俺たちの……
「みなさんの知恵を拝借したいです」
開口一番、セルティアが真剣な表情で口を開いた。
彼女のほかにテーブルを囲んでいるのはルダージュにティーユとシルヴィエ、そして部屋に招かれたハザクラの4人。
「みんなを集めて何事かと思ったけど……って、そこの2人は俺のことを見すぎ」
「不可抗力」
「んー」
ティーユとシルヴィエが同調するように顔を見合わせた。
つい最近同じようなことがあったので思わずルダージュに視線を送ってしまったのだ。
ジト目のティーユは相変わらず何を考えているのかわからないが、シルヴィエに至っては携帯型黒板を口元の仮面に当てていた。
笑いを堪えているのだろう。
黒板にはご丁寧にωの様な口の絵が描かれているのでお茶目をする余裕はあるらしい。
「まったく……」
「ルダージュ? 何かあったんですか?」
「あぁ、いや……別に何でもないよ。気にしないで」
「そう、なんですか? ルダージュがそう言うなら」
しぶしぶ、ではなくあっさりと引き下がるセルティア。
自分が同じ立場になった時のことを想像したのだろう。
深掘りしてほしくない――という気持ちの表れが、彼女を控えめにさせた。
「?」
ルダージュはそんなセルティアの態度に少しだけ疑問を感じた。だが指摘するほどのことでもなかったので勘違いだと思い直した。
ルダージュのことであれば食い下がるどころか抱きついて離れない彼女だが、引き際をわきまえているのも彼女の美徳だったからだ。
「話の腰を折っちゃったな。でもセルティアが知恵を欲しいだなんてめず――いや……」
「……?」
つい最近ティーユにかけられた言葉をそのまま口に出しそうになり慌てて言い直そうとするが、
「――珍しい、な」
気にしすぎているのもそれはそれでみっともないので素直に言葉にした。
「ルダージュ、さっきから変ですよ」
「うん、ごめん。俺もそう思う」
ルダージュは視界の端で目を細めているティーユとシルヴィエの姿を捉えたが自分が笑わせた様なものなので指摘する気にもならなかった。
ごほん、とわざとらしく咳払いをして仕切り直す。
「でもやっぱり珍しいよ。俺にとってセルティアは文武両道で絵に描いたような生徒会長に見えてたからさ。知識面で頼られるのは何だか不思議な感じがする」
「ルダージュにベタ褒めされると照れてしまいます……でもひとつだけ訂正してください」
「ん?」
「あなたにとって私は完全無欠の生徒会長ではなく……ただ1人の召喚士、ですよ」
「――あぁ、そうだったな」
ルダージュとセルティアが見つめ合う。
その隣ではハザクラが「いつもこんな感じなの?」とひそひそと耳打ちする。ティーユは「いつものお決まりの流れ」と頷き、シルヴィエは『突っ込んだら負け』と諭していた。
「ボケたつもりなんですけど流されてしまいました。ちょっと寂しいですね」
「……はは」
表面上はいつも通りだ。
だが、掛け合いはどこかぎこちなく、気まずい空気が流れた。
ルダージュとセルティアはお互いに打ち明けられない悩みを抱いている。それは各々が向き合うべき課題であり試練でもあった。それと同時に、わざとらしい振る舞いの原因でもある。
端的に言えば後ろめたいのだ。
大事なパートナーにまた隠し事をしているこの状況が。
「セルティアちゃんの相談内容はこれよ」
助け舟を出したのはハザクラだった。
ルダージュとセルティアの苦悩を唯一同時に把握している第三者でもある。
彼女は2人に進行を任せていては埒が明かないと思ったのか、本題である一冊の本をテーブルの中央に置いた。
「随分と年季の入った本だな。古書ってやつか」
ルダージュはまず見た目を評価した。
ボロボロとまでは言わないが表紙が擦り切れていて触れたら破けてしまいそうな儚さがそこにはあった。偶然見かけただけでは決して本を開いて読んでみようとは恐れ多くて思えない。
「……これ、『精霊王の冒険』?」
ティーユの場合は肝が据わってるのか無頓着なだけなのか、お構いなしに本を手元に引き寄せて頭上へと掲げた。
その本――その絵本は召喚士なら誰もが知っている精霊を題材にした物語だった。
「また『精霊王の冒険』か。縁があるというかなんというか……」
