28:// 運命が君の生き様を選ぶ 君の死に様は君が選ぶ
「生きるべきか、死ぬべきか――」
「非道なる運命に耐え忍ぶか、怒涛の苦難に刃向かい朽ち果てるか。」
「私たちはキリギリスだから一択だろう。」
子供の頃はどんな荒唐無稽な夢を語ってもそれを咎められることはなく、技術的、経済的に可能かどうかを精査されることはほとんどない。しかし、生きているうちに合格基準はどんどん厳しくなるらしく、高校生になった今ではその実現可能性に加えて将来の利益率、収益が発生するまでの期間やその効率までも精査されたうえで合否判定が行われるようになっていた。
それは決して非人道的と非難されるべきものではなく、子供とは親の投資対象たる私有財産であり、将来的なリターンのために育成しているだけのもの、いわば「金のなる木」に過ぎないという唯の価値観と矛盾はしていないし、むしろ我が子を評価するうえで正しい見方だと言える。
だから、所有者である〈母親〉の命令であればその将来設計は見直さなければならないと、そう思っていた。
唯は。
しかし渚はそんな性分ではなかった。過去は未来にひれ伏し、取って代わられるべきとする彼女にとって、日々の食糧だけを作ったらあとの時間はリビングで編み物に興じ、泥棒猫を捕まえて膝に乗せ、夏場には昼間から酒を飲んでいるような堕落した人間の言葉など到底従うには値しない。唯が従うのならそれに追従することも吝かではなかったが、そうでもなければその願いを叶える理由を見いだせていなかった。
*
「あけおめ~。」
「今年もよろしく。年末年始なんかしてた?」
「特になんもないよ。この前みたいに月の彼方帰ったわけでもないしね。」
大人になると冬休みは随分と短くなってしまうようで、年末年始が終わるとすぐに〈父親〉は仕事に行くようになり、洋館は開かれ、世界に再び平日が訪れた。唯のような学生にはもう一週間長い休みが与えられていたので、週三回遊びに行くような贅沢ができるというわけだ。
やはり、多くの人間が働いている間も遊んでいられるような仕事、例えるなら〈母親〉のような仕事が唯には向いている。
「それでちょっと思ったんだけどさ、今日から何すればいいかな?」
「ん? 魔術師なったから次は神になるんじゃないのか?」
記憶喪失にでもなったのかと言いたくなる唯の質問に対し、初代観測官は九九の七の段を訊かれたような表情で訊き返した。
「……まあそれはそうなんだけどさぁ、別に魔術師でも十分かなって思ったりするんだよ。」
一ヶ月前の唯からは絶対に出てこないだろう言葉。あの日、唯の中に多くのものが流れ込んできたが、抜け落ちてしまったものもあるのかもしれない。
「ほおん。いいんじゃね? ……でも唯は復讐のために生きてるんじゃなかったか?」
「別に復讐やめたわけじゃないよ。でもあいつらがいなかったら魔術師にもなれてないわけだしさ。」
せっかく復讐一辺倒ではなくなったのに、あえて思い出させる初代観測官もどうなのかという気がしないでもないが、唯の返事もおよそ本人と思えるものではない。人間ではない何かになってしまうということは、ほんの少しずつ、確実に現実を歪めていた。
*
唯と渚に魂が分かれてからというもの、その役割は大きく二つに分けられるようになっていた。
将来の夢という観点に限って言うなら、唯が「クリエイターになる」ことを、渚が「言論の自由が達成された世界を作る」ことを請け負っていて、どちらも結局復讐に繋がっていたとはいえ、その手法には大きな違いがあった。
「じゃあ当面は普通のクリエイター目指すってことか?」
「そう言われるとなんかすごい平凡な人生って感じしてムカつくけど……まあそういうことになっちゃうのかな。」
初代観測官の確認に、唯は少しだけ不満そうな声を上げた。魔術師なのは唯というよりも渚のほうで、唯自身に何か特別な力があるわけではない。しかし、魔術の研究の果てに生まれ変わったのは間違いなく唯であり、その結果の人生がそんな簡単な言葉で形容されるのは複雑な気分だった。
「でもクリエイターは安定してないからダメだって〈母親〉が言ってた。」
