16:// て~ぶる☆げ~むす
「皆にとってはこれも大事な思い出だと思う。」
「思い出って鉄鎖だよね。」
「あと運命ね。」
多くのものを失って、ほんの少しの居場所を手に入れて、また失って。
季節は少しずつ回っていき、やがて過ごしやすい空は地平線の向こうに落ちていって、代わりに雪の降らない寒さが山の尾根から顔を覗かせ始めていた。
「おはよう、唯。」
「んー。」
寝ぼけ眼のまま、まだよく回らない舌を動かしてリビングの先客に返事を返す。
カレンダーと肌に当たる空気を見ると、そろそろ猫たんぽが欲しくなってくる時期だ。唯はきょろきょろと周囲を見回すと、片方はすでに〈母親〉に捕獲されていたが、もう片方はまだ使われていないようだった。
「ごぉまぁにゃぁ~、ここおいでー。」
沈黙。寄ってくるとは端から思っていなかったが、何か一言くらいメッセージを返してくれてもいいのに。唯は仕方なく立ち上がって、リビングの隅をひっくり返してもう一台の猫たんぽを探し始めた。
……ががががっ。がちゃんがちゃんがちゃん!
「そこかっ!」
二階にいても十分に聞こえるだろう音を立てて、目当ての泥棒猫がケージの中に逃げ込んだ。唯は自分も猫の仲間入りをしてケージの中に入り込み、ハンモックから引きずり出して抱き寄せた。
「よし。あったかい。」
「ちょっと、押さえつけたら可哀想でしょ。」
テーブルの方から〈母親〉の声が聞こえる。自分はいつも泥棒猫を餌で釣っているくせに。
(……お前らはいいよなぁ。この家を追い出されたりしないんだからさあ。)
*
唯が洋館に足しげく通うようになってから一ヶ月が経とうとしていた。
一ヶ月。
約三十日。
経験則という名の予言によれば、そろそろこの先生も唯のことを悪と断ずるようになって、言いがかりをつけてこの洋館から叩きだすに違いない。ここの居心地は悪くなかったから少し残念だ。
そんなことを考えながら今日も灰色のソファにふんぞり返って、立体四目並べをしながら最近身の回りで起きたことなどについて話し合っていた。喋り続けることで相手の集中力を削ぐという作戦なのかもしれない。
「それでいっつも勉強しろ勉強しろってうっさくってさぁ。嫌ンなっちゃうよね。」
「いうて親ってそういうもんじゃないか?」
「でも〈父親〉は何も言ってこないけど。」
会話一つにつき一手。数珠玉のような白黒の石が木製の棒に突き刺さっていく。お互いが向かい合う形でソファに座っているので、一手ごとに大きく前かがみになるか、台座ごと自分の手元に持ってこなければいけないというのが少し面倒くさい。しかし、一ゲームはすぐに終わる上、前回のオセロと比べれば引き分け率が上がっていた。ただ、それは唯の技量が上がったわけでも何でもなく、複雑に入り組んでいるせいで石が四つ並んでいることにお互い気がつかなかったから。コンピューターが判定をしていたら引き分けにならなかったかもしれない。
かちかちと木の球の音が一時間ほど響き、やがて帰る時間になった。
「お、そろそろ時間か。」
「まだ勝ってないのに……」
そう言いつつ大人しく帰り支度を始め、送迎用の白い車に乗り込んで家に帰る。家の近くの駐車場に停まってドアの鍵が開くと、唯はふと思い出したように一言付け加えた。
「あ、そうだ。今日でだいたい一ヶ月だけど。どう? ちゃんと私のこと嫌いになったかな?」
「ん? ……ああ、なんかそんなことも言ってたな。残念だったな、予言外れて。」
「……いや別に。じゃあ今んとこは及第点ってことにしといてあげる。」
唯は先生の返事を待たずに車のドアを開け、山を駆け下りて家に向かった。珍しいこともあるものだが、頻度によっては一ヶ月以上発症しない場合もあるのかもしれない、と結論付けておいた。少なくとも、もう何回かはあの応接室で遊んでいられるということだろう。
*
現実世界の娯楽が充実していればいるほど、わざわざソムニアに潜って何かをする必要はなくなっていく。唯の場合は向こう側で会うべき友人などもいなかったのでなおさらで、ただ時間を潰すだけが目的なら、今一番楽しいのは洋館の応接室で先生とボードゲームに興じている時だった。
「今日は何しよっかな~。」
「なんでもいいぜ。」
唯はボードゲームの置かれているラックを漁っているうち、見覚えのあるものを見つけた。
モノポリー。独占資本主義の化身のようなボードゲーム。
