第14話 第四守護機は、調査へ行く条件を増やした
目を覚ますと、部屋の天井が淡い緑色に染まっていた。
「……なんだ、これ」
身体を起こそうとして、透明な膜に額をぶつける。
布団の周囲を、半球状の障壁が覆っていた。
「おはようございます、直人さん」
障壁の外側から、穏やかな声が聞こえる。
蜂蜜色の長い髪を上品にまとめた少女が、正座してこちらを見ていた。
第四守護機。
昨夜目を覚まし、俺を強制的に眠らせた張本人だ。
「これは?」
「就寝中の直人さんを守るための防御結界です」
「部屋の中で?」
「はい。睡眠中は無防備ですから」
障壁の外を見る。
セラは台所で朝食を準備している。
ラヴィは眠っている俺を起こそうとしたのか、障壁へ頬を押しつけていた。
シエルは床へ座り、空中に表示した数値を確認している。
「フィオナ。この結界、いつまで張るつもりだ?」
「直人さんの健康状態が、安全基準を満たすまでです」
「もう平気だよ」
「本人による自己申告は、参考値として扱います」
「信用されてないな」
「直人さんは、粉塵を吸った直後に翌日のダンジョン調査を心配していました」
「約束してたからな」
「ですので、信用度を下方修正しました」
微笑みながら、かなり厳しいことを言われた。
「体調を確認してもらえばいいんだろ」
「はい」
フィオナが障壁へ指先を触れる。
緑色の膜が静かに消えた。
俺が布団から出ると、すぐに四人が集まってくる。
「直人様。体内魔力圧は安定しています」
セラが胸元へ手を当てる。
「呼吸器の炎症、消失。血中魔力粉塵濃度、基準値以下」
シエルの瞳に細い数値が流れる。
「マスター、元気なら火球を撃てますね!」
「今はそれを確認してない」
ラヴィの提案を遮ると、最後にフィオナが俺の手首へ触れた。
柔らかな緑色の光が全身を包む。
「体温、脈拍、呼吸、魔力経路。すべて正常です」
「なら調査へ行けるな」
「条件があります」
「いくつ?」
「十二項目です」
「多くないか?」
「直人さんの安全に必要な最低限です」
フィオナが空中へ一覧を表示する。
一、単独行動をしない。
二、危険を感じた場合は直ちに撤退する。
三、負傷を隠さない。
四、疲労を感じる前に休憩する。
五、未知の物体へ直接触れない。
六、フィオナの治療指示には従う。
まだ半分だった。
「内容はまともだな」
「当然です」
「十一番の『フィオナが必要と判断した場合、強制的に抱えて撤退する』は?」
「そのままの意味です」
「俺を抱えられるのか?」
フィオナは俺の腰へ両腕を回した。
「失礼します」
「え?」
身体が軽々と持ち上がる。
身長百四十六センチほどの細い少女に、俺は完全に抱え上げられていた。
「身体強化を使用すれば問題ありません」
「分かったから下ろしてくれ」
「条件を守っていただけますか?」
「守る」
「では」
床へ下ろされる。
隣ではラヴィが目を輝かせていた。
「フィオナ、わたしも持ち上げてください!」
「必要があれば」
「今、必要です!」
「ありません」
「即答ですか!?」
フィオナはラヴィを軽く流すと、俺の防護ジャケットを確認し始めた。
首元、胸元、袖口。
留め具を一つずつ触り、最後に満足そうに頷く。
「これで調査へ参加できます」
「直人さんだけ、確認が長くありませんか?」
ラヴィが不満そうに言う。
「直人さんは最優先保護対象です」
「わたしたちは?」
「自力で対応してください」
「扱いに差があります!」
「設計上の優先順位です」
フィオナは笑顔のまま言い切った。
◇
探索者協会へ到着すると、正式調査班が入口で待っていた。
前回同行した三枝さん。
大型盾を持つB級探索者の葛城さん。
協会所属の治癒術師である水野さん。
そこへ、俺たち五人が加わる。
「第四守護機も起動したんですね」
三枝さんがフィオナを見る。
「はい。直人さんの安全管理を担当します」
「治癒能力の登録確認が必要になりますが……」
「簡易処置を実演します」
フィオナは水野さんへ顔を向けた。
「失礼ですが、左手首に古い腱の損傷がありますね」
「どうして分かったんですか?」
「動作時の僅かな左右差を確認しました」
フィオナが手首へ触れる。
柔らかな緑色の光が広がった。
水野さんが驚いたように指を動かす。
「痛みが消えた……」
「古傷の完全修復には、継続処置が必要です。今回は炎症だけを抑えました」
「これだけできれば十分です」
登録手続きを担当していた職員が、すぐに端末へ入力する。
第四守護機。
用途、防御、治癒、身体強化、生命維持。
他の三機と同じく、現代の測定器では能力値を計測できなかった。
