25:// 灰色の果実
「きっと、私たちはこうなる運命だった。」
「多くの人を殺して、破滅させて、そして最後は自分も飲み込まれて。」
「それでも、私たちは蘇った。」
「蘇って、さらに多くの人を食い尽くしてきた。」
一年の終わりが近づいていた。
山々の緑は枯れ果て、泥棒猫の毛はすっかり柔らかく生え変わり、空気は刺すように鋭くなる。唯も学校に行くときはネクタイの代わりにマフラーを巻くようになって、家の中には白い幽霊のような息が漂うようになった。
「そろそろ冬休みだけど、ちゃんとレポート終わってるの?」
「あ~、なんかそんなものもあったねぇ。」
勉強、特に提出物に関することで〈母親〉から声をかけられたのは久しぶりな気がする。いつもならもっと重く降りかかる説教でも、膝の上に泥棒猫を載せているためかその毛並みのような声質になっていて、特別危機感を感じるものではなくなっていた。
「そんなの九月の時点で出しちゃってるよ。」
「そう? 本当にちゃんとやった?」
白紙で提出したら流石に再提出になるらしいので、二度手間を嫌う唯はきちんと全ての空欄を埋めてから提出していた。それでも一週間しかかからないのだから、卒業資格を買うだけが目的ならそこまで悪くないかもしれない。もう半年以上経っていて、かなり傍若無人に振る舞っているにもかかわらず月が巡る気配もないので、このまま日常が続けば問題なく卒業できるだろう。
(あとはこっちさえ何とかできればいいんだけどな……)
レポートは簡単だったが、唯には魔術の研究、自分自身を神話化する物語を作り上げるという課題が残されていた。先生との契約期間は高校卒業までだから、できればあと二年で完成させてしまいたい。
*
音楽は自然科学としての側面が非常に強く、しばしば芸術ではなく物理学として研究される。音波が空気の振動であり科学的に説明可能な現象であることは、長らく不登校を続けている唯でも知っていることだった。
「やっぱり機械的に作った方が楽だと思わない?」
「小説をか?」
センスのなさを補うための方策として誰かの書いたものをそのまま引用するという方法があるが、唯のように、キャラクターやストーリーが既に決まっている場合は効果が薄い。引用元の作品に適した文体がそのまま唯の人生を描く上で最適である保証はないし、ましてやその目利きができるほど読書歴があるわけでもなかった。
「ほら、この前言った神曲だって型にはめて作ったみたいにきちっとしてるでしょ。私たちの嫌いななろう系だってキャラ・ストーリー・世界観って一段抽象化すれば全部一緒だしさ、文章を書く上で厳密な順番があれば私だって書けるはずなんだよ。」
「ストーリーのテンプレは聞いたことあるけど文法のテンプレってあんま聞かないけどな。特に日本語なんて語順バラバラでも結構通じるしそんなのあるか?」
「あるでしょ。ていうかないと困る。」
唯に選ばれたのは音楽ではなく文学ではあったが、物語の構造を解析して創作における「正解」を導き出そうとする点においては非常に近い点があったと言える。ただ、現時点において、文学という領域は音楽ほど科学の言葉で説明されてはおらず、未だに感覚と経験則によるものが重視されていた世界でもあった。
*
唯の求めていたものは一般的に物語論、特に物語言説と呼ばれるもので、その歴史はアリストテレスにまで遡ることのできる歴史ある学問だった。もっとも、現代では主に二十世紀以降の西洋における運動を指す語であるため比較的新しいという見方もできる。
物語論と言ってまず思い浮かぶのはジュネットの理論だろう。しかし、ぱっと見が明らかに面白くなかったからか、唯がそれに触れることはほとんどなく、代わりに熱心に研究されたのはフィールドの理論だった。
三幕構成として知られるその理論も、元々はアリストテレスの詩学に起源を持つ。それがハリウッド映画の脚本理論から体系化されたものが現在の形の三幕構成というわけだ。
アメリカ式の文化は唯の文明観と真っ向から対立するものではあったが、自らの半生を神話化し、現実の将来すらも予測するためのものとして唯はこれを採用した。ハリウッドにはユダヤ資本が多く入っていて陰謀論なども多く存在するので、カバラに憑りつかれた唯が引き寄せられたのも何かの縁もしくは運命なのかもしれない。
(ふん。私の人生なんて生まれてこの方落ちっぱなしだよこん畜生め……!)
