人魚姫は見た
「して、ハザクラよ。お主のその格好はどうしたのだ」
「どう、とは?」
ハザクラはグワン族長の言葉の意味を理解できず、反射的に聞き返した。
族長が『宴を開くぞ!』と宣言し、客人たちが案内役の人魚に連れられて族長の間を後にしてすぐのことである。
報告書でもまとめてしまおうかしら、と宴までの空き時間の予定を組み立てていたハザクラに族長が問いかけたのだ。
その服はなんだ、と。
(なんだと聞かれてもご覧の通りですけど、としか答えられないわ)
ハザクラは自分の服装を見下ろした。
全体的に面積が小さい。布はひらひらしているし胸元は大胆に露出している。装飾としてブレスレットや指輪はもちろん、口元には薄い布地のフェイスベールを身に着けていた。
(……少し扇状的だったかしら)
でもこれは族長たちからの指示だったはずだ。
「ロゥダン族の伝統的な衣装だと、お父様――ロー族長からは聞いていますけど。客人を迎えるならこれを着ていけと」
いつもの癖で呼んでしまうが特に慌てた様子もなく言い直す。公の場だから形式上取り繕いはした、といった感じだ。
「……ローの長、お主の仕業か」
「人聞きの悪い。人魚を知らぬ精霊への粋な計らいではないか」
ローの長と呼ばれた1人の族長がニヤリと笑う。
彼こそハザクラの父、バハムである。
壮年の戦士でもあるバハムは筋肉質な上半身を惜しげもなく晒しており、他の族長たちとは風体が異なっていた。円卓に身を乗り出すその姿は酒場にいる冒険者と相違ない。
「娘には大事な客人をもてなせと伝えた。いつも着ているような服では華が無いからな。アレはこういった時のために事前に妻と共に用意しておいたのだ」
「ここは閉鎖的な都市だ。地上にいた頃の村や族の風習はほとんど廃れ、今では過去として文献にしか載っておらん。よくもまぁ古い教えを引っ張り出してきたものだ」
「なに、そこまで大袈裟なものではない。これは昔あった風習になぞらえたまじないのようなものだ。それに俺も父として娘の華やかな姿を久しぶりに拝みたかったのだ」
「本音はそれか」
グワン族長がやれやれと首を振る。他の族長たちも2人のやりとりを理解できているのか呆れた顔をしていた。
「……つまり、どういうこと?」
当のハザクラは首を傾げていた。
回りくどかったので会話の内容が頭に入ってこなかったのだ。
「特使のための正装と聞いていたのだけれど……」
「それは嘘だ。そんな派手な正装があるわけなかろう。あいかわらずしっかりしているようでどこか抜けておるなお主の娘は」
「はっはっは、誰に似たのだろうな!」
グワン族長がぴしゃりと言い放ち、主犯の男が豪快に笑う。
ハザクラはフェイスベールの裏で笑顔をひくつかせた。
「では、この踊り子のような服装にはなんの意味が」
「服だけではなくベールと装飾品の組み合わせで意図が異なるのだが……まぁ詳しい話はよいではないか」
グワン族長は言葉を濁した。
彼の態度を訝しみ、ハザクラの目が据わる。
人前では口にするのも憚るような内容だということだ。
「……お父様? 娘に何をさせているのかしら?」
「おお!? 勘違いするな我が愛娘よ。それはあれだ、昔な、他所の男を落とすための勝負服のような物だ」
「――」
怒りのあまり立ちくらみを起こしたハザクラだったがなんとか踏みとどまった。
「どこの世界に精霊に色仕掛けをするための使者を送る国があるのよ!?」
「人魚の世界だろうなぁ。俺の娘が初かもしれんが」
「いけしゃあしゃとよくも――っ!」
悪びれもしないバハムの横でグワン族長が「おいワシらを巻き込むな」と講義の声は上げるが親子喧嘩の仲裁はしない。
「無知な自分を恨め。それに仮にも司書なら村の歴史ぐらい文献で学んでおけ」
「くっ」
