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第17話 第五資源機は、会社員の給料を時給に直した



「まずは、探索による月間の安定利益が会社の手取りを三か月連続で上回ること」


 昨夜、そう宣言したコレットは。


 翌朝六時には、俺の食卓を会議室へ変えていた。


「白石さん。こちらをご覧ください」


 琥珀色の瞳が光る。


 空中に、数字の表が表示された。


 会社の給料。


 通勤時間。


 勤務時間。


 探索収入。


 交通費。


 装備費。


 六機の支払い。


 生活費。


 細かすぎる。


「昨日、起きたばかりだよな?」


「はい」


「いつ調べたんだ?」


「白石さんがお休みになっている間です」


「寝てる間に家計を全部見られたのか」


「安心してください。不要な個人情報は分類後に遮断しました」


「その説明で安心できるか微妙だな」


 向かいでは、セラが味噌汁を運んでいる。


 今日は転んでいない。


 ボタンも正しく留まっていた。


 俺がダンジョンで魔力を消費するようになってから、セラの演算余力はかなり戻っているらしい。


「現在の直人様は、以前より安全な状態です」


「その代わり、コレットが家計簿を握ったけどな」


「適切な役割分担です」


「直人。訂正」


 シエルが空中の数字を見た。


「家計簿ではありません。資産管理、税務予測、損益管理、将来収支予測を含みます」


「余計に規模が大きくなったな」


「マスター!」


 ラヴィが手を挙げる。


「探索回数を増やせば、収入も増えます!」


「勤務のある平日は無理だろ」


「夜に行きましょう!」


「睡眠時間を削る案は却下します」


 フィオナが笑顔で割り込んだ。


「直人さんは最低七時間。できれば八時間眠ってください」


「六時間じゃ駄目?」


「駄目です」


「即答か」


「はい」


 五機になっただけなのに、俺の生活へ口を出す者が一気に増えた。


 コレットが空中の表を切り替える。


「そこで、探索回数を増やすのではなく、一回あたりの利益を安定させます」


「そんな方法があるのか?」


「あります」


 画面へ表示されたのは、探索者協会の常設依頼だった。


 青灯草。


 低級魔石。


 スライム核。


 洞窟鼠の牙。


 どれも以前に採取したことがある。


「高額な物はないな」


「そこが重要です」


 コレットが一本指を立てた。


「高額な発見報酬は再現できません。しかし常設依頼は、必要量が決まっています」


 次々と数字が並ぶ。


 青灯草、週百二十株。


 低級魔石、週二百個。


 スライム核、週八十個。


「現在、この支部では初心者素材が慢性的に不足しています」


「初心者用の素材なのに?」


「高位探索者は利益が低いため採取しません。初心者は回収効率が低く、安定供給できません」


 なるほど。


 会社でも似たような話はある。


 単価の低い資材ほど、必要量を安定して集める業者がいなくて困ることがある。


「白石さんたちなら解決できます」


「どうやって?」


 コレットが自分の胸元へ手を当てた。


「わたしの次元収納があります」


「そういえば、荷物を持たなくていいんだったな」


「容量については、現在の修復率でも十分です」


 空中に数字が出る。


『使用可能容量――推定二百四十七立方メートル』


「……どれくらい入る?」


「一般的な大型トラック、およそ二十台分です」


「小さい身体のどこに入ってるんだ」


「内部空間です」


「説明になってないぞ」


「古代技術です」


 便利な言葉だった。


「さらに」


 コレットがシエルを見る。


「シエルが素材を探します」


「可能」


「ラヴィが必要最低限の魔物だけ排除」


「百発くらい撃ってもいいですか?」


「必要最低限です」


「はい……」


「セラが白石さんの魔力を管理し、フィオナが安全を確保します」


 五人の役割が、一本の線につながった。


「俺は?」


「皆さんと一緒に探索してください」


「それだけ?」


「白石さんがいなければ、わたしたちは十分に稼働できません」


 コレットが当然のように言う。


「最重要です」


 何となく居心地が悪くなり、味噌汁へ視線を落とした。


     ◇


 その日の午後。


 俺たちは探索者協会へ向かった。


 目的はダンジョンではない。


 受付で、コレットが作った提案書を提出するためだ。


「定期納品契約、ですか?」


 受付職員が端末を見る。


「はい」


 コレットが答える。


「青灯草を週六十株。低級魔石を週百個。スライム核を週四十個」


「かなり多いですよ」


「支部の週間不足量の約半分です」


