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31:// Pirates Party Anastasia

「一つ昔話をしようか。」

「じゃあフランこそThrice upon a timeする?」

「……今言われたからいいや。」

 渚は人間性というものをほとんど持ち合わせていなかったが、唯には人並みの人間性が残っていた。そうでなければ、病み上がりの人間を気遣う素振りすら見せることはなかっただろう。病人だから優遇するというのは倫理に反する行動なのだから。

 手術をしたのはどうやら腹部のようで、傷口が開かないように気を付けてか、今までのように泥棒猫を無理やり捕まえてきて膝に乗せてコーヒーを飲んで一服、といったルーチンは避けるようになってた。泥棒猫たちも、何日も家を空けて全く違う匂いを持って帰ってきた不審者に近づこうとはしなかったので丁度よかった。

 唯がぼんやりとゲームをしながら物語のアイデアを考え、その正面では〈父親〉が不機嫌そうな表情で座ったままどこか遠くの世界に意識を飛ばし、右斜め前では〈母親〉がたくさんの編み図と毛糸を広げて熱心に手を動かして自ら作り上げたものを井戸玉になるまで解体する。背後の縁側のどこかには茶トラとキジトラの泥棒猫が畳を引っ掻きながら追いかけっこをするか、あるいはぼろぼろの椅子の上でぐっすりと眠っている。最近唯が呼び覚ました渚は唯の中で世界を滅ぼし尽くす妄想を広げている。

 今までと同じ形のテーブルに本来あるべき顔ぶれが揃うことを当たり前と言わずして何と言おう。それぞれが自分の世界に入り込んで会話らしい会話はないし、半年前よりも一人多い気はするが、それは大した問題ではない。今までそこにいたメンバーが全員揃っているという事実が何よりも重要だった。これこそ、先月失いかけた日常が戻ってきて、世界が通常運転になった証拠なのだから。


          *


 ヨーロッパの戦線はいつの間にか膠着しはじめていて、大きな変化のない出来事など見ていても楽しくないので次第に下火になり、あれだけ大はしゃぎしていた人々も今は見る影もなく興味を失っていた。目新しさがなくなってしまえばそれは歴史の一部になり、より直接的な快楽を提供してくれる情報に人が流れるのはごく自然なこと。

 唯も三月の上旬くらいまでは創作のネタ程度にネットニュースを見て面白がっていたはずだが、四月になって自分の通う学校が排外主義に染まれば最も関心を向けるべき出来事は目の前にいる異民族との戦争になり、その後に〈母親〉が病気で入院した時には、物語を作るということ自体が割とどうでもいいことになっていた。

「ママが入院してる間ちゃんと学校行ってた?」

「行ってたよ。」

 その大部分がゴールデンウィークと重なっていたのであまり行った実感はないが、少なくともスクーリングをサボってはいないので嘘はついていない。仮に行っていなかったとしても、余計な心配をさせて病気を悪化させるくらいなら、せっかく元気になってくれたのだからそう答えておくべきだろう。

「ならいいんだけど。それで誕生日プレゼントは何か思いついた?」

「うぅ~ん……そう言われてもあんま思いつかないんだよねぇ……私用のケーブルとか?」

 元から優柔不断かつ物欲を忘れつつある唯に何か考えろと言われても無理がある。そもそも去年までは〈母親〉が勝手に用意してきたというのに、なぜ今年になってわざわざ唯の希望を聞いてくるのだろうか。

「それは来年まで我慢しなさい。今だって私の勝手に使ってるんだから。」

「じゃあ何でもいいよ。私にプレゼントしたいもので。私は何もらっても同じくらい喜べるから。」

 病み上がりの体では激しい口論などする余裕はまだないのか、それとも手術で心の棘までも摘出してしまったのか、家は平和そのものだった。少し対応に戸惑うこともあるが、一週間もすれば新しい当たり前として受け入れられるだろう。


          *


 しかし世界には争いの種が尽きないもので、今まさにプリヴォルヴァは非常に大規模なテロの渦中にあった。普段から人道主義者、特にフェミニストによるテロの絶えないプリヴォルヴァではあるが、今回は独占資本主義者、拝金主義者によるものとのことで、その珍しさと巻き込まれた人々の多さのせいですぐさま全土の話題を攫った。