子供の頃、数回だけ家族でやったことがある。平気でイカサマをしたり機嫌を壊さないために勝ちを譲ったりする人しかいなかったせいでいつしか押し入れの奥にしまわれてすっかり忘れていたが、先生とならいい勝負ができるかもしれない。
「じゃあこれ。」
「あいよ。テーブルどかすか。」
先生がテーブルをどかしてスペースを空けると、胡坐をかいて盤面を整備し始める。一方、唯は相変わらずソファの上、ごろりとうつぶせに寝転がると腕を伸ばしてサイコロを取った。
「じゃあ始めよっか。いつもみたいに雑談あり特殊ルールなしでいいよね。」
「おう。そのナマケモノみたいな姿勢辛くないか?」
ルール確認が終わったところでゲームスタート。しかしナマケモノとは失礼なやつだ。柔らかくて冷たくない環境にいたいのは人類共通だろうに。
「んにゃ別に。へーきへーき。」
サイコロを振って、そのぶんだけ駒を動かしていく。ソファからだと盤面の半分には手が届かないが、そこは先生が動かしてくれるので本当に楽ちんだ。
*
最初の一ヶ月を無事に乗り越えたということで、先生は今までよりも少しだけ唯の信用を勝ち取っていた。もっとも、唯は最初から「信用しているつもり」で接していたので、表面的な態度や振る舞いは変わっていない。
しかし、唯の口から漏れ出てくる話題が少しだけ変わりつつあった。今までは当たり障りのないゲームの話題で空間を埋め尽くすようにしていたが、その中に少しずつ、唯自身の物語が混ざり始めていた。
「――ね? 許せないっしょ? ほらさっさと金払え。」
「チッ、またかよ。」
うっかり唯の土地に踏み入れてしまった先生から大金を巻き上げながら、我が身に起きた不幸をぐちぐちと語り続ける。圧倒的優位に立って上機嫌なトーンのまま、その表情とはちぐはぐな内容の過去を話していく。
「なんか可哀想だから割り引いてあげよっか? 半額セール!」
「嫌味かこいつ。」
「まあね。」
モノポリーは現実をよく再現したゲームなので、一度大きく削られると逆転するのが難しい。完全情報ゲームでは唯に勝ち目はなかったが、どうやら先生は唯以上に運が悪いらしく、これまでのようになす術なく惨敗、とはならなそうだ。そう思うとだんだんと余裕ができてきて、つい口も軽くなる。
「はーいまた家賃徴収の時間でーす。」
「こんちくしょう! あと二回くらい止まったら俺破産すんだけど。」
同じ条件で始めたはずなのに、いつの間にかすっかり大差がついている。気がつけば追い詰められているという点では、第一征服者の掌の上で踊らされていたあの時の唯とよく似ている。
「……あーあ、こんくらい簡単に復讐できればいいんだけどなぁ。」
「ため息はこっちの台詞だっつーの。」
復讐、という物騒なワードに先生は一瞬手を止めたが、聞かないほうがいいことと判断したのか、〈母親〉のように逐一それを咎めはせず、他の部分にリアクションをすると再びサイコロを振った。
「ほれ。金寄越せ。」
「嘘だろお前。俺なんか悪いことしたか?」
先生に残されたのは残り数十ドル。唯のほぼ勝ち確だ。
*
唯は今まで、自分のことを世界一不幸な人間だと信じていたし、それは今でも変わらない。
こんな西日本の辺境に引っ越すことを余儀なくされ、数多の理不尽に晒されて学校に行くことを禁じられ、行ったら行ったで陰謀に巻き込まれて追放される――これを不幸と言わずして何と言えばいいのだろうか。
しかし、目の前でここまで見事なまでの運のなさを見せつけられると、むしろ自分は幸運な人間なのではと錯覚さえしてしまう。
「なんか話でもするか。久々に。」
中途半端に時間が余ったということで、残りの時間は雑談になった。何か他のボードゲーム、あるいはもっと短時間で終わらせられるカードゲームをやってもよかったが、初めて先生に勝利したことで上機嫌だった唯は今日という日を敗北で終わらせたくなかった。
「いいよ。なんの話する? またモンハンか?」
「ん~……いや、今日はちょっと別の話しよ。」
本来なら自分自身のことなど話すべきではないはずだが、試験の続きという意味もあってか、唯は我が身を滅ぼした時の話題を選択した。
「……なるほどねぇ。」
時間がなかったのでほんの一部しか話せていないが、頭脳明晰な先生には理解できたのだろうか。それとも、最初から全否定するつもりだから聞き流していて、適当な相槌を打っただけなのか。
「だから将来絶対あいつらに復讐するって言ったらまあすっごい怒ってきてね……もう最悪。」
