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33話

 地面をくりぬいて作られた地下牢。陽の光が入ることのないその牢は寒い冬の時期になると身を切るような寒さになる。


 そんな地下牢に閉じ込められてすでに五日が経過している亜希の心身も衰弱していた。


 寒さに震える身体を暖めようにも手足には枷がつけられていてまともに動くこともできない。おまけにろくに食事も出されず胃の中は空っぽだ。


 最初は虚勢もはって文句の一つや二つも言えたが今では口から出るのは白い吐息のみ。


「……」


 このままでは処刑よりも先に朽ち果てるのが先なのではと自嘲する亜希。


 死ぬのか。


 そう思うと亜希は自分がこれまでやってきたことは無駄だったのだろうかと振り返る。


 両親が早くから死に家督を引き継いでこの十年間。自分はひたらすら頑張ってきた。


 自分の元に仕える何十人もの家臣を養う重圧に耐えながらも必死に領地を豊かにしようと腐心してきた。


 姉のように慕っていた白露がいなければとっくに挫折していたかもしれない。白露は口数こそ少ないが亜希の困っていた時には何も言わず手を差し伸べてくれた。


 だからなのだろうか。そんな情けない自分に愛想を尽かして白露は自分を裏切ったのだろうか。


 それとももっとうまく世渡りができていたら白露は自分を見捨てなかったのだろうか。


 弾正が奴隷売買をやっていることを知って下手に口出しをしなければこんなことになっていなかったのだろうか。


 だが亜希は見過ごすことができなかった。


 奴隷売買のために重税を課し民を苦しめるようなやり方をする弾正のやり方はどうしても見過ごすことができなかった。


 貧困に喘いで身売りをするという話はままあるが弾正は私利私欲のために奴隷を生み出し売り捌いている。


 窮鼠の国は商売に長けた国だが自国の民を売ってまで金を生み出しようなやり方が正しいなどとは思えなかった。


 弾正は金の亡者だ。


 金の力さえあればこの大陸を支配できると考えている。


 金で他国から流れてきた強者を雇い有り余る金で物資を揃えれば戦に勝てると思っている節がある。


 戦はそんな皮算用のようにいくわけがない。


 金で雇った連中などは戦況が不利になれば容易く裏切るし、物資がいくらあろうとも戦うべき兵がいなければ何の意味もない。


 自国の民を奴隷として異国に売るようではこの国は長くはない。そんなのは少し考えればわかるような当たり前のことだ。だがそんな当たり前のことにこの国の連中は気が付かない。さもそれが正しいかのように錯覚している。


 だから亜希はその間違いを正そうとした。


 しかしその結果が信頼している友に裏切られさらに濡れ衣を着せられて国を追い出された。


 その時初めて大きな存在に抗うことの無力さを知った。


 もしその途中で大和と出会うことがなければ亜希は本当に自暴自棄になってこの国に帰って来ることもなかっただろう。


 大和と初めて出会った時は変わったことを言う男だと思っていた。


 あれは確か鳥綱の国で流民が店を出すと利益が減るということでまこが仕入れを妨害されたり客に流民の物を買うなと脅されていて困っていた時だ。


 大和はまこにその行いは間違っていると否定してからこういった。


『人が集まるところにはさらに人が集まるから商売の機会は増えるわけだし、人が集まればそれだけ国も豊かになる』


 亜希は大和がまこにそう話しているのを聞いて思わず声をかけた。


 奇しくもそれは弾正がやっていることとは真逆のことだ。人を売り飛ばしそれで利益を得ているようなやり方では後々商売も上手くはいかなくなるだろうし国も衰退していくだけだ。


 始めは興味半分だった。いくらそれが正論だろうと商売の権力を握っている商人相手に何をしても無駄なのではと思っていた。相手は鳥綱の国の当主である紫苑ですら扱いに困る商人なのだから。ましてや他国から流れている流民がまともに商売ができるようになるはずがないとすら思っていた。言っていることは正しくても周りがそれを認めないのだ。自分の時と同じように。


 だけど大和は違った。


 その商人を上手いこと騙し流民達がまともに商売ができるようにしたのだ。


 あれには舌を巻いて驚いたものだ。


 無理だと思っていたことをああもあっさりと覆されたのだから当然だ。


「……」


 もし、ここに大和がいてくれたら今の自分がおかれているこんな絶望的な状況でもなんとかしてくれるのだろうか?


 亜希はそんなありえるはずのないことを考えてしまう。


 大和は鳥綱の国にいるはずだ。先の戦であれだけの戦功をあげたのだから今頃は紫苑に仕えていてもおかしくはない。いやむしろ今鳥綱の国は勢いがあるのだから仕官を断る理由などない。


 だから大和が助けに来てくれるなど絶対にありえない。


 ありえるはずがないのだ。


 だというのに心のどこかで大和が助けてくれるのではないかというありもしないことを考えてしまう自分の心の弱さを呪いたくなる亜希。


 そんな亜希の元に足音が聞こえてきた。


 足音は一人分ではなく二人分。


 どういうわけか今この地下牢に閉じ込められているのは亜希だけだ。


 となると用があるとしたら亜希に用があってきたということだ。


 今まで自分の元にやってきたのは弾正のみ。弾正以外には誰もやってこない。


 だが弾正ならば足音は二つではなくもっと多いはずだ。警戒心の強い弾正が護衛を一人だけしか連れてやってくるはずがない。


 となると一体誰が、何のためにやってきたのだろうか?


 不可解に思いながら足音の人物たちが階段を下りてくるのを待つ亜希。


 そして階段を下りて地下牢にやってきたのは二人の男。


 二人の男に見覚えはない。


 ないのだが二人の男が担架に乗せて運んでいる人物には見覚えがあった。


 始めは亜希の見間違いなのかと思った。疲労と空腹がそんな幻想を見せているのだと思った。


 なえならその人物はこの国にいるはずのないのない――それどころかこんな地下牢に連れてこられるわけがない人物なのだから。


 その人物は意識を失っているようで担架の上で寝たきりになっているが亜希はその人物の顔を忘れるわけがなかった。


 大和だ。


 どうして大和がこの国にそれもこんな地下牢に連れてこられたのかわからなない亜希は呆然としてしまう。


 そんな亜希のことなどお構いなしに二人の男は牢屋に入ると大和を乗せた担架を下して牢屋の鍵を閉めて地下牢から立ち去って行った。


 しばらくして冷静さを取り戻した亜希は残った力を振り絞りながら大和へと声をかける。



身の回りがバタバタしているので次の更新は5月9日になりそうです。

すいませんがよろしくお願いします。

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