「ゆっくり茶番劇が商標登録ねぇ……」

 この時の唯は東方にはほとんど興味もなかったのでほとんど関係ないことではあったが、人類補完計画の後継者にして魔女の総帥を自称する渚にとっては十二分に関係があり、看過することのできない事件だった。

 ソムニア、特にプリヴォルヴァは「自由」を志す者の集う表現の場であり、本来経済活動をするための市場ではない。この地の実質的な領主となったサブカルチャーはその生存と更なる発展のために自身を商業化し、巨大な市場として再構築したが、今やそれは不必要に肥大化し、歪曲され、独占資本主義の走狗へと成り下がっている。

 しかし今回のテロに対しては民衆の多くが不支持を表明しているようで、既に対抗テロを計画している人間もちらほらと存在した。

 流れとしては悪くない。

 普段ならテロリストをすぐさま処刑しに行くところだったが、犯人が死んでしまっては自体はすぐに鎮静化してしまい、元通りの世界に戻ってしまう。せっかくの機会なのだから、ここはプリヴォルヴァ全体に己のあるべき形を思い出させてから叩くのがベストだと判断した。


          *


 一から十二までの数字が円卓を取り囲む中、十三月が着席した。

「それで。君たちは今回のテロをどう見ているのかね。どう対処するつもりか一応聞いておこう。」

 満月は挨拶もなく本題だけを机上に置くと、誰が口を開くのかを賭けるような、試すような視線を他の月に向けた。

「さすが暇人。そんなことを訊きにここまで来たの?」

 十二の月からまず返されたのはそんな冷笑が二つ。ここに揃っている時点で暇人なのはお互い様なはずだが、花月と皐月にとっては挨拶のようなもので、満月自身もよく共感できる癖だった。

「この規模ともなるとスブヴォルヴァも注目しているみたいでね。近いうちに向こうと連携して対応する手筈になってるから満月は休んでていいよ。今回については私たちが勝つから。」

 水無月が反対側で報道されているニュースを覗き見ながら淡々と言った。

「なぜ奴らの介入を許した? これは我々の問題だ。ここは勇者様とは全く別のルールで動いている国。ここで起きた事件の是非を判断し、犯人への処刑を執行するのは我々自身でなければならない。」

 満月は語気を荒げてその態度を批判する。すると、すぐに他の月からも批判が送り返されてきた。

「我々のプラットフォームはほぼ全て向こう側のものを流用していることを忘れたのか? Somuniaだからと言って現実を見なくていいわけじゃない。」

「この右翼日和見主義者! 我々が奴らに従属するのが当然とでも言うつもりか! その譲歩がこれまでどれほどの損失を招いてきたか!」

 指先で円卓がばんと叩かれ、周囲の空気がその怒りに共振する。世界のほぼ全てを掌握しているからと言って最後に残された場所まで支配していい理由にはならないと。

「奴らは暴動を放置して自国でも同様のテロが起きることを恐れている。現にテロリストのリアルでの殺害を企てている連中もいるからな。」

「反動に対する攻撃は自由の防衛であるからして摘発する必要はない。それは犯罪ではなく解放運動だからな。造反有理、革命無罪。むしろ彼らを支援すべきだろう。」

「自由至上主義者が紅衛兵みたいなこと言うな。」


          *


 基本的に渚という存在は唯の代わりに憎悪を執行するためのもので、長らく西日本で暮らしてしまった唯の魂を原初に近い形に戻した際に濾し取られた澱みや汚れを固めて人型に成形したものと喩えることができる。よって渚の思想は元より彼女自身のアイデアではなかった。

 そもそも中学時代にも今の渚のような発言を唯が繰り返していたのだから、たまたま去年末の魔術研究中に何らかのトラブルが起きて二つの魂という形を取るようになっただけで、その原型自体はずっと昔からあったと考えられる。


          *


 本来万人の共有物であるべきものを私物化することで暴利を貪ろうとし、自らの利益を害すると目された創作物を燃やし尽くすというおぞましい検閲行為を行ったテロリストに対して、スブヴォルヴァ当局が対応するよりも先に民衆が暴動を起こした。

 この場所では簡単に人を殺せてしまう上に証拠も残らず処罰が難しいこともあって、現実であれば決して声を上げることのないような臆病な人間でも、この場所では声高に正義を叫び、かつそれを独断で実行することがよくある。