話すたび、最も憎むべき連中の顔が脳裏に浮かび上がり、唯のストレスは急速に溜まっていった。無理もない。そもそも唯は普通の学生生活を送れればそれで満足だったのに、その普通を、何もかもを奪い去っていったのが彼女たちなのだから。
「で? そっちはどう思うわけ?」
唯は冷めきった目で先生を見つめた。きっと、そんな物騒なことを言ってはいけないと善人ぶった英雄気取りの発言をするのだろう。大人とはそういうものだ。しかし、
「どうって言われてもな……まあ俺の人生じゃないし、好きなようにやってみればいいんじゃね。」
この先生は飄々と、〈母親〉ですら許さなかった復讐のための人生をあっさりと容認した。どうせ口だけだと高を括っていたのかもしれないが、ボードゲームにすら本気で挑んでくるような人間なら舐めプはしないだろう。
「あっそ。そりゃどうも。」
眠たげな目と同じ色の返事。冷静というよりも冷淡かつ諦観めいた声色で心にもない感謝を述べる。しかし、唯の中では一つの結論がすでに出されていた。
合格。本人の知らないところで、先生は面接に通過していた。
*
この世界でたった一人しかいない、復讐の同志となった先生には、ボードゲームをしながら唯の身の上話を聞き、必要に応じてアドバイスを提言するという任務が与えられた。
「それで、復讐つっても具体的になんか考えてんのか?」
「まあ多少はね。具体的って程じゃないけど。」
サイコロを振って銀色の駒を滑らせながら、平和そのものな光景とは似ても似つかない危なげな語彙が飛び交う。唯はこれまで思いついた復讐の方法を一つ一つ話していった。
「――とまあ夏の間に考えてたのはこんな感じ。はい独占。」
「核兵器がそんな簡単に作れるわけないだろ。」
「だから具体的じゃないっつったろ。」
「具体的じゃないっていうか現実的じゃないだよ。」
唯の復讐案のほとんどには辛辣な評価が下された。〈母親〉に話して聞かせたときも否定されたが、それはやってはいけないから、もっと他に有意義な生き方があるからという理由であって、実行できるかできないかの観点から却下されたのは初めてだ。
しかし、唯がこれまで何も行動してこなかったのも、それが非現実的だと内心理解していたからだと考えれば納得のいく話ではある。結果を残せなければ実践しなかったのと同じなのだから。
「じゃあ具体的ってどういうのよ。」
ソファの上から手を伸ばしてホテルを建てながら、そういうお前はどうなんだと訊いてみる。当たり障りも面白味もない答えが返ってくるとは思うが、唯が考えつきもしなかった革新的なプランをくれるかもしれない。
「俺? 俺はそもそも本人に復讐しようとは思わないな。」
どうやら、いくら論理的なゲームに強いからといって何でもかんでも唯よりも優れているわけではないらしい。
*
唯にとって最重要なものはもちろん、第一征服者、そして西日本への徹底的な報復攻撃だが、だからと言ってそんな数十年先になるかもしれないことだけでは人は生きていくことはできず、今日、明日といった身近なものを疎かにしてはいけない。今日を生きられなければ来年を生きることはできないのだ。
そして、いつかの未来における復讐のためにも、まずは今日という日をできるだけ楽しんでおくというなんとも消極的な発想から、あまり復讐の話をせずにただ雑談をしながら遊ぶだけの日もあった。
「それにしても先生マジで運ないね。また刑務所入ってんじゃん。」
「そういう唯はゲームだと結構運いいよな。現実だとめっちゃ不幸なのに。」
「うっせぇ。」
先生の言うことはまさにその通りで、ゲーム内、非現実の世界でなら唯は割と運がよく、ドーピングアイテムのドロップや欲しいダイスの目は唯に味方してくれることが多々ある。しかし、肝心の現実世界では誰も味方してくれなかったのだから実に皮肉な話だ。
「早く出てきてくんないかな~。せっかくホテル街作ったんだから。」
「これむしろ一生刑務所いたほうがいいんじゃねえか?」
やはり、こういう何も考えなくていい時間は楽でいい。唯は思考を巡らせるのが得意な方ではあるが、同時に、思考しないことの簡単さと気楽さも十二分に理解していた。一番楽しいのは、自分は深い思考を巡らせていると思い込みながら、実態としては何も考えずに生きている時間。
つまり、まさに今のような瞬間だ。
*
