第18話 五機揃うと、初心者向け採取依頼の意味が変わった
定期納品契約を結んで、最初の土曜日。
俺たちは朝一番で初心者用ダンジョンへ来ていた。
今日の目標は明確だ。
青灯草、六十株。
低級魔石、百個。
スライム核、四十個。
「白石さん。本日の目標達成予測時間は、五時間四十二分です」
入口でコレットが言った。
「そんなに正確に出るのか?」
「過去の出現記録、採取密度、移動速度、休憩時間を基準にしています」
「マスター!」
ラヴィが元気よく手を挙げる。
「魔物がいっぱい出れば、もっと早く終わります!」
「出現数は選べません」
シエルが淡々と訂正した。
「探せばいます!」
「不要な探索は移動時間の損失です」
「シエルまでコレットみたいになってません?」
「わたしは事実を報告しています」
ラヴィが不満そうに頬を膨らませる。
その横では、フィオナが俺の防護ジャケットを確認していた。
「直人さん。昨日の睡眠時間は七時間四十八分。体調も問題ありません」
「十二分足りないのは?」
「許容範囲です」
「よかった」
「ただし、今日は三時間ごとに休憩します」
「五時間ちょっとの予定だぞ?」
「でしたら二回で済みますね」
一回ではないらしい。
「直人様」
最後にセラが俺の胸元へ手を添える。
「体内魔力圧も安定しています。探索中に十回程度魔法を使用できれば、さらに負担を軽減できます」
「十回」
俺はラヴィを見る。
既に笑顔だった。
「聞きましたか、マスター!」
「百回じゃないからな」
「では、最低十回。余裕があれば追加で!」
「追加は状況次第です」
セラに止められ、ラヴィは少しだけ肩を落とした。
◇
ダンジョンへ入って十分。
俺は、前回までとの違いを思い知った。
「直人。左前方、十八メートル」
シエルが指を向ける。
「青灯草七株。苦味草二株が混在」
「もう分かるのか?」
「はい」
以前は一株ずつ資料と見比べていた。
今は、シエルの視線が通るだけで判別が終わる。
青灯草の場所まで行くと、コレットがしゃがみ込んだ。
「白石さん。採取方法をご覧ください」
栗茶色の二つ編みを揺らしながら、青灯草の根元へ指先を触れる。
淡い橙色の光が土の中へ染み込んだ。
周囲の土だけが、ふわりと崩れる。
コレットは根を一本も傷つけず、青灯草を引き抜いた。
「それも魔法なのか?」
「資源採取用の術式です。土壌と対象素材を分離しています」
「ラヴィが前に言ってた、周りの土だけ飛ばすのと似てるな」
「わたしもできます!」
ラヴィが食いついた。
「ただし、ラヴィの方式では根を損傷する確率が二十八・四パーセントあります」
「シエル!」
「事実です」
コレットは採取した青灯草を自分の胸元へ近づける。
植物が橙色の光に包まれ、そのまま消えた。
「収納完了です」
「保存容器もいらないのか?」
「次元収納内部では、時間経過と温度変化を大幅に抑制できます」
「採ったままの状態で持ち帰れる?」
「はい」
これは強い。
採取依頼では、持ち帰る途中の劣化も査定に響く。
俺たちは残る六株を採取した。
かかった時間は三分ほど。
「前は二十株集めるのに二時間近くかかったよな」
「専門機が不足していました」
セラが答える。
「現在は、探索、採取、保管までの役割が分担されています」
六機は一人の契約者を共同で支援するための一組。
その意味が、少しずつ分かってきた。
◇
一時間後。
青灯草は三十八株。
途中でスライムが十一体。
角兎が三体。
「マスター。前方、スライム五体です!」
ラヴィが嬉しそうに指を差す。
「シエル?」
「敵性反応五。周囲に別個体なし。戦闘可能」
「セラ」
「魔力圧低下のため、一回の術式使用を推奨します」
「よし」
右手を前へ出す。
「ラヴィ、一発でいけるか?」
「もちろんです!」
胸の奥から魔力が引き出される。
セラが圧力を落とす。
ラヴィが術式を組み。
シエルが五体の位置を示す。
白い火球が一つ生まれた。
「分割数、五!」
放った火球が途中で五本の白い光へ分かれる。
それぞれが別のスライムへ命中した。
ほぼ同時に五体が消え、核だけが床へ残る。
「五体同時です!」
ラヴィが得意げに振り返った。
「マスター、今のはかなり格好よかったですよ!」
「ほとんどラヴィが操作してただろ」
「でも、魔力はマスターのものです!」
コレットがスライム核を回収する。
一つ。
二つ。
三つ。
床から消えるたび、次元収納内で自動的に分類されていくらしい。
「品質確認完了。五個すべて納品基準を満たしています」
「その場で分かるのか?」
「資源管理はわたしの担当です」
「すごいな、コレット」
俺が何気なく言うと。
コレットの手が止まった。
「……ありがとうございます、白石さん」
琥珀色の瞳が少しだけ明るくなる。
「現在の発言は、業務評価として記録しておきます」
「セラみたいになってきたな」
「重要な情報の保存は必要です」
「第一制御機として同意します」
二人が真顔で頷き合った。
「直人」
シエルが俺を見る。
「コレットの感情値、平常時より――」
「シエル」
コレットが笑顔で遮った。
「その情報は資産管理に不要です」
「了解」
珍しく、シエルが素直に引いた。