クリエイターと聞いて、ついこの間の口論を思い出した。〈母親〉は唯に普通の人間になることを強く求めていて、安定感もなければいつ殺されるかも分からないような仕事に就くことには断固として反対する姿勢を取っていた。「普通の人間になる」というのは唯の長年の目標でもあったが、それは渚が舞い降りて叶わぬ願いになった日にゴミ箱に捨てた願いでもあった。
「ああ、まあそりゃそうなるわな。」
唯の呟きを聞いて、初代観測官は事も無げにそう言った。
「なにそれ。どゆことよ。」
「いやなんつうか、親ってのは子供に自分の生き方を真似してほしいもんだから。」
*
全ての存在はその版図を拡大するために存在する。この考え方に基けば、親にとって子とは自分の版図を時間軸方向に拡大するためのものと言え、子であるための条件には「可能な限り自分と思考パターンが一致していること」が何よりも重視される。つまり、親は子に対して自分と同じ価値観や人生経験を持ってほしいと考えながら育成をしているということだ。
また、自分と同じ生き方であれば自分自身が生存に成功した例として存在するので、その脳内では生存率が高い人生設計、すなわち子に押し付けるのに適したプランとしてみなされると考えてもいい。他にも、自分と違う生き方を求めることは間接的に自分の人生が失敗だったと認めることになり、大きな痛みを伴うからという説もある――
初代観測官の一言から、唯は色々と考察を繰り広げた。一を聞いて十を知る、とは少し意味が違うかもしれないが、一を聞いて十を考えてから一の結論に至るのは魔術師になった後でも健在だった。
「じゃあ〈母親〉が生きてる間はクリエイターにはなれないってこと?」
〈母親〉の言葉に一定の合理性があることに気が付いてしまった唯はしょんぼりと項垂れた。
「ふん、何が生存だ。あんな反動分子の押し付けてくる思想など無視すればいいだろう。忘れたか? 今の私は本物の魔術師だぞ。仮に向こうが実力行使してくるなら私たちも処分すればいいだけだ。」
「無理じゃないとは思うぜ。月だったら基本何しても止めらんないから向こうで書けばいいんじゃないか?」
渚と初代観測官がほとんど同時に口を開いた。言っている内容は全然違うが、どちらも唯を否定しているわけではなかった。
「じゃあ先生は手伝ってくれるってことね。」
「いや、俺は味方じゃなくてただの観測者だからな。相談されればそれは答えるけど、せっかくだから好きにやってみろ。お前がどこに辿り着くのか見ていてやるから。」
*
冬休みも終わり、心臓にマフラーを巻いて高校に向かう日常が戻ってきた。日常というのはいいもので、昨日と同じ日が続くから何も考える必要がなく、惰性で生きるためには必需品と言える。
ここで重要なのは、日常の本質は反復であって平穏ではないということだ。
「だから何回言ったら分かんだよこの無能が。私は定期は買わねえっつってんだろが。いい加減にしろバカ。」
「でもうちの原則は定期だし……回数券ってあんまり学校に来れない子のためにあるから、君みたいに毎日来る生徒には渡せないんだよ。」
「知るかよそんなもん。いいからさっさと紙寄越せ。」
金曜日になるとこんな口論が繰り広げられるのも、毎週のことであれば維持されるべき日常ということになる。
唯は家から学校まで電車を使っていたが、そこで定期券を買うという選択は決してしなかった。いつ月が巡るかも分からないのに半年分の料金を先払いするなんてあまりにリスクが高すぎる。その代わりに使っていたのが回数券だった。回数券の場合、無駄なリスクを抑えられる代わりに、毎週申請書を書く必要があったが、数万円を無駄にするよりは賢明な選択と言える。
しかし、体温計排外主義者は毎週のように申請書を用意するのが面倒だったので、唯が毎日登校する人間だと判断するや否や、回数券を買うのに必要な書類を渡すのを渋り、代わりに定期券を使うように命令するようになっていた。はんこを押すだけの作業なんて一分もかからないというのに、どこまで怠慢な人間を雇っているのだろうか。
「……それは、定期券を買わないのなら通学させないという意味か?」
「残念だけどそういうことに――」