これまで考えてきた復讐の計画がどれも非現実的と言われて、唯は少しだけ悩んでいた。ノートいっぱいにぐちゃぐちゃと書いていたものがほぼ全て却下されたとなれば、たとえ理由に納得ができてもいい気はしないものだ。
(……まあ非現実的でも物理的に不可能じゃないから。)
せっかく一歩前進していたのに振出しに戻されたような感覚。もっとも、戻されるほど進んでもいなかったから影響は皆無なのだが。
誰かの人生をノーリスクで壊す。唯がその方法を考えれば考えるほど、自分の地位を上げつつ敵の人生を壊し、それを国家権力に一切追及されないという、完全犯罪の理想形のような事件を引き起こした第一征服者の能力を認めざるを得なくなっていた。そして、今まで散々見下してきた西日本人にその実力が劣っているという事実を突きつけられ、それが自尊心をずたずたに引き裂いていく。
「はぁ……」
「何? そんなため息なんかついて。何か文句でもあるの?」
「いんにゃ、別にぃ。」
唯は何も気にしていないようなセリフを吐いたが、その声は明らかに何かを気にしている人間のものだった。
「東日本人である私は西日本人よりも優れている」というアイデンティティを守るためには、唯にも同じことができると証明しなければならないのだ。
*
「最近のアニメってなんかワンパターンっていうか、はっきり言って面白くないよね。」
いつものように雑談をしながらボードゲームをしていると、唯の記憶の引き出しからそんな話題が飛び出してきた。何の脈絡もない話題に急に飛ぶのはここではよくあることで、先生はそういう不測の事態への対応力も非常に高い。
「だってさあ、どれ見ても主人公追放されて最強スキルで無双してハーレム作って~って流れになるじゃん。まあジャンプ系は違うけど、あれはあれで昔っから似てるし。最初は面白くてもそろそろ見飽きたっていうか。」
「そりゃ、売れるか分からん話なんて作っても時間と精神力の無駄だからな。確実に儲かる銘柄があるならそれに投資するし、儲かる業界が確立されてんなら皆それに乗っかるだろ。」
「別に正論言えとは言ってない。ただ文句言ってるだけよ。」
唯はむっとした表情で駒を突いて三マス進め、珍しく引っかかった先生の土地に通行料を支払った。先生は「やったぜ」という表情でサイコロを振り、すぐに利子付きで通行料を返済することになった。
「毎度あり~。」
「チッ。」
「でも正直なろう系ってなんていうか……見るに堪えない? 何ていうのかな、人生上手くいってる奴見てるとイライラすんだよ。」
「まあ唯はそうかもね。俺はなろう系そもそも見ないけど。てかそんなに文句あるなら自分で作ればいいじゃん。」
言われてみればその通りだ。政治に不満があるなら選挙で投票するのではなく革命で政権を奪取するべきなのと同じように、プリヴォルヴァに出回っている創作物がつまらないと思うなら自分で理想的な物語を作るべきというのは筋が通っている。しかし、政治はそれでもいいが、物語とは本当にそういうものだろうか。
(……いや待て、自分で作ってたらネタバレしかないじゃんか。)
唯はこの理屈の重大な欠陥を発見した。別に唯自身がネタバレ嫌いというわけではない。むしろ安心して見れるから好きな方だ。しかし、自分で作った物語を自分で読んで楽しめるとは到底思えなかった。
*
家に帰ってから、唯はノートの一冊を消しゴムで真っ白に塗りつぶした。ほんの数ページしか書いていないノートならまだたくさんある。〈母親〉に見つかると、かなりの高確率で「せっかく書いたのに消しちゃうなんて勿体ないからやめなさい」と言われるが、これほどブーメランになっている言葉もないだろう。
綺麗なノートには綺麗な字を書く気分になる、というよりも、汚いノートには綺麗な文字を書く気分になれない。唯という人間は、何に対してもその現状に見合った対応をする癖があった。
(とりあえずなんか書いてみるか……)
多少は跡が残っているものの概ね新品同然となったノートの一ページ目に、理想のストーリーを書いてみる。自分の好きなストーリーを作るという先生の提案を一度は否定してみたものの、作品自体を酷評したからにはそれより優れたものを作り上げる責任があるだろう。そう考えた唯はまずは一ページ分、自分の最も忌まわしい過去を書いてみた。
(……なんか違う。)
全部消してやり直し。
(こうじゃない。)
消しゴムをすり減らして、はじめから。
(違うそうじゃない!)