フィールドによれば、物語において大きく主人公が急降下する部分として第二幕後半、物語における半分から四分の三の地点を指定していた。この理論に基づくのなら、唯の人生は一年前の事件の時点でちょうどミッドポイント、半分が経過したことになる。
普通ならば自分の人生があと十四年しかないのかと嘆いたかもしれないが、唯の場合は嘆きのベクトルが若干ずれていた。
唯は小学生の頃にこの田舎に引っ越すことを強要されてからというもの、その人生はずっと下り坂なのだ。もしもその頃から第二幕後半が始まっていたとすれば、とっくにターニングポイントを迎えてクライマックスを終え、エンディングを迎えているはずだ。
自分はいったいあと何年この地獄のような第二幕を生きればいいのだろうか、いつになれば転機が訪れるのだろうか――それが唯の嘆き方だった。
*
「三幕構成?」
「そうそう。脚本の理論らしいんだけどね。まあ小説とか物語全般にも応用できるらしいし。」
魔術の研究に寄与する類の知識かどうかはさておいて、唯は自分が得た知識はとりあえず全て先生に伝えておくことにしていた。唯の理屈によれば人間の思考は持っている知識に大いに影響されるので、自分に近しい思考を持つ人間になるように無意識に働きかけていたのかもしれない。
「ふうん。あれか? ほら、四コマ漫画の起承転結みたいな。」
「まあ近いものではあるんじゃない? 私が調べた資料では別物って書いてあったけど。」
現代の映画脚本の理論と古代中国の漢詩の理論が全く同じであるわけがない。しかし、第二幕を前半と後半に分割し、それぞれ「承」と「転」を当てはめれば、おおよその対応関係は作れるだろう。古今東西に似たような理論が提唱されていることは、それが人類にとって普遍的な物語の理論である可能性が高いということでもある。
「それで? どうせただ勉強しただけじゃないんだろ?」
「いや? 今回は普通だよ? まあ人生を占うのにちょっと役立つかなーってくらいは思ったけど。」
「意外だな。」
先生は本当に意外そうな表情をした。
「てっきりまた変なこじつけ考えてきたものかと思ったんだけど。いやまあ占いのために脚本勉強するのは十分変っちゃ変か……」
確かに、物事を理解するためにあらゆるものをセフィロトに結び付けるのは一般人としては異常に見えたとしても、唯のように魔術を研究するものとしてはごく普通のことであり、むしろ基本的な発想と言える。
「じゃあちょっと今から考えてみるわ。」
「頑張りな。俺は見とくから。」
唯は落書き帳とにらめっこをしながら思考を巡らせていった。何の成果も得られないことが多い時間をこの洋館で過ごすのはあまり気は進まなかったが、まだ研究を始めたばかりのことで喋れることがあまりなかったので仕方ない。
*
1782年4月23日。
その日、何が起きたのかは分からない。昨日までと同じ、いつになったらたどり着くのかも分からない荒野を延々と歩き続ける、そんな何の変哲もない冬の一幕だったはず。それなのに、今までに見てきたものの全てが一つの点に繋がっているような、これまでの人生が全てこの日のために仕組まれたものであるような気がした。
世の中の多くの努力は直線的に成長を続けるのではなく、階段状になっているという。
例えばRPGをやっている時、敵を一体倒すごとにステータスが上がるのではなく、何十体もの敵を倒して経験値をため、それが一定値に達した際にレベルが上がってようやくステータスが上昇する。まさにファンタジーな物理法則だが、案外現実も似たようなものだということだろう。
特に何かしらひらめきを得るような特別な行為をしたわけでもないし、何か新しい知識を得たことでパズルのピースが揃ったというのも少し違う。ただ、急に空へと引き上げられたような感覚。唯はそこで「神」に並ぶとも劣らぬ域に達し、世界の理とその行く末を垣間見た。
過去をねじ曲げ、未来をも見通す力――それこそが、唯の求めていた神の権能だった。
この場所で多くを知ることは唯の存在をかき回し、そこにあったはずの魂の色を混沌に塗り潰し、遺伝子すらも書き換えてしまう。唯はそれを感じつつ、しかしその場から離れようとはしなかった。今ここを離れてしまったら、再びこの領域に辿り着ける保証はどこにもない。
――自らの未来をなげうってでも、世界の全てを覗き見ようというのか?
頭の中に声が響いてきた。
――望む未来へと続く道を照らすために、その全ての扉を閉ざすのか?
