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第2話 高性能なはずの彼女は、何もない場所で転んだ



「直人様の魔力は、少なくありません」


 銀白色の髪を持つ少女――第一制御機セラは、俺の胸元へ手を添えたまま言った。


「測定という概念が、あなたの魔力に追いついていないだけです」


「いや、そう言われてもな」


 俺は五年間、何度も魔力を測定されてきた。


 会社の測定器だけではない。


 学校、病院、探索者協会。


 使った機器は違っても、結果はすべて同じだった。


 魔力値一。


「全部の測定器が間違っていたってことか?」


「正確には、測定方式が適合していません」


 セラは輸送容器から降りようとした。


 白銀のブーツが床へ触れる。


 その直後、何もない場所で身体が傾いた。


「わっ」


 反射的に腕を伸ばし、倒れてきたセラを受け止める。


 軽い。


 人間とほとんど同じ見た目なのに、抱えた感触は十歳ほどの少女よりも軽く思えた。


 セラは俺の腕の中で、三秒ほど完全に停止した。


「……問題ありません」


「今、何もないところで転んだよな?」


「床面の安全確認です」


「二回目だぞ、その言い訳」


「同一箇所ではありません」


 妙に真剣な顔で訂正された。


 頭頂部では、一本だけ立った髪が小さく揺れている。


「高性能な古代魔道人形じゃなかったのか?」


「その認識は正しいです」


「じゃあ、どうして転ぶんだ?」


「現在、わたしの演算能力の九十七・八パーセントを、直人様の魔力抑制へ使用しています」


 セラは俺の腕から離れ、今度は慎重に床へ立った。


 両足をそろえ、指揮官らしく背筋を伸ばす。


「残り二・二パーセントで、姿勢制御、会話、周辺警戒、自己修復を同時に行っています」


「それで転んだのか」


「床面の確認です」


「そこは譲らないんだな」


 セラは返事をしなかった。


 正確には、返事を考えているような表情のまま止まった。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


「……はい」


「返事にも時間がかかるのか」


「問題ありません」


 問題しかないように見える。


 しかし、セラの胸元にあった黒い亀裂は、先ほどよりも明らかに小さくなっていた。


 裂けていたジャケットも、銀色の粒子が集まり、少しずつ元の形へ戻っている。


「俺の魔力を使って直ってるのか?」


「はい。直人様の魔力は、わたしたち《六環式魔導補助機構》と極めて高い適合性を示しています」


「六環式?」


「六機一組の魔導補助システムです」


 セラは部屋の中に並べられた五つの輸送容器へ目を向けた。


「わたしは第一制御機。残る五機も、それぞれ異なる専門機能を持っています」


「それなら、あの五人も起こせるのか?」


「可能です」


 即答だった。


 俺は思わず、五つの容器を見回した。


 会社の資料では、修復予測数百年。


 最長の個体に至っては、算出不能だった。


「どのくらいかかる?」


「現状の供給量を維持した場合、第二号機の緊急起動まで――」


 セラの瞳に、細い魔法陣が浮かぶ。


 そのまま止まった。


「セラ?」


「……演算中です」


「目を開けたまま止まるの、ちょっと怖いな」


「十六日と七時間です」


「二週間ちょっと?」


「はい。ただし、直人様の安全を最優先する必要があります」


 セラは再び俺の胸元へ手を当てた。


「直人様の体内では、魔力が常に生成されています」


「それは普通じゃないのか?」


「生成速度が異常です」


 小さな手のひらから、冷たい光が染み込んでくる。


 胸の奥に詰まっていた重苦しさが、少しだけ和らいだ。


「一般的な生物は、体内に保持できる量を超えた魔力を自然に放出します。しかし直人様の身体は、放出できなかった魔力を圧縮し続けているようです」


「圧縮?」


「測定器が読み取っていた魔力値一は、外部へ漏れていたごく僅かな量です」


「じゃあ、本当の数値は?」


「測定不能です」


「大体でも分からないのか?」


「現在のわたしでは算出できません」


 セラは淡々と言ったあと、わずかに眉を寄せた。


「正直に申し上げますと、演算を試みるたびに処理が止まります」


「壊れたりしないよな?」


