第12話 三万円の天引きは、三万円の報酬で消えた
封鎖区画の入口を確認した俺たちは、その場から奥へ進まずに引き返した。
ラヴィだけは何度も階段の方を振り返っていた。
「本当に入らないんですか?」
「危険度が分からない場所へ、準備なしで入ることはできません」
セラが答える。
「でも、敵がいたら撃てます!」
「敵しかいないとは限りません」
「敵じゃなければ、撃ちません」
「扉が開かなかった場合も、撃ってはいけません」
「まだ何も言ってませんよ?」
「顔に出ています」
ラヴィは不満そうに頬を膨らませた。
その隣では、シエルが空中へ地図を投影している。
発見した階段。
その先へ続く細長い空間。
最奥から届いている救難信号。
入口より先は、ほとんど黒く塗りつぶされていた。
「内部地図は作れないのか?」
「現在取得できる情報では不可能です」
シエルが淡々と答える。
「封鎖区画の壁面に、外部からの索敵を妨害する術式があります」
「危険な設備?」
「不明です。ただし、隠す必要のある施設だった可能性は高いです」
協会職員の三枝さんが地図を見ながら頷いた。
「帰還後、調査部へ緊急報告を上げます。入口は協会側で一時封鎖します」
「俺たちは、もう入れないんですか?」
「調査への優先参加権は白石さんたちにあります。発見者であり、扉を開けられる唯一の探索者ですから」
「唯一?」
「端末は、白石さんと三機を認証して開きました。他の探索者だけで開けられる保証がありません」
古代文明の設備が、俺たちを待っていた。
そう考えると、ただの初心者用ダンジョンが急に別の場所に思えてくる。
「ただし」
三枝さんが表情を引き締める。
「次の調査には、守護か治癒に対応できる人員が必要です」
「三枝さんでは駄目なんですか?」
「私は前衛として護衛できますが、負傷者の治療まではできません。未知の区画では、撤退中に怪我人が出る可能性もあります」
セラが静かに俺を見る。
「第四守護機が起動すれば、条件を満たせます」
「修復まで二十六日だろ」
「現時点では」
封鎖区画から届いた緊急情報によって、一度は四十一日から二十六日へ縮んだ。
だが次の調査まで、ひと月近く待つことになる。
「協会側でも治癒術師を手配します」
三枝さんが言った。
「ただ、正式な調査班を組むには数日かかります。それまでは立入禁止です」
「分かりました」
「意外と素直ですね」
「初心者が無理に入っていい場所じゃないのは、俺にも分かります」
「適切な判断です、直人様」
セラが少し誇らしそうに頷いた。
「入口を見つけたからと、準備をせず奥へ進む者も少なくありません」
協会の受付で聞いた話を思い出す。
初心者が事故を起こしやすいのは、最初の成功を得た直後。
以前の俺なら、危険を冒してまで奥へ進む勇気などなかった。
今は違う。
行ってみたいと思う。
だからこそ、止まるべきところで止まる必要があった。
◇
探索者協会へ戻ると、俺たちは別室へ通された。
発見した設備の映像。
罠の構造。
扉が開いた経緯。
救難信号の内容。
三枝さんが報告し、シエルが不足部分を補足していく。
「拘束術式の推定稼働期間は、最低でも千二百年です」
「そんなに古いんですか?」
調査担当者が驚いた声を上げる。
「正確な年代測定は不可能です。ただし、術式の劣化率から推定できます」
「千年以上、動き続けていた罠を解除したと?」
「はい」
「解除に何分かかりましたか?」
「三・二秒です」
担当者の手が止まった。
「もう一度お願いします」
「三・二秒です」
「……記録には、現代式の罠解除でも三十分以上かかる構造とありますが」
「現代式ではありません。古代式です」
「古代式の方が難しいのでは?」
「わたしにとっては、現代式より理解しやすい構造でした」
シエルは当然のように答えた。
製造元と同じ文明の設備なら、そうなのかもしれない。
調査担当者は端末を操作しながら、何度もシエルを見ていた。
「白石さん。今回の臨時調査依頼について、最低報酬三万円を支給します」
「入口を見つけただけでも、満額なんですか?」
「異常反応の原因を特定し、新規区画を発見しています。むしろ最低額では足りません」
画面へ追加項目が表示される。
臨時調査依頼、三万円。
新規区画発見報奨、一万五千円。
古代設備情報提供料、五千円。
魔物素材の買取、千百二十円。
合計、五万千百二十円。
「五万円……」
一日の探索で、会社の手取りの四分の一近い金額になった。
前回までの一万四千四百八十円を合わせれば、探索収入は六万五千六百円。