「防御力も測定不能ですか」
「直人さんへの攻撃であれば、必要な強度まで自動的に上昇します」
「上限は?」
「直人さんを守れるまでです」
「数値を聞いているんですが」
「同じ回答になります」
職員はしばらく悩んだ末、出力上限不明と登録した。
◇
封鎖区画の入口には、協会が設置した簡易柵が置かれていた。
シエルが黒灰色の端末へ触れる。
『第三解析機、認証』
続いてフィオナ。
『第四守護機、認証』
『接続機数、四』
『生命維持機能の復旧を確認』
岩壁が左右へ開き、暗い階段が現れる。
「ここから先は未調査区域です」
三枝さんが全員を見回す。
「隊列は葛城さんが先頭。シエルさんが罠と構造を確認。白石さんたちは中央。水野さんと私は後方につきます」
「わたしは直人さんの隣です」
フィオナが付け加える。
「それで構いません」
階段を下りる。
壁には細い紫色の光が流れていた。
長いあいだ誰も入っていなかったはずなのに、空気は淀んでいない。
「前方に魔力反応」
シエルが足を止める。
「魔物ではありません。環境維持用の術式です」
「安全か?」
「通常状態では安全です」
「通常状態では?」
「現在、一部機能が不安定です」
言葉が終わるのと同時に、通路の光が赤く変わった。
『生命維持機能、再起動失敗』
『内部圧力、上昇』
空気が急に重くなる。
耳の奥が痛み、呼吸がしづらい。
「全員、戻れ!」
葛城さんが盾を構える。
だが階段側の扉が閉まり始めた。
「セラ!」
「魔力圧を調整します!」
セラの髪が広がる。
俺の体内魔力が動いたことで、通路の術式がさらに強く反応した。
『高密度魔力を検出』
『緊急封鎖を実行』
「直人さん、動かないでください」
フィオナが俺の前へ出る。
白いケープが広がり、胸元の緑色の宝石が輝いた。
「広域防護結界、展開します」
透明な緑色の壁が、調査班全員を包む。
直後、通路の奥から圧縮された空気が襲ってきた。
轟音。
岩の欠片が飛び、葛城さんの大型盾へ激しく衝突する。
だが緑色の結界の内側には、風一つ入ってこなかった。
「これは……」
三枝さんが目を見開く。
「全員の生命反応を確認」
フィオナは穏やかな表情のまま、周囲を見渡した。
「負傷者はいません」
「結界の強度は?」
水野さんが尋ねる。
「現在の攻撃に対し、余力九十二パーセントです」
「これで八パーセントしか使ってないのか?」
「直人さんへ危険が及ぶ可能性がありましたので、少し強めに展開しました」
少しという規模ではない。
通路の壁には、飛んできた岩が深く突き刺さっている。
「フィオナがいなかったら、どうなってた?」
「前衛の盾で致命傷は避けられた可能性があります」
シエルが答える。
「ただし、後方人員が負傷する確率は七十一・八パーセントでした」
「調査を一日待って正解だったな」
「はい」
フィオナが俺を見る。
「ですから、守護機の指示には従ってくださいね」
「分かった」
「音声記録を永久保存しました」
「セラだけじゃなく、フィオナも保存するのか」
「重要な約束ですから」
圧力が低下し、赤かった照明が紫色へ戻る。
閉じかけていた扉も停止した。
「異常の原因を特定しました」
シエルが通路の奥を指さす。
「生命維持設備が、供給不足によって誤作動しています」
「直せるのか?」
「この先にある制御室へ到達できれば可能です」
「魔物の反応は?」
「現時点ではありません。ただし――」
シエルが空中へ立体地図を表示する。
細長い通路の先に、円形の部屋が浮かんだ。
その中央で、一つの反応が弱く点滅している。
「救難信号の発信源を確認しました」
『六環式魔導補助機構』
『第四守護機、認証』
『資源保管領域、崩壊進行中』
『第五資源機の支援を要求』
「第五資源機……」
自宅で眠っている、栗茶色の髪をした少女。
コレットの修復予測は、まだ三か月以上残っている。
そのはずだった。
スマートフォンが震える。
『第五資源機』
『封鎖区画から緊急支援情報を受信』
『自己修復手順を再構築します』
九十八日。
七十一日。
四十六日。
修復予測は下がり続けた。
そして、二十一日で停止する。
「また早まったな」
「はい」
セラが制御室のある方向を見つめる。
「ですが、まだ起動には足りません」
フィオナの結界の先。
資源保管領域と呼ばれた場所から、低い崩落音が響いた。
次に目覚めるコレットを待っているだけの時間は。
どうやら残されていないらしかった。
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