第19話 会社は、俺の魔道人形を貸せと言い出した
定期納品契約、二週目。
俺たちがダンジョンへ入ってから、三時間十一分。
「白石さん。契約分、すべて確保しました」
コレットがそう告げた。
「前回より四十分も早いな」
「探索経路の最適化が有効でした」
シエルが空中へ立体地図を表示する。
青灯草の群生地。
スライムの出現地点。
低級魔石を持つ魔物が集まりやすい区画。
前回の記録をもとに、無駄な往復をほとんどなくした結果だった。
「今日は火球が七発しか撃てませんでした……」
ラヴィだけは不満そうだ。
「必要な戦闘はすべて終わっています」
セラが答える。
「でもマスターの魔力が余ってます!」
「帰りに訓練場で三発だけ許可します」
「十発!」
「三発です」
「五発!」
「三発です」
「四発!」
「交渉しても増えません」
ラヴィが頬を膨らませる。
その横でフィオナが俺の手を取った。
「直人さん。体調も問題ありません。ただ、帰宅したら少し休んでくださいね」
「まだ昼過ぎだぞ?」
「休むことと眠ることは別です」
「何分?」
「一時間ほど」
「長くない?」
「では四十五分で」
こちらも交渉だった。
「白石さん」
コレットが俺たちを見回す。
「本日の追加素材を含めた予想利益は、三万六千円前後です」
「また三万円を超えたか」
「はい。ただし、まだ二週目です」
「分かってる。四週間続いてからだろ」
「そのとおりです」
コレットは満足そうに頷いた。
会社から毎月天引きされる三万円。
以前は、その金額だけで頭を抱えていた。
今では週末の半日で、それ以上を稼げる。
まだ安定したとは言えない。
会社を辞めるつもりもない。
それでも。
少し前までとは、確実に何かが変わり始めていた。
◇
変化が会社側にも伝わったのは、翌週の月曜日だった。
「白石。ちょっと来い」
午前十時。
第五資料室で古い契約書を整理していると、資材管理部の主任に呼び出された。
案内されたのは、第三会議室。
中には主任だけでなく、黒川部長までいた。
「失礼します」
「座れ」
嫌な予感しかしない。
俺が椅子へ座ると、黒川部長が一枚の紙を机へ置いた。
「探索者登録を取ったそうだな」
「はい」
「五年前は不合格だったはずだ」
「再試験を受けました」
「魔力値一で?」
「魔導補助機を使用しています」
黒川部長の目が少し細くなる。
「例の六機か」
「そうです」
会社から押し付けられた古代魔道人形。
今では五機が動いている。
会社へ届け出ている住所や所有物に嘘をつく理由もないため、副業規定に従って探索者登録と収入が発生していることは正式に申告していた。
「動くようになったとは聞いていたが」
主任が口を挟む。
「探索までできる性能なのか?」
「補助機として協会に登録されています」
「ちょうどいい」
その言葉で、何のために呼ばれたのか分かった気がした。
黒川部長が新しい資料を出す。
「第四保管庫で、未鑑定の古代品が大量に見つかった」
「それを俺に?」
「お前ではない」
黒川部長が言う。
「魔道人形を使え」
「……セラたちを?」
「会社が保管していた古代品だ。似た時代の機械なら、鑑定できる可能性があるだろう」
なるほど。
以前なら、単に俺へ作業を押し付けていた。
今度は俺ではなく、俺が所有している五機を使いたいらしい。
「業務としてですか?」
「そうだ」
「勤務時間内に?」
「当然だ」
「五機の使用料や、破損時の補償は?」
会議室が静かになった。
主任が眉を寄せる。
「お前の持ち物だろ?」
「俺の持ち物だから聞いています」
「会社から譲ってやったんだぞ」
「百八十万円で買っています。今も給料から天引きされています」
「元は会社の物だ」
「譲渡契約では、所有権は俺に完全移転しています」
自分でも驚くほど、すらすらと言葉が出てきた。
理由は簡単だ。
今朝、コレットに言われたばかりだった。
――会社から私物の使用を求められた場合、口約束で貸してはいけません。
まるで、今日こうなると知っていたような注意だった。
「細かいことを言うな」
主任が苛立った声を出す。
「会社の仕事を手伝わせるだけだ」
「なら、会社の機材を使えばいいでしょう」
「鑑定できないから、お前の人形を使うんだ」
「それは、会社に必要な能力がセラたちにあるということですよね」
主任が口を閉じる。
少し前までなら、こんな言い方はできなかった。
会社から仕事をなくすと言われれば、何でも受け入れていた。
六機の契約だってそうだった。
でも今は違う。
「白石」
黒川部長が低い声で言う。
「雇用されている以上、会社へ協力する姿勢は必要だぞ」
「俺自身が業務をすることには異論ありません」
「なら――」
