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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第六章 人鬼と禁呪の人魚姫
151/155

経験談

「そーいえば、ちゃんと答えてなかった」


 ティーユが思い出したように声を上げた。


「なんだ?」

「経験」

「……」

「殺しの」

「えーっと、いつどんな相手だった、とか?」


 遠慮がちのルダージュの言葉にティーユが首肯する。


「たいしたことじゃない。おに――ルダージュのためになるなら何でも――は難しいけど、話せることは全部話す」

「俺が話題を振っておいてなんだけど無理に思い出さなくてもいいんだぞ」

「心配無用。私は酷い目に遭ってないから」

「……そっか、なら後学のためにもお願いしようかな」


 ティーユの言い方に妙な引っ掛かりを覚えたがルダージュはあえて無視した。

 

「ん」


 ティーユが頷きシルヴィエに目配せすると無言の同意が返ってきた。筆談で答えるまでもなく「先に話していいよ」とアイコンタクトで伝えてきたのだ。


「小さかった時にきょーだいが人攫いに狙われたことがあった。逃げて追いかけ回されて取っ組み合いになった時、私が人攫いのケツを蹴り飛ばした」

「ケツって……いや、なんでもない。それで?」

「蹴り飛ばした先が崖だった」


 突き落として落下死させた――という意味だろう。それ以上は語るまでもないのかティーユはルダージュの反応を待っているのか口を閉ざした。

 やけにあっさりとした経験談だ。


 ティーユの感情が見えてこない。語る時の口調も落ち着いたものだった。

 それほどまでに日常的な行為の一部に過ぎないということなのだろうか?

 ルダージュには判断が難しかった。


「それが最初?」

「そう。他にも村に盗賊が押しかけてきたことがあって、それが2回目だった気がする。その時はたしか顎を蹴ったら吹き飛んだ」

「……さすがバニー獣人」

「ぶい」

「いや、褒めては……いるか。ティーユが無事なら俺はそれでいいし」

「……ぽ」


 頬に手を当て照れたような擬音を発するティーユ。表情は相変わらず無表情に近いので本気で照れているのかは疑わしい。

 ただ、それ以上話を続けるつもりはないのかティーユがさらに口を開くことはなかった。


『次は私かな?』


 そんな彼女に代わりシルヴィエが文字を掲げ首を傾げた。


「そう、だね」


 シルヴィエはエルフだ。

 エルフといえば長命で男女ともに美しい種族だ。彼女たちが生きた年月、その容姿を考えれば平穏な一生を過ごすことのほうが難しいだろう。


「……よかったら聞かせてほしい」


 ルダージュは少しだけ息をのんでから頷いていた。

 今更ながらエルフと聞くとどうにも日本にいた頃の偏った知識が脳裏を掠めてしまい身構えてしまう。


『手伝って、ティーユ』


 そんなルダージュの不安を他所にシルヴィエが自分の膝をポンポンと叩く。

 何事かとティーユとルダージュが目を丸くする。


『また読み上げてほしい。おいで』


 どうやら「膝の上に座って」というジェスチャーだったようだ。

 確かにその位置なら文字が読みやすく音読もスムーズに行えるだろう。


「よしきた」


 椅子から降りて(ぴょん)膝に座る(ぴょん)と2回の挙動でシルヴィエの腕の中に収まるバニー獣人。

 ウサ耳の伸びた頭をシルヴィエに撫でられご満悦だ。


「……翻訳、任せて」


 シルヴィエが筆を走らせた。


「……姉さんと初めて森を出て街へ出かけた時、帰りがけに冒険者に襲われた」

「冒険者にも襲われるのか」

「女か金が欲しかったんだと思う」

「……それで返り討ちにした、と」

「ん」

「――」


 同時に頷く2人を見てルダージュが目を細めた。

 エルフ族は昔から他種族に狙われやすい種族だ。シルヴィエは自己防衛のために幼少の頃から戦い方というものを叩き込まれていた。

 ルダージュが杞憂するような事態にはまず陥ることはない。


「森に住んでいたときは別の森の同族(エルフ)に狙われたこともあった」

「は?」

「強い男と契りを結ぶ――って噂が一人歩きして、集団でリンチすれば巫女姉妹を物にできると解釈した男たちがいた」

「なんだよそれ……無茶苦茶じゃないか」


 怒気を抑えながらも不快感を隠すつもりはなかったのかルダージュの顔が険しくなる。

 そんな新鮮な反応をしてくれる彼を微笑ましく見守るシルヴィエ。

 当時は婚約の条件を出しに闇討ちを仕掛けてくる者や複数人で襲いかかってくる恥知らずが少なからずいた。そういった輩はただ単にエルフの女が目的だったため遠慮なく撃滅してきた。


