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34:// longinus for you

「夏の終わり。」

「終わらない八月!」

「夏休みが三年近く続くのは嫌だなぁ。」

 この村に住んでいる人間が老人ばかりなせいか、真夏の頃になると、麓のほうからは救急車のサイレンが忙しなく聞こえるようになる。いくら非文明国といってもエアコンか扇風機の一台くらいは置いてありそうだが、それでも老いさらばえた肉体では簡単に熱中症になって倒れてしまうということだろう。

「うっさいなぁ……もうちょっと静かに走れっての……」

 唯はエアコンの効いた涼しい部屋のテーブルにへばりつきながら、暑さに溶けるような声でぼやいた。今年は〈母親〉のおかげで家は涼しく保たれていて、実際にバテる必要はなかったが、今までずっとそうやって過ごしていた癖が表れていた。

「お前が黙ってろ。」

「むぅ~……ちょっとくらい喋ってもいいじゃんか。」

 お盆休みの一週間だけは〈父親〉も夏休みに加わって、年末年始ぶりに全員が揃った休暇となった。休暇といっても特別なことをするわけではなく、〈父親〉はリビングの畳の真ん中で寝転がっているだけだったし、〈母親〉もタブレットの前に座ってメルカリの買い物をするばかりという、何ら日常と変わらない夏休みだった。

「今年の年末はどうしようね。」

「どうって?」

「ほら、もし治って旅行行けるようになったら年末あっち帰ってもいいんじゃないかな~って。」

 三年前の冬は〈母親〉の気まぐれで月の彼方に帰省し、その年末年始はここ数年で最も充実するものだった。多少の演技力は求められるものの、やはり月の彼方こそが唯のいるべき国なのだ。

「そうねぇ……それじゃあ、ちゃんと治ったらそうしよっか。」

「……うん!」


          *


 夏休みだからといって誰もが休むわけではない。例えばアストラル界での創作活動を生業にしている者にとっては、多くの人間が家でゴロゴロと怠惰な時間を過ごしている時こそが稼ぎ時で、休むどころか精力的に働いていた。

 唯はまだ自分の頭の中にしか物語や世界観を描いていなかったので彼らのように忙しくはしていなかったが、代わりに夏休みということで特別に増やされた洋館での時間に忙しかった。

「夏休みだっていうのにそっちはお仕事とはねぇ。うちの高校と違ってブラックだこと。」

「まあ俺みたいな業種だとそんなもんだよ。唯も将来は夏休みなんてない仕事するんだろ?」

 初代観測官の正確な職業を唯は知らなかったが、これまでの唯との会話を振り返る限りでは精神科医に近いものと推測していた。

「やっぱりもっと自由のために戦う主人公にしたいよね~。」

「事実そのまま書かなきゃ意味ないんじゃないのか?」

「つっても私の人生そのまま書いてたら面白くないでしょ。」

 自分の過去を洗いざらい書き残すことで第一征服者を告発するという目的は決して潰えてはいなかったが、一週間が経つごとにアイデアが泉のように湧き出てくる唯の脳内では次第に他の目的が生まれ、それらは互いに上書きし合うことなく、むしろ補い合い、あらゆる望みが折り重なって積み上がっていた。


          *


「自由っつっても、どうやって唯の人生に結び付けるんだ?」

「そうだねぇ……どうすんのがいいかなぁ。」

 唯はあまりにも多くの可能性を提示されるとどれを選べばいいのか演算しきれずに脳がショートしてしまう性分だったので、あれやこれやと縛りを設けて自らの可能性を狭めてから考えるようにしていた。

 自由を愛する人間が自由に生きることを苦手とするのは何とも皮肉な話だが、そもそも「自由であること」というのも一種の縛りであり、クリエイター以外の将来を考えなくなったのも、その方が楽だったからでしかないのかもしれない。