ルダージュにとっては異世界文字を学ぶための教材であり、獣人のお姫様であるクララの愛読書でもある。彼自身もセルティアからプレゼントされた『精霊王の冒険』を何度も読み込んでいるので物語の展開は把握済み。
お腹いっぱい――というのが正直な感想だ。
「あらゆる絵本の原点と言っても過言ではないほど有名であり定番でもありますからね。またか、と思ってしまうのも無理はありません」
「さすがに、ね」
ルダージュの感想はあれに近い。
テレビ番組でアニメソングランキングを眺めていた時と同じ感覚だ。
毎回、同じ曲が上位に居座り「もういいよ」と辟易するあの感覚。
「……それで? セルティアの相談とこの本に何の関係があるんだ?」
「実は、その『精霊王の冒険』は貴方たちの知っている内容とは展開が違うらしいの」
ルダージュの問いに答えたのはハザクラだ。
図書洞窟で司書隊長と呼ばれているハザクラでさえ知り得なかった事実。水中都市の住人である他の人魚も言わずもがな。
外部の人間に指摘されてやっと発覚したのだ。
「展開が違う? 誰かが同人誌でも作ったってことか?」
「ドージン? ってなんですか?」
「あぁ、いや……説明が難しいな。機会があれば話すよ」
アリアストラでの同人文化の発展はまだまだ先らしい。
漫画もない世界なのでルダージュは早々に説明を諦めた。
「楽しみにしていますね。――で、本題ですが私はその本が『精霊王の冒険』の原本なのではないか、と睨んでいます」
「原本ってことは作者が直接描いた本ってことか。それは……世紀の大発見じゃないか」
「はい。でも、根拠はありません」
当てずっぽうであることをぶっちゃけるセルティア。
そのあまりの清々しさに一同は苦笑いしか返せない。
「根拠が無いにしては自信はありそうだな」
「勘です」
「女の勘ってやつ?」
「召喚士の勘です」
「じゃあしょうがない」
召喚士も召喚士なら召喚獣も召喚獣である。
調子が戻ってきたのか掛け合いもいつも通りだ。
「気分転換にと絵本を渡した時からずっとこんな感じなの。セルティアちゃんはどうしてもこの絵本の謎を解き明かしたいそうよ」
ハザクラが困ったようため息をついた。彼女はすでにセルティアと何度も絵本の謎について議論していたのだ。
ルダージュたちに相談してみようと持ちかけたのもハザクラの方だ。
つまりは丸投げである。
「謎、か。展開が違う理由を一緒に考えたいってことでいいのか?」
「はい。そしてなぜ原本はその終わり方なのか、私は知りたいんです」
「原本であることは確定なんだ?」
「そういう前提で話を進めないと成り立たない悩みなので。ティーユ、せっかくなので絵本を読んでもらってもいいですか?」
「合点承知の助」
江戸っ子みたいな返事をしたバニー獣人はそのまま視線を落としゆっくりと精霊と召喚士の物語を語り出した。
序盤は、ひとりぼっちの女の子――後に大召喚士ノイシスと謳われる少女が精霊王と出会い幻魔を倒す旅に出る流れ。
中盤は、エルフの勇者や巨竜を仲間にし、各地を旅する冒険パート。
そして終盤は、仲間と共に幻魔に打ち勝ち、精霊王が単独で幻魔の残党を倒す決意をして、ノイシスと精霊王の別れと再会がラストを飾る。
――はずだった。
「……なるほど。確かに展開――というか終盤が違うみたいだな」
「ん」
ルダージュはティーユから絵本を受け取ると該当の箇所を開いた。
そこは白と黒が見開きで対比になっているページだった。
「刊行本では、精霊王がノイシスを残して幻魔の残党を倒す旅に出る。そしてページをめくるとこの黒く塗りつぶされたページと何も書かれていない白いページになり、さらにめくると精霊王が旅から帰ってくるシーンに繋がるはず」
そう言ってルダージュはページをめくるが白と黒のページの後に現れたのは物語の続きではなく裏表紙だった。
それはつまり物語の終わりを意味していた。
「精霊王がノイシスのところに帰ってこない。中途半端なところで終わってる」
「……はい」
セルティアが頷く。
目を伏せるその姿は少しだけ物悲しさを漂わせていた。同じ召喚士として思うことがあったのだろう。
「なぜこの原本(仮)と刊行本の内容が違うのか。単純に考えれば出版する前に改稿されたって考えるのが1番理に叶ってると思う」
「私も同意見です」
