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第15話 宝物庫を開ける前に、崩壊を止めなければならない



 封鎖区画の奥から、重い崩落音が響いた。


『資源保管領域、崩壊進行中』


『第五資源機の支援を要求』


 空中に表示された警告文を見て、ラヴィが目を輝かせる。


「資源保管領域って、宝物庫ですか?」


「現時点では不明です」


 シエルが即座に答えた。


「少なくとも、喜んでいる場合ではありません」


「でも、資源って書いてあります!」


「崩壊とも書いてあります」


「中身を回収してから崩壊を止めればいいんです!」


「順序が逆です」


 言い合う二人の前で、再び通路が揺れた。


 天井から細かな石片が落ちてくる。


「全員、結界の内側へ入ってください」


 フィオナが両手を広げる。


 淡い緑色の膜が大きく広がり、調査班全員を包んだ。


 落下した石片は結界へ触れる前に勢いを失い、床へ転がっていく。


「シエル。あとどのくらい持つ?」


 三枝さんが尋ねる。


「現在の崩壊速度を維持した場合、資源保管領域の主要構造が損傷するまで十八分です」


「区画全体への影響は?」


「最悪の場合、第一階層と第二階層を支える一部構造へ負荷が伝わります」


「初心者用ダンジョンまで危ないのか」


「崩落規模は限定的ですが、封鎖と修復が必要になります」


 三枝さんが苦い顔をした。


「撤退して応援を呼ぶ時間はないな」


 先頭に立っていた葛城さんが、大型盾を構え直す。


「制御室まで進んで、停止させるしかない」


「直人さん」


 フィオナが俺の顔を見る。


「少しでも異常を感じたら、すぐに教えてください」


「ああ」


「隠した場合は、抱えて撤退します」


「分かってる」


「音声記録を保存しました」


「もう逃げられないな」


「逃げる必要はありません。従っていただければ大丈夫です」


 笑顔のまま言われると、反論できなかった。


     ◇


 制御室へ続く通路は、先ほどよりも激しく損傷していた。


 壁の一部が崩れ、大きな岩が道を塞いでいる。


「回り道は?」


 俺が尋ねる。


「ありません」


 シエルが空中の地図を拡大する。


「岩盤の奥に空間はありますが、壁面へ崩壊防止術式が組み込まれています。破壊した場合、状況が悪化します」


「では、この岩を退かすしかないな」


 葛城さんが盾を置き、岩へ両手をかけた。


 身体強化を使っているらしく、太い腕へ魔力が集まる。


 しかし岩は、僅かに動いただけだった。


「重量だけじゃない。何かに固定されている」


「落石防止用の魔力が、異常な形で残っています」


 シエルの青緑色の瞳に数値が流れる。


「通常の力では移動できません」


「マスター」


 ラヴィが元気よく手を挙げた。


「撃っていいですか?」


「周りまで壊さないか?」


「火球では危険です」


 ラヴィは岩を観察しながら答える。


「でも、熱を出さない衝撃術式なら、固定されている場所だけ砕けます」


「そんなこともできるのか?」


「術式構築は、わたしの担当です!」


 ラヴィが胸を張る。


 その後ろで赤いポニーテールが壁の突起へ引っかかり、頭が少しだけ後ろへ引かれた。


「……今は戦闘中なので、見なかったことにしてください」


「戦闘じゃないぞ」


「作業中でもいいです!」


 髪を外してやると、ラヴィは咳払いをして右手を掲げた。


「セラ。出力変換を始めます」


「周辺構造への影響を最小化してください」


「シエル、狙う場所を教えてください!」


「岩の右下。深度十八センチに魔力固定点があります」


 空中へ、小さな赤い印が表示される。


「直人様」


 セラが俺の左腕へ触れた。


「通常の火球よりも精密な制御が必要です。魔力の移動は、すべてわたしたちに任せてください」


「分かった」


「直人さんの前へ結界を追加します」


 フィオナが俺と岩の間へ、もう一枚の緑色の壁を展開する。


「少し大げさじゃないか?」


「目の前で岩を破砕するのですから、当然です」


 胸の奥から魔力が流れ始める。


 セラが圧力を抑え、ラヴィが細い術式へ変換する。


