にぎやかな朝食
「ごめん、バレた」
朝食時、ルダージュの第一声は謝罪から始まった。
「どうしたんですか? 藪から棒に」
深刻そうなルダージュの声色に釣られて、セルティアがナイフとフォークを置いた。
ティーユはいつも通り。視線はルダージュに向いてはいるものの、小さな口はムニエル風の焼き魚を食すことに余念がない。
もぐもぐとマイペースだ。
横に座っているシルヴィエは事の成り行きに身を任せているのか特に反応は示さず、それどころかティーユの頬に付いたソースを拭き取って甲斐甲斐しく世話を焼いている。
そんな三者三様の反応を伺いながら、ルダージュが一呼吸置いて再度口を開いた。
「昨日の夜、幻魔を食べているところを見られた」
「……!」
3人が驚いたように顔を見合わせる。
「誰に、ですか?」
「司書隊長のハザクラさんだ」
「……ハザクラ?」
セルティアの問いにルダージュが答えるが、ティーユだけはその名前にピンと来なかったらしい。ルダージュが「昨日、俺たちが湖賊船から救出した人魚のお姉さんだよ。ほら、宴会で踊り子もやってた」と付け加える。
「おー……あのエッチな服のお姉さん」
「いや、覚え方」
「事実だよ?」
「それは……まあ、うん」
否定できなかったので曖昧に頷く。
ルダージュ自身も口には出さなかったが「派手だな」とは思っていたし、疑問にも感じていた。
ハザクラの部隊の部下たちは水中戦にふさわしい防具を身につけていたから余計に民族衣装のような出立ちは目立っていたからだ。
「……なるほど。やはりルダージュはああいった露出の多い服装も好みなんですね」
「なにが「なるほど」で「やはり」なんだ! 変なところで納得しないでくれ!」
「お兄ちゃんのエッチ」
「ティーユまで悪ノリするな!」
「でも前にルダージュが魔装で人魚を作ってくれたときはもっと布面積が小さくて大胆でしたよ?」
「そ、それは……」
もはや取り繕うことは不可能に近かった。
「お兄ちゃんは民族衣装が好き。覚えた」
「そんな情報覚えてどうするんだ……」
「参考にする。きっと巫女先生のエルフ装束もエッチな目で見てる」
「……!」
「飛び火した!?」
巻き込まれたシルヴィエがぴくりと身じろぎして体を隠すように筆談用の携帯黒板を抱きしめた。
そういえば……と、シルヴィエは回想する。ルダージュと出会ったばかりの頃に服装について指摘されたことがあった。
あの頃からもしかしてそういう目で見られていたのだろうか?
「〜〜〜〜〜〜〜〜!」
恥ずかしくなりシルヴィエは顔を赤く染めた。
元凶のバニーは「おー……嬉しそう」と余計な一言を呟く。
「メイド服の次は民族衣装ですか。困りましたね……」
一方、真面目な口調で真剣に悩む召喚士がルダージュの前にいた。
わざとらしく腕を組み首を捻り、声をかけてくださいオーラを放っていた。
「……あまり聞きたくないけど、セルティアは何をそんなに悩んでるんだ……?」
根負けしたルダージュが合いの手のように質問をすると、セルティは待ってましたとばかりに目を開けて口元に笑みを浮かべる。
「メイド服はどうにでもなりますけど、魔道都市育ちの私には民族衣装がありません。つまりルダージュに着て見せる服がありません。困りました」
「……」
もはや何も言うまいと目頭を押さえる。
代わりに答えたのはティーユだった。
「もーまんたい。民族衣装は借りればいい。そうすればいろんな服も着れるし、お兄ちゃんも大喜び」
「……ティーユ、貴方って天才だったんですね……!」
話が脱線し過ぎて別のレールに乗ってしまい軌道修正はほぼ不可能だった。
その後、セルティアたちは「どんな服を着てみたい」「どんな服を着て欲しい」などの質問の応酬が続き、話が落ち着くまでにもう少しの時間を要するのだった。
±
「ハザクラさんに、バレたんだ」
タイミングを見計らったルダージュによるテイク2が始まった。
朝食も終盤。
お世話係の人魚が配膳した食事は魚料理がメインに据えられ、さながら日本定食のような献立であった。
炊いた米に吸物、野菜のおひたし。ムニエル風に焼いた魚に干物などなど。