「わたしは高性能です」


 自信満々に答えた直後、セラの膝から力が抜けた。


 今度は俺も間に合わず、彼女は床へぺたんと座り込んだ。


「高性能なんだよな?」


「今のは着座です」


「立ってたところから急に座ったけど」


「効率的な着座です」


 セラは床へ座ったまま、きっぱりと言い切った。


 少しだけ頬が赤い気がする。


「もしかして、俺のせいでこんな状態なのか?」


「直人様に責任はありません」


「でも、魔力を抑えてるから転んでるんだろ」


「床面を確認しています」


「それも俺の魔力のせいなのか?」


 また数秒止まった。


「……はい」


「絶対、今考えたよな?」


 セラは視線をそらした。


 窓際社員として五年間、役に立たないと言われ続けた。


 そんな俺の魔力を抑えるために、本来は高性能らしい古代魔道人形が、まともに歩けない状態になっている。


 申し訳なさを感じるべきなのだろう。


 だが同時に、少しだけ救われた気もした。


 俺が何もできなかったのは、魔力が足りなかったからではない。


 本当に、そうなのかもしれない。


「魔力を外へ出せば、セラの負担は減るのか?」


「大幅に軽減されます」


「でも俺、初級魔法すら使えないぞ」


「直人様が直接魔法を使用することは、推奨できません」


「どうして?」


「変換と出力調整を行わず放出した場合、この建物が消失する可能性があります」


 俺は無意識に、アパートの薄い壁を見た。


 隣の部屋から、テレビの笑い声が聞こえてくる。


「それは困るな」


「非常に困ります」


「セラなら調整できないのか?」


「わたしの専門は制御と抑制です。安全な術式へ変換するには、第二術式機の機能が必要です」


 セラは五つの輸送容器の中から、赤い識別線が入った一つを指さした。


「第二号機が起動すれば、直人様は安全に魔法を使用できます。魔力を適度に消費することで、わたしの処理能力も回復します」


「つまり、その子を起こすまで、セラはずっとこの状態か」


「問題ありません」


 セラは立ち上がろうとした。


 一度目は膝から崩れた。


 二度目は輸送容器へ頭をぶつけた。


 三度目でようやく立ち上がり、何事もなかったようにジャケットの裾を整える。


 ただし、胸元のボタンは一つずれていた。


「ボタン、掛け違えてるぞ」


「意図的です」


「なんのために?」


「……左右非対称による、視覚的威圧効果です」


「直そうか?」


 セラはしばらく迷ったあと、無言でこちらへ向き直った。


 俺はずれていたボタンを外し、正しい位置へ留め直す。


 セラは姿勢を正したまま動かなかった。


 けれど、銀白色の髪の毛先が、先ほどより少し強く光っていた。


「ありがとうございます、直人様」


「どういたしまして」


「この行為は、第一制御機に対する整備支援として記録します」


「好きにしてくれ」


「永久保存領域へ記録しました」


「そこまで重要か?」


「重要です」


 今度の返事は、止まらずに返ってきた。


 セラは俺から離れると、赤い識別線の入った輸送容器へ近づいた。


 その表面へ小さな手を触れる。


 停止していた表示板に、弱い光が灯った。


『第二術式機』


『修復用魔力の受け入れを開始』


 容器の内部から、微かな鼓動のような音が聞こえた。


 セラは振り返る。


「直人様」


「どうした?」


「第二号機が目覚めるまで、約十六日です」


「ああ」


「それまで、魔法を使おうとしないでください」


「使えたことないから大丈夫だ」


「もう一つあります」


 セラは真剣な表情で、俺の目を見た。


「明日から、会社の魔導機器へ触れないでください」


「仕事で必要なんだけど」


「これまで壊れていたのではありません」


 セラの瞳に、青い六角形の魔法陣が浮かぶ。


「直人様の魔力に耐えられず、保護機能が作動していただけです」


 魔導機器を故障させる、役立たずの窓際社員。


 そう呼ばれてきた俺は、翌日も会社へ行かなければならない。


 今度は、自分が触れるものを本当に壊すかもしれないと知った状態で。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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