抜け出せない日々と魔法の講師
家に帰ってから数日。
ラウルス・ミラーの頭から、あの銀髪の少女――クレアのことが離れなかった。
(また会いたい)
その一心で、彼は何度も家を抜け出そうとした。
一度目。
昼下がり、門に向かってこっそり歩き出した時だった。
「ミラー様、どこへ?」
振り返ると、専属メイドのラナがにこにこと微笑んでいた。
「お、お庭で遊ぼうと思って……」
「でしたら、私もお供しますね」
失敗。
二度目。
夜中、みんなが自分はもう寝たと思っている時間。窓をそっと開けて――
「ミラー様、お月様がきれいですね」
いつの間にか、部屋にラナが立っていた。
「ひっ……!?」
「冷えますから、窓を閉めましょうね」
失敗。
三度目。
朝食後、玄関に向かってダッシュ――
「ミラー様、朝食はもうよろしいのですか?」
背後から聞こえた声に、足が止まった。
振り返ると、ラナがトレイを持って立っている。
「……食べます」
失敗、失敗、失敗。
全ての試みは、ラナによって未然に防がれた。
(この人……まさか忍者か何かか?)
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「くそっ……やっぱり無理か」
部屋で一人、ラウルスは天井を見つめた。
(でも……今、無理して外に出ても、また迷子になるだけだ)
(それに、もしクレアに会えたとしても……弱い存在でまた会ったら、また引き離されるんじゃないか?)
自分はまだ何もできない。魔法はまだよく分からないが、小さな火の玉しか出せない。
(ならば……)
ミラーは拳を握りしめた。
(俺は魔法で強くなる。火魔法を極めて、最強になる)
早く強くなって、外の世界に堂々と出られるようになる。
それが、今の自分にできる一番の近道だ。
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「父様」
数日後、ミラーは父・レイスの執務室を訪れた。
「どうした、ミラー」
「父様、魔法の講師を呼んでほしいんです。私は魔法を極め、この家にふさわしくなりたいんです」
と方便を並べ、父に頼んだ。
レイスは少し驚いたように目を見開き、そしてすぐに優しい笑みを浮かべた。
「自分の強みをわかっているようだな。いいだろう、探しておく」
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それから間もなく、ラウルスのもとに一人の女性が訪れた。
リリア・フォンティーヌ。
見た目は20代前半。暖かみのある茶色の髪に、穏やかな黒の瞳。
「あなたがミラー様? これからよろしくね」
彼女の口調は優しく、微笑んだ時はとても落ち着く雰囲気だった。
しかし――
ラウルスは、違和感を覚えた。
彼女の魔力。その深さ。
(なんだこれ……)
ラウルスには、人の魔力量をおぼろげながら「視る」能力があった。転生と同時に身についた、特別な感覚。
父・レイスの魔力は川のように太く安定している。母・マリーは穏やかな湖のよう。姉や兄はまだ小さな泉だ。
だが、この女性は――
底が見えない。
まるで、海の深淵のように。いや、それ以上に。
(この人……一体何者だ?)
ラウルスは心の中で息を飲んだ。
それでも、彼女の目は優しかった。
「先生……これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。ミラー様、これからよろしくお願いいたします。これからあなたの得意な魔法……火の魔法を教えていくわ」
彼女はそう言って、手のひらに小さな炎を灯した。
その炎は、ラウルスが今まで見たどの火よりも、美しく、そして力強かった。
そして――なぜか、少しだけ、紫がかっていた。
(気のせい……か?)
ラウルスは目をこすったが、炎の色はすぐに普通の赤色に戻っていた。
「さあ、始めましょう」
リリアが微笑む。
(この人から学べば、俺は……)
ラウルスは深く頭を下げた。
「よろしくお願いします、先生」
「楽しみにしているわ」
――これが、ラウルス・ミラーの「師弟関係」の始まりだった。