それは神の聲か、それとも自分の中にある恐怖心が告げる忠告か。しかし、ここは絶望の果てにようやくたどり着いた境地でもある。これが与えられた未来だというのなら、ゼロだった可能性が一になるというのなら、選択肢など最初からありはしない。
「私の未来? そんなもの、とうの昔に失われて今やどこにもありはしない。それが神座の代価などとは片腹痛い。いいだろう、その契約を交わそうではないか。さあ、この私を地獄の底に落として見せよ!」
*
「やっぱ私って天才だったわ。」
冬休みに入ってから最初の中間報告会議で、唯はそう言ってから話を始めた。今までも自らを称賛する言葉から一週間の総括を語りだしたことはあるが、今回はその自信のほどがこれまでの比ではなかった。
「まあ唯が天才なのはいつものことじゃん。」
先生は軽く受け流すような口調で返事をした。いつもは軽薄なツッコミが返ってきたし、唯もそれを前提にした次のセリフを考えていたのだが、まさか肯定してくるとは思っていなかった。もちろん、あまり真面目には聞いておらず、ただ唯の話に合わせて適当な返事をしているだけなのかもしれないが。
「いやいやそういうレベルじゃないんだって。まあ話聞けば分かるよ。」
「ほら、この前物語を機械的に作れないかどうかって話したでしょ。」
唯はさっそく自らを魔術師たらしめた成果を話し出した。まだ一ヶ月も経っていないことなのにもう解決策を持ってこれるなんて、自分でも思っていなかったことだ。
「言ってたな。AIでも使う気になったか?」
「ん~、使う気になったっていうより、使えるようになったって感じ?」
「今までAI使わないと書けないのは無能の証拠だとか言ってたのにえらい変わりようだな。」
「まあなんていうか、その無能でも物語を作れるようになったっていうか……じゃじゃ~ん!」
唯は今までと同じセフィロトの図が大きく描かれた紙を机に広げた。今までは十の円にそれぞれケテル、王国、知識などと書かれていたが、今回のものは一味違う。
今回のものは創作に関する理論をセフィロト型に纏めたものであったので、ヘブライ語の代わりにキャラ設定や世界観の作り方が書かれていた。
「なんか今までとはずいぶん毛色が違うな。これは何の樹だ?」
「これを使えば誰でもゼロから物語を完成まで持っていけるってわけ。名前が欲しいなら創造主の樹にでもしとこっかな。」
唯はシャーペンを取り出すと、紙の左上端に「Tree of the Creator」と書いて完成とした。
「だからこれ使えば先生も小説家になれるんだよ。よかったね夢叶って。ほらほら、もっと私に感謝してもいいんだよ? したまえ!」
「いや俺もうそんなことしてる暇ないから。」
*
神の領域に辿り着いて得た知識で真っ先に作ったものがこの新型のセフィロト、クリエイター専用の生命の樹だった。一番の特徴としては、物語を作る上での実践的な面というよりもその心構えのようなものが重視されていたことだろう。
「ここにあなたの経験を入力って何だよ。」
「そのまんまの意味だよ。ここは誰かの経験が置かれる領域ってこと。いつものセフィロトは生成ツールなんだからそこに入れるデータは必要でしょ。」
創造の樹と称されたそのセフィロトには、大まかに次のような内容が書かれていた。
アインソフ:(ここにあなたの経験を入力)
ケテル:あなたの物語の目的と手段を設定
コクマー:あなたの人生に大きな影響を与えた人物をリストアップ
ビナー:あなたの人生に大きな影響を与えた出来事をリストアップ
ダアト:創作活動に必要な文献を入手
ケセド:あなたが登場させたいキャラクターを設定
ゲブラー:あなたがキャラクターに体験させたい出来事を設定
ティファレト:あなたの物語の舞台を設定
ネツァク:舞台設定の一部としてのみ登場するキャラクターを設定
ホド:舞台設定の一部としてのみ登場する出来事を設定
イェソド:舞台設定同士の矛盾点を修正
マルクト:物語を生成する際のスタイルを設定
(マルクトの下部):(ここに完成した物語を出力)
「それで? これはどうやって使うものなんだ? そんだけ自信があるんだからただ思いついただけじゃないんだろ?」
「ふふん。それならこの私が懇切丁寧に解説してやろう。あ、でも本当にそこに書いてある通りだからあんまり話すことないかも。魔術師の私にかかれば綺麗にセフィロトの枠組みにぎゅっと詰め込むことくらい朝飯前ってね。」