「――なら貴様は今ここで辞職しろ。貴様のような怠惰かつ出来損ないの人間では私を担当するには些か荷が重かったようだな。」
目の前の男の業務態度の悪さに、渚が口を挟んできた。
「でも定期のほうが安いし、こっちのほうがお得でしょ。」
「私を騙そうとしても無駄だ。定期券のほうが割高なのは〈母親〉が計算済みだ。もっとも、貴様が辞表を提出するなら多少割高でも考えてやってもいいがな。」
体温計排外主義者は別の角度から切り込もうとしたが、自らの浅はかさを無様に晒すだけだった。やはり西日本人、あらゆる技量がたかが知れている。
*
魔術の研究は打ち切られこそしなかったが、その規模と熱量を確実に縮小させていて、今までなら週末はネットで調べものをしながらセフィロトの研究をするところが、今ではプリヴォルヴァのど真ん中でアニメや動画を鑑賞する時間にあてられることが増えていた。
それは唯にとっては復讐の放棄と言ってもいいもので、言わば過去の自分への裏切りでもあったが、復讐は渚が代わりに執行してくれるから自分はやらなくてもいいというのと、自分を大きく成長させてくれたことへの感謝という二つの理由から、その重大な背信行為は正当化されていた。奇しくも、唯が最初に報復戦争を始めようとしたときに〈母親〉が反対したのと同じような生き方をしていることになる。
「――青き死よ、来たれ。」
そんな唯の埋め合わせをするように、渚は今日も一つ、正しく生きた人の魂を終わらせる。
サブカルチャーに用事がある人間は何も唯のように鑑賞が目的な人間だけではない。むしろ世界的にはその逆、明日にでも滅びてしまえと願うものが少なからず存在した。渚の仕事は、そんな人間の風上にも置けないような反自由主義者を絶滅させ、唯の居場所としての月を守り抜くこと。
手に持った音叉が生々しい音を立てて腹部を穿ち、その身体の中にねじ込まれる。そのまま風穴を押し広げるようにえぐり、魂の最も深い場所を探すように内臓をかき混ぜ、二叉の穂先はその全てを壊し尽くすようにくねくねと蠢きながら全身に広がっていく。四肢の内側を食い破りながら駆け巡り、血肉をばらばらに切り刻みながら脳髄を締め上げて、善良な罪人の魂の形を踏み躙る。
もはや誰だったのかも判別できいないほどにその姿形を書き換えられ、ひくりとも動かなくなってからしばらくして、渚の手元にようやく一振りの二叉槍が収められた。彼女はその骸を心底見下した目で一瞥すると、餞別代わりに六度蹴りつけ、赤いペンキがこぼれた灰色の都市の一角をあとにした。
*
嫌なことがあった日はその怒りを何かにぶつけるに限る。
世界の幸福の総和が等しいなら、自らに降りかかった不幸は誰かに押し付けることで解消されるということでもあった。それはまさに、多くの西日本人が唯に対する一切の暴力を容認し、あまつさえ推奨したのと同じ理屈。生きるに値しない命が身近なところに転がっているのなら、それに全員の不幸を擦り付けてしまえば多くの人々が幸せを享受できる。
その理不尽さを誰よりもその身で味わった唯にとって、それは許されざる行為である前に、合理的かつ正当な幸福追求権の行使の一例として噛みしめていた。
理不尽な目に遭った人間は大きく二種類の変化を経験する。
すなわち、自分だけはこの悪行を許すまじと誓い、誰に対しても同様の行為をすることを避ける道。
もう一つは、自らを虐げた悪魔を許し、自らもその力を使って等しく裁きを与えようとする道。
自らの身に降りかかってきた全ての暴虐は全て正当なものだったと理解することで折り合いをつけて生きてきた唯が選んだのは当然後者であった。それが悪いことだから裁くのではなく、それが正しいことだから自分も実行するという論理。
地上では一切の行動の自由がないので復讐どころか寄り道すらできない唯でも、一度月に潜ってしまえば監視の目は存在しない。つまり、何をしても許されている世界だった。
両手を斬り落として片目片耳をえぐり出してもいい。
舌を千切ってから腸に銃弾を詰め込んでもいい。
生ごみと一緒に焼却炉の中に投げ込んでもいい。