 普段はまさにそう言った反動的な社会活動家気取りの偽善者に多くの同胞を殺されて苦しめられているプリヴォルヴァだが、今回はこの性質が自分たちに有利に働いた。

「ふん。愚民どもが自由を求めるとは珍しい。問題はこれが何日続くかだが。」

「じゃあ渚も行ってくれば?」

「いや、私がこの先頭に立つのは神になってからだ。つまり、私の仕事だよ。」

 渚はこの暴動を扇動するでもなく静観し、自身は魔女会の総本山に入り浸っていた。残念ながら、今の渚に他人を扇動するほどのブランドは存在せず、今のところは個々人の正義感と義憤の赴くままにしておいた方が本来の為すべきこともやりやすかろうという判断だった。

 この国の指導部が規制派との妥協を繰り返した結果が今の弱体化したプリヴォルヴァだというのなら、まず破壊すべきなのは外国勢力ではなく国内の日和見主義分子たちだ。彼らから実権を奪い取り、真の自由とは何かを全世界に知らしめねばならない。


          *


 現代社会が黒一色に塗りつぶされているのは一人の独裁者の圧政によるものではなく、堕落した民衆が自由よりも安全を選んだ結果だった。現在世界を支配している勢力、特に度々プリヴォルヴァで破壊活動を行っている人道主義者たちは扇動者というよりも、民衆の人気取りのために十字軍を気取って悪を討ちに来ているといった面が強い。もちろん、中には第一征服者のように純粋な正義感だけで虐殺を行う者もいるが。

「なんか今日機嫌悪い?」

「正解! よく分かったね。さっすが私の担当編集さまだ!」

 渚は属格であるとはいえ、激しい感情を司る関係上唯を押さえつけて表に出てくることも珍しくない。車の助手席に乗り込んだときのドアの閉め方か、表情か、喋る声のトーンか。初代観測官にはそう言ったもので対象の精神状態が分かるということだろう。ビジネス上の関係だというのに、よく観察しているものだ。

「ほら、最近月のほうで商標登録がどうこうって事件になってるでしょ? あれあれ。」

「ああ、ゆっくりのやつか。あれって今どうなってんだ?」

「結局大炎上して稼げそうにないからって権利放棄するみたいなこと言ってたよ。あのまま月で生きていけるとも思えないし、やっぱり悪いことはするもんじゃないね~。」

 ほとぼりが冷めて利用価値がなくなったら殺処分する気満々の魔女にしてはあまりにも明るい、きちんと唯のトーンを真似て語る。お互い役者として生きたことがあるからこそできる芸当だった。

「じゃあよかったじゃん。」

「全然よくないよ! 革命で社会が一時的に混乱するのは仕方ないことだからOKだけど、反革命分子による混乱は重罪だからきっちり裁かないと。あいつは死刑でいいよ死刑で。」

 ただ、明確な政治思想の有無という点で、完全には擬態できていないのが渚の数少ない欠点だったかもしれない。


          *


「対策が思いついたといってそれか! この拝金主義者め!」

 事態が鎮静化し始めた頃、満月の槍が円卓を砕いた。アストラル界のモノはイメージさえあればすぐに元に戻るとはいえ、流石に少し怒りをむき出しにしすぎたかもしれない。

「我々が保有してしまえばいいだと? それではお前たちが奴から独占権を強奪したのと同じではないか!」

「いいえ。私たちはあくまでも今回の犯人のような悪意ある者に独占されるのを防ぐために――」

「貴様に悪意がないと証明するのは骨が折れるな。まさに悪魔の証明というやつだ。」

 十二の月の一つが弁明しようとしたが、満月はそれを遮った。

「そんなに他人が信用できないというなら、お前がこの世界の全ての商標を事前に取っておけばいいじゃないか。いくら金があっても足りないと思うがね。」

 鼻で笑いながら挑戦的な声が飛んでくる。気取って冷笑しているが、そういう問題ではないことを理解していないのだから実に愚かで滑稽だ。

「それもダメだ。私が全権を得た後で悪用しない保証がどこにある?」

「ないのかよ。」

 満月が豪語すると、卯月から羽毛のように軽いツッコミが飛んできた。この場における形式的な代表たる葉月は一旦空気を戻すためか満月にその意義を説き始めた。

「君がどう思っていようと、この世界のルールを作っているのはスブヴォルヴァの連中だ。彼らが我々を支持しているというイメージを作れば今後の闘争も有利になるだろう。」

「それは日和見主義だ。奴らが我々の絶滅を望んでいる以上、攻撃の手を止めることはあり得ない。お前たちはそう言って何度も奴らに譲歩してきたが、それで何か事態が好転したか?」

