第3話 日常の出来事
僕はもう母に管理されるような歳ではない。
高校の授業が終わり、僕は毎日歩いてる道を歩いていた。
道の途中で家族連れやスーツを着た人はよく見かける。いつもなら、黒猫が視界に入るはずなのに、最近は道端で見かけることが減った。
そういえば、鈴も黒猫だった。
結局、母をどうにかすることはなく、頭の中で母の心臓を刺すイメージを3回するだけで人格は留まった。4回目は本当に手が動いてしまいそうで、イメージをやめた。
中途半端な自制心を手に入れて、少し目を閉じていると、高い「音」が聞こえた。
困ったな、未知との出会いはあまり慣れていない。僕は今、明らかに足にケガをして泣いている小学生を目の前にしている。まぁ、無邪気な子供なら新手の詐欺ということもないだろう。
僕は「善人」のように子供に近寄った。
「本当にありがとうございました。」
僕は子供と母親らしき人の背中を見送る。
自分にできることは限られていて、リュックに常備していた絆創膏を貼ってあげて、泣き止むまで近くにいたところを母親が見つけたという経緯だ。
さすがに、泣いてる子供に論理をぶつけるわけにはいかない。「そうなんだ」とか「うん」とか相槌を打っていればそれなりの会話は成立する。一人っ子の自分には歳の離れた子供と話す機会なんか滅多にない。今日はたまたまの出来事があっただけだ。
──泣き続ける子供の喉を押してやれば、鈴のように鳴くのだろうか。
めまいのようだった。
一瞬、頭によぎった思考は誰がしたのかわからなくなる。どの、いつの「自分」がこんな事を考えてしまうのか。
心の中に「小4の人格」と「善悪を判断できる人格」がいる。下の雪が大きくなって上の雪が崩れてしまったら、僕はどんな人格になるんだろう。何が起ころうとそれは「自分」で、自分以外の何者でもない。
家に帰ってから、特に汚れてもいない手をきれいに洗った。慎重に手の感覚を感じながら、冷水で感覚がなくなるまで念入りに洗った。
その日も家族と一緒に夕食を食べていた。
「律、今日の公園の話、近所の佐藤さんに聞いたわよ。偉かったわね」
「……別に、ただ泣いてる子供がいたから」
母との会話は、自分が作った壺に詰め込まれるような気がして、短く切り上げる。父はいつもみたいに口を開かない。
母が口に運んでいる焼き魚の骨が、彼女の喉に刺さる確率を計算しても、何も満たされない。
確率は清潔な数字しか出さない。数字の羅列に「音」は出せない。もっと、直接的で衝撃が伝わるようなものがあれば、満たされるのかもしれない。そんな事を考えていると、現在の僕が「非合理的な行動だ」と否定して、納得する。
この状況を一度観察してみる。
小4の出来事は僕はまだ14歳未満であり、ただ勉強をしているだけで、児童相談所の一歩手前で留まり、法で罰せられる事もなかった。それに、家庭内では既に解決済みになっている。
しかし、今の僕にとってそれは、無視ができないほどにデメリットが大きい。高校という社会での立場がある以上、ただ不利益な行動でしかない。「普通」の人間ならそんなことはしない。
──世の中には愚かな人間もいる
今の自分はどんな人格なのか、僕は何も進まない思考をやめて、食卓に視線を落とした。