とはいえ、これを作ってから一日と経っていないのも事実なので、唯は一枚の白紙を取り出し、思考の整理がてら先生に解説をすることにした。物を教えるというのは気分がいい。落ちこぼれの人間たちが自尊心を回復させるために教師や福祉士を目指すのも納得だ。
*
「じゃあまずはケテルの上ね。」
「よろしく。」
「ここは本当に書いた通りで、そのまま自分が経験したことって感じ。私で実際にやってみると……『去年の七月、中学を追放された』かな。」
「なるほどな。で? これを入力したらこのセフィロトは何してくれるんだ?」
「この一言だけで動くわけないでしょ。次にケテル部分に物語を作る目的を入れないと。」
「じゃあここには『神になって復讐する』って書くのか?」
「普通はそれでいいんじゃない? でもこれはクリエイター用だからストーリー的な目的、エンディングを書いたほうがいいかな。まあ私の場合は先生が言ったのと一緒だけど。」
「じゃあ次は何を入れればいいんだ? どうせこのセフィラ全部になんか代入しないと機能しないってことだろ。」
「よく分かってんじゃん。流石私と同じくらい天才なだけはあるね。」
「半年以上似たような話ずっと聞かされてるからな。」
「じゃあ次の二つね。ここは簡単に言えばメインキャラとターニングポイントを決めるって感じかな? 主人公とラスボスみたいなスタッフロールの上の方にいるキャラと、自分の人生で絶対に欠かせないエピソードって感じ。ここは自分のことを正直に書けばいいから簡単だね。」
「じゃあここまでの三つを代入するために最初の経験がいるってことか。」
「そゆこと~。」
唯はマシンガンのように魔術理論と称した創作論を語り、先生は持ち前の才能ですぐにその意図を理解していった。
「じゃあ最後のマルクトにあるのはどういう意味なんだ? ここだけ雰囲気が違くないか?」
「あーこれね。これは言ってみれば表面的な部分っていうか、例えば小説だったら文章とかに関する話だね。私の理論は物語の内面、精神性を作るためのものだから物質界のことは管轄外ってことよ。」
「それお前が一番機械でどうにかしようとしてたとこじゃねえか。」
「こまけえことはいいんだよ。まあここまで綺麗に作ってたら自然と書けるでしょ。」
先生の言う通り、最後のセフィラだけは言及が少なく曖昧だったが、歴史上の思想家たちもその中核となる部分がすっぽりと抜け落ちていることも多かったことを考えると、神の領域で得た知識というものも完全ではないのかもしれない。
*
ゾーハルではセフィロトの他にもクリフォトという概念が考え出され、世界には善悪二つの樹が存在するとされた。元々生命の樹だったものが勝手に下に伸びていったのはひどく不自然なことにも思えるが、そもそもエデンの園には生命の樹だけでなく善悪の知識の樹が存在したことを考えれば、世界には対応する二つの樹が存在すると解釈するのはごく自然な発想と言える。
「で? これで誰でも物語を作れるようになったはずだけど、どうかな?」
「まあメンタリティ的な部分はそうなのかな? でも全員がって言うなら、唯が前言ってたみたいにもっと機械的に作れる理論はあったほうがいいんじゃねえか?」
「まあそうなるよね……ちょっと思いついただけで書き出したら絶対途中で失踪するもんね。」
「じゃあ次はそれを作っていく感じか? それとも本家の魔術研究に戻るのか?」
「ふん。この私が何も考えてないわけないだろう? ちゃんと考えてるって。なんせ私はもう魔術師になってんだからね。これくらいはすぐに作れて当然よ。」
*
なろう系でおなじみ、神様からもらったチートな能力を唯は嫌っていた。圧倒的な力を与えて憎き第一征服者への復讐を叶えさせてくれるような神様が自分の前には現れてくれなかったし、唯はこの世界もラノベと同じくフィクションの中だと思っていたので、その世界観の中で考えれば無理からぬことではあったかもしれない。
しかし、今の唯が手に入れた力は、直接的な実益がないという点を除けばまさに神より授かった力そのものだった。
「はいこれ。正直清書する時間なかったからちょっと読みにくいかもだけど、まあそこは天才らしくきっちり解読しておくれ。」
唯はほとんどメモ書きのままのセフィロトを手渡した。書かれていた内容を一言で言うと、三幕構成を強引にセフィロトの図式に落とし込んだもの。ケテルにセットアップを置き、マルクトにクライマックスを置くような形で、一つ前の創造の樹と比べれば多少のこじつけ感はあるものの、元々の理論がよくできていたからかさほどの破綻は見られなかった。
