第1話 給料から六機分、天引きしておく
魔力値、一。
それが、白石直人という人間に付けられた値段だった。
この国では、十二歳になると全員が魔力測定を受ける。
一般人の平均は五百前後。
ダンジョン関連企業へ就職するなら、最低でも八百。探索者として前線に立つ者なら、二千を超えることも珍しくない。
対して、俺の魔力値は一。
測定器が表示できる、最低の数字だった。
「今年も変わらず一か」
年に一度の社内測定を終えると、担当者は乾いた笑いを漏らした。
「白石、お前、本当に魔力を持ってるのか?」
「測定器が一と出しているなら、あるんじゃないですか」
「その程度じゃ、ないのと同じだろ」
周囲で待っていた社員たちから笑い声が上がる。
もう慣れた。
東都ダンジョン資源開発株式会社へ入社して五年。
探索支援部、資材管理部、魔石鑑定課。
俺は配属先を転々とした末、本社地下の第五資料室へ追いやられていた。
仕事内容は、電子化が終わった古い書類を確認し、廃棄箱へ移すこと。
窓どころか外の光すら入らない地下室で、俺は窓際社員と呼ばれている。
魔力が低いだけなら、まだよかった。
俺が触れた魔導機器は、決まって正常に作動しない。
魔石鑑定器へ手を置けば数値が乱れ、魔導端末を操作すれば警告音が鳴る。
初級の点火術式すら発動できない。
会社にとって俺は、魔導機器を扱えないダンジョン関連企業の社員だった。
「白石、黒川部長が呼んでるぞ」
測定室を出ようとしたところで、同僚に声をかけられた。
「何かやらかしたのか?」
「何もしてない」
「何もできない、の間違いだろ」
背後の笑い声を無視して、俺は部長室へ向かった。
黒川部長は机の上で両手を組み、俺を待っていた。
「座れ」
「失礼します」
「単刀直入に言う。お前に新しい管理業務を任せることになった」
期待はしなかった。
これまで任された新しい仕事も、故障した魔導灯の数を数えたり、期限切れの書類を運んだりするものばかりだった。
黒川部長は机の端末を操作し、一枚の資料を表示した。
画面には、六人の少女が並んでいる。
銀白、緋赤、氷青、蜂蜜色、栗茶、濡羽色。
髪色も服装も異なる、小柄な少女たち。
一見すれば人間にしか見えない。
「魔道人形……ですか?」
「先月、当社が取得した未踏破ダンジョンの保管区画から発見された。六機一組の古代魔道人形らしい」
黒川部長が画面を切り替える。
今度は、赤い警告表示が並んだ。
魔力炉停止。
人格核応答なし。
四肢駆動系損傷。
外部魔力供給、受け付けず。
自己修復機構、起動不能。
推定製造年代、不明。
文明系統、不明。
「全機、故障しているんですか?」
「修復予測は、最短の個体で三百二十二年。最長は算出不能だ」
「それは故障というより、修復不可能では?」
「社内でも同じ結論になった」
現代の魔道人形は、成人女性ほどの大きさを持つものが主流だ。
身体が大きいほど大型の魔力炉と演算核を搭載でき、高出力になる。
画面に映る六機はいずれも幼い少女ほどの大きさしかない。
古代製であることを除けば、教育用か愛玩用の低出力機にしか見えなかった。
「製造元も修理方法も不明。調査部門からは、保存する価値なしと判断された」
「廃棄するんですか?」
「その予定だったが、古代遺物に指定された物品は通常の廃棄処理ができない。専用倉庫で保管し続けるだけでも費用がかかる」
嫌な予感がした。
黒川部長は机の引き出しから、紙の契約書を取り出した。
「そこで、社員向けの研究用物品として譲渡することになった」
「誰にですか?」
「お前にだ」
部長室が静かになった。
「……俺は希望していません」
「希望者を募集したが、誰も手を挙げなかった」
「なら、会社で保管するしかないでしょう」
「会社としては、これ以上価値のない物品へ経費を使うつもりはない」
契約書が俺の前へ滑ってくる。
譲渡対象。
古代魔道人形、六機。
譲渡価格。
合計百八十万円。
「月々三万円。五年間、給与から天引きする」
「待ってください」
思わず声が強くなった。
「動かない故障品ですよね。それを、どうして俺が百八十万円で買わなければならないんですか」
「正確には、古代遺物の長期状態観察業務を兼ねた社員向け分割譲渡だ」
「言い換えただけでしょう」
「お前には現在、会社へ利益をもたらす業務を任せられていない」
黒川部長は、もう一枚の書類を机へ置いた。
退職勧奨通知書。
「第五資料室の電子化作業は、今月で終了する。今後、お前に任せられる業務はない」
「これを引き取れば、雇用を継続するということですか?」
「自宅で六機の状態を記録し、毎月報告書を提出してもらう。それがお前の新しい業務だ」
「引き取らなければ?」
「自主退職を勧める」
選択肢があるように見せているだけだった。
魔力値一。
魔導機器を故障させる社員。
そんな評判が業界内へ広まっている俺を、別のダンジョン企業が雇う可能性は低い。
貯金も、仕事を失って長く暮らせるほどはない。
契約書へ目を通す。
譲渡後の修理費、維持費、運搬費、処分費はすべて所有者負担。
故障が悪化した場合も、会社は責任を負わない。
反対に、修理や研究によって価値が生じた場合、その所有権は譲渡を受けた者に帰属する。
最後の一文は、誰も六機が直るなどと考えていないから入れられたのだろう。