◇
探索開始から二時間半。
目標の半分以上が集まった。
コレットの予測より速い。
「このままなら四時間以内に終わりそうだな」
「出現状況が予測より良好です」
コレットが言う。
「ただし、予定より早く終わっても追加採取は行いません」
「どうして?」
「必要以上に集めても、今回の契約単価では利益率が下がります」
「売ればいいんじゃないのか?」
「需要以上に供給すると、買取価格が下がる可能性があります」
「そこまで考えるのか」
「継続的に稼ぐのであれば必要です」
コレットは道端に落ちていた小さな魔石片へ目を向けた。
「ただし、依頼対象外でも価値のある素材は回収します」
拾う。
収納する。
「これは?」
「低品質ですが加工可能です。推定価値、七十二円」
「七十二円でも拾うんだ」
「七十二円を百個捨てれば、七千二百円です」
「ごもっともです」
コレットの視線が、少し先の岩陰へ向いた。
小さな金属片が落ちている。
「それも?」
「回収します」
「価値は?」
「十二円です」
「十二円でも?」
「十二円です」
強い。
◇
三時間を過ぎたところで、フィオナが宣言した。
「休憩します」
「あと少しで全部集まりそうだけど」
「だからこそです」
「どういうこと?」
「終わりが見えると、人は休憩を後回しにします」
フィオナが壁際へ簡易結界を展開する。
「直人さん。座ってください」
「はい」
もう逆らう理由もなかった。
コレットの次元収納から飲料水と軽食が出てくる。
「それも入れてたのか?」
「探索用品として登録済みです」
俺が飲み物を受け取る横で、ラヴィが落ち着かなそうに通路の奥を見ている。
「あと何個ですか?」
「低級魔石十七。スライム核九。青灯草十一」
シエルが答える。
「一時間もかかりません!」
「休憩後です」
フィオナが微笑む。
「少しくらいなら――」
「ラヴィも座ってください」
「わたしは疲れません!」
「直人さんが落ち着いて休めません」
ラヴィはすぐ座った。
「それなら仕方ありません!」
扱い方を完全に理解されている。
◇
最終的に、定期納品分をすべて確保したのは探索開始から三時間五十一分後だった。
「目標達成です」
コレットが報告する。
青灯草六十株。
低級魔石百個。
スライム核四十個。
さらに依頼外の素材が数種類。
「予測より一時間五十一分早い」
俺が言う。
「初回なので、安全側へ余裕を持たせていました」
「次回の予測は?」
「三時間二十分前後です」
「また早くなるのか」
「経路を最適化できます」
シエルが空中へ地図を出した。
今日歩いた道。
魔物の出現地点。
青灯草の群生場所。
無駄に往復した区間。
すべて記録されている。
「次回は、この経路を使用します」
「探索が完全に仕事になってきたな」
「悪いことですか?」
コレットが尋ねる。
「いや」
俺は周囲の五人を見る。
セラが魔力を管理し。
ラヴィが必要な敵だけ倒し。
シエルが道と素材を見つけ。
フィオナが安全を守り。
コレットが全部を資産へ変える。
「なんか、会社で働いてるときより仕事してる気がする」
五人が一斉にこちらを見る。
「直人様」
セラが真剣な顔をした。
「現在の職場と比較することは、わたしたちに失礼です」
「そこまで言う?」
「現在の探索における直人の貢献度は、十分に高いです」
シエルが補足する。
「会社側の評価基準が不適切です」
「マスターがいなかったら、わたしたちは動けません!」
「直人さんは、皆さんの中心ですよ」
フィオナまで続く。
最後にコレットが空中へ一つの数字を表示した。
「白石さん」
「何?」
「今日の予定売上は、諸経費を引いて約三万一千円です」
「一日で?」
「四時間弱です」
一日働いたわけですらない。
四時間。
それで、六機の一か月分の天引き額を超えた。
「もちろん、毎週同じ結果を出せるか確認する必要があります」
コレットは浮かれることなく続ける。
「これを四週間繰り返して、初めて安定収入です」
「分かってる」
「はい」
それでも、コレットは少し嬉しそうだった。
◇
協会へ戻り、初回の定期納品を行う。
青灯草は、保存状態が非常に良好として査定額が少し上がった。
魔石も核も、すべて基準を満たしている。
依頼外素材を含めた本日の入金額。
三万四千八百六十円。
『定期納品契約 一週目達成』
端末へ表示された文字を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
一回だけなら偶然かもしれない。
二回なら運が良かったのかもしれない。
でも、これを毎週続けられたなら。
本当に生活そのものが変わる。
「白石さん」
コレットが隣から画面を覗く。
「喜ぶのは、四週目が終わってからです」
「分かってるよ」
「ですが」
少し間を置いて、コレットは笑った。
「初週としては、満点です」
帰宅後。
六機の修復状況を確認すると。
第六中枢機の修復予測が、また動いていた。
二百八十二日。
二百七十一日。
二百五十八日。
五機が同時に活動し、俺の魔力が安定して循環し始めたことで。
最後の一機の眠りも。
少しずつ、終わりへ近づいていた。