ここにお漬物でもあれば完璧に日本の定食だったな、と先に食べ終わったルダージュが「ごちそうさま」と小さく呟きながらそんな感想を抱く。
服の話で盛り上がっていたセルティアたちはその半分ほどの進み具合だ。
「誓約書は読んでもらいましたか?」
「ああ、了承してもらった」
「じゃあ問題ありませんね。さ、私たちも食べてしまいましょうか」
先ほどの脱線具合が嘘のようにあっさりと話が終わってしまう。
ルダージュにとっては肩透かしのような状況だ。
「それだけか?」
「?」
セルティアが首を傾げた。
本気でこれ以上何を言えばいいかわかっていない様子だ。それはティーユとシルヴィエも同様だ。
「迂闊だ、とか。どうしてまた幻魔を食べるんだ、とか。言わないのか?」
「私たちに黙ってまで行ったのにバレてしまったのではどうしようもありません。運がなかったとしか」
「うっ」
「責めているわけではないのでそんな声出さないでください。ルダージュ」
「……ごめん。いや、この場合はありがとう、かな」
優しく微笑むセルティアを前にルダージュは肩の力を抜くことにした。
みんなとは後ろめたい秘密を共有した関係だ。
怒られると考える方が逆に失礼というものだ。
「それにお兄ちゃんの秘密主義はいつものこと」
『慣れた』
「やっぱり責められてないか?」
軽口だとはわかっているので話に乗っかると、ティーユは親指と人差し指で輪っかを作りルダージュを覗き込んだ。彼女の頭の上では炎の精霊も同じ動きをしている。
「弱ってるお兄ちゃんを眺めるのも乙なもの」
「おいおい」
「わかります……!」
「セルティアも同意しなくていいから……ってシルヴィエも俺の顔見て何を描いてるのさ。恥ずかしいって」
と、拒んでいる間にラフが出来上がりお披露目。
「可愛い!」
「哀愁がよく表現できてて……ぐっど」
「さすが――だけど前2人の感想はおかしいだろ」
空気の入れ替えも済み、和気藹々とした食事が続行される。
全員が朝食を食べ終わったのはそれから10分後のことだった。
「蒸し返すわけではないですが、今回の事故に関して私はあまり不安に感じてはいません」
事故、とはルダージュが正体がハザクラに露見してしまったことだ。
「理由を聞いてもいいか?」
「ハザクラさんは聡明な方です。部隊では隊長を任されるほど信頼されていて実績もある。なにより幻魔討伐に駆り出された私たちの案内役にまで抜擢されています。それはつまり部族にとっての益を計算できる人間と言えるでしょう」
「だから王国や勇者を敵に回すような真似はしない、と」
「そういうことです」
恩も売った後ですしね、とセルティアが言葉を続ける。
そもそもルダージュはハザクラを救っているのだ。愚か者でもない限り恩を仇で返すことはないだろう。
「今度こそこの話は終わりですね。給仕の方が片付けに来られるまで何か他の話題でも探しましょうか。楽しい話がいいですね」
「楽しい話……」
セルティアの提案にルダージュが考え込む。
「わくわく」
『そわそわ』
なぜか他2名はすでに考えることを放棄しており自然とルダージュへと視線が集まった。
そんな6つの瞳に急かされながら、話題を1つ閃いた。
「個人的な話になるけど……」
「いいですね。ルダージュの個人的な話、私は気になります」
「今、俺たちが食べ終わった朝食が元の世界の献立に似てて嬉しかった――とか?」
「どうしてそれを先に言ってくれないんですか!?」
「え!? キレるのこっち!?」
「そうと知っていればお話を聞きながらもう少しじっくり味わってもよかったのに! 教えてくれるのが遅いです!」
「水臭い」
『どれが美味しかった?』
「お、おう。そこまで熱烈に食いつくような話題でもないような……」
質問攻めは案内人の人魚が部屋を訪ねてくるまで続いた。
そして何故かお詫びとして、水中都市の食材を使ってルダージュが故郷の料理を振る舞うという形で落ち着いたのだった。
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