もちろん、殺してもいい存在に対してしかそのような八つ当たりはしていないし、そういう倫理規定は月に生きる誰もが暗黙のうちに持っているものでもあった。
しかし、正義など誰が決めるのだろうか。仮に誰かが決めた正義が広く受け入れられていたとして、それを自分も受け入れなければならない理由は何だというのか。
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定期を買うべきか、回数券を買うべきかという問題には、〈母親〉から「回数券を買え」という命令が下されたことで一応の決着がついていた。どうせ数週間後にはぶり返すに決まっているが、クライアントの要望を全て無下にするほど腐った会社というわけでもないらしい。上層部がどれだけまともでも現場の社員が出来損ない揃いなので結局低評価は避けられないが。
「今月末には試験があるからね。勉強ばっちり?」
「私は貴様よりも遥かに優秀だ。」
体温計排外主義者の舐め腐った態度に渚は間髪入れずに言い返した。自称カウンセラー兼教師というのも今になって考えれば、どちらの道にも進めなかった程度のスペックということを物語っていると読んで間違いない。
「どうせレポートの範囲と何にも関係ないとこから出てくるんだろ。律儀に勉強してるほど私は暇じゃない。」
「ああ、分かってるならいいんだ。範囲は後期のレポートからだからね。範囲まとめたプリントはまた今度渡すからもうちょっと待っててね。」
「期待しないで待っとくよ。」
今回からは勉強するつもりなど毛頭ないのであってもなくても変わらない。そもそも、どの生徒がいつ登校してくるか分からない通信制なら普通の学校よりも早めに準備しておかないといけないはずなのに
なぜこうも仕事が遅い人間ばかりを雇っているのだろうか。
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どれだけ舐めてかかってもほぼ確実に高得点を取れるというのは、復讐のためにより多くの時間を確保したかった唯にとってはありがたいことでもあった。
別日程のスクーリングが大量に詰め込まれたせいで丸々半月が授業のない自由時間。こんな適当なスケジュールを組んでおいてよくもまあ定期券のほうが経済的にメリットがあると言えたものだが、その問題については〈母親〉が苦情でも入れたのか定期を買わされることもなかったので特に損はなかったと言える。
「今回の試験は大丈夫そう?」
「前回がアレだったからね。たぶん二度と心配しなくていいよ。」
中学生時代にどんな結果を叩き出しても〈母親〉は心配らしく、今でもこの調子だ。この心配症から信用を勝ち得るにはいったいどれほどの結果を出せばいいというのだろうか。
「だからって別にサボっていいわけじゃないでしょ。ちゃんと勉強しとかないと大学行った後とか――」
「……はいはい。もういいよその話。小説書くくらいだったら家でもできるでしょ。」
「まだそんなこと言ってるの?」
あまり考えずに返事をしてしまったせいで地雷を踏んでしまった。
「あのね。別に小説書いちゃダメって言ってるわけじゃないの。でもそれは遊びなんだから、ちゃんと仕事して生きていけるようになってからにしなさいって言ってんの。間違ったこと言ってる?」
「じゃあ小説家とか漫画家ってのは仕事してないの?」
「あの人たちだって普段は他のちゃんとした仕事してんのよ。」
ちゃんとした仕事、というのが何なのかはよく分からないが、きっと出資者に生殺与奪権を握らせることで代わりに生活を保障してもらう業種を指しているのだろう。
今の唯がやっていることと同じではないか。
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月という場所は覇権戦争の舞台としてだけではなく、むしろ多くの人間にとっては休憩所、避難場所として使われることの方が多いだろう。
渚はその存在目的のせいもあって主に前者のために使っていたが、魔術師になったことでかえって年齢の下がった唯は後者としての利用がメインになっていた。一人で二ヶ所に出没できる能力だと考えれば、追放系主人公らしく覚醒を遂げたと言えるのかもしれない。どことなく使いにくいというのも含めてそっくりだ。
