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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第六章 人鬼と禁呪の人魚姫
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静かな朝

「冷たっ」


 早朝。

 ベッドから起き出たばかりのセルティアが小さな悲鳴を漏らした。


「……そっか、水中都市……でしたね」


 目線を落とし足元を見ると、そこにはくるぶしまで水に浸かっている自分の足があった。

 顔を洗うためにベッドから抜け出て、いつものように立ち上がるために床に足を着けた瞬間のことだった。冷たく澄んだ水と柔らかい砂の感触が一瞬で彼女の足を包み込んだのだ。


「……忘れてました」


 人魚の楽園――水中都市アクアリゼルの一室で一夜を明かした。

 客室だからといって関係ない。

 水中都市は人魚による人魚のための楽園(すみか)である。二足歩行の人種のための乾いた床などあるわけがなかった。


「ん、くぅ〜……っ」


 手を組みゆっくりと体を伸ばす。

 白けた空を窓越しから見上げ、寝ぼけ眼だった瞳に光が宿る。

 素足で水に浸かったせいか眠気はすでに吹き飛んでしまっていた。


「……よし」


 何かを決意するように密かに声を発し、セルティアは振り返る。

 そこではまだシルヴィエとティーユが仲良く寝具をかぶって眠っていた。

 2人は抱き合うように……というよりティーユがシルヴィエにしがみつくように抱きついて寝ている。まるで親子のように見えなくもないが恋人もいないシルヴィエにそんなことを告げれば全力で首を横に振ったであろう。


 今もまたティーユのウサ耳がシルヴィエの口元を覆っているせいで息苦しそうな寝顔を晒している。親子みたいだ、なんて伝えてしまえばきっと同じような苦悶の表情を浮かべたことだろう。


「……? ルダージュ?」


 ふと、セルティアが気づく。

 彼がベッドにいない、と。

 昨夜は宴会が終わった後、すぐにこの客室へと戻り休むことになった。

 セルティアたち一行に用意された客室は元々は1人一部屋だった。だがルダージュを除く3人が同室がいいと申し出たことで大部屋が提供されることとなった。ルダージュだけは「俺は1人でも――」と意を唱えようとはしたのだが「ダメです」「やだ」『添い寝!』という意見と欲望に押しつぶされ否決となった。


 そう、添い寝だ。

 大きいベッドが一台だけ鎮座する寝室でルダージュと添い寝する。

 そんな夢を見ていた乙女たちだったのだが、肝心のルダージュはどこかへ出かけてしまって戻ってこない。暇を持て余した彼女たちは彼を待つ間に『誰がルダージュの隣で眠るのか』を公平に決めるため真剣勝負(テーブルゲーム)に興じることにした。


(私が最初に負けて不貞寝――したフリをしながら2人のゲームを見守って、そのまま寝ちゃったんですね)


 いつまでたっても待ち人(ルダージュ)は来ず、そのまま夢の中へと旅立ったのだ。

 そしてそれはシルヴィエとティーユも例外ではない。2人でルダージュを挟む予定だったが彼が帰ってくる前に寝落ちしてしまったという訳だ。


「……ぁ」


 彼は今どこにいるのだろう。

 ベッドから視線を外し、周囲を見回したセルティアはあっさりと彼を見つけた。


「ルダージュ? 起きてますか?」


 部屋の隅に灰色のベッドが置かれ、その上でルダージュが寝息を立てていた。

 灰色のベッドは備え付けの家具ではない。

 魔装で作られた即席ベッドだ。


「ルダージュ?」


 セルティアがまた己の召喚獣の名を呼ぶ。

 なぜかその声量は先ほどより小さく、どこか予防線を張るような事務的な掛け声になっていた。


「……」


 水面から足を出さないようにゆっくりとした足取りで忍び寄る。

 そのためかセルティアがルダージュを見下ろせるところまで接近しても彼が起きることはなかった。


「いつもと逆ですね」


 セルティアの指先がルダージュの黒髪に触れる。

 剣術の特訓や朝食の用意のためにルダージュが早起きするのはいつものこと。

 逆にセルティアは夜遅くまで勉強をしていることが多いので朝は遅いことが多い。


「前の私なら……」


 添い寝ができないならルダージュの上に乗って寝ます!!

 なんて決意を口にしながら覆い被さったかもしれない。

 今がその絶好のチャンスではある。が、実行に移すような真似はしない。

 なぜならルダージュが起きてしまう可能性があるからだ。

 じゃあ起きなければやるのか?

 と問われれば無論、言葉よりも先に体が動き彼に跨った――かもしれない。

 なんとも曖昧だ。


「さすがにそれは……はしたないですよね?」


 誰にともなく問いかける。

 いつの間に自分はこんな中途半端になったのだろうかと苦笑する。

 灰色のベッドに腰を掛け、ルダージュのそばににじり寄る。


「失礼します」


 静かに寝息を立てる彼を見下ろし、頬を綻ばせ、起こさないようにゆっくりと身体を倒す。

 ルダージュの胸に顔を埋めるように上半身を密着させた。添い寝でもない、完全に覆い被さるわけでもない、中途半端な体勢。

 それが今のセルティアにできる精一杯の姿勢だった。


「……わかってますよ。昨夜は幻魔を食べに行ってたんですよね」


 みんなに目的地を告げずに出ていった時点でセルティアは察していた。それはシルヴィエやティーユも同じだった。

 だから誰も「どこへ行くの?」とは聞かなかったし、止めることもなかった。

 ルダージュの決意を知っているからだ。


「私も、頑張りますね」


 まるで同じ決意を抱いているかのようにセルティアが語る。


「あなたとあの子のために。そして何よりも自分自身のために」


 セルティアはそう言って静かに目を閉じた。ルダージュが起こしてくれるまで寝たフリを続けるために。

 


短いので明日も同じ時間に投稿します。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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