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第16話 第五資源機は、目覚める前から家計を管理する



 資源保管領域の崩壊を止めた後、俺たちは黒い箱から現れた透明な結晶を、その場で持ち帰らなかった。


 協会の調査品だからという理由もある。


 何より、シエルが触れるなと言った物へ、素手を伸ばす気にはなれなかった。


「結晶は専用容器へ封印します」


 三枝さんが協会本部へ連絡し、古代遺物用の保存箱を取り寄せる。


「正式な鑑定が終わるまでは、協会の保管庫で預かります」


「所有権はどうなりますか?」


 俺が尋ねると、三枝さんは少し考えた。


「通常なら、管理ダンジョン内で発見された資源は、発見者と管理者で規定に沿って分配します。ただ、今回は古代設備の内部です」


「規則がない?」


「前例がありません」


 そのとき、俺のスマートフォンから明るい声が流れた。


『前例がないことと、所有者がいないことは別問題です』


「コレット?」


『緊急査定機能のみ稼働中です。会話可能時間は、残り二分十四秒です』


 まだ自宅の輸送容器で眠っている第五資源機。


 その声は、資源管理中枢を通して俺たちの会話を聞いているらしい。


『白石さん。管理中枢の認証記録を表示してください』


「どうやって?」


『中央六角柱の下部へ、右手を近づけてください。直接触れてはいけません』


 言われたとおり、ひび割れの閉じた六角柱へ近づく。


 セラが俺の魔力を抑え、フィオナが念のため防護膜を展開した。


 右手をかざすと、柱の表面へ文字が浮かんだ。


『六環式魔導補助機構』


『契約者――白石直人』


『保管資源管理権限――一時復旧』


 三枝さんが目を見開く。


「白石さんが、この施設の管理者として登録されている?」


『正確には、正規契約者です』


 コレットの声が続く。


『ただし、現在のダンジョン管理法との調整が必要です。すべて自分の物だと主張することも、すべて協会へ譲ることも推奨しません』


「どうすればいい?」


『共同調査契約を締結してください』


 空中に、契約書の草案が表示された。


 発見された資源の所有権は、古代設備の認証記録を確認するまで保留。


 協会は安全管理と鑑定を担当。


 俺たちは古代設備への接続と解析を担当。


 利益が生じた場合の分配率は、双方の貢献度を基準として別途協議。


『現段階では、この条件が最も公平です』


 三枝さんが文面を読み込む。


「こちらに一方的に不利な内容ではありませんね」


『協会は敵ではありません。今後も協力関係が必要です』


 コレットは即答した。


『ただし、白石さんが理解しないまま権利を放棄することは認めません』


「勝手に署名するつもりはないよ」


『先月、故障品六機の購入契約へ署名しています』


「仕事を失うと言われたからだ」


『事情は記録から確認しました』


 コレットの声が少し低くなる。


『その会社には、後日正式な査定結果をお知らせしましょう』


 怒っているのだろうか。


 だが声には、ラヴィのような勢いも、セラのような圧力もない。


 数字を一つずつ積み上げ、逃げ道を塞いでいくような静かさがあった。


『会話可能時間、残り二十秒』


「コレット。身体の方は大丈夫なのか?」


 一瞬、返事が途切れた。


『その質問は、契約や資源に関するものではありません』


「答えられない?」


『……修復は順調です、白石さん』


 少しだけ柔らかな声だった。


『三日後に、改めてご挨拶します』


 通信が切れる。


 ラヴィがスマートフォンを覗き込んだ。


「目覚める前から、細かいですね」


「ラヴィの術式構築による室内損害も、すべて記録されるでしょう」


 シエルが告げる。


「えっ」


「照明一件。魔導時計一件。外部中継核の過熱二回」


「必要経費です!」


「本人へ説明してください」


 ラヴィの顔から笑みが消えた。


     ◇


 協会側も共同調査契約の内容に大きな異論はなかった。


 正式な法務確認には時間がかかるため、その日は仮契約だけを締結する。


 透明な結晶は協会が封印保管。


 資源保管領域への立ち入りも、次回調査まで禁止された。


 代わりに今回の報酬として、十二万円が支払われることになった。


 封鎖区画の崩壊停止。


 古代資源管理中枢の暫定復旧。


 未知資源の発見。


 前回よりも危険度と貢献度が高かったためだ。


「十二万円……」


 探索収入の合計は、一気に十八万円近くなった。


 会社で一か月働いて得る手取りへ、迫ろうとしている。


「マスター、次は全部の箱を開けましょう!」


「中身が分からないうちは無理だ」


「六百個以上あるんですよ?」


「だからこそです」


 セラが止める。


「第五資源機の完全起動後、保管状態と所有権を確認します」


「一個くらいなら」


「認めません」


「半分だけ開けるのは?」


「箱を半分にするつもりですか?」


「シエルまで厳しいです!」


 俺たちは、未練たっぷりのラヴィを連れて帰宅した。


     ◇


 コレットが目覚めるまでの三日間。


 俺のスマートフォンには、資源管理に関係する通知が次々と届いた。


『探索収入専用口座を作成してください』