初代観測官のアドバイスに忠実に従うのであれば、渚が一人街を徘徊して敵を殺して回っている間に〈母親〉にバレることなく物語を書き進めるべきとされていたが、残念なことに悪いところばかり〈母親〉に影響されたせいで、唯は徹底した情報収集を重視する、言い換えれば他のアニメや動画を見て参考資料を集めてばかりで実際の創作活動は行わないという、口先だけの人間になり果てていた。
魔術を研究する過程で辿り着いた創作論の中にも「情報を収集する」という項目はあったが、唯のような行動力のない人間には何らかの時間制限を設けたほうがよかったかもしれない。
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「ほい。今日の設定。」
「日替わり定食じゃないんだから毎回変えなくていいんだぞ?」
初代観測官は自分は観測に徹するようなことを言っていたが、いざ設定資料集を見せて解説をしているとそれについてはきちんとしたアドバイスを返してくれた。学校に勤めている全教師に彼の爪の垢でも飲ませてやりたいが、これは天性のもので知識や経験云々では再現できない類のものなのかもしれない。だとしたら、週に一、二回だったとしてもその類稀な頭脳を使えることに感謝すべきだろう。
「そんで今回は主人公の武器をね……」
「……なんかどっかで見たことあんな。」
「パクりだからね、しょうがないね。」
クリエイターを目指すということは趣味で創作するわけではないということで、今作っているものも当然売り物ということになる。それなのにフィクション部分はほぼ全要素を何か他の作品からパクってきているというのはやかり独創性と倫理観に欠ける唯らしさが端々に出ていると言ってもよかった。
「そういやぁ唯ってオリジナルで考えようと思わないわけ?」
「いやいつもオリジナルだよ? オリジナルで考えたのが全部何かに似てるからさ、いっそのことそれに似せ直してるだけ。」
およそ一年前、唯がシンエヴァのエンディングを「パクった」ときはエヴァには何の興味もない頃だったし、唯にはそういう天性の能力があるのかもしれない。
「まあ似てる話なんていくらでもあるからな。パクリならなんでも悪いってわけでもないのか……?」
「そそ。そういうこと。」
「人類の集合知は共有財産たるべきだからな。独占資本主義が浸透している現状こそが異常というものだよ。」
*
中学の頃も学年末試験は二月末にやっていたが、それはこのお遊び高校でも同じらしい。土日の休日を挟むスケジュールが組まれているのは意味が分からないが、物事を管理するのが苦手な人間を上から下まで寄せ集めて作ったような学園ならこういう雑な日程しか組めなくてもなのも仕方ないだろう。
「こんな無能な私達でも学校経営できているから君達も将来は立派な仕事ができるに決まっているから何も心配しなくていい」と励ます意図があるのかもしれない。
「ほら。来てやったぞ。早く部屋に案内したまえ。」
「おはよう。試験会場は前回と一緒だからね。五階の――」
玄関前の歩道に立って唯の到着を待ち構えていた点については気持ち悪いとしか言えないが、ブルドッグならあの忌々しく吐き気のするねちっこい声がセットだったので、意識低い系といった雰囲気の人間の声というだけでもまだマシだと評せてしまうのが恐ろしかった。
「はいはい。それじゃもう話しかけなくていいぞ。目障りだ。」
試験会場に着くと、他の生徒たちの様子も半年前から何も変わっていなかった。人は絶望の中でしか成長しないが、ここでは絶望するほど人間と関わり合うこともない。結局一年追放されずに済んだことを鑑みれば、教師が無能でどうしようもないところ以外は割といい環境と言えたかもしれない。
*
いつぞやの三月はコロナのせいで休校となったが、今年はそんなこともなく授業が存在する。退屈なことこの上ない授業だが、日常が壊されないということはそれだけで貴重だった。
「この問題、シオンの代まで続いてるって逆にすごい。」