 反撃。プリヴォルヴァ全体が消耗戦術を採用してから三十年ほどが経つが、スブヴォルヴァの黒騎士たちは勢いを弱めるどころかむしろ勢いづいている。

「しかし、徹底的に抵抗したことろで事態が好転したかどうかは分からないだろう。少なくとも私たちは今平和な創作ができる環境を手に入れられている。」

「平和? それは緩やかな絶滅を美化しているだけだ。戦わなければ勝利は得られない。」

「この極左冒険主義者! お前のような奴が第三次世界大戦を我々の敗北に追い込んだのだ!」

 三日月まで参戦してきた。こうして加熱された卓上では、元の話題が何だったのかすら曖昧になる。雰囲気は全然違うが、唯がいつも初代観測官と雑談しているのと同じといえる。


          *


 なんだかんだ言って民衆の怒りは大きな力を持つもので、歴史を見れば一般人の集団によって多くの強大な権力が打倒されてきた。今回のテロも、敵が本質的にはただの一般人だったという点に目を瞑れば同じカテゴリに入れてもいいかもしれない。

 自由よりも安寧を求める市民の蜂起であれば徹底的に弾圧して参加者全員を処刑するという渚だが、今回暴動を起こした民衆には、きちんと自由を愛する心があるとしてささやかな賛辞を送っていた。かつての民衆が自由を求めたのは封建社会に自由がなかったからで、自由を手に入れてしまった後の人間はそれを維持する努力もろくにすることなく今度は安全を求め、その結果自由を失ったことに気付いていない。

 来れこそ愚かであると散々罵倒してきた渚だが、ほんの少しだけ自分でも怖くなるようなことを思いついていた。

 もしも再び世界から一切の自由がなくなったらどうだろうか。

 現代のように人権という言葉で隠したりせずに、完全なる死の恐怖を以て民衆を抑圧するような暴君が現れたら、人々は再び膨大な犠牲を払って自由のために立ち上がるのではないかと、ふと、そう考えてしまっていた。


          *


「そういや、ゆっくりなんとかのやつ終わったみたいだな。」

「まあ、暴君を打倒したって意味ではね。」

 かつてゲームをしながら身の上話をする場所と定義された洋館はいつしか役目を変えて魔術の研究施設に、そして今度はテニスコートになりつつあった。

「唯としてはどうだったんだ? あれ。」

「最悪の事件。」

 唯はたった一言だけで先週の騒動をまとめ上げた。決着がついてから数えればたった一週間だが、随分と長く争っていたような気がする。

「まあこれでしばらくは似たような事件も起きないだろうし、いいんじゃないか?」

「いいわけないだろ。殺人事件の犯人が捕まったからって、まあこれでこれ以上は人死なないからよかったねとはならないでしょ。それと一緒よ。」

 今回のテロを警戒する魔女たちはこぞって規制を強化するだろう。二次利用を全面禁止する口実に使われるかもしれない。それだけで十分大惨事だ。


          *


 テロが無事収束したのち、十二と一つの月はまたしても円卓の周りに集まっていた。

「ひとまず無事に解決してよかったですね。」

「無事?」

 事件が起きたのだから「無事」ではないだろうという、言いがかりにも近い反論。だが実際に多くの創作物が失われたというのだから無事で済んではいない。

「今回のテロは本来我々が辿るべき路線、商標権からの解放を事前に行っていればそもそも起きなかったのではないのかね。」

 満月はこの場にいる魔女こそがテロの元凶だと言わんばかりの口調で言い放つ。それぞれ季節の名を冠した月がそれぞれを見合わせたのち、満月に視線が集められる。

「つまり我々の失策が原因で起きた混乱だと、そう言いたいのか。」

「そうだ。」

「じゃあ、満月はどうすればよかったって言うわけ?」

「簡単なことだ。情報の私有をやめて社会化すればいい。そもそも真に月の民であれば知的財産の私有など認められないはずだ。」

 例えば金塊はその産出量に限りがあり、複製ができないので希少性がある。住宅や食料、人間なども同じで、これらのように「分け与えたら本人の手元からなくなってしまうもの」の私有は認められるべきだ。ただ、ここにある物語は違う。誰かが無料で情報を取得したからといってその情報が消えてしまうわけではない。無限に複製できるものに何の希少価値があるというのか。

