裸眼の世界
「2人に相談があるんだ」
ルダージュが口を開いたのは7度目の勝敗が決した後のことだった。
夕食を食べ終え、余暇をどう過ごそうか悩んでいた3人。
例の話を切り出すタイミングを伺っていたルダージュは暇つぶしも兼ねてカードゲームで遊ぶことを提案した。
ルダージュが作り出したのは魔装でできたトランプだった。異世界人であることを隠す必要がなくなった故の何気のない思いつきだったのだが、物珍しさからか思いの外好評で何度も対戦することとなった。
内容はババ抜き。
ルールが単純で手始めに遊ぶには丁度いい手頃さだった。
1戦目はルダージュが勝利を収めたが2戦目からは勝てていない。ルダージュがジョーカーを握っていると心臓の音を聞き分けて確実にジョーカーを回避する獣耳少女と目の色から動揺を察知する仮面の女にコテンパンに打ち負かされたからだ。
今もまたルダージュの手元には灰騎士が描かれたジョーカーのカードが1枚。
最後の結果は語るまでもない。
『相談!?』
「珍しい……!」
シルヴィエとティーユの止まっていた時が動き出す。びっくり具合に比例しているのかシルヴィエの字がいつもよりデカい。ティーユに至ってはいつもの眠そうな目が嘘のように大きく見開いていた。
「そこまで驚かなくてもいいだろ」
まさかそんな反応が返ってくると思ってもみなかったため、どこか呆れ気味――というより拗ねたように目を据わらせるルダージュ。
「お兄ちゃんは1人で抱え込むタイプ」
「そんなことは……ない、とは言い切れないけど」
『頼られて嬉しい』
「喜ばれてもそれはそれで反応に困るな」
気恥ずかしさと共に後ろめたさも感じてしまう複雑な心境だ。なぜならルダージュはこれから彼女たちに不躾なことを聞かなければならないからだ。
「……で? 相談ってなに?」
気を重くしているルダージュの心を知ってか知らずか、ティーユがまたいつもの眠たそうな目でルダージュを見つめる。シルヴィエは特に語ることもないのか携帯型黒板をテーブルに置いて彼の言葉を待っていた。
「――っ、その、なんて聞けばいいのか、うまい言葉が全く見つからなかったんだ。だから単刀直入に聞くぞ」
しどろもどろになりながらも深刻な空気にならないように注意しながら言葉を紡ぐ。
「2人は……――人を殺したことがあるか?」
ルダージュは王国の法律に関して確認する前に現実を知ることから始めた。
ティーユは質問の意図がわからなかったのか小首を傾げぱちくりと瞬きをする。
隣にいたシルヴィエは静かに筆を執りさらさらと淀みなく文字を書き綴った。
そして――
『もちろん』
「あるよ」
二者がそれぞれの答えを示した。
ルダージュの想像以上にあっさりとした返答だ。
「そっかー……やっぱりそうだよなー」
正直、わかっていた。
盗賊に山賊、湖賊に異教徒。ありとあらゆる悪人どもが場所をわきまえずに犯罪を犯す異世界。魔法という対抗手段や種族による基礎能力のアドバンテージ。せめぎ合いぶつかり合えば誰かは死ぬし、誰かが殺している。
当たり前のことだ。
ただ、一つルダージュが安堵したことがあった。
それはティーユとシルヴィエを見る目が全くと言っていいほど変わらなかったことだ。
むしろ生き残っていてくれてありがとうと感謝をしたいくらいである。
人を殺したということはそうせざるを得ない状況に身を置いていたということなのだから。
「どうして急に……?」
「あぁ、ごめん。唐突すぎたよな」
ティーユの当然の疑問にルダージュがどうしたものかと頭を悩ませる。
だがそれも一瞬のことで、ルダージュはティーユたちに正直に経緯を伝えることにした。
「ハザクラさんに強くなる方法を教わるって朝に話してただろ? それで彼女に指摘されたんだ。俺は人を殺した経験がないから対人だと全力で手加減をしている――無意識にリミッターをかけているって」
「……気づかなかった」
「俺も指摘されて改めて気付かされたよ」
「お兄ちゃんがいた世界では人は襲ってこないの?」
