第4話 最初の異変
夕食を食べた後、僕は部屋に戻って、少しだけ勉強をしようと思って机に座っていた。
中学校の頃は授業を真面目に受けるのに必死で、余裕なんてなかった。高校生になってからは土台ができたおかげで勉強に苦しむことはあまりなかった。
理解力とは複利のような雪だるま式であり、最初は大変だった勉強も、今となっては作業になりつつある。壁に当たって、手を伸ばして越えるだけ。越えられないなら遠回りしてもいい。
鈴を鳴らすように軽い足取りで
風呂に入ろうとやけに数字が書かれた教材を閉じて、部屋のドアノブに手をかけた時、後ろから「音」が聞こえたような気がして振り向くと、床に黒い毛が落ちていた。
気になって毛を拾おうとすると
コンコン
なんの音か理解できない。
数秒経って、それがドアをノックする音だと理解する。咄嗟に返事をすると母の声が聞こえた。
「律、洗濯するから早く風呂入って」
「……今入る」
風呂に入って考える。
この家では、ペットを飼っていないのだから、動物の毛が落ちているはずがない。窓だってちゃんと閉めているから、カラスの毛ということもない。
もう一つ気になることがある。
いつもなら、母は音を立てて階段を登るはずなのに、今日はそんな音がまったく聞こえなかった。
ノックの音がドアの方から聞こえたのかさえ、思い出せない。
頭に当てていた手をお湯に落とすと、「ポチャッ」という高い音が鳴った。その音は静かな家によく響いた。
それにしても、いつもは聞こえる母が皿を洗っている音がしない。
静かさが心地よくて眠気がする。
時計を見ると八時三十分を過ぎていた。
もう少しで冬になるし、気温も少し寒くなってきているから、今日は少し長めに入ることにした。
風呂から上がって居間に行くと、父は新聞を読んでいた。
「母さんは?」
「……母さんなら今は買い物に行ってるよ。どうやら、明日の朝食に使う卵を切らしたらしい」
そんなはずはない。それなら、さっき部屋にノックをしに来たは一体誰なのか。身に覚えがあるとしたら、一人しかいない。
自分にしか聞こえないはずの内側からのノック。それは、雪の下に埋まっていた──
ガチャ
玄関の扉が開く音がして、思考が止まる。
顔を上げると、目線の方向には母が立っていた。
僕は部屋に戻ると、ひどい眠気に襲われて早めに布団に入った。
多分、今日の僕は疲れている。
先週末に丁度、高校のテストがあった。それが原因だろう。興味本位でやってみたが、一夜漬けなんてするものではない。
大体、自分の髪の毛を動物の毛と見間違えるほどに疲れていたんだ。幻聴が聞こえてたとしても不思議ではない。
ゴミ箱に捨てた黒い毛を見る
それは、ただの自分の髪の毛だった。




