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第23話 最後の一基は、持って帰るだけでは済まなかった



 定期納品契約、四週目。


「白石さん。契約分、すべて納品完了です」


 探索者協会の受付で、コレットがそう告げた。


 青灯草、六十株。


 低級魔石、百個。


 スライム核、四十個。


 不足なし。


 品質不良なし。


 これで四週連続だ。


『試験契約――達成』


『翌月より定期納品契約へ移行可能』


 端末に表示された文字を見て、俺は小さく息を吐いた。


「終わったな」


「いいえ」


 隣のコレットが即座に否定する。


「始まった、が正確です」


「そう来ると思った」


「四週間の実績ができました。これで来月からは、安定収入として計算できます」


 琥珀色の瞳が光る。


 空中に一か月分の数字が並んだ。


 定期納品による利益。


 臨時調査報酬。


 古代設備の発見報奨。


 シエルの業務委託料。


 必要経費を差し引いた金額。


「今月の探索関連利益は、二十六万八千四百円です」


「……会社の手取りを超えたな」


「はい」


 以前なら、その数字を見た瞬間に会社を辞めたくなっていたかもしれない。


 だがコレットは浮かれない。


「ただし、一か月目です」


「三か月連続だったな」


「覚えていてくださって何よりです」


「最近、俺より退職条件を気にしてる気がする」


「当然です。七人の生活がかかっていますので」


「六機と俺で七人、か」


「はい」


 コレットが微笑む。


 その横から、ラヴィが顔を出した。


「マスター! 四週達成のお祝いに火球を百発――」


「しません」


 セラが遮った。


「まだ最後の中継核の調査があります」


「そっちなら撃てるかもしれませんね!」


「撃たずに済む方がよいです」


「フィオナまで!」


 ラヴィだけが、安定収入より戦闘の有無を気にしていた。


     ◇


 午後からは、協会の会議室で封鎖区画の正式調査について説明を受けた。


 目的は一つ。


 最後の外部中継核の確保。


 これまでに五基。


 自宅に一基。


 会社で見つかった三基。


 廃棄処理センターから買い戻した一基。


 残る一基は、初心者用ダンジョンの封鎖区画、その最奥から信号を発している。


「今回も三枝さんが同行します」


 協会職員が資料を表示する。


「加えて、前回と同じ葛城さん、水野さん。安全確保を優先します」


「前回復旧した資源保管領域は?」


「現在も安定しています。白石さんが供給した魔力で、予測より長く維持できています」


「どのくらい?」


「当初は七十二時間の見込みでしたが、既に二週間以上です」


「そんなに?」


 俺がセラを見る。


「直人様の魔力密度が高いため、設備内部で再圧縮された可能性があります」


「俺の魔力、何をしても予想より持つな」


「一般的な比較基準が使用できません」


 シエルが淡々と答える。


「直人は規格外です」


「最近、それを否定する気力がなくなってきた」


「理解が進んだと評価します」


 褒められたらしい。


 協会職員が次の資料へ切り替える。


「問題は、その先です」


 資源保管領域。


 その奥に、今まで閉ざされていた通路がある。


 中継核の信号は、その先から発せられていた。


「入口までは確認できています。ただし、こちらの機器では開けられません」


「六機の認証が必要?」


 俺が尋ねる。


「その可能性が高いです」


 シエルが映像を確認する。


「扉表面に六環式の認証構造があります」


「五機しか起きてないけど」


「第五資源機までで開放できる可能性、八十二・三パーセント」


「残り十七・七パーセントは?」


「イリス本人の認証が必要」


「起こすために必要な中継核なのに、イリスがいないと開かない?」


「その場合、設計思想に問題があります」


「古代人にも設計ミスはあるのか」


「可能性は否定できません」


 シエルが真顔で答えた。


 少しだけ安心した。


 古代文明だから何でも完璧というわけではないらしい。


     ◇


 翌朝。


 俺たちは再び封鎖区画へ入った。


 今回は五機全員。


 セラ。


 ラヴィ。


 シエル。


 フィオナ。


 コレット。


 そして協会側の三人。


「直人さん」


 入口でフィオナが俺の装備を確認する。


「昨日の睡眠時間、七時間五十四分。体調正常。魔力経路異常なし」


「六分足りないのは?」


「許容します」


「だんだん甘くなってない?」


「直人さんが以前より無理をしなくなったからです」


 少し嬉しい答えだった。


「マスター!」


 ラヴィが横から手を上げる。


「今日は攻撃許可、何発ですか?」


「回数制ではありません」


 セラが答える。


「必要な場合のみ使用します」


「では敵がいっぱい出ることを――」


「願わないでください」


「はい……」


 コレットは既に次元収納を開き、予備装備や飲料水を整理している。


「回収物は、所有権を確認してから収納します」


「今回は勝手に取らないんだな」


「いつも勝手には取っていません」


「十二円の金属片も?」


「所有者が存在しないダンジョン内の通常落下物です」