 思い返しても面白くもない記憶であり煩わしいだけの出来事でしかなかった。だが、そんな碌(ろく)でもない過去を語るだけで意中の相手(ルダージュ)が自分のことを心配する姿を眺めることができたのは思わぬ収穫だった。


 ルダージュの曇った顔を眺めているとシルヴィエは自分の背中がゾクゾクする感覚を覚えた。

 なぜなら心配されているのだと実感ができるからだ。彼の頭の中が自分のことでいっぱいになって、それが憂いとして顔に出ている。

 心情を隠せない彼を愛らしいと感じてしまう。


『心配?』


 簡単な単語だったのでティーユが翻訳することはなかった。直前にウサ耳がぴくぴく動いていたのでひょっとしたらシルヴィエの異変に勘づいて黙ることにしたのかもしれない。


「当たり前だろ。2人の――シルヴィエたちの強さは知ってるけどそれとこれとは別だし」


 返答がわかりきっている質問を聞くシルヴィエと律儀に答えるルダージュ。


「でも全く逆のことを言うけど安心もしてる。話を聞いている限りだと最初から強かったみたいだし、小さい頃から鍛錬に打ち込んでたってこと?」

「……エルフは長寿。長生きするとわかっているから自衛のために体を鍛えるのは嗜みのようなもの」

「ごもっとも……ぁ」


 ふと、妙に勘が鋭くなったルダージュが何かに気づき声を漏らした。


「もしかして今もまだ襲われることってあるのか?」

「……たまに」


 シルヴィエは一瞬だけ筆を迷わせ正直に答えることにした。そしてルダージュが勘違い(・・・)しないようにすぐに筆を走らせティーユが声でなぞる。


「お忍びで王都に買い出しをしていた時、聖刀剣の巫女と知っていても知らなくても襲ってくる輩はいた。道中はもちろん治安が悪いところだと自衛は必要になる。いつの時代も人の世は変わらない」


 ルダージュを追って森を出てきた巫女姉妹だが、彼が聖刀剣を抜く前から何も変わっていない。学園で生活するようになったからといって危険になったわけでも安全になったわけでもない。


「でも森を出てから私たち姉妹に普通に勝負を挑んでくる男はいなくなったから余計な負担は減った」


 シルヴィエが一呼吸おき、一文を付け加えてルダージュに文字を向ける。


『ルダージュのおかげ』

「どういたしまして――って言いたいところだけどなんともコメントしづらいな」

「ちなみにお兄ちゃん」


 シルヴィエの筆談を読み上げていたティーユが自分の役割は終わったと判断したのか元の席へと

戻る。


「なんだ?」

「私も人攫いに襲われたことあるよ、最近」

「最近!? 初めて聞いたぞ!?」

「小さいからたぶん子どもだと勘違いされた。でもグレンラタンが燃やしてくれたから平気だった」

「グレンラタンが――って俺たちが召喚されてからってことか。本当にここ数ヶ月の話じゃないか……」


 ティーユの唐突な告白にルダージュも開いた口が塞がらなかった。


「なんなんだこの世界……治安が悪すぎるだろ……。いや、世界じゃなくてこの国が――」

「魔道都市や王都は治安が良い方。住みやすい」

「嘘だろ!?」

 

 ルダージュが絶句する。

 いわゆるカルチャーショックというものだった。

 どうして今の今までルダージュが異世界の治安の悪さに危機感を抱かなかったのか。それは彼が人型精霊として名を馳せていたからである。


 触らぬ神に祟りなし。

 圧倒的強者(ルダージュ)が進む道をわざわざ通せんぼするようなメリットはどこにもない。犯罪者たちはルダージュに道を譲り何食わぬ顔ですれ違っていただけで、それこそ彼の前に立ち塞がる変わり者は幻魔教ぐらいだった――というだけだ。