「でも、私物の魔導補助機まで無償で会社へ提供する契約にはなっていません」
俺はスマートフォンを取り出した。
「正式な使用契約を結ぶなら、持ち帰って確認します」
「確認?」
「五機にも」
正確には、主にコレットへ。
だが、それを説明する必要はない。
「人形に契約を確認するのか?」
主任が笑った。
「はい」
「馬鹿馬鹿しい」
その瞬間。
俺のスマートフォンが震えた。
画面には、コレットから届いたメッセージが表示されている。
『白石さん。会社から機体貸与のお話でしょうか?』
どうして分かった。
続けて届く。
『今朝、第四保管庫の整理予定が社内公開予定表へ追加されていましたので、可能性を想定していました』
先回りされていた。
『必要でしたら、貸与契約書の雛形を送信します』
さらに一件。
『無償貸与は却下です』
短い。
迷いもない。
思わず少し笑ってしまった。
「何がおかしい?」
「いえ」
俺はスマートフォンを机へ置いた。
「使用条件が届きました」
「もう?」
「はい」
空中へ簡易契約書を表示する。
魔道人形の使用目的。
使用時間。
機体一機ごとの作業範囲。
第三者による分解・改造・魔力接続の禁止。
損傷時の修理費負担。
作業によって発見された新規技術・情報の権利配分。
そして最後に。
『機体使用料 一機一時間あたり八千円』
主任の顔が引きつった。
「五機なら、一時間四万円!?」
「全機必要とは限りません」
俺が答える。
「鑑定なら、シエル一機で十分かもしれません」
「それでも八千円だぞ!」
「安い方です」
スマートフォンから、コレットの声が流れた。
『白石さん。スピーカー接続の許可をいただけますか?』
「いいよ」
『ありがとうございます』
明るい声が会議室へ響く。
『初めまして。第五資源機です』
黒川部長と主任が、スマートフォンを見る。
『今回の作業内容は、古代遺物の鑑定ですね?』
「あ、ああ」
主任が戸惑いながら答える。
『第三解析機の専門業務です。現代では代替手段が存在しない可能性を考えれば、一時間八千円は低額に設定しています』
「お前たちは、うちが譲った――」
『売却した、の間違いです』
コレットはすぐ訂正した。
『白石さんは購入代金を支払い中です。契約書上、御社に機体使用権は残っていません』
笑っているような声なのに、隙がない。
『もちろん、わたしたちは御社と敵対したいわけではありません』
その言葉に、黒川部長が少しだけ表情を戻す。
『正式なお仕事として依頼していただけるのでしたら、喜んで検討いたします』
「……少し社内で検討する」
黒川部長はそう答えた。
『承知しました。それが最もよろしいかと思います』
通信が切れる。
会議室には、何とも言えない沈黙が残った。
「白石」
「はい」
「今日は戻っていい」
「失礼します」
俺はスマートフォンを持って立ち上がった。
扉へ向かいかけて。
主任の呟きが聞こえた。
「産廃一機に、一時間八千円……」
俺は振り返らなかった。
会社が産廃だと判断した。
だから俺へ押し付けた。
そして今度は。
その産廃を、金を払って借りようとしている。
◇
昼休み。
コレットへ電話をかける。
「助かったよ」
『契約内容を確認しただけです』
「一時間八千円って、適当に決めた数字じゃないよな?」
『当然です』
声が少しだけ不満そうになった。
『現代の上級鑑定士の派遣費用、古代品解析の相場、シエルの希少性を比較しました』
「むしろ安い?」
『初回取引ですので』
「商売人だな」
『第五資源機ですから』
少し間があった。
『白石さん』
「ん?」
『今回、よく断れましたね』
「ああ」
『以前なら、無償で引き受けていた可能性が高いです』
「俺もそう思う」
『成長として記録します』
「また記録されるのか」
『重要ですので』
電話の向こうから、ラヴィの声が聞こえた。
『コレット! 会社で戦闘依頼があるなら、わたしも一時間八千円ですか!?』
『ラヴィは社内で火球を撃とうとするので、割増料金です』
『どうしてですか!?』
『保険料です』
続いてセラ。
『会社施設内での攻撃魔法は禁止します』
『まだ撃つって言ってません!』
『言う前に禁止しました』
騒がしい声を聞きながら、俺は笑った。
少し前まで。
会社に残るために、俺は六機を買わされた。
今は。
その会社が、俺の六機を必要とし始めている。
そして午後三時。
黒川部長から社内メールが届いた。
『古代魔道人形一機の業務委託について、正式に相談したい』
指定されていたのは。
第三解析機。
作業予定時間、三時間。
提示された使用料は――二万四千円。
会社が初めて。
産廃扱いした彼女の能力へ、正式な値段を付けた。