「そこまで確認してたのか」


「当然です」


 頼もしい。


     ◇


 資源保管領域までは、問題なく到達できた。


 前回崩れかけていた六角柱も安定している。


『契約者、認証』


『接続機数――五』


『資源管理機能――正常』


 コレットが六角柱へ近づくと、壁に埋め込まれていた黒い箱が一斉に整列した。


「すごいな」


 三枝さんが声を漏らす。


「前は一箱開くだけでも大騒ぎだったのに」


「第五資源機の権限が復旧しましたので」


 コレットが答える。


「ただし、本日の目的は保管資源ではありません」


 いつもなら価値ある物へ真っ先に反応するコレットが、奥の扉だけを見ている。


 俺は少し意外だった。


「箱を開けたくない?」


「非常に開けたいです」


「開けたいんだ」


「ですが優先順位があります」


 琥珀色の瞳が少しだけ揺れた。


「イリスを起こす方が先です」


 五人とも。


 まだ目覚めていない最後の一機を、ちゃんと姉妹として待っている。


     ◇


 資源保管領域の最奥。


 そこには、高さ四メートルほどの黒い扉があった。


 表面に六つの六角形。


 五つは暗い。


 一番下の一つだけ、微かに紫色に光っている。


「イリスの信号です」


 シエルが告げる。


「正確には、中継核を通じた中枢機の予備信号」


「開けられる?」


「試します」


 セラが最初に手をかざす。


『第一制御機――認証』


 一つ目が青く光った。


 ラヴィ。


『第二術式機――認証』


 二つ目。


 シエル。


 フィオナ。


 コレット。


 五つの六角形が順番に点灯していく。


 残ったのは、最後の一つ。


『第六中枢機――未認証』


「やっぱり駄目?」


 ラヴィが扉へ顔を近づける。


『代替認証を検索』


 古い音声が響いた。


『契約者による中枢機代理認証を許可』


「代理認証?」


 俺の前だけ、六角形の溝が白く光る。


「直人様」


 セラが俺を見る。


「恐らく、直人様の魔力を使用します」


「危険は?」


「わたしが抑制します」


「術式変換は任せてください!」


「構造はわたしが監視します」


「直人さんの身体は、わたしが守ります」


「設備損傷があれば、可能な範囲でわたしが補助します」


 五人の声が続く。


「じゃあ、やろう」


 俺は扉へ右手を近づけた。


 胸の奥から魔力が流れ出す。


 セラが圧を落とす。


 ラヴィが形を整える。


 シエルが数値を読み。


 フィオナの結界が俺を包み。


 コレットが扉の魔力経路を補助する。


『代理認証――開始』


 白い光が最後の六角形へ流れ込んだ。


『契約者――白石直人』


『第六中枢機代理権限――承認』


 最後の一つが。


 紫色に点灯する。


「開いた!」


 ラヴィが声を上げる。


 扉が低い音を響かせ、左右へ開いていく。


 その先。


 狭い部屋の中央に。


 一基の黒い結晶が浮かんでいた。


「最後の中継核……」


 五つ目までと同じ六角形。


 ただし。


 今までの中継核とは違う。


 紫色の細い光が全体を覆い、その周囲には無数の黒い鎖のような魔力が絡みついていた。


「シエル?」


「待ってください」


 シエルの声が鋭くなる。


「通常の中継核ではありません」


「壊れてる?」


「いいえ」


 青緑色の瞳へ、警告表示が次々と流れる。


「外部から封印されています」


「誰が?」


「不明」


 ラヴィが一歩前へ出る。


「鎖を壊せばいいですか?」


「攻撃は禁止」


 セラが即座に止める。


「封印と中継核が接続しています」


「下手に壊すと?」


「中継核まで破損する可能性、六十四・九パーセント」


 シエルが答えた。


 高い。


「コレット。収納できる?」


「試しましたが、拒否されました」


「フィオナは?」


「封印そのものを治療対象とは認識できません」


 五人が揃っていても。


 すぐには解決できない。


 そのとき。


 中継核の奥にあった壁が、紫色に光った。


『六環式補助機構――五機確認』


『契約者確認』


『最終中継核――封印継続』


『解除条件を提示』


 空中に、一つの文章が浮かぶ。


『契約者が六環式補助機構を所有物ではなく、独立した人格として認識していることを証明せよ』


「……何だ、それ」


 ラヴィが首を傾げる。


「戦闘じゃないんですか?」


「違うようです」


 セラも珍しく困惑している。


 シエルは文章を何度も解析した。


「魔力、能力、所有権ではありません」


「じゃあ、何をすればいい?」


「不明です」


 俺は浮かぶ文字を見た。


 所有物ではなく。


 独立した人格として認識していること。


 会社は六機を、故障品として俺へ売った。


 契約書の上でも。


 六機は俺の所有物だ。


 でも。


 俺の中では、とっくに違っていた。


「証明って……どうやるんだ?」


 問いかけに。


 古代設備は答えなかった。


 最後の中継核は。


 目の前にあるのに。


 まだ、俺たちの手には届かなかった。


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