自信たっぷりに書き始めたのはいいものの、実際に書いてみると驚くほどつまらなかった。話のネタとして唯の人生ほど面白いものはないに決まっているのだから、単純に技量が不足しているということになる。
当たり前といえば当たり前のことではある。唯はこれまでの人生で学校になんてほとんど行ったことはないし、授業で物語の書き方なんてものを習ったこともない。そもそも読書感想文の一枚ですら書いたことがないのだから。
*
(そういえば巫女みこ天使さまも何か言ってたな……)
唯はふと、最近めっきり会わなくなった元クラスメイトのことを思い浮かべた。彼女が貸してくれたマンガは「面白かった」と記憶している。彼女と交わした会話の委細は全く覚えていないものの、クリエイターは神であるとは言っていた気がする。
「……神、ねえ。」
唯はノートに「神」と書いてくるくると縁で囲った。この星で最も人気のある神といえば、唯一絶対にして全知全能、数十億の信者を擁する強大な存在だ。それが物理的に実在するか否かは置いておいて、その言葉には数百年間にわたって人間を拘束できている現実もある。おそらく、巫女みこ天使さまはクリエイターとはそれほどの力がある、だから私はこのマンガが好きだと言っていたのだろう。
(……信仰か。ふん。くっだらな。)
そう言いつつ、唯はとっくに気づいていた。今の自分に足りないものが何か。何が第一征服者を勝利させたのか。
第一征服者は自分の力で勝ったわけではない。自分の周囲にいる人間を使役し、唯を貶めるように唆しただけ。実際に唯を追放したのは学校を支配する教師たちだ。教師たちが本来あるべき中立の立場を放棄したからこそ、今の唯が存在する。
では、何が教師陣をそうさせたのか。
信仰だ。信仰は人から思考力を奪い、その主の手足に成り下がらせる。これこそが、今の唯に欠けている力であって、今年起きた全ての災いの原因なのだ。
*
「――ってわけよ。」
翌週、唯はふんぞり返った姿勢のまま、今年七月からの戦争における自分の敗因は自分の実力ではなく信者の不足だったと総括した。
「まあ間違ってはいないな。お前は人間のことを石油とかと同じ天然資源だと思ってるっぽいけど、それなら人の信用値も資源量として計算に入れたほうがいい。」
先生は唯と同じ言語を使うことのできる稀有な人間でもあった。普通の人間、例えば〈母親〉やブルドッグなら、大人であってもこういう形での言語化はできなかったに違いない。
「やっぱ私って天才だね。」
「いや普通は最初っから気づいてるから。」
唯が自惚れたことを言うと、先生が呆れた口調で短くツッコんだ。
「だからさ、核戦争はまだ諦めてないけど、その前に信者作ったほうがいいかなって。」
「カルト教団でも作る気か?」
「まあそれが理想だね。キリストみたいなのになれればどんな復讐も許されるようになるんでしょ?」
「キリストは処刑されてるけどな。」
唯の復讐計画はほんの少しだけ現実感を持ったのかもしれない。ただ、どうすれば唯が望むだけの信者を採掘できるのかは、まだちっとも決まっていなかった。むしろ、唯がこれまで失敗し続けているものが必要だというなら、かえって遠ざかったと言えるのかもしれない。
*
唯の復讐計画ノートに、また一つ項目が付け足された。
『信者の獲得』
相変わらず、人間のことを資源としか見ていない。
人間のことを使い捨ての電池のようにしか認識していないような教祖に付き従う信徒が果たしてどこにいるというのだろうか。
「できないことはやらなくていいって言ってたのに。」
「沼に足突っ込んだら溺れてもしょうがない。」




