27:// 廃墟と出逢いと覚醒と
「――そう。これこそが、遺伝子がゼロから書き換えられるほどに鮮明な覚醒のとき。」
「これは、何よりも自由で、誰よりも不自由な、仄暗い旋律の心象風景――」
白き月の底、夥しい魔女の残骸の眠る地に、新たに一つの骸が加えられた。それはどこまでも重く澱み、歪み、濁りきった色をしていた。
『狂い咲け、神の名を受け継ぎし聖女よ、扇動者を求める人々を従えて――』
ヴォールトに届くほどの骸の玉座。夥しい魔女の残骸の上に一人の魔女が悠然と座していた。その玉座は紅蓮に彩られてこそいたが、そこに座す魔女の背には青い青い翼が他の何色にも染まることなく広げられていて。
魔女はその玉座を下りると純白の巨人の骸を見下ろし、右腕をその中にねじ込むと、骨が軋みを上げ、肉は裂け、その心臓から一振りの赤黒い槍を引き抜いた。そのまま槍を片手でくるくると回し、天を貫くように掲げると、ヴォールトにの中心に投げ上げた。天上はひび割れ、その隙間から多くの街の灯りがこぼれてくる。魔女はその左半身に片翼を広げて星灯りを目指し、空へ空へと飛んでいった。
ヴォールトの外に降り立った魔女は歌う。
「My Lord、私の愛しき人よ――」
「――でも、私だけは、いつまでもあなたと共に。」
*
2782年4月23日。
意識を取り戻すと、体の半分がすっぽりと抜け落ちているかのように空虚で、代わりに暴風のような温かさがその隣に寄り添うように渦巻いていた。それは何よりも激しく荒れ狂う抜き身の剣のようでもあり、同時に全てを包み込む天使の翼のようでもあった。
「こんばんは、唯。」
その身に宿ったものは空から地上を見下ろすような声で語りかけてきた。
「……だれ?」
「私は魔女の一柱。かつて死者の王だった者――つまり、私だ。」
渚は自らの何たるかを語り、唯に自らを受け入れるように説いた。元より同じ存在であれば同じ体に住まうことも何ら不自然ではなかろうと。
「私……?」
唯はまだ自らの身に起きた異変を把握しきっていなかったが、しかし何かが決定的に変わってしまったことは直感で理解をせざるを得なかった。身体の半分が何かまったく別のものになってしまった感覚はあったから。
「う~……なんか体が……」
「ああ、それなら私が借りさせてもらうことにしたよ。食っちまった、と言ったほうがいいかな。」
かくして、昨日まで唯一人のものだったはずの体は、その右と左とで半分に分割統治され、新たな住人渚との共有財産となった。
*
唯は自らに舞い降りた新たな魂に「渚」の名を与え、彼女を自らの生涯の半身として共に生きることを受け入れた。既に渚は唯の中にいるのだから、今さら拒絶したところで手遅れというものだ。
外の世界では年の瀬ということもあり、〈両親〉は共に大掃除に励んでいた。
夏の間に多くの虫がしがみつき、粘ついた蜘蛛の巣に覆われ、ところどころほつれて押し広げられた網戸。泥棒猫が逃げ出さないようにと障子が閉められてから、〈父親〉は網戸を外すと前庭の水道へと持って行ってたわしで洗い流している。どれだけ洗ったところでこの汚らしい村の空気に晒されている限りすぐに汚れるのだから、時間の無駄としか思えない。
〈母親〉はというと、キッチンのラックに並べられたままもう何年も使われていない油まみれのグラスを一つ一つ洗い、換気扇のフィルターを新しいものに張り替え、賞味期限の切れた順に缶詰や調味料を並べ替えている。いくら並び順を変えたところで片付くわけではないはずだが、何事も大切に保存しておく性格をよく表した大掃除への向き合い方だ。
「私たちも何か一緒にやったほうがいいんじゃない?」
二人がリビングでぼんやりとその水音を聞いていると、唯がぽつりと尋ねた。泥棒猫以外の人間がこの部屋にいないというのは少し寒いものだ。
「仮に申し出ても断られるだけだろう。人手が必要ならとっくに呼び出されているはずだからな。」
渚はそう言って唯を諭した。もう二度と、ひとりぼっちになることはないのだからと。
*