「そういえば学園内にギルドが設置されているけどクエストに盗賊退治みたいな対人の依頼を見た覚えがない。学園では取り扱わないのか?」

『あるよ。賊退治』

「あるのか……」

「精霊科なら受けられるはず」


 学園には生徒の課題や小遣い稼ぎのための魔術ギルド支部がある。基本はお使いなどの雑務や魔物討伐がメインだが上級生のみが受注できるクエストの中には賊退治などの依頼も舞い込んでいることがある。

 戦闘面に関しては魔物退治と難易度はそう変わらないのだが、魔物と人間では勝手が違う。魔物であれば力でねじ伏せればいいが、狡猾な人間は嘘や誘惑で人を罠にかける。


 まだまだ未熟だと判断されるような生徒には対人の依頼は荷が重く、ギルド側からも提示することはない。つまり上級生であり生徒会に所属できるような優秀な生徒であれば問題なく請け負うことができるということだ。


「俺が見落としていただけか」

「もしくはセルティアが避けてたのかも」

「……何のために?」


 ルダージュの疑問にティーユが少しだけ考えるような素振りを見せ、口を開いた。


「ルダージュが人型の精霊だから? 慎重になっていたのかも。私たちは特別ではないけど経験がないのも普通なこと」


 境遇によって経験が左右されるとティーユは言いたいのだろう。事実、人族の学園生は能動的に活動しなければ対人の殺し合いに発展することは決して多くない。

 アリアストラの住人だからといって皆が皆、殺し合いをしているわけでも慣れているわけでもないのだ。

 セルティアが人間に近い人型精霊(ルダージュ)に配慮して意図的に特定の依頼を避けていた可能性は高い。


「守るためならいくらでも……」


 言葉は続かなかった。

 セルティアを守るためならどんな相手だろうと戦うことができる。だがそれは彼女を言い訳にして自身の選択や動機を誤魔化しているだけでしかない。

 ルダージュが最初に抱いていた懸念が巡り巡って帰ってきた形だ。ハザクラに「セルティアには相談できない」と伝えたのは間違いではなかったということだ。


「……」


 法的に問題ないと確認できた今、後はルダージュが覚悟を決めるだけとなった。

 思い悩み黙ってしまったルダージュをティーユとシルヴィエが静かに見守る。

 ティーユはここにいない彼の召喚士(セルティア)のことを考えていた。彼の葛藤をセルティアが予知していたかは定かではないが、告げ口のような真似はできそうになかった。


(みんな自分で答えを探してる。私も同じ。でも、私がここでするべきことはもう決めている。みんなはまだ知らなくてもいい。私だけの覚悟)


 人知れず決意を新たにするティーユ。

 その隣ではシルヴィエが我慢の限界に達したのか急に立ち上がり飛び掛かるような勢いでルダージュの頭をその腕の中へと抱き抱えた。


「シル、ヴィエさん?」

「……」


 名前を呼ばれてもシルヴィエが腕の力を緩めることはなかった。

 目の前のルダージュにまだ弟(アルフォス)が勇者《アルス》だった時の面影を重ねたのだ。

 姉を狙う同族男(エルフ)をアルスが代わりに殺したことがあった。あの時の弟の姿が脳裏を過り放っておくことができなかった。

 

「……大丈夫ですよ」


 シルヴィエの必死な態度に何かを察したのかルダージュは「大丈夫」と繰り返した。何が大丈夫で誰が大丈夫なのか誰にもわからなかったが、口にし耳にしているだけで不思議と不安が和らいだ気がした。

 答えを出したルダージュが顔を上げる。


「2人とも聞いてくれ。俺は――」


 その瞬間、


 きゅ〜

 

 という可愛らしい動物の鳴き声のような音が鳴った。


「……」

「……っ!?」

「……わーお」


 三者三様の反応。

 ルダージュは思わず口を閉じ、シルヴィエは驚きのあまり身をこわばらせた。ティーユは傍観者(・・・)だったが自慢のウサ耳で音の正体は一瞬で把握したので、成り行きを見守るようにルダージュとシルヴィエを眺めた。