「とりあえず表現の自由を絶対視するキャラが出てこないとダメでしょ。あとはそれと真逆のキャラ。これをぶつけて最後に自由派を勝たせればいいんじゃない?」

 そこまで言って、唯はふと重大な事実に気が付いた。三年前、唯と第一征服者の間に起きた熾烈な権力闘争はわずか二日で第一征服者が勝利している。唯の人生をそのまま物語にしなければ第一征服者の罪の記録としては意味がない。しかし、第一征服者を物語内で勝利させてしまえば、人道主義が自由に屈したことになり、世界に完全なる自由をもたらすべきという主張とは噛み合わない。

「……これどうすりゃいいですか?」

「どうすりゃって俺に訊かれてもな……こういうのは唯の専門だろ。じゃあいっそのこと敵のほうを自由主義者にしたらどうだ?」

 悩みに対して、初代観測官は唯が考えもしなかったアイデアを持ってきた。なるほど、確かにそうすれば起きた出来事はそのままに自由の最終的な勝利を訴えることもできるだろう。第一征服者が人道主義なことは当事者しか知らないのだから、それが嘘だったとしても指摘する人間はいないだろう。

 しかし、それは唯をモデルにしたキャラを人権を擁護し自由を貶める悪魔として描くということでもある。物語が持つ強大な力を使って神の地位を得ようとする唯にとって、そんな醜聞は許されざること、到底受け入れられないことだった。


          *


「そもそも唯がいつも言ってる自由ってどういうものなんだ?」

「私が言ってるのは基本的には表現の自由だね。言論の自由とかも含む上位概念としてだけど。」

 初代観測官との対話は日によって厚みや重みが違い、ある時は最近見たアニメのお気に入りシーン、またある時は民主制と専制ではどちらが優れているかといったものまで多種多様だった。

 今日の話題は最初は前者に近かったはずだが、いつの間にか後者に寄っていた。

「今の社会を見れば分かるけど、自由って人権の一部じゃなくて人権と対になる概念なわけ。」

「普通は権威主義とかと対になるんじゃねえの?」

「まあそれはそうだけど。じゃあ権威主義、人道主義、自由主義の三つ巴にするか。私は人道主義者に殺されたから基本そっちと戦うけど、世界的には独裁国家の検閲とも戦わないといけないもんね。」

「民主主義と権威主義両方と戦うとか敵多すぎだろ。」

「だってどっちも検閲賛成派なんだから生かしてはおけないじゃん。そもそも自由ってのは自然権じゃなくて、秩序とか公序良俗がどうこう言って弾圧してくる反動に対する闘争の報酬なんだから、自由を得たいなら世界と戦うのは当然よ。」

「じゃあ敵全員いなくなった後はどうすんだ?」

「そもそも昔の世界は自由主義だっていうでしょ。それが全体主義と人道主義に食われてできたのが今の世界じゃん。だから私たちが勝ってもしばらくしたらまた反逆者が出てくるんだって。まあ私がトップに立ったらそんな奴ら全員弾圧するけどね。」

「それほんとに自由か?」

「ま、安寧の主人になるくらいだったら自由の奴隷でいたほうがマシでしょ。安定なんて求めたら人道主義に染まっちゃうからね。私の〈母親〉も安定した仕事しろって言うけど、安定欲しがるのは自由の敵の始まりだから宗教上の理由で無理だよねって。」

 本人の前ではそこまできっぱりとは断らなかったものの、唯も渚も自由に縛られていたので安定を取る選択肢はできなかった。もしも自由を捨てて安定を選んでしまったら、それは第一征服者と同じスペクトルに位置してしまうことになり、それだけは鋼の意志という本能が拒絶していた。


          *


 お盆休みが終わると真夏の暑さはすっと引き下がり、気が付けば八月と夏休みも終わって二学期になっていた。

 唯の高校では夏休み明けの初日が試験日という一風変わったスケジュールだったので、まだ休みの気分が抜けないうちに試験を受けさせられることになる。そんな寝起きのような状態で試験を受けては十分なパフォーマンスが発揮できない気がするが、好成績を残すことを求めておらず、そもそも採点しているのかすら怪しいような学校ではいつ開催しても大して変わらなかったのだろう。