まるで人が襲ってくるのが当たり前でそれを返り討ちにしている間に経験するものだ、と言わんばかりの質問だ。
事実、ティーユの認識こそこの異世界の現実なのだろう。
ルダージュはその実情を受け入れるように頷き、口を開いた。
「まったく襲ってこない、なんてことはない。でも日常的ではなかったし、俺がいた国では警戒して暮らす必要もなかった、かな」
「……ルダージュ、こんなに強いのに」
何か思うところがあったのか、お兄ちゃんとは呼ばずに考えに耽るティーユ。
その横にいたシルヴィエは静かに事の経緯を見守っていた。
彼女は元々気づいていた。
ルダージュを人型精霊だと思っていた時も人型精霊だと思うようにした後も、彼が一度も人を殺したことがないと知っていた。
シルヴィエは姉のオリヴィエと共に剣術の指導を施す立場だ。ルダージュと相対し剣を交えていた彼女たちにとってルダージュが人を殺した経験がないなど一目瞭然であり既知の事実でもある。
ルダージュが精霊だった時はいつか剣術の師匠として指摘する日が来るだろうと斜に構えていた。だが元人間だと知った後はそう単純な話ではなくなった。
どこまでこの世界に染めていいのかわからなくなったからだ。
それほどまでにルダージュが真っ白だったのだ。
白紙の紙に黒いインクをこぼせば黒く滲む。滲みは脆く穴となり紙そのものを破いてしまう。
シルヴィエとオリヴィエは彼の心が傷付くことを恐れた。
姉と相談した時、答えは保留となっていた。
そもそもルダージュはそれを弱点だとは思わせないほど強かった。剣術の腕はまだまだ発展途上だが魔装による最強の矛と鎧殻という無敵の防御があったから焦る必要はないと高を括っていた。
楽観視していたというわけではない。揺るぐことのない事実として捉えていた。
誤算だったのは昨日今日出会ったばかりの娘に見破られ指南されてしまったことだ。
余計な真似をして……と思わなくもない。
剣の師匠として頃合いを見計らうつもりだったのだが、完全に計算が狂ってしまった。
『人を殺すのが怖い?』
「……どうだろう、よくわからないな。でもはっきりしていることもあるんだ。俺が誰かを守れないくらいなら敵を潰したほうがマシだって。弱いままでいる方が俺は怖いよ」
巫女姉妹は見誤っていた。
ルダージュが強さを渇望していること、過保護なまでに守護に貪欲であることを。彼は自分が傷付くよりも仲間が傷付くことに耐えられないと。
「だから確認しておきたかったんだ。大前提として精霊の俺が人を殺しても罪にならないのか」
己の感情を蔑ろにして強くあろうとするルダージュの危うさを。
「……お兄ちゃん、悪い子」
「どういう意味だ?」
「セルティアがいない時に聞いてきた」
ティーユも気づいたのだろう。なぜ今このタイミングで話を切り出したのか。
それはセルティアがこの場にいないからだ。
彼女は今、勉強のために図書洞窟にいる。
夕食どきに語るような話題ではない、という至極真っ当な意見も勿論あるだろう。だがそれでもセルティアが図書洞窟へと戻った後というのはあからさま過ぎた。
これでは彼女に聞かれたくない話題だと語っているようなものだ。
「たまたまだよ。それで? 王国の法律的にはどうなるんだ?」
まるで「深く追及しないでくれ」と語るようにルダージュがわざとらしく苦笑した。
「……むぅ」
思いが通じたのかティーユが同意するように鼻を鳴らす。不服というより仕方ないなといった呆れの感情が強い。
「精霊の罪にはならない。精霊の罪は精霊を召喚した召喚士の罪になるから」
ティーユの炎の精霊が壁に立てかけてあった杖からティーユの手に飛び移る。
「もしここでグレンラタンが小火を起こして罪に問われたら、それは召喚士である私の罪になる」
「……なるほど。だいぶ前に似たようなことを聞いたことがあるかも」
話を聞いていたグレンラタンは自分はそんなミスはしないと主張したいのか、ティーユの手の上で消化作業をする小芝居を始めていた。
小さな火を炎の精霊が吹き消していく、というシュールなジェスチャーだ。