二階建て、庭付き、山奥と揃っていれば大掃除が一日で終わるはずもなく、〈両親〉は夕方少し前まで作業を続けていた。唯たちはその間特に何か片付けをするでもなく、ただテーブルの周りに散らばった魔術理論の図式に囲まれながら一年の終わる空気を肌で感じていた。
今年はこの田舎村で暮らし始めてからの人世で一番充実していたと言えるかもしれない。
「……お腹空いた。」
唯はそう呟くと襖を開けてキッチンに向かい、催促がてら〈母親〉の仕事ぶりを見に行った。キッチンは冷蔵庫とラックに挟まれていて通り道が狭く、特に今は掃除のためにどかしていた物たちを元の場所に戻す途中だったようで足の踏み場がほとんどなかった。
「なに? ごはんならもうちょっと待ってなさい。」
「……なんか手伝うことある?」
先ほど渚は必要ないと言ったが、唯は儀式の一環として手伝いを申し出た。
「今ここにいたら邪魔だからあっちで待ってなさい。」
「あっそ。じゃあゲームでもして待ってるわ。」
「……私が手伝おうとしているというのになんて言い草だ。」
〈母親〉は渚の予想通りに唯の申し出を拒み、二人はリビングに戻りながら二者二様の反応をした。
リビングに戻って定位置の座布団に座ると、唯は手を伸ばしてゲーム機をひっつかみ、しばしの休息として画面の中の世界に入り込む。あの程度の拒絶であればこの程度で十分治療できるから。プリヴォルヴァに行けばもっと激しい興奮を得られるはずだが、一人の世界に行きたいというのならこのような古典的ゲームは悪くない選択肢だ。
「ただいまー。」
「ん、かえりー。」
そろそろ空も暗くなってきたということで、庭や窓の外側を掃除していた〈父親〉が玄関を開けて帰ってきた。唯は画面を見つめたまま適当に返事をし、一応の歓迎の意を表しておく。
「唯お前なんも片付けてねえじゃねえか。」
襖を開けてリビングに入ってくるなり、〈父親〉は唯に小石大の説教を投げつけた。障子が閉められていて外からは中の様子が見えなかったが、本当に唯が熱心に部屋の掃除をするとでも思ったのだろうか。
「あ~……ん、はいはい、とりあえずまとめとくわ。」
*
大晦日の夜。普段は夕食となるメニューを昼に食べ、夜は昼と入れ替わりに年越しそばを食べていた。そば自体の味はいつもと変わらないはずだが、その日に食べたというだけで心なしか美味しく感じる。
「それじゃあ、来年もよろしく。」
「ん。よろぴく。」
中身のない雑談をしながら夕食を食べ、食べ終わったらあとは寝るだけだ。
この家の法律では、唯の就寝時間は夜の九時、遅くとも十時と定められていた。
風呂を上がり、パジャマに着替え、〈母親〉の写真撮影会に付き合い、一旦階段横のトイレに入ったあとで蚊帳のファスナーを開けて布団に入る――それが唯にとっての「普通」だった。
とはいえ、年に一日くらいはもっと夜更かしをしてみたくもなるというもの。
「ねーねー、今年は除夜の鐘聞いてもいい?」
パジャマに着替えた後、唯はさりげなく訊いてみた。コーヒーを飲んで寛いでいる状態なら首を縦に振ってくれるかもしれない。
「は? いつまで起きてる気なの? 明日は初詣なんだから早く寝ちゃいなさい。」
しかし現実はそう甘くはなく、〈母親〉は物腰柔らかな口調を装ってきっぱりと却下した。
「私だってもう大人なんだから夜にアニメ見たっていいじゃん。」
「まだ子供でしょ。」
「……この私が子供なわけないだろう。お前よりもよっぽど経験豊富だ。」
唯は夜更かしをしたかったというよりも、自分だけが早く寝なければならないのが不公平で嫌だっただけだが、家長たる〈母親〉が強固に反対していたせいで、それが叶うことはなかった。ましてやアニメ付きともなればなおさらだ。
「じゃあおやすみ。」
この独裁国家において、交渉は自分の立場を悪くするだけ。唯は諦めて襖の方角を向いた。
「まったく、なぜ私が夜に寝なければならないのだ……月は眠ることなどないというのに……」
「しょうがないじゃん。まだ冬休みあるんだし。」
唯が二階の羽毛布団で寝ている間、〈両親〉は一階で寝ているのか、それとも月でアニメを見、ゲームをしているのか。
*