「ほら来てやったぞ。早くしろ。」

「おはよう。三五度、うん、今日も元気だね。」

 体温計排外主義者は笑顔で道を開けた。図書館のトイレで水を浴びて無理やり冷やしただけだが、それで通れるのだからなんてザルな警備体制だろう。そもそも三五度というのは元気な人間のものではないだろうに。

 いつまでもコロナを引きずって唯たち外国人を病原菌扱いする体温計排外主義者に額を突き出して異様に低い数値を提示し、自分が感染源でないことを証明すると、高校生活三回目の試験を受けに誰もいない図書室へ。四月の事件があってから他の生徒と同じ場所で授業を受けることを禁止されていた唯には、こうして別室が与えられていた。

「……ふん。さすが西日本人。これが人種隔離政策というやつか。」

 冤罪で追放されたあとに受けた中学の試験も別室、反省室で受けさせられた。どちらも唯に一切非はなかったにもかかわらず、結局は途中で普通に生きることを許されなくなったという点では何も変わらない。あるいは唯たちが一切の成長をしていないのか。


          *


 唯は〈母親〉を無駄に心配させないためにと毎日学校に通ってはいたが、毎日体温を測られることが嫌だったのか、それとも学校よりも有意義な時間を送れる場所が見つかったからか、いつしか学校で講義をを受ける時間は減っていき、帰宅の時間も以前よりも少しだけ早くなっていた。

「最近何か変わったことはない?」

「ない。全ては日常のうちだ。」

 体温計排外主義者のカウンセリングはお粗末なことこの上なく、異変がないかを聞くだけでそれ以上の追及はしなかった。仮に聞かれたところで〈母親〉の病状についてぺらぺらと答えるわけにもいかない。

「話はここまでだな。レポートは受け取ったから私は帰らせてもらう。」

「おいおい、まだ時間が――」

「貴様に相談することなどないというのに、誰が律儀にカウンセリングを受けねばならないのか。」

 まだ話したいことがあると引き止める体温計排外主義者を振り切って、手ごろな時間までは校舎のそばの図書館で涼しい読書タイムにした。〈母親〉の暇つぶしになりそうなラノベを探すのは、月でアニメを探すのとはまた別の楽しみがあった。かつて巫女みこ天使さまが約ネバや進撃を貸したのもそういう理由なのだろうか。


          *


 ちょうど十二時になった頃、唯はかつての悪ふざけ仲間の友人Kと共に帰宅の途についた。高校が一緒なのは分かっていたものの今まではタイミングが嚙み合わずに会えていなかったが、唯がさっさと学校を切り上げて帰るようになったことで帰る時間を合わせられるようになっていた。

 学校から駅までの十数分、電車に乗っている間の二十分。そして駅に着いてから友人Kの自宅までのおよそ十分。まったく暗さを感じさせないトーンで雑談を交わし、別れた後は早足で家に帰る。金曜日限定のルーチンだった。

 金曜日は〈母親〉が麓の病院まで通う日でもあったが、わざわざ唯の帰宅に時間を合わせていたようで、特に鍵を使わなくても家に入れるのは手間いらずで楽だった。

「たっだいま~……」

 その日、唯が玄関を開けると、何やら煙たい空気がキッチンから漂ってきていた。健康のために昼食を食べなくなったこの家でお昼時にキッチンを使うのはあまり考えられないが、何かの拍子で火事になってしまっているのかもしれない。

 唯は慌ててキッチンに行ってコンロの火を止めようとしたが、そこに燃え盛る景色はなく、ただ開かれた窓とワゴンの上に置かれた缶ケースだけがあった。

「なんか煙いんだけど……何これ?」

「あ、まだ匂う? 窓開けてるんだけど……」

 リビングに入って一番にこの煙たさの正体を問い詰めると、〈母親〉は少し申し訳なさそうな表情で理由を話してくれた。

 曰く、これも治療の一環で、どうやらハーブ類を焚いたものを傷口に押し当てると傷が治るらしい。

 何とも疑わしい話だが、あとでキッチンに置いてあった缶ケースを開けて中身を確認してみると、そこに入っていたものは油引きと葉巻たばこを足したようなデザインの道具。いわゆる「お灸」を一人でもできるようにするためのものだった。