「ノイシスが精霊王を見送って終わり――だと幻魔は倒してないし、ノイシスと精霊王も再会できてない」
「バッドエンド?」
ティーユが一言でまとめる。
「そうだな。ハッピーな終わり方とは言えないな」
「だから一般受けするために出版者が改稿して最後を付け足した、と貴方たちは言いたいのね? 話を聞いている限り地上の『精霊王の冒険』は大団円を迎えるようだし」
「白黒のページの後に脈絡もなく精霊王が帰ってくるので戸惑う読者も多いです。でもだからこそ後付けをした証明とも言えます」
ハザクラの言葉を肯定するようにセルティアが解説を付け足す。原本(仮)ではそもそも精霊王が帰ってきていない。だから第三者の手によって帰還のシーンが付け加えられた。
急展開に見えてしまうのは雑な改稿による弊害だと結論づけることができる。
「……シルヴィエはどう思う?」
生き証人である聖刀剣の巫女の1人。
勇者アルスの聖刀として旅をしていたシルヴィエはセルティアたちが出した結論の真偽を証明できる貴重な存在だ。
だがルダージュは覚えていた。
シルヴィエともう1人の巫女であるオリヴィエが最終決戦に参加できなかったと過去に語っていたことを。
「2人の結末を知らない私にはそれが正解か否かは判断できない」
以心伝心。
シルヴィエが起こした文字をティーユが読み上げる。
「でも一つ言えることは“事実に限りなく近い”ということ」
「前に……馬車の中だったかな? 大召喚士ノイシスと精霊王は行方不明で絵本のような結末にはならなかったって。つまり“再会できたかどうかもわからない”こっちの本が史実に忠実ってことか」
ルダージュは『精霊王の冒険』の裏表紙を撫でた。地上で流通している『精霊王の冒険』には大召喚士ノイシスと思わしき少女と精霊王らしき少年の絵が描かれていた。
だが、図書洞窟で発見された絵本には何も描かれてはいなかった。
風化して消えてしまったのか、それとも最初から白紙だったのか、誰にもわからない。
「……ノイシス様は精霊王と離れ離れになってしまったんですね」
セルティアも左手の甲の紋様を撫でながらぽつりと溢した。アリアンジュを召喚する前はそこにノイシスの加護と呼ばれる幾何学的な紋章が刻まれていた。
彼女にとってノイシスとは恩人であり憧れだ。
加護がなければ召喚士としての自分やルダージュやアリアンジュと過ごす日常は絶対に得られなかった。
そして真実は違えど人型精霊を召喚したことでノイシスと自分を重ねるようにもなった。
ノイシスの生き様は目指すべき未来像といってもいい。
だからこそ『精霊王の冒険』には幸せな結末を迎えてほしいとセルティアは願っている。
作者不明のその絵本はノイシス本人が描いた物だと彼女は信じていたからだ。
「セルティア」
言い知れぬ感情に支配されそうになった彼女の名をルダージュが呼ぶ。
「俺は何があっても君のもとから離れない」
「……っ!」
それは今セルティアが1番聞きたかった言葉だ。それと同時に罪悪感が胸を刺す言葉でもあった。
「――唐突、ですね」
「言いたくなったから言っただけ。でも忘れないでほしい」
「……忘れませんよ。ずっと」
セルティアが顔を伏せその隣ではハザクラが「またいつもの、ね。今日1日で慣れてしまいそう」と肩をすくめた。
「ん、私もずっとお兄ちゃんと一緒」
ティーユは謎の対抗意識を燃やし、シルヴィエは微笑ましそうにニコニコと目を細める。
「とりあえず『精霊王の冒険』の展開が違う理由については“出版者が終盤を改稿したから”ってことでいいか?」
収拾がつかなくなる前にルダージュが話をまとめ、セルティアが頷く。
「はい。ただ、問題は次です」
「そもそもなぜ終わり方が中途半端なのか、だな」
一同は一斉に口を閉ざした。
すでに答えに近い話はシルヴィエから告げられている。
「……王様が旅に出て終わり。それが事実だから絵本もそこで終わり」
代表して答えたのはティーユだ。
誰もがたどり着く結論。
幻魔の残党を倒すために旅に出た精霊王。そこでノイシスと精霊王の物語は終わった。だから絵本の御伽噺もそこで終わり。
実にシンプルで当然の帰結だ。
「実話をもとにしたノンフィクションの絵本ってことか」
「……でも、その場合は疑問がひとつ残ります」