「ん、グレンラタンは良い子」
ティーユが満足そうに頷く。
だが、ルダージュが聞きたい内容とは少しずれていた。
「じゃあ追加で質問な。人殺しそのものは罪になるのか?」
「当然」
「でも、例外はあると」
「ん」
ティーユがシルヴィエを仰ぎ見る。
彼女の視線に応じたシルヴィエが携帯型黒板を掲げた。そこにはびっしりと異世界文字で箇条書きで並んでいた。
シルヴィエはルダージュたちが話している間に一心不乱に文字を書き続けていた。おそらく殺人が罪に問われない条件を書き綴っていたのだろう。
「……ほとんど読めないな」
法律関係の単語のせいかルダージュには難しい文章になっていた。
普段のシルヴィエならルダージュと筆談するために簡単で短い文章にするのだが、今回ばかりはそうもいかなかったようだ。
「悪い、勉強不足だ。代わりに読んでくれるか」
意地を張ってもしょうがないので正直に根を上げるルダージュ。
ティーユが小さく頷き、
「……」
無言でシルヴィエの文字を眺める。
「……要約すると悪い人間が相手なら罪にはならない」
面倒だったのか早々に諦めていた。
「だいぶ省略したな……」
ルダージュの言葉に頷いたのはシルヴィエの方だった。彼女は「大切なのは最後」とでも伝えるように一番下の文を指でなぞり、それをティーユが訳す。
「こっちの世界にもルールはある。でもルダージュは常識がしっかりしてるから追い追い覚えていけばいい」
長文はあくまでルールの量を示していただけで読ませるつもりはなかったということだ。
シルヴィエの指が上に移動し、さらに別の文章をなぞった。
「ギルドから“賊の討伐”を依頼された時、生け捕りなどの注意書きや備考がない場合は賊の生死は問わない。当然、請け負った側はなんの罪にも問われない」
まさにルダージュが知りたかった情報そのものだ。しかもシルヴィエの書き方から察するに最後の一文は補足だ。
クエスト中の殺しなんてこの世界では当たり前のことで殺人による罪がどうこうなんてあえて書く必要もない。
害虫がいたら駆除をする。
虫を駆除した業者をいったい誰が責めるというのか。彼らはただ仕事をしただけに過ぎず、結果として虫が死んでいるだけだ。
異世界ではその常識がまかり通る。ただ対象が虫か人かの違いでしかない。
「落とし所……というか合点がいった、かな。結論としても俺が悪人を殺しても何の問題もないってことだな。安心したよ」
法を遵守できることに安心したのか、まだまだ強くなれることに安心したのか、はたまた別の事案か。ルダージュは自然と「安心」と言葉にしていた。
気持ちの整理はできていない、とそう思っていたが考えるよりも先に口にでていた。
もしかしたらルダージュの答えは最初から決まっていたのかもしれない。
『ハザクラに依頼された?』
法に関する長文が消された後、シルヴィエが一言筆を執る。
「依頼って?」
『賊退治』
「どうしてわかったんだ? まだ言ってなかったと思うけど」
「お兄ちゃん、わかりやすい」
『年の功』
シルヴィエは短くそう答えたが実際はちょっとした推理によるものだ。
天敵である湖賊を捕らえた人魚たち。人魚の部隊をまとめるハザクラ。ハザクラからルダージュへの弱点の指摘。
(私が彼女なら湖賊の掃討にルダージュの力を借りる)
湖賊を尋問して拠点を聞き出しているなら戦力の増強を図るのは当然。
ルダージュの弱点と絡めて説得すれば協力を得られる可能性も高まる。
ハザクラは意外と強かだ。
「ん~……」
仮面の下で小さく唸る。
未来の旦那が会って間もない女の手玉に取られている。
シルヴィエとしては面白くない状況と言ってもいい。
ただ、本人はそれを理解した上でハザクラの手のひらの上に居座っているようだし、踊ることもやぶさかではないらしい。
(だったら私は彼が転ばないように手を取るだけ)
ダンスは2人で踊るものだ。
転がされないように、転ばないように支えることが自分の務めなのだと、シルヴィエは人知れず決意を固めた。
明日も同じ時間に投稿します