          *


「……」

 何を思ったのかは分からないが、〈母親〉は今までずっと隠してきた自分の手術痕を見せてきた。唯はそれを見て何とも思わなかったわけではないが、どう思ったかという具体的な感想は何も言うことができなかった。

 腹部の傷口、おそらく手術の時に何か腫瘍のような物を切り取ったと思われる箇所は一瞬しか見ていないが、そこは今やグロテスクに変色し大きく腫れ上がっていて、とてもじゃないが健康的な、少なくとも快方に向かっている人間とは思えない色と形をしていた。

「……痛そ。」

 今まで唯はその態度や発言からきちんと回復に向かっているものとばかり信じていたが、それは唯の思い込みであり、希望的観測であり、都合よく解釈してきただけに過ぎないのだろう。本当はずっと前からこういう状態で、だからこそ唯に詳細な状態を語らなかったし、夏の間も去年までと違ってきちんと服を着ていたのだ。

「まあちょっとは痛いけど、でも大丈夫よ。」

「……ほんとに?」

「うん。大丈夫。ちゃんと治すから。」

 〈母親〉はそう言っているが、唯にはとてもその言葉が真実だとは思えなかった。どうにも無理して体調の悪さを偽っているようで、唯や〈父親〉を安心させるために口から出まかせを言っているようにしか思えなかった。


「……あんなに痛そうになってるなんて可哀想。早く死んじゃえば楽になれるのに。」

「ああ。あの傷が見た目通りならそう長くはないだろう。寝たきりで何の役にも立たずに生きるくらいなら、早く死んだほうがいいのは確かだな。」


          *


 ついこの間までは元気だった、少なくとも元気であるように振舞えていた〈母親〉は、夏休みが終わり、暑さが過ぎ去ってからしばらくすると徐々にその体調が万全ではないことを隠しきれなくなっていった。

「……ほんとに大丈夫なの?」

「……大丈夫だって言ってるでしょ。」

 冷淡ともいえる唯の心配に対して、やや語気の荒い返事が返ってきたが、それは今までのように全てを委縮させるような威圧感を持った凄味のあるものではなく、下手な役者が悪役を演じているように芝居がかったもので、恐怖よりも憐れみを感じさせた。

「大丈夫、このまま死んだりなんてしないから。」

「うん。分かったよ。じゃあ早く治して元気になってね。」

 口ではそう言ったものの、もはやその願いが全て叶うとは信じられる状態ではないことを唯は知ってしまっている。

 唯はこれまでに何度も〈母親〉の通院歴や教わった健康法のメモなどを隠れて読んでいたが、実際に見ていたのは自分にとって都合がよかったり、意味が分からないと面白がれるものを探しいていただけで、本当の病状は見ようともしていなかった。いや、目の前の人間がもう助からないと認識してしまうのが怖かったのだろう。


          *


 運命を見通す代価の一つとして生への執着というものを差し出してしまっていたので、唯には死ぬことそのものへの恐怖はなく、成すべきことを果たせずにこの身が朽ちることばかりを恐れていた。

 例えば唯は今死ぬつもりはなかったが、それはまだ復讐を成し遂げてないからであり、これまでに西日本人から受けた汚名の全てを雪いだ後であればいつ死んでも後悔はない、むしろ自らその人生を終わらせてもいいとすら言っていた。

 また、全ては運命の導きだとも言っていたので、仮に今大怪我や重病でその成すべきを為すための時間すら与えられていない人生だったと知れば、それは潔く受け入れて無理に延命しようとは思わなかっただろう。

「……そのさ、あんまり無理しなくてもいいんだよ。私もう一人でも生きていけるから。」

「無理に決まってんでしょ。唯はまだ私がいないと生きてけないのよ……!」

 しかし、そんな唯とは対照的に、この〈母親〉は体調が悪化すればするほど生への執着を強め、それこそ藁にも縋るかのようにあらゆる治療法を探し、それを実践できるところを探し、といった具合に、自らの死を受け入れるという発想はないようだった。