意を唱えるように口を挟んだのはセルティアだった。彼女は少しだけ食い気味に、まるで今から口にする内容は誰にも解消できない難題であるかのように、口調は重々しいものだった。
「なぜノイシス様は精霊王を見送るだけで一緒についていかなかったのでしょうか。相手が幻魔とはいえ召喚士である彼女なら召喚獣である精霊王と共に戦う道を選び、旅を続けたはずです」
そして一拍置いて、
「私ならそうします」
と自分の決意でも表明するかのように断言した。
「説得力ありすぎて否定できないわね」
「ん、たしかに謎」
「再会できない別れ、か。改めて指摘されると確かに違和感がある」
巷で流通している『精霊王の冒険』は離れ離れになった2ページ後には再会を果たしている。
しかもそのページの内容は白一色、黒一色で期間は不明。
刊行本の読者は「すぐに帰ってきた」と感じる者が大多数だ。そしてすぐに再会できたからこそ”別れ“たことに対して気にも留めない。
では再会できないまま物語が終わってしまう『精霊王の冒険』の“別れ”は自然な流れなのか。ノイシスという人物像に対して彼女の行動に一貫性があるのか。
ノイシスがセルティアと同じ感情を抱いていたのならその行動に疑問が残る。
「……もしかしたら未完成だったのかもしれない」
「未完成?」
ティーユが小首を傾げ、ルダージュの手元を覗く。
「本当はこの白と黒のページには続きを書く予定だった。でもやむを得ない事情があって描き切ることができなかったんだ。当時はシルヴィエたちに黙って消えたぐらいだし色々と切羽詰まってたのかも」
『お別れの挨拶ができないくらい忙しかったみたいだし』
「はは、シルヴィエが憎まれ口を叩くなんて初めて見た。得した気分だ」
仲が良かった証拠みたいなものだ。
ルダージュが思わず笑ってしまうとシルヴィエもどこかくすぐったそうに身をよじった。
皮肉ではあるが本心として最後の挨拶くらいはしたかったのだろう。
「……続きがあれば私は共感できたのでしょうか」
「どうだろうな。でもノイシスが精霊王を見送ってから「やっぱり私もついて行きます!」って展開だったらセルティアも納得できたんじゃないか?」
「それは……」
容易に想像できたのかセルティアは肯定するように黙り込んでしまった。
「もしくは未完成のまま完結させただけ、とか。“俺たちの戦いはこれからだ”みたいな」
『?』
ルダージュを除く女性陣の頭に疑問符が浮かんだ。シルヴィエに関してはご丁寧にクエッションマークを意味する異世界記号を携帯型黒板に書いている。
「ルルくん? その「俺たちの戦いはこれからだ」ってどういう意味かしら? あなたの世界のことわざみたいなもの?」
「ことわざなんて大層なものじゃないですよ。簡単に説明するなら打ち切りの定番文句みたいなもの、かな」
そう言ってルダージュは魔装で書籍もどき――漫画の単行本ほどの大きさの本を数冊作り出し、背表紙に番号を振って並べた。
「俺の世界には漫画っていう絵と文字を組み合わせた本があるんだ」
「絵本とはまた別ということですか?」
「漫画はコマ割りっていう1枚の紙を区切って絵を描くんだ。それで時間や出来事の流れを表現してる……って言っても実物を見ないとわからないよな。これで雰囲気が伝わるといいけど」
魔装の単行本を開いてみせるがやはりコマ割りだけを見てもピンと来ないのかセルティアたちからの反応は鈍い。
「……コマごとに絵を描くのは大変そうですね。またひとつルダージュとアリアンジュに聞きたい話が増えました」
「その時はもうちょっとマシな説明ができるようにしておくよ。アリアンジュなら絵も台詞も入れられるかもしれないからな、って」
話の途中でちょいちょいとルダージュの袖が引かれる。
犯人はシルヴィエだ。
彼女が携帯型黒板をくるりと回転させると、その裏には十字でコマ割りされた即興の4コマ漫画が描かれていた。
「え、すごいな。まさにそんな感じ……なん、だけど」
どれどれとセルティアたちも覗き込み「なるほど」と頷くが、ルダージュとしては気が気ではいられなかった。
なぜならシルヴィエの即興漫画はエルフの少年を挟んでいた姉妹が突然いなくなって、代わりに剣と刀が現れて彼の武器になる、というコメントに困る内容だったからだ。
(ハザクラさんに見せてもいいのか?)