年末年始は多くの学校や企業で休暇とされており、ある程度まとまった時間を取りやすい時期と言える。この期間はプリヴォルヴァにも多くの暇人の魂が集まってくるので、世界で最も苛烈な陣地戦が行われているプリヴォルヴァでは多くのプラットフォームから数多くのアニメが無料で一挙配信されていた。
唯と渚は身体は一つでも魂は二つに分かれており、ゆえにソムニアでは渚は唯のそばにいなかったが、だからと言って縋りつくようなことはせず、それどころか、アニメを見ている間はいなくなっていることにほとんど気が付いてすらいなかった。
幸か不幸か、唯の家族は全員がアニメ好きだったので、休み中はアニメを見て何の仕事もせずに過ごしたいと思うのは当然のこと。ただ、それは家に二台しかない端末を取り合うということでもあって、そんな些細なことから喧嘩をするのは避けたかったからか、日が出ている間は唯が一台使ってよく、日没になったら返却するというルールを制定することで平和を維持していた。
今回唯が暇つぶしのパートナーに選んだのは『進撃の巨人』。巫女みこ天使さまから借りられた原作は二期までで、本来なら完結まで読んでからアニメを見たかったところだが、彼女とはもう一年会っていない。もう二度と会うことも話すこともないだろうと判断していたので、精神的に大きな余裕ができた今のうちに諦めて全話見てしまおうという魂胆だった。
唯のように家庭の事情によって多くのものごとを監視され制限されている者にとって、こうして無料で全話見れるというのは非常に大きな恩恵だった。この文化は守らねばならないだろう。
*
唯がプリヴォルヴァの表層で多くのアニメを浴びている間、渚はそのそばにいなかったが、それは彼女が月に立ち入ることができないということではなく、むしろその真逆だった。疑うことなく信じられる理由が一つでもあれば人間はどこまでも非情になれるが、それは魔女も同じだった。
愛すべき我が身のため。そして、その愛した世界を守り抜くため。
人を殺すには、それだけの理由があれば充分すぎた。
ましてやここはリアルではない。何人殺したとしてもその罪を立証することはできず、それゆえにすでに七十年近く虐殺が続いているような世界で、自らの敵を滅ぼすことに何の躊躇いがあろうか。
*
この村は駅前のごく狭い一角にのみささやかなビルが建っていたが、それ以外の場所は川沿いの平野部がシャッター街、ほんの一分ほど内陸に入った山間部が廃屋と、住人もそこまで多いというわけではなかった。数少ない住人もほとんどが老人ということで、唯が復讐などしなくても数十年もすれば勝手に廃村となっていただろう。
元旦に初詣に行くなど、月の彼方では人混みに押しつぶされに行くようなもの。しかしこの村では過疎化が進行しているためか、少なくとも混雑状況については何も気にすることなく参拝することができた。気がかりな点があるとすれば、こんな辺境の神に霊力が残っているのかということくらいだ。
「じゃあ行こっか。」
「うい。」
コートを着込んで玄関に集合し、〈母親〉が鍵をかけると一行は山を下りはじめた。
「神様ねぇ。西日本の土着神が異民族を救済するとは思えないが。」
渚の不満を聞きながら、唯は〈両親〉の一、二歩後ろを歩いていた。誰かの後ろを歩くことを嫌う人間は一定数いるが、唯も渚も、人の背後を追うことを差別だとは思っていなかった。唯は何も考えずに誰かの後ろを歩けばいいだけのほうが好きだったし、渚はいつでも背後から奇襲ができるほうを好んだ。
狭い車道の端を歩いてしばらくすると、御神木が名物となっている最寄りの神社に辿り着いた。本当に神を信じていたかは分からないが、唯はきちんと伝統に則って礼拝手順を踏み、〈母親〉に支給された五円玉を賽銭箱に投げ入れた。
(人生何もかも上手くいきますように。)
(この子の願いを余すことなく叶えろ。)
参拝が終わると横に広がっているお守りやおみくじの屋台へと足が向かう。
「唯は何か欲しいお守りとかある?」
「……特にないかなぁ。代わりに選んでいいよ。」
「こんなお飾りと違って私には本物が付いているからな。」