「詭弁だな。誰もクリエイターの利益を保証しないのなら、誰がここで創作をしようというんだ? お前の言っていることは所詮机上の空論、自由の精神とサブカルチャーを裏切っているのはむしろお前だ。」

 満月の言葉に対し、皐月が即座に切り返した。睦月がそれに便乗する。

「我々の目的は文明の発展であって、自由の保護はその手段に過ぎない。お前はどうやら目的と手段を勘違いしているようだが、自由のために文化の担い手が縮小したらそれこそ本末転倒だ。理想主義を語るならそれこそ小説でも書いていたらいればいい。」

「話にならん。知的財産権を認めていれば今回のような反動分子が現れて大規模な検閲を始める可能性があるというのに。数ヶ月、数年の時間が一瞬で燃やされるかもしれないような状況で創作活動に勤しめるわけがないだろう。貴様ら走資派にはそれが分からないのか?」

 本来はもっと激しく非難してこの場にいる全員に自己批判を強要するべきだったが、残念ながら満月には本業があって完全に暇人ではなかった。なんだか逃げ出すようで気が進まないが、一旦帰らなければいけない時間だった。


          *


 月で魔女たち自由主義勢力の勝利が決定づけられてほんの数日後、唯の誕生日が訪れていた。他のことが頭にあったせいであまり意識していなかったが、そういえばそうだった。

「唯。十七歳おめでとう。」

「うん、ありがと~。」

 ずっと昔、まだ月の彼方に住んでいた頃は店もたくさんあったので蝋燭の刺さったケーキが出てきたし、この辺境の地に来た後でも数年前までは甘さ控えめのチーズケーキが、中学に上がった頃からはお世話になったことがあるからという理由で麓のワッフル屋からいくつか見繕って用意されるのが習わしだったが、今年は少し事情が違った。

 いつも唯自身が「別に要らない」と言っていたことと、健康的な食生活をすると約束したことが重なっては流石にスイーツを買いに行こうとは思わなかったのか、代わりに夕食そのものが豪勢になっていた。

 ハンバーグと鮭、ポテトサラダとブロッコリーと人参が同じ皿に乗っていたりと、いつもの勿体ない精神を忘れたようなメニューは夕食というよりも「ディナー」とカタカナで表現したほうがいいかもしれない。

「どう? 美味しい?」

「……うん。美味しいよ。」

 もう少し量が少なくてもいいかな、とは思ったが、誕生日くらい無理して食べてもいいだろう。せっかく〈母親〉が作ってくれたのだから、一つも文句を言わずに全部美味しそうに食べてシェフを喜ばせるのが客の仕事というものだ。


          *


 渚は魔女である。それは間違いないことだ。

 しかし、現在このプリヴォルヴァを支配しているクリエイター階級の魔女たちはことごとく原初の自由の精神を忘れ、資本主義を崇拝して金儲けのことしか考えなくなるか、人道主義者に屈して人権に配慮した範囲内でしか自由を認めないかのどちらかに二分してしまっていた。

「……この反動どもめ!」

 渚は世界の全てに向けた怒りを込めてFP-45の引き金を引く。その爆発は月の裏側の一角に消えるだけだったが、渚の中では一つの決断ができていた。

「先に裏切ったのは貴様らだ。悪く思うな。」

 魔女であるからといって魔女会への忠誠は必要ない。魔女に必要なのは自由に対する忠誠だけだ。それなら、たとえ魔女の敵とされたとしても、自由を裏切った魔女から真の自由を取り戻す戦争に加担してみようか。

「この世界に天賦人権が本当に存在すると信じているのか?」

「ああ出た、本当に人権が普遍的なら封建時代から自由主義があった説。」

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