 俺の手のひらの前へ生まれたのは、白い火球ではなかった。


 針のように細い、白い光。


「出力、一・〇三」


「固定点だけを撃ち抜きます!」


「軌道補正、完了」


 シエルの瞳へ、狙う位置までの線が浮かぶ。


「直人様。発射してください」


 俺は赤い印へ右手を向けた。


「行け」


 白い光が放たれる。


 爆発音はしなかった。


 硬い物同士を打ち合わせたような、短い音だけが響く。


 直後、大岩の右下に細い亀裂が走った。


「固定術式の消失を確認」


 シエルが告げる。


 葛城さんが再び岩へ手をかけた。


 先ほどまで動かなかった大岩が、今度はゆっくりと横へ転がっていく。


「本当に必要な場所だけ壊したのか」


「当然です!」


 ラヴィが嬉しそうに振り返る。


「マスター、今の術式はどうでしたか?」


「すごかった。火球以外も使えるんだな」


「はい!」


 ラヴィの小さな八重歯が見える。


「次は岩を百個用意してください!」


「一個で十分です」


 セラが即座に却下した。


     ◇


 崩れた通路を抜けると、円形の広い部屋へ出た。


 天井近くまで、黒い箱のような物体が積み上げられている。


 いくつかの箱は空中へ浮かんでいたが、その大半が不規則に揺れていた。


 部屋の中央には、ひび割れた巨大な六角柱。


 表面を流れている紫色の光が、今にも消えそうになっている。


「これが資源保管領域……」


 三枝さんが周囲を見回す。


「箱は何個あるんだ?」


「目視可能範囲だけで六百四十二個です」


 シエルが答える。


「壁面内部にも収納領域があります。総数は解析不能」


「中身は?」


「第五資源機の権限が必要です」


「開けて確認できないのか?」


「強制開放は可能です」


 シエルの隣で、ラヴィがぱっと顔を上げた。


「その方法を教えてください!」


「内容物を損傷する確率が高いため、推奨しません」


「やっぱり駄目か」


 ラヴィが肩を落とす。


「現在の問題は、保管箱ではありません」


 シエルが中央の六角柱を指さした。


「資源管理中枢への魔力供給が不足しています。浮遊制御と内部空間の維持を同時に行えなくなっています」


「どうすれば止められる?」


「通常は、第五資源機が保存資源を自動的に振り分け、必要な箇所へ供給します」


「コレットがいないと直せないのか?」


「完全修復は不可能です」


 再び部屋が揺れた。


 上部に浮いていた黒い箱が一つ、支えを失って落下する。


「危ない!」


 フィオナが結界を展開した。


 落ちてきた箱は緑色の膜へ受け止められ、ゆっくりと床へ置かれる。


「一時的に止める方法は?」


 三枝さんが尋ねる。


「直人の魔力を、管理中枢へ直接供給します」


 全員の視線が俺へ集まった。


「できるのか?」


「できます。ただし、通常の魔力供給口では直人の魔力密度に耐えられません」


「また普通に流せないのか」


「直人の魔力に対応できる現代または古代設備は、極めて限定的です」


「だから、わたしたち四機で分担します」


 セラが中央の六角柱へ歩み寄る。


「わたしが魔力圧を下げます。ラヴィが中枢に適した出力へ変換。シエルが供給周期を解析してください」


「わたしは直人さんと皆さんを守ります」


 フィオナが俺の隣へ立った。


「失敗したら?」


「結界で供給経路を遮断します」


「直人様の身体への逆流は、わたしが止めます」


「中枢設備の損傷率は、供給量を守れば一・七パーセント以下です」


「成功すれば?」


「崩壊を、推定七十二時間停止できます」


 三日。


 完全に直せるわけではない。


 それでも、協会が専門家を集める時間は稼げる。


「やろう」


「直人さん」


 フィオナが俺の手を握った。


「苦しくなったら、すぐに言ってくださいね」


「分かってる」


「無理をした場合、途中でも眠っていただきます」


「それは困る」


「では、無理をしないでください」


 結局、従うしかなかった。


     ◇


 六角柱の前へ立ち、表面へ右手を近づける。


 直接触れることはしない。