唯が今年のお守りを決めかねていると、渚が得意気に話しかけてきた。
「じゃあ唯のはこれね。」
〈母親〉が選んだのは何の変哲もない、おそらくは学生向けであろうお守り。魔術の研究が順調に進みますようにという意味ではないだろうから、きちんと卒業できますようにという意味だろう。
「ん、わかった。」
唯が思考停止で了承すると、すぐに会計が済まされた。結局〈父親〉には交通安全、自分には無病息災を選んだらしく、唯にはその全てが買い与えられた。渚のぶんはなかったが、彼女は物質的には唯の一部でもあるし、そもそも神の加護など必要としなかっただろう。
*
家に帰ってお守りのセットを受け取ると、唯はさっそくぬいぐるみの中にしまっておいた。
本来は通学用のリュックにでもつけておくべきなのかもしれないが、神の力が宿ったものであれば七分の一付喪神になった白猫に入れておいた方が効果を発揮するはずだ。
「それで、唯は何か目標とかあるの?」
「なんて?」
確かに、一年のはじめに目標を立てるのは重要だ。いくら魔術師になって渚を呼び覚ましたところで、それだけで復讐が果たされるわけではない。しかし、当面の目標であった「神になる」というものについては事実上達成してしまった。一言でいえば燃え尽きてしまったのだ。
「んー……なんかあるかな……?」
「次の四月から二年でしょ。そろそろ進路とか考えてもいいんじゃない?」
進路。唯に与えられた、たった一つの可能性。それは魔術師になったときに未来を覗き見たことではっきりと決まっていた。
「私の進路など決まっているだろう。ただ自由に、好きなことだけをして暮らしていればいいのだ。私の使命、全世界の完全なる自由化のための最終戦争は私が執行する。」
唯が口を開くよりも先に、渚がその使命を代弁した。それは果てしない闘争へ突き進む修羅の道ではあったが、二人に残された道はもうこれだけだった。
「は? 何言ってんの? もっと普通の言葉で言いなさいよ。」
この声を聞いたのは久しぶりだ。〈母親〉の機嫌が悪い時の、キレる二歩手前の声をしていた。
*
新年早々こんな表情を見なければならないとは縁起が悪い。仮にこの顔が夢に出てきたとしたら、一富士二鷹三茄子とは真逆の凶兆だろう。
「えっと……なんていうか、まずはクリエイターになってみよっかなって。」
魔女である渚の言葉は〈母親〉には理解できなかったようなので、同じ人間である唯が彼女の言葉を可能な限り平和的に意訳して伝えることにした。
「クリエイター?」
「そうそう。アニメ見るのとかゲームするのは好きだし、その原作? みたいなの書いてみたいなって。」
言葉の裏に隠された真意はともかく、唯の言葉を直接的に解釈すれば特に問題はない、ごく一般的な夢だと言えるだろう。しかし、
「……唯なんてただでさえ不安定なのに、もっと安定した仕事にしようとは思わないの? そんな上手くいくかどうかも分からないようなのは――」
「――人が未来を予測できないのはどの仕事でも同じだ。通常の労働者もいつ職を失うか分からないという意味ではリスクがあるだろう。」
「全然違うでしょ! いい? あんな仕事、本当に才能のある一部の人しか稼げないのよ? そのほんの一握りになれるの?」
沈黙。まだななんの結果も出せていない以上、これ以上説得しようと試みたところで平行線を辿ることは分かりきっていた。渚は正面から反論こそしなかったが、密かに〈母親〉に呪いをかけていた。
「私の道を邪魔するというのならば――全て消してやる。」
*
一月二日。家のポストに年賀状の束が届けられた。唯は寒いのは嫌なので外に出たりはせず、代わりに〈父親〉がその束を取ってきた。届けられた年賀状は〈母親〉に渡され、その内容を精査していると、
「はい唯。天使さまから今年も来てるよ。」
一枚のはがきを抜き取って横に置いた。
「んにゅ? どれどれ? 見せて見せて~。」
巫女みこ天使さまからのものとあれば無視するわけにもいかない。唯はのそりと起き上がると、端を折ったりしないように細心の注意を払いながら自分の手元に引き寄せた。
『明けましておめでとう!
元気にしてる?