 ルダージュも音の正体に気付いていた。むしろこの場には音の正体を知らない者は存在しない。

 なぜなら先ほど空気を読まなかった鳴き声はルダージュの耳元から聞こえてきたからだ。彼は今、抱きしめられていて身体は密着状態。さらに言えば座った状態で頭を抱えられているので、必然的にルダージュの耳は彼女(・・)のお腹から響いた音を捉えていた。


「あー……はは、ダメだ。こんな近くで聞いちゃったら誤魔化せないや。小腹がすいたの? シルヴィエ(・・・・・)」

「!?」


 直球を投げかけるルダージュにシルヴィエがたじろいだ。

 超至近距離でシルヴィエのお腹の音を聞いてしまったため、ルダージュはフォローすることを早々に諦め、ついでに気まずさも捨てていた。


「そういえば夕食もあまり食べてなかったっけ? あれからそこそこ時間も経ったみたいだし夜食にはちょうどいい時間かもしれないな」


 独り言のように現状を並べるルダージュとわたわたと顔を赤くするシルヴィエ。筆談用の道具はテーブルに乗せたままなので会話はできない。もし手元にあったとしても恥ずかしさのあまり何も書けなかっただろう。


「部屋の中にある食料は自由に調理して食べていいって給仕係の人が言ってたな。せっかくだから食べてみようか。ティーユもどうだ?」


 客室の一角には食材が積まれていた。そのままつまむことができる果実の他にも、野菜や穀物と一緒に調理器具一式が置かれていた。

 台所と呼ぶには少しだけ心許ない簡素な調理場もあるにはある。夜食にするような簡単な料理は作ることができるだろう。ルダージュの場合は魔装で補うこともできるので誤差のようなものだ。


「……お兄ちゃんの手作り?」

「そうだな。ついでに故郷の味も再現するつもり」

「ん、じゃあ今日は食べる」


 ティーユが迷うことなく頷き、我先にと食材が置いてある方へと跳んでいった。

 学園祭の時にルダージュが振る舞ったオムライスを食べてから、ティーユは彼の手料理の虜(ファン)となっていた。断る理由はない。


「実は昨日の宴の時から気になる食材があって目をつけてたんだ。再現したらシルヴィエにも試食してほしいな」


 試食というのは建前であり本音でもある。穏やかに笑うルダージュに恥ずかしさのあまり未だに言葉を失っているシルヴィエ。

 ルダージュはシルヴィエの答えを待たずに密着している彼女の背中と太ももに腕を回してそのまま抱き上げた。


「!?」


 子どものように抱っこされた経験などシルヴィエにとって数百年ぶりのことである。それこそ幼少の時にしかされたことはないし、なんなら記憶も曖昧なので初めてといっても過言ではない。


「しっかり捕まってて」

「……っ」


 少し強引で有無を言わせないルダージュと素直に従うシルヴィエ。

 決意表明は有耶無耶になってしまったが、ルダージュは心のどこかで安堵していた。出鼻をくじかれたというより焦る必要はないんだよと「めっ」と諭されたような気持ちだった。


 答えは決まっている。

 でも口にするほど急いてはいない。

 今はまだお腹が空いたならそちらを優先するぐらいの余裕があってもいいのだ。

 

「お兄ちゃん」

「ん〜?」


 林檎のような赤い果実を両手で抱えティーユが振り返る。


「ありがとう」

「唐突だな。急にどうした?」

「……ルダージュに頼られて嬉しかったから」

「またそれか。お礼を言うなら俺の方だろ。ありがとうティーユ。色々と聞けて俺も頭の中が整理できたよ」

「ん、よかった。私ももっと頼られる女になる」


 ティーユはそう言って果物にパクりと齧り付いた。食い気のある女にはすぐになれそうだ。


「シルヴィエも、ありがとう。また悩んだら相談に乗ってもらっていいかな?」


 ルダージュが見上げると耳を赤くしたシルヴィエと目が合った。仮面の下では頬も赤くなっているに違いない。


「……」


 そしてそんな気恥ずかしさを紛らわすようにシルヴィエがルダージュの頭を撫る。手持ち無沙汰だった彼女の手が収まるところに収まった形だ。


「……抱っこ」

「ティーユ。これは別にお礼でもご褒美でもないぞ」

「じー……」


 熱烈な視線にルダージュはギブアップ。

 押しに弱い自分に呆れつつティーユを抱き上げる。

 夜食作りが始まったのは彼女が満足した十分後のことだった。


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