 セラとラヴィが左右に立ち、シエルが少し離れた場所から中枢全体を解析する。


 フィオナの結界が、俺たち四人を包んだ。


「供給経路を確保」


「変換術式、準備完了です!」


「適正周期を算出。〇・八秒ごとに供給量を調整してください」


「直人様。始めます」


 胸の奥から、圧縮されていた魔力が引き出される。


 セラの銀白色の毛先が淡青色に輝いた。


 ラヴィの周囲へ赤い魔法陣が何重にも広がる。


 俺の右手から流れた白い光が、細い糸へ変わって六角柱へ接続された。


『高密度魔力を検出』


『供給規格、不一致』


「ラヴィ」


「今、合わせています!」


『供給圧、低下』


『古代契約者規格へ移行』


 ひび割れていた六角柱へ、白い光が走る。


 天井近くで揺れていた黒い箱が、一つずつ静止していく。


「供給量が三パーセント高いです」


「減圧します」


「ラヴィ、変換層を追加してください」


「これ以上重ねると、色が――」


「色は関係ありません」


「分かっています!」


 身体の中から、重苦しさが抜けていく。


 火球を撃ったときよりも、はっきりと魔力が消費されていた。


「直人さん。体調は?」


「大丈夫だ。むしろ楽になってる」


「虚偽反応はありません」


 シエルが確認する。


「直人さん本人より先に答えないでください」


「分析結果を共有しました」


 フィオナとシエルが言い合っている間にも、六角柱のひび割れが少しずつ閉じていく。


『資源保管機能、暫定復旧』


『崩壊進行を停止』


 部屋の振動が収まった。


 空中に浮かぶ箱も、すべて正しい位置へ戻っていく。


「成功したのか?」


「はい」


 セラが魔力経路を切断する。


 俺の右手と六角柱を結んでいた白い光が消えた。


「直人様。お疲れさまでした」


「マスター、すごかったです!」


「直人の魔力供給量は、現代製大型魔力炉二十七基分に相当します」


「そんなに使ったのか?」


「体内魔力圧は、〇・九パーセントしか低下していません」


「一パーセントにも届いてないのか」


 管理中枢を三日間動かす量を供給しても、俺の中から消えたのは僅かだった。


 ラヴィが嬉しそうに両手を握る。


「まだ百回以上できますね!」


「行いません」


 セラが止めた。


 その直後。


 フィオナが先ほど受け止めた黒い箱から、細い音が響いた。


『第五資源機の信号を確認』


『緊急資産保護機能を接続』


 箱の蓋が、僅かに開く。


 中から現れたのは、透明に近い小さな結晶だった。


 見た目だけなら、会社の廃棄箱に入っていた魔力切れの魔石と変わらない。


「触れないでください」


 シエルが止める。


「未知の高密度物質です。現在の解析機能では、正確な価値を算出できません」


 三枝さんが協会の測定器を向ける。


『魔力値、ゼロ』


「魔力のない結晶か?」


「違います」


 シエルの瞳へ、何度も測定不能の表示が流れる。


「内部密度が高すぎるため、外部へ一切漏れていません」


 俺の魔力と同じだった。


 少ないのではなく。


 測定できないほど、内側へ圧縮されている。


 スマートフォンが震えた。


 自宅にある第五号機の表示が、画面へ映る。


 二十一日だった修復予測が、一気に減少していく。


 十四日。


 九日。


 五日。


 最後に、三日と十八時間で止まった。


第五資源機コレット


『資源管理中枢への暫定接続を確認』


『緊急査定機能のみ起動します』


 スマートフォンから、聞いたことのない明るい声が流れた。


『白石さん。先に申し上げておきます』


「コレット?」


『この保管庫を、価値なしと判断した方がいるのでしたら――』


 まだ眠っているはずの第五資源機は、少し呆れたように続けた。


『その方に、資源査定の仕事を任せない方がよろしいかと思います』


 会社が産廃として捨てた六機のうち。


 金と資源を担当する少女が、目覚めるまで。


 残り三日だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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