィ。


「それはラヴィの希望です」


 五人が話し始める。


 俺は少し考えて。


 結局、一番簡単な言葉にした。


「俺と六人が」


 五人がこちらを見る。


「みんなで困らずに暮らせるようにする」


 ラヴィが笑った。


 フィオナも。


 コレットも。


 セラは一瞬だけ目を伏せ。


 シエルの瞳の中で数字が止まった。


「今は五人だけど」


 俺は黒い鎖の向こうにある中継核を見る。


「イリスも起きたら、七人で」


『運用目的を登録』


 古代設備の声が響いた。


『契約者単独利益――否定』


『個体拒否権――確認』


『個体契約解除権――確認』


『人格尊重条件――達成』


 黒い鎖へ亀裂が入った。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 音もなく砕け、紫色の光へ変わって消えていく。


「解除されます!」


 ラヴィが声を上げた。


 最後の外部中継核が、ゆっくりと床へ降りる。


「コレット」


「所有権情報を確認します」


 琥珀色の瞳が光る。


「六環式補助機構専用設備。契約者へ管理権移譲可能」


「移譲して」


「了解しました」


 中継核が橙色の光に包まれた。


 次の瞬間。


『外部中継核――接続』


『同期数――六/六』


 部屋全体へ紫色の光が走った。


『六環外部ネットワーク――完全復旧』


『第六中枢機への覚醒条件――達成』


「やった!」


 ラヴィが飛び跳ねる。


「これでイリスが起きるんですか!?」


「身体修復が完了すれば」


 シエルが答える。


「現在の修復予測を取得します」


 スマートフォンが震えた。


 第六中枢機イリス


 残り九日。


 表示が書き換わる。


 七日。


 三日。


 一日。


「早い」


「外部中継網が完成し、失われていた人格情報と中枢制御情報を一括取得しています」


 数字はさらに下がった。


 十二時間。


 六時間。


 そして。


『身体修復――完了』


「え?」


 俺たち全員が画面を見る。


『人格核再構成中』


『完全起動まで――十八時間』


 ラヴィが俺の腕を掴んだ。


「マスター!」


「ああ」


「明日です!」


 最後の一機が。


 明日、目を覚ます。


     ◇


 協会へ戻ったあと。


 俺たちは今回の調査結果を報告し、中継核の管理権移譲記録も提出した。


 帰宅したのは夕方。


 黒い輸送容器の前には、紫色の光が静かに流れていた。


 中では。


 腰まで伸びた黒髪の小さな少女が眠っている。


 六機の中で一番小さい。


「なおと」


「え?」


 かすかな声がした。


 俺だけではない。


 五人も一斉に容器を見る。


 イリスの目は閉じたまま。


 人格核もまだ再構成中だ。


 なのに。


「今、しゃべったよな?」


「はい」


 セラが答える。


「予備人格層からの発話と思われます」


 もう一度。


 小さな唇が動いた。


「……おそい」


「え?」


「……みんな、おそい」


 ラヴィが容器へ駆け寄る。


「イリス! 起きてますか!?」


「人格核は未起動です」


 シエルが答える。


 そして最後に。


 眠ったままの少女は。


「……ねむい」


 それだけ言って、完全に黙った。


 十八時間後に起きる予定なのに。


 第六中枢機は。


 起きる前から、もう眠そうだった。


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