 渚に言わせれば諦めが悪くて無様で滑稽な人間の末路とのことだが、本来人というものはこういうものなのかもしれない。

「それが苦しくないならいいけどさ。仮にあと十年苦しみながら生きたとして、ベッドの上で寝て起きるだけの人生だったとして、それって生きてる意味ないじゃん。」

「は? 意味ないわけないでしょ。まだ唯がちゃんと一人で生きれるって確かめてないだから。」

 それは何よりも愛情深いもので、生きる理由として泥棒猫よりも自分のことが先に挙げられたのは本来喜ぶべきことだったが、自らの命を擲ってでも夢を追おうとする唯にとっては少し鬱陶しい感情でもあった。


          *


 人間だった頃から唯の感情は本音と建前がミルフィーユのようになっていて、もはやどれが本心なのか自分でも分かっていなかったが、魔術師として復活を遂げてからの唯はより一層矛盾を抱えるようになっていた。

「これを生かしておいたらまた安定した仕事がどうのと口出しされるぞ。」

「だったら今ここで死んでもらった方がいいってこと?」

「端的に言えばそうなるな。」

 唯も渚も自分自身とも会話に嘘をついても仕方ないということで、何重にもなった建前の層はほとんど使われることはない。そんな二人の間では今、〈母親〉の生の是非について激しく議論がなされていた。本人の意思など介在しない、一方的な救済。

「ふむ。まあ今はまだ料理もできるようだし、会話もできる。実際にどうするのかはこれらが失われてからでもいいだろう。」

「……そうだよね。今はまだちょっとだけ元気そうだし、治る可能性もあるし、まだ殺すなんて早すぎるよね。」


          *


「私がまだ復活する前にさ、たぶんエヴァより前なんだけど、死者の魂の話したことあるじゃん。」

 九月が終わる頃には、唯の中では〈母親〉の最期の姿というものは決して遠い未来の話ではなく、おそらく近いうちに見ることになるだろうという確信めいたものがあった。

 自分が想像することでそれが現実になると思ったからか、唯は必死にそのイメージを振り払ったが、やはり一度思い浮かんでしまったらなかなか離れないもので、それは洋館内での話題にも多少なりとも影響を及ぼしていた。

「懐かしいなおい。そういやぁ俺たちがこうやって哲学とか話すようになったのってあれがきっかけだもんな。」

 流石初代観測官。抜群の記憶力だ。他にも多くの人間と関わってきた彼にとっては一年半も前の記憶など忘れていても仕方ないはずだが、よく覚えていられるものだ。

「そうそう。それで人が生まれる理由とか話してたよね。」

「それで、これがどうかしたか?」

 ここで真実を言うか言わないか。仮に真実を話したとしても三年分の契約はしているのだから今関係が終わったりはしないだろう。とはいえ、今ここで「実は〈母親〉が死にかけている」などと吹聴すれば、それこそ本当に〈母親〉の死期を早めかねない。痛々しい姿を見るくらいなら死んでくれたほうがいいが、今の〈母親〉ならまだ見ていられる。

「ううん。ちょっとキャラの死生観を補強してみよっかなって。」

 結局、唯は真実を話すのはもう少し先延ばしにすると決めた。もっとも、初代観測官の読心術をもってすれば今の唯の家の状態くらい簡単に見抜けていたかもしれないが。


          *


 見たくないものは見ないに限る。

 唯は〈母親〉の死を心配すればするほど、その願いとは裏腹に夢を見続けるようになっていった。本当に安心させてあげようというのなら〈母親〉が生きている間だけでも普通の勉強をしておくべきだったが、今まだ動ける〈母親〉を見れば見るほど、いつか動けなくなってしまったときの悲しみが大きくなるような気がして、だんだんと直視することができなくなっていた。

 もちろん〈母親〉はまだ唯の所有者なので命令とあれば最終的には従わなければならないし、現実から目を逸らしたところで物語が急に思いつくわけでもない。

 しかし唯は「生きているうちにあらすじと設定だけでも作れれば安心して死んでくれるだろう」などと適当な屁理屈を並べ立てて自分の世界に逃げ込んでいた。

「張本人が何言ってんだか。」

「でもそれでこそ私たちでしょ。」

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