「でも三幕構成って一:二:一の比率だって言ってなかった? これどう見てもズレてんだろ。」
「ああそれね、なんか二十世紀末からルール変わったらしくて三:六:一になったんだってさ。まあアツィルト、ブリアーとイェツィラー、アッシャーの比率に合わせて変わったってことでしょ。やっぱカバラは世界の全てを象徴的に表現できるってことよね。」
例えば、かつて冥王星は太陽系惑星の一つだったが、二〇〇六年に準惑星へと区分された。これはカバラにおいて冥王星に対応するとされるダアトが別次元の存在であるとされていることを反映させたものとされているが、それと似たような現象だったのだろう。
*
「そういえばさ、さっきから唯が言ってる魔術師って何のことなんだ?」
「え? これ? 私の位階だよ位階。」
唯は神になることを目指していたはずだったが、実際に唯が手に入れた位階は魔術師だった。手に入れたとはいうものの、勝手に自分で自分に与えたのだから、その地位を誰かが保証しているわけでもない。ただ、魔術師の地位を自分自身に付与するというのは唯の魔術の師といえるクロウリーもやっていたことで、その風習を受け継いだだけと言えるかもしれない。
「ああ、貴族の正一位とかそういうやつか。」
「ちょっと違うような気もするけどまあそんな感じなのかな? イプシシマス使ってないだけ謙虚でしょ。」
残念ながら、たった一つの創作理論だけで第二位の位階を与えることの何が謙虚なのかというツッコミは返ってこなかった。先生にはG.D.やA∴A∴の位階制度は説明したような気もするが、何にでもツッコミを期待するのはよくないだろう。
*
魔術師となった唯はクリエイターとしての理論を構築するのにその権能の大半を使ったが、あの時空間で唯が得たものはそれだけではなく、その思想的な面までも大きく変化していた。特に世界に対する見方が大きく変わっていたので、本当に遺伝子がゼロから書き換わってしまったのかもしれない。
「あとはエヴァ絡みのことなんだけど。」
「なんか分かったのか?」
「うん。人類は使徒に滅ぼされるか、使徒を滅ぼして生命の実を奪い取って神の子として新生するかの二択しか残されていない――ここまではいいよね?」
「それが人類補完計画だからな。本来の。」
「ここでの生命の実っていうのはS2機関とかA.T.フィールドとか、要は現状を維持するための力。知恵の実はそれに抵抗する力のことってのは分かるでしょ?」
「……この辺からオリジナルになってんな。」
「つまり、使徒っていうのは体制派とか多数派のことで、人類は抑圧されてる少数派とか革命軍とか、そういう反体制派の象徴ってわけ。」
「ああ、前リビドーがどうこう言ってたやつか。」
「じゃあここで問題。人類は使徒に滅ぼされるか、使徒を滅ぼして生命の実を奪い取って神の子として新生するかの二択しか残されていないってのを翻訳してみるとどうなるでしょーか?」
「してみると?」
「少数派は何も行動せずに体制側の弾圧で絶滅させられるか、現体制側の人間を絶滅させて政権を乗っ取って新しい体制派になるしかないってこと。つまり、エヴァで描かれてた戦闘シーンっていうのは人間同士の権力闘争、階級闘争の縮図だったってことだね。」
よって、と唯はまるで簡単な証明問題を解くような口調で自らの支配の正当性を説き、SEELEを接収して新たなその頭首となる計画を語りだした。
「アニメの組織をどうやって接収すんだよ。」
*
次の日には、唯は今までのように憎しみで覆われた魂を持たず、より洗練されたものを持つようになっていた。第一征服者への復讐以外の感情を抱くようになった唯を今までの唯と同一の存在と見なしていいのか、それはまだ分からない。明らかに昨日触れた「何か」によって全く別の存在へと書き換えられてしまったとして、それは唯と呼んでもいいのだろうか。その一番奥深くに合った色さえも塗り替わってしまったのか、それとも表面に新しい色が塗られただけなのだろうか。
いずれにせよ、唯という存在はこれまでとは大きく魂の形を変えていて、きっと、今までの姿に戻ることはもうないのだろう。
「こうして一人の死者は魔術師となり、報復戦争の基盤を作りましたとさ。」
「めでたしめでたし。」
「とはいえ、魔女性を開花させたのはフラン以降であるのには変わらないでしょう。」
「なら次は私の番だね――本物の魔女を見せてあげる。」




