32話
天竺城の二の丸にある原田弾正の屋敷。その一室で白露と弾正が向かい合って座っている。二人がいる部屋は四畳半の茶室。真ん中に置かれた炉からは湯気が立ち冷えきった室内を暖めている。
弾正は茶器に湯を注ぎながら白露に問いかける。
「首尾の方はどうなっておる?」
「捕らえた奴隷の数は概ね予定通りの人数を確保できたとのことで次の取引には問題ないかと思います」
白露は眉一つ動かさず淡々とした口調で報告をする。
「うむ。あの小娘がおかげで一時はどうなるかと思ったがそれは上々だのう」
白露の報告を受けて嬉しそうに口角をあげる弾正はそのまま茶をたてる。そんな弾正に白露は言う。
「しかしどこの者も無茶をしたおかげで街では神隠しだと騒がれているようです」
「神隠しか。ならば神のみぞ知るということ。私らは何も関与してないということではないか」
茶をたてる手を止めず弾正はチラリと視線を白露に向ける。
「……」
白露は無言で頷く。
弾正はそれを見て満足したようで視線を茶器に戻す。
「だがお主の主も余計なことをしでかしてくれたものだ。食料などを配ったおかげで村では子を売る者が減って街では神隠しが増えてしまったのだから」
「元主です」
「おお、そうじゃったな」
白露が間違いを指摘すると弾正は笑うがその目は笑ってはいない。弾正は白露のことを完全には信用してはいない。こうやって茶室で二人きりで話してはいるが白露は武器の持ち込みを一切禁止されており弾正の手元には刀がおかれている。
しょせん裏切り者は裏切り者だということだ。
けれどこうして二人っきりで会うということは全く信用されていないわけではない。
「試した真似をしてすまんのう。私はこれでもお主のことは評価しているつもりだ。あの小娘を裏切っただけでなく自分の妹の気持ちまで利用してまで私に取り入ろうとするところはな」
弾正が言っているのはつい先日に白露の元にやってきた妹の時雨とのことだ。
先日時雨は姉の白露に愛宕家の当主を助けてくれと訴えてきた。しかし白露はその妹から情報を聞き出した後に弾正にその情報を流していたのだ。
「……」
白露はそれについて答える気はないようで返事はしない。
弾正はそんな反応の白露を見て違う話題を振ることにした。
「ところで街で奇妙なものを拾ってきたそうだな」
弾正の言う奇妙なものとは大和のことだ。そのことを問われ白露は何でもないことのように報告する。
「娘を捕らえようとしたところをたまたま居合わせた男を捕まえただけです」
「ほう、偶然誘拐の現場に居合わせるとは不運な男だ」
「その者は誘拐しようとした娘を逃がしたので捕らえました。ああいう手合いを野放しにしておけば今後の取引に支障が出るでしょうから。他意はございません」
「なるほど。聞けばその者は隠岐を投げ飛ばしたとか言うがそんな者をお主が倒せたというのは不思議なことだのう。実力で言うのなら隠岐の方が遙かに上だというのに」
「女だから油断していたのでは。油断していればどれほどの武人でも格下にやられることは多々ありますから。隠岐殿のように」
「然り。隠岐も油断していたからその者にやられたということもあり得るということか」
弾正は茶をたてる手を止め白露をジッと見据える。白露は臆することなく弾正の目を逸らさず真っ直ぐ見据えて返事をする。
「はい」
「……ふむ。ならばその者の処遇は私が決めても構わぬか」
「もちろんです」
淀みなく返事をする白露。
「……そうか。ではその者は今どこにおる?」
「この屋敷の別室にて厳重に縄で縛りあげています」
「ならばその者の首を切り落とす……のは惜しいな」
白露の様子を見ながら発言する弾正。だが首を切り落とすといっても白露に特に反応はみられなかった。
それを確認した弾正は捕らえた男をどうするか真剣に考えることにする。
油断していたとはいえ隠岐を投げ飛ばしたのならそれなりに武芸に秀でたものかもしれない。それをみすみす殺すのは惜しい。なら用心棒として雇うのもいいかもしれない。 だがその男は誘拐を見て助けようとするようなお人好しだ。一筋縄で用心棒として雇えるかはわからない。
それならば奴隷として売り飛ばすのはどうだろうかと考えるがそれも今からでは調教が間に合わないと判断する。
取引まで三日。
奴隷といえども商品だ。商品が主人に噛みつくようでは商品としては失格だ。もちろんその過程を楽しむ客もいるが男ではあまり需要がない。
「となるとしばらく牢に放り込んで置いて様子を見るか」
今は取引を優先してそれが終わった後に考えるのがよいという結論を出す弾正。
「どの牢に入れますか?」
「普通の牢でよい」
「はっ」
白露は弾正の返答をもらうと茶室を出ていく。
弾正はそれを見送りたてた茶を口に運ぶ。