六機分として給料から天引きされる三万円を、二か月分以上取り戻したことになる。
「マスター!」
ラヴィが俺の腕へ抱きつく。
「今日は火球を一発しか撃っていないのに、五万円です!」
「一発で二体倒したけどな」
「次は十発撃てば、五十万円ですね!」
「報酬の大部分は発見報奨です」
シエルが即座に訂正する。
「火球一発当たりの収益として換算することは不適切です」
「夢のない計算をしないでください!」
「誤った期待値を修正しています」
「二人とも、受付で言い合わないでくれ」
俺が止めると、調査担当者が小さく笑った。
「次回の正式調査でも、白石さんたちには参加をお願いする予定です」
「仮探索者の俺でも?」
「古代設備の認証を受けられることと、第三解析機の能力が必要です。ただし、次回は協会の上級探索者と治癒術師が同行します」
そこで担当者は少し考え、付け加えた。
「調査開始は、早くても五日後です」
「五日後……」
フィオナの修復予測は、二十六日。
間に合わない。
「わたしたち三機でも、直人様の保護は可能です」
セラが言う。
「ただし未知の区画では、直人様以外の同行者を守り切れない可能性があります」
「協会の治癒術師に任せるしかないな」
「合理的です」
シエルも頷いた。
ラヴィだけは、少し残念そうだった。
「四号機が起きれば、もっと深い場所へ行けるのに」
「無理に起こすつもりはない」
俺は答えた。
「修復途中で目覚めさせて、セラたちみたいに負担をかけるのは嫌だ」
三人が同時にこちらを見る。
「セラたちが嫌という意味じゃないぞ」
「理解しています、直人様」
セラの毛先が淡く光る。
「直人の発言後、第一制御機の満足度が二十一・四パーセント上昇」
「シエル」
「ラヴィは十九・八パーセントです」
「わたしの方が低いんですか!?」
「誤差範囲です」
「そこを競うな」
◇
帰宅したのは、夕方だった。
俺は探索で得た収入を、専用の口座へ移した。
六万五千六百円。
少し前までは、給料から三万円も引かれれば生活できないと悩んでいた。
それが今は、押し付けられた三機と一緒に、その倍以上を稼いでいる。
「直人様。今回の収入を、すべて保存するのですか?」
「ああ。六機の維持費や装備代に使う」
「ご自身のために使用しても問題ありません」
「俺一人で稼いだ金じゃないからな」
セラは数秒黙ったあと、静かに頷いた。
「その判断を記録します」
「また永久保存か?」
「はい」
ラヴィは冷蔵庫の中を覗いている。
「マスター。お祝いに何か食べましょう!」
「何が食べたい?」
「肉です!」
「魔道人形も食べられるのか?」
「食事機能はあります。必要ではありませんが、味は分かります!」
「シエルは?」
「効率だけを考えるなら不要です」
「食べたくない?」
シエルが停止した。
「質問の形式が、効率評価ではなく個人的希望へ変更されました」
「そうだけど」
「……食べます」
「じゃあ、少し良い肉でも買ってくるか」
玄関へ向かおうとしたところで、足元に置いていた書類箱へつまずいた。
「危ない!」
手を壁へつき、転倒は免れた。
ただ、箱の角で右手の人差し指を浅く切ってしまった。
小さな傷から、赤い血が滲む。
「直人様!」
セラがすぐに駆け寄る。
「損傷を確認。深さ一・四ミリ。生命への危険はありません」
シエルも分析する。
「これくらいなら、絆創膏で――」
言い終わる前に、部屋の奥から強い光が漏れた。
蜂蜜色の識別線が入った、第四号機の輸送容器。
『契約者の身体損傷を確認』
『第四守護機、緊急保護機能を起動』
「フィオナ?」
輸送容器は開かない。
だが内部から柔らかな緑色の光が伸び、俺の指先を包んだ。
傷が一瞬で塞がる。
『生命維持対象との接続を確認』
『自己修復優先度を変更』
表示されていた修復予測が変動する。
二十六日。
二十一日。
十五日。
最後に、六日と十三時間で止まった。
「五日後の調査には間に合わないか」
「現在のままでは、一日ほど不足します」
セラが表示を確認する。
その横で、ラヴィが俺の指先を見つめた。
「マスター」
「駄目だぞ」
「まだ何も言ってません!」
「修復を早めるために、もう一度指を切ろうと思っただろ」
「思ってません!」
シエルの瞳に数値が浮かぶ。
「虚偽である可能性、九十八・七パーセント」
「シエル!」
俺は治った指を握りしめた。
第四守護機。
まだ目を覚ましていない彼女は。
俺の小さな傷さえ見過ごさなかった。
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