「不足量まで調べたんですか?」


「公開されている依頼履歴から算出しました」


 受付職員が困った顔で俺を見る。


「白石さん、この子、本当に起動したばかりなんですよね?」


「三日前です」


「三日でここまで?」


「第五資源機ですから」


 コレットが胸を張った。


 小さなテーラードジャケット姿なので、敏腕経営者というより商店の看板娘に見える。


 本人には言わない方がよさそうだ。


「ただ、定期納品契約には実績が必要です」


「何週間ですか?」


「通常は一か月ほどですね」


「では、まず四週間の試験契約をお願いします」


 コレットは即答した。


「納品率九十五パーセント以上を維持できた場合、翌月から正式契約へ移行する条件で」


「少し確認します」


 職員が奥へ消える。


 ラヴィが小声でコレットへ尋ねた。


「普通に依頼を受けるのと、何が違うんですか?」


「納品数を事前に確保していただけます」


「それがいいこと?」


「毎週、一定額の売上が確定します」


「いっぱい倒せば、もっと儲かりません?」


「倒す魔物が都合よく現れる保証はありません」


「探します!」


「それに時間を使うと、利益率が落ちます」


 ラヴィが難しい顔になった。


「お金って面倒ですね」


「だから、わたしが担当します」


 しばらくして、受付職員が戻ってきた。


「上司の許可が出ました。まず四週間、試験契約という形なら可能です」


「ありがとうございます」


「ただし、未達が二週続けば解除です」


「問題ありません」


 契約書が表示される。


 コレットは内容を一行ずつ確認した。


「白石さん」


「何か変なところがあった?」


「ありません」


 契約書をこちらへ向ける。


「今度は、ご自身で内容を読んでから署名してください」


「ああ」


 会社で六機を押し付けられたときとは違う。


 急かされてもいない。


 拒否すれば仕事を失うとも言われない。


 俺は最初から最後まで読んでから、署名した。


「確認しました」


 コレットが満足そうに頷く。


     ◇


 帰り道。


 コレットは早速、予想収支を表示した。


「週一回の探索で契約量を確保できた場合、月間の最低売上は約十二万円です」


「十二万?」


「魔物素材などの追加収入は含めていません」


「会社の給料には届かないな」


「はい」


 コレットは笑った。


「ですが、これは第一階層だけの数字です」


 空中の表が変わる。


 封鎖区画。


 第二階層。


 まだ進んでいない深層。


「安全に活動範囲を広げれば、収入も上がります」


「それでも三か月待つのか?」


「待つ、ではありません」


 コレットが訂正する。


「三か月間、数字を作ります」


 その言い方は、妙に頼もしかった。


「白石さん。会社員としての現在の手取りを、通勤時間込みの拘束時間で割ると――」


「嫌な予感がする」


「実質時給は約千百円です」


「計算しなくていい数字を出したな」


「対して、前回のダンジョン調査は――」


「発見報酬が入ってるから比較するなよ」


「理解しています」


 コレットは別の数字へ切り替えた。


「ですので、発見報酬を除外しました」


 通常探索だけの収益。


 時間。


 交通費。


 消耗品。


 すべて引いた数字が表示される。


「現時点でも、実質時給は会社勤務を上回っています」


「……本当に?」


「はい」


「じゃあ、辞めても」


「まだです」


 即答だった。


「白石さんは、一人ではありません」


 コレットが俺の隣を歩く四人を見る。


「六人全員が安心して暮らせる状態を作ってからです」


 セラが静かに頷く。


 フィオナは柔らかく笑い。


 シエルは何かの数値を計算している。


 ラヴィだけが手を挙げた。


「七人ですよ!」


「え?」


「マスターを入れたら七人です!」


 コレットが一瞬だけ目を丸くした。


「……そうですね」


 琥珀色の瞳が柔らかくなる。


「訂正します。七人全員です」


 まだ目を覚ましていない最後の一機を含めれば。


 俺の六畳一間には、もう七人分の生活が入り始めていた。


 そして帰宅すると。


 第六号機の黒い輸送容器に、今まで一度も見たことのない表示が灯っていた。


『六環接続数――五』


『資源循環系――復旧』


『中枢機への予備魔力供給を開始』


 第六中枢機イリス


 修復予測――二百八十四日。


 その数字が、初めて動いた。


 二百八十三日。


 二百八十二日。


 ゆっくりと。


 しかし確実に。


 最後の一機も、目覚める準備を始めていた。


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