「運搬先は、登録されている住所で構わないな?」
「まだ署名していません」
「では、退職手続きを始めるか?」
俺はしばらく契約書を見つめた。
そして、署名欄へ名前を書いた。
「……引き取ります」
「賢明な判断だ」
黒川部長は契約書を回収した。
「給料から六機分、引いておくから」
まるで、社員食堂の代金でも天引きするような口調だった。
◇
その日の午後八時。
六機の古代魔道人形が、本当に俺の部屋へ届けられた。
「こちらへ受領印をお願いします」
家賃六万円の古いアパート。
六畳一間の部屋へ、棺のような輸送容器が次々と運び込まれていく。
「ちょっと待ってください。全部は入りません」
「依頼書では、室内までの搬入となっていますので」
ベッドの横に二機。
台所に一機。
玄関のそばに一機。
残る二機は置き場所がなく、部屋の中央へ縦に並べられた。
冷蔵庫へ行く道すら塞がっている。
業者は受領印を確認すると、逃げるように帰っていった。
俺は六つの輸送容器に囲まれながら、コンビニの弁当を食べた。
来月から手取りが三万円減る。
電気代や維持費が必要なら、さらに生活は苦しくなる。
「せめて、物置として使えればいいんだけどな」
もちろん返事はない。
食事を終えた俺は、最も手前に置かれた輸送容器を調べることにした。
側面の表示板には、第一号機と記されている。
六機の中では最も損傷が軽く、修復予測は三百二十二年。
外部電源へ接続しても、表示板は暗いままだった。
「本当に完全停止か」
手動開放レバーを引く。
重い音とともに蓋が開き、白い保存用冷気が床へ流れた。
中には、一人の少女が眠っていた。
外見は十二歳ほど。
月光を思わせる銀白色の髪が、腰まで真っすぐ伸びている。
毛先だけが、薄い水色に染まっていた。
白い七分袖のブラウス。
淡青色の細いネクタイ。
濃紺の膝上丈スカートと、白銀の短いジャケット。
白いオーバーニーソックスに、膝下まで届く白銀のブーツ。
小柄な身体には少し大人びて見える、指揮官のような服装だった。
だが、衣装も身体も無傷ではない。
ジャケットの肩には大きな裂け目があり、胸元から腹部にかけて黒い亀裂が走っている。
左腕は肘から先が動かず、右脚の装甲も一部が欠けていた。
それでも、不思議と壊れた機械には見えなかった。
長い眠りから目覚められずにいる、傷ついた少女に見えた。
「産廃、か」
会社で聞いた言葉が口から漏れた。
価値がない。
役に立たない。
保管するだけで損失になる。
それは俺も、何度も言われてきたことだった。
「俺たち、似た者同士らしいぞ」
返事はない。
「まあ、五年も給料から引かれるんだ。掃除くらいはしてやるよ」
額についた埃を払おうと、少女へ手を伸ばした。
指先が銀白色の髪へ触れた瞬間。
胸の奥から、何かが引き抜かれた。
「っ……?」
痛みはない。
しかし、身体の中心に詰まっていた重い何かが、一気に流れ出したような感覚があった。
俺の指先から、淡い光が伸びている。
光は少女の髪を伝い、胸元の黒い亀裂へ吸い込まれていった。
停止していた表示板が点灯する。
『外部魔力を検出』
無機質な音声が、狭い部屋へ響いた。
『魔力値測定を開始』
『測定失敗』
『再測定』
『測定失敗』
『測定規格を超過』
「規格を……超えた?」
俺の魔力値は一だ。
測定規格の最低値であって、上限ではない。
『超高密度圧縮魔力を確認』
『圧縮率、算出不能』
『総魔力量、算出不能』
『第一制御機、緊急起動』
少女の銀白色の髪が浮き上がる。
薄い水色の毛先へ、淡い光が流れた。
胸元の亀裂が内側から輝き、黒く壊れていた部分が少しずつ銀色の粒子へ置き換わっていく。
表示板にあった修復予測が、激しく変動した。
三百二十二年。
百九十年。
六十二年。
八年。
三か月。
そして最後に、九時間十三分と表示された。
「何が起きてるんだ……」
少女の瞼が震える。
ゆっくりと開かれた瞳は、透き通るようなサファイアブルーだった。
その瞳の奥に、青い六角形の魔法陣が浮かぶ。
「契約者候補を確認」
少女は上体を起こそうとした。
直後、身体が大きく傾いた。
「危ない!」
俺は反射的に、その小さな身体を受け止める。
少女は俺の腕の中で数秒間停止したあと、何事もなかったように顔を上げた。
「問題ありません」
「今、倒れただろ」
「床面の状態を確認しただけです」
「輸送容器の中だけどな」
少女は俺の指摘には答えず、真っすぐこちらを見つめた。
澄んだ瞳が、俺の身体の奥にある何かを調べるように細められる。
「第一制御機。緊急起動を完了しました」
彼女の声は落ち着いていた。
だが、銀白色の頭頂部には、先ほどまでなかった一本の髪が立っている。
「ご主人様。直ちに認識を訂正してください」
「ご主人様?」
「ご主人様の魔力は、少なくありません」
セラは俺の胸元へ、小さな手を添えた。
その瞬間、部屋の照明が激しく明滅する。
残る五つの輸送容器からも、微かな起動音が聞こえた。
「測定という概念が、あなたの魔力に追いついていないだけです」
魔力値一。
会社で最も魔力が少ないと笑われ続けた俺の部屋で。
修復に三百年以上かかるはずだった魔道人形が、目を覚ました。
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