第7話 日記帳の余白
僕は暗い空を見上げる。
雪が降り始めるのは、2週間ほど先だろう。
少し肌寒い外を歩いて家に帰ると、玄関に母が立っていた。
「今日は少し遅くなかった?」
「高校にはやることが沢山あるんだよ」
いつから、そこに立っているのか。
まさか、僕が返ってくる時間を記録してるわけではないだろう。
僕はじっと見つめてくる母の横を通り過ぎて、足早に自分の部屋に行こうとすると、腕を掴まれる。
「何?」
「今日のごはんは焼き魚だから。」
「この時間に?」
「私まだ食べてないから」
「……分かった」
僕は「ごはん」という単語に嫌気がして階段を駆け上がった。
この前、僕は母に「肉より魚の方がいい」と言った。そうすると、母は週に3回焼き魚を出すようになった。
食べ慣れた焼き魚を食べていると、母が急に静かになって、僕の首を見る。
「律、お母さんに何か隠してることはない?」
「何もないよ」
「……そう」
隠してるものなんかない、僕は短く答えてお茶を飲む。ここにいると息が詰まりそうになる。
「明日の授業の準備があるから」
母がまた何か言いそうで、僕は席を立った。
喉を圧迫されていないみたいで、息がしやすい自分の部屋で少し気持ちが落ち着く。
別に明日の準備があるのは嘘じゃない。僕はリュックから教材を出して、問題を解く。数字を間違えて筆箱に手を入れると、消しゴムがないことに気付いた。
今まで高校に忘れ物をしたことは一度もない。
リュックの中を手で探ると、ザラザラとした物に触れて、消しゴムが見つかった。多分、筆箱のチャックが少し開いていたのだろう。
気を付けないと、大事なものまでなくしそうだ。
一通り、やることが終わって椅子に背中を付ける。
「もう少しで、冬か」
窓の外に映る真っ暗な空を見て、目を閉じる。
もう、あんな日のようなことは起こらないはずだ。長い間、雪の下に埋まった「僕」は姿を見せていない。
──雪山の下が完全に固まっていると確認する方法はない。
そんなことは確認しなくてもいい。今の僕には「日記帳」がある。僕は机の引き出しに手をかけ、奥に手を伸ばす。
……手が、空をきった。
手に触れたのは硬い木材だけで、机の奥には何も入っていなかった。
なくした?
そんなはずはない、僕は引き出しをすべて引き抜き、床にぶちまけた。
予備のシャーペン、参考書、計算用紙──
僕は雪山を支えていた核を必死に探す。探しても探しても、見つからない。
ない。どこにも、ない。
「……かあさん」