『交通費と装備費は、利益ではなく経費として記録してください』


『六機の譲渡契約書を撮影してください』


『現在加入している保険では、魔道人形の損傷が補償されません』


『冷蔵庫内の食材が一部重複しています』


 最後の通知だけは、資源管理の範囲が広すぎる気がした。


 会社から帰宅すると、セラが台所で困った顔をしていた。


「どうした?」


「コレットから、調味料の購入を制限されました」


「買いすぎたのか?」


「予備を含め、同じ醤油が四本あります」


「どうして四本も?」


 セラが三秒止まる。


「在庫確認時の演算能力が不足していました」


「毎回、新しく買ったのか」


「結果としては」


 隣では、ラヴィが壊れた皿を後ろへ隠していた。


 シエルがそれを指さす。


「コレットへの未報告損害が一件あります」


「今から直そうと思ってました!」


「修理機能は未実装です」


「接着剤で!」


「食品用食器への使用は推奨しません」


「シエルは誰の味方なんですか!?」


「事実の味方です」


 フィオナは俺の顔を見て、穏やかに微笑む。


「直人さんは、少しお疲れですね」


「今日はずっと地下資料室だったからな」


「先にお風呂へ入りますか? それともお食事にしますか?」


「食事かな」


「では、食後は八時間以上眠ってください」


「選択肢は二つじゃなかったのか?」


「睡眠は決定事項です」


 四人だけでも騒がしい。


 ここへ現実的な財務担当が加われば、生活はどう変わるのだろう。


     ◇


 三日目の夜。


 第五号機の輸送容器には、残り三分と表示されていた。


「全員、少し離れてください」


 セラが六機の位置を確認する。


「第五資源機の次元収納領域が起動します。周辺に置かれた物品が誤収納される可能性があります」


「誤収納?」


「所有者不明の物品を、自動回収する場合があります」


 ラヴィが慌てて自分の靴を抱えた。


「これはわたしのです!」


「履いている物は回収されません」


「念のためです!」


 シエルは部屋の中を見回す。


「所有者不明の物品、七十二点」


「そんなにあるのか?」


「会社から六機と一緒に送られた予備部品が大半です」


「どこに置いてあった?」


「輸送容器の隙間です」


 狭すぎて、俺には見えていなかったらしい。


 残り十秒。


 栗茶色の髪をした少女が、容器の中でゆっくりと目を開く。


『第五資源機、人格核再起動』


『次元収納領域、暫定開放』


 部屋の中に散らばっていた小さな部品や空箱が、淡い橙色の光に包まれた。


 次々と空中へ浮かび、少女の周囲へ吸い込まれていく。


 蓋が開く。


 低い位置で二つ編みにした栗茶色の髪。


 明るい琥珀色の瞳。


 クリーム色の半袖ブラウスと、小さなテーラードジャケット。


 第五資源機コレットは、輸送容器から降りると、真っ先に俺へ頭を下げた。


「初めまして、白石さん」


「白石直人だ。よろしく、コレット」


「はい。これから、資産管理と経営補助を担当します」


 コレットは親しみやすい笑顔を浮かべた。


 次に、空中へ複数の数字を表示する。


「では、早速ですが現在の状況をご説明します」


「身体の確認が先では?」


 フィオナが尋ねる。


「自己診断は完了しています。稼働率八十一パーセント。実務に問題ありません」


 コレットが表示したのは、俺の給料、生活費、探索収入、六機の支払い残額だった。


「白石さんの現在の純資産と、今後の予測を計算しました」


「もう計算したのか」


「はい」


 琥珀色の瞳が、少しだけ強く輝く。


「結論から申し上げます」


 ついに、会社を辞めろと言われるのか。


 そう思った俺に、コレットははっきりと告げた。


「まだ会社を辞めてはいけません」


「辞めない方がいいのか?」


「探索収入は高いですが、発見報奨に偏っています。毎月安定して得られる保証がありません」


 空中に、収入の内訳が表示される。


 通常の魔物素材。


 採取依頼。


 臨時調査報酬。


 新規発見報奨。


「今の段階で退職するのは、成り上がりではなく無計画です」


「厳しいな」


「白石さんと姉妹全員の生活が懸かっていますから」


 コレットは笑顔のまま、次の数字を表示した。


「まずは、探索による月間の安定利益が会社の手取りを三か月連続で上回ること」


「三か月?」


「加えて生活費六か月分、事業準備金、全機の修復費用を確保します」


「ずいぶん先になりそうだ」


「いいえ」


 コレットの琥珀色の瞳が、資源保管領域の映像を映し出す。


「白石さんは、価値を理解されていない古代資源保管庫の管理権を持っています」


 六百を超える黒い箱。


 壁の内部にある、数え切れない収納領域。


「無謀に辞める必要はありません」


 小柄な少女は、敏腕経営者のつもりらしい堂々とした姿勢で胸を張った。


「会社の給料を、安全に追い越してから辞めればよいのです」


 会社から産廃扱いされた第五資源機は。


 目覚めて五分で、俺の退職計画を作り始めた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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