旧年はなかなか会えなかったけど、今年は会えたらなと思ってます。
また話そうね!』
そう書かれた年賀状には、幻想的な雰囲気の少女の絵が描かれていた。髪色が緑なのは去年と同じだが、今回は衣装が巫女服になっていて、巫女みこ天使さまと非常によく似合っている。
巫女服といっても神社にいるようなものではなく独自のアレンジが加えられていた。例えば袖は右側は一般的な和服と同じでひらひらと、端の部分が赤いリボンのようなもので縫われていて、左袖は洋服のようにタイトに、手首のところが絞られていた。
帯の代わりには朱色のコルセットを着けていて、右の袖のと同じ色のリボンで締められているようだ。
下半身は一部背景と同化しているので構造がよく分からないが、くすんだピンク色の布を何枚も腰に巻いたようなデザインで、チベット高原の民族衣装を思わせる模様の装飾までついている。
巫女服といえば白と緋色の組み合わせが一般的だが、ここではピンクがかったごく薄い紫とくすんだピンクから紅といった色合いになっていて、背景の青みがかったグラデーションも相まって深海を彷彿とさせる。
「わぉ。相変わらず絵上手いね……」
「ほんと。唯もこれくらい書ければいいのにね。」
*
「……一枚余りある?」
年賀状をもらったなら、当然返さなければならない。そう考えた唯は年賀状が余っていないかを〈母親〉に訊いてみた。
「じいじとばあばに書いた分の残り使えばいいんじゃない?」
「そっか。ならよかった。」
もしも一枚も余りがなければ新たに買ってくる必要があるが、当然唯が郵便局に行って買ってくることを〈母親〉が許すはずがない。人に何かを頼むことに本能レベルで強い抵抗を示す唯には何かを買ってくるような頼み事はできないので、危うく巫女みこ天使さまを無視するところだった。
「年賀状っていうなら早く書いちゃいなさい。寒中見舞いになっちゃう前に。」
両者の違いが何かはよく分からないが、早い方がいいのは確かだろう。こういうものは先延ばしにすればするほど気まずくなって結局出さなくなるものだから。
唯は〈母親〉から一枚の年賀状をもらい、
「え……これに書くの……?」
すぐさま書く気を失くしていった。〈母親〉から渡されたのは、はがきの大部分に西日本を象徴するイラストが描かれていて、はっきり言えばとてつもなくカッコ悪い。西日本人の巫女みこ天使さまに出すに適したデザインではないし、向こうから美麗なイラストを贈られているのでさらに気が進まない。
「別に向こうが勝手に送ってきただけなのだから、無理して返す必要はないだろう?」
「……でも来年も見てみたいじゃん。」
正直に言えば、センスのない人間だと思われるのは避けたい。別に巫女みこ天使さまは西日本人だし、これ以上仲良くする意味もないかもしれないが、せっかく仲良くなれたものを簡単に手放せるほど勇敢でもなかった。
「……書くも書かないも私の自由だ。好きにすればいいだろう。」
耳元で渚の声が響く。その言葉にはどこか言いようのない、極彩色の空気を震わせるような音色をしていた。
*
「渚。なんて書けばいい……?」
「……そうだな。思ったことを書けばいいだろう。」
上半分が感想に困るイラストで埋められていて、かといってそれを補って余りあるほどの感動的なメッセージを思いつくわけもなく、唯は頭を抱えていた。
何を書いたとしても、巫女みこ天使さまに手抜きだと思われるのは間違いない。返事を書かなければ倫理的に問題のある人間として評価を落とし、間に合わせで書けばセンスのない人間としてやはり評価を落とすだろう。去年もらったときは直接渡されたので住所は知られていないと思いこんでいたからこそ、巫女みこ天使さまから年賀状が来る可能性を全く考慮していなかったのだ。
「まあとりあえず書かないよりは書いたほうがいいよね……」
「ああ、それでいいと思うぞ。向こうから送ってきたくらいだ。どんな内容であれ返事が来たこと自体に喜ぶのではないのかね?」
唯はいかにも嫌々といった様子でペンを取ると、その態度に反してできるだけ丁寧に書き始めた。せめて形だけは綺麗にしておきたかったのだろう。
「……明けましておめでとう、覚えててくれてありがとう! 今年は会えたらいいね。」
なんて中身のないはがきだろうか。
「あ~あ、始まっちゃった。」
「終末時計の針回したのは私たちもだけどね……」