とルダージュが彼女の反応を盗み見るが、先読みされていたのかばっちりと目が合ってしまう。
「あら? なんだか熱い視線を感じてしまうわ」
「……」
茶化してきたのでとりあえず問題はないと思うことした。
「冗談はさておき」
「つれないわね」
「例えば『精霊王の冒険』が漫画で単行本三巻分だったとする。三巻目の最後はもちろんノイシスが精霊王を見送るシーン」
魔装を器用に扱い絵本を再現する。
「本当は続きを描く予定だったけど諸事情により四巻目が出せなくなってしまった。でも作品としては完成させる必要はあるだろ?」
合計三冊の魔装の本の横に四巻目を並べ、そのまま掻き消すように霧散させる。
「続刊が困難で打ち切り――そんな時に最終巻のラストを“俺たちの戦いはこれからだ”にするのが漫画では定番――は言い過ぎだけどお約束な流れがある」
「……」
セルティアは黙ったまま真剣な表情で考え事をしている。
ルダージュの言葉をヒントに絵本に込められた作者の意図を読み解こうとしていた。
「なんとなく、わかった」
ティーユの感想が全てだ。
週刊誌や漫画がない世界で理解するには圧倒的に実物が足りなかった。
ルダージュもそれは承知している。
「実際に読まないとわからないよな。俺も意外と説明が難しくて困った。でも締めの言葉に“俺たちの戦いはこれからだ”みたいなシーンがあるとさ、本は終わりだけど登場人物たちの物語はまだまだ続くんだなって思うだろ? 『精霊王の冒険』で例えると“私たちの冒険はこれからだ”みたいな」
「お? お〜なるほど」
ティーユが頷いたことでルダージュはちょっとだけ胸を撫で下ろした。話を振っておいて誰にも共感されないというのも決まりが悪かったからだ。
メイド喫茶といい漫画の締め台詞といい、ルダージュは異世界人という正体がバレてから不用意な発言が増えていた。それは本人も自覚している。
周囲の一部に嘘をつかなくてよくなった反動なのだろう。それに加えて彼の召喚士は異世界の生活に興味を抱いており積極的に聞きたがる。
ルダージュもアリアンジュも彼女の喜ぶ顔が見たくてついつい長話をしてしまうこともあるが、それが口の軽さの原因でもあった。
(こういう場では問題ないけど教室の時みたいな状況は今後はないようにしないとな)
さらに黙りこくってしまった己の召喚士を見つめ、ルダージュは改めて決意する。
「『精霊王の冒険』の謎。俺なりの視点で語ってみたけど参考になったかな、セルティア」
「……」
「セルティア? 大丈夫か?」
「――ぇ、あ、はい! すいません、ちょっと考え込んでしまって」
「俺たちは力になれたかな?」
「はい。もちろんです。とても勉強になりました。でも――」
「でも?」
セルティアは気まずそうな顔で言葉を続ける。
「図書洞窟でさらに探究を続けたくなってしまいまして……差し当たってここでの滞在期間を延ばしたいな、と」
「なんだ、そんなことか。俺は問題ないよ」
「ん、右に同じ」
『旅行は久々だから楽しい』
「水中都市アクアリゼルは大歓迎よ。幻魔を倒した英雄たちを邪険にする民はここにはいないわ」
「ありがとうございます」
ふと、ルダージュは視線を感じた。
その主はハザクラだった。
彼女は何かを期待するような笑みを浮かべルダージュの言葉を待っているようだった。
「セルティア」
「? 何ですか?」
「実は俺もハザクラさんから仕事を手伝ってくれないかって誘われているんだ。セルティアが勉強中にここを留守にしてもいいか?」
「……」
「えっと、駄目か?」
「私から離れないって言ってくれたばかりなのに」
「え!? いや、それは遠くに行かないって意味であって、そのなんだ――」
「ふふ、冗談ですよ冗談! 私もハザクラさんからは話を聞いていてルダージュに任せます、と伝え済みですよ」
「そ、そうだったのか……焦ったぞ」
「その姿を見たかったので」
「意地が悪いぞ、まったく」
茶目っ気を見せたセルティアがウインクで返事をする。周囲はもはや何も言わない。
「ティーユはどうしますか? 待ちぼうけも暇でしょうしルダージュについて行ってもいいですよ」
「もーまんたい。私は私でやることがある」
「意外ですね。ルダージュについていくものだとばかり……シルヴィエ先生はどうされますか?」
『彼の心しだい』
「ですってルダージュ」
「どういうことだ……」
意味深なシルヴィエの発言の意味をルダージュが知るのはすぐ後のことだ。
雑談の場となった部屋では他愛のない会話が続いた。
だが一人だけ心ここにあらずの召喚士の少女がいた。
彼女は絵本を開き、白と黒のページを眺めながら「……冒険はこれからだ」と召喚獣の彼の言葉を繰り返す。
まるで呪文を呟くように。