ぐうの音もでないとはこのことだった。
ただ感情は抑えられない。
父は族長という立場を利用して謀るだけでは飽き足らず、今度は娘の司書という立場を利用して言いくるめようとする。
なんてずるい親なのだろうか。
「専門外の本を読んでる暇なんてないもの」
そんな思いから苦し紛れの言い訳を口にした。
「地上から取り寄せた娯楽本ではないか……悪いとは言わんが父としては本ばかりではなく現実の男にも――」
「そのくらいにしておけ。いつまで続けるつもりだ」
バハムのお小言が長くなりそうだと踏んだグワン族長が見かねて仲裁に入る。
「ハザクラよ。多めに見てやってくれ。こやつもこやつで浮かれているのだ」
「?」
話が見えずハザクラは疑問符を浮かべた。
「お主が囮になり湖賊と交戦していると報が届いた時は大変だったのだぞ? 『娘の一大事だ! 全軍をよこせ!! 俺が指揮を取る!』と大騒ぎだったのだからな」
「お、おい……それは黙っておくのが情けというものだろう……」
先ほどまでの優勢はどこへやら。
居心地も悪いのか声も尻すぼみになっていく。
「こうも言っておった。『今日のハザクラはいっそう美人で危険だ。湖賊なんぞに触れさせてたまるか!』と。なんの話かと疑問に思っていたが、まさか入れ知恵で着飾らせていたとは……策士としては気が気でなかったのだろうよ」
「……」
全て言い当てられバハムは黙ってしまった。
「お主が怪我もせず無事に帰ってきてはしゃいでおるだけだ。客人の前では抑えることができたようだが、照れ隠しだ。これは」
ハザクラとバハムの視線が交差する。
つっけんどんな顔とバツの悪そうな顔。
最初に口を開いたのはハザクラだった。
「お父様」
「な、なんだ?」
「ただいま、戻りました」
「……! あ、あぁ! おかえり、ハザクラ。無事で何よりだ……っ」
照れくさそうに笑う父を見て、ハザクラも釣られて笑った。やれやれ仕方ないなといった感じの呆れ笑いだ。
「でもそれはそれとして騙したことはまだ許してないから」
「うおい! なぜだ!? あの精霊は聖刀剣にも選ばれるような色男だぞ。せっかくの出会いを無駄にはできんという親心をだなあ――」
「知らないわ」
「またお前は……でも実際会ってみて何か思うところもあっただろう?」
「それは……――」
とハザクラが件の精霊――ルダージュとの出会いを思い出そうとするが、
(初対面なのに抱っこしてなんて甘えて……つい、年下を揶揄う感じで接してしまったけど、あれってまさに色仕掛けみたいなものなんじゃ……)
服装の意味も相まって冗談じゃなくなってしまっているように思えた。
意識すると途端に恥ずかしくなり頬まで赤くなってしまう。
絶対にルダージュには服の意味を知られてはいけないとハザクラは決意した。
決意ついでに父に反論できなかった悔しさから、後日ロゥダン族が地上に住んでいた時の歴史も調べることになる。そこで服の正体が“村を訪れた好漢に、女をあてがう時の着せる物”と知って怒ることになるのだが、それはまた別の話だ。
昔は余所者のいい男を移住させようと村が一丸となって画策していた。当時、男を気に入った娘が勇むために着込んだ服。それを似せた物がハザクラが身に纏っている踊り子の服と装飾品の類というわけだ。
「……とりあえず着替えてくるわ」
そんな詳細を知らずとも篭絡のための服ということは認識している。
ハザクラは話を中断して逃げるように提案をするが、意外なところから横槍が入る。
「待ってくれ」
「グワン族長?」
「宴の最後に舞を予定している。天地還りの舞だ」
「……私に踊れと?」
「話が早くて助かる。指輪の一つでも外せば踊り子の服に変わりはないからな。まさにうってつけだ」
「族長の娘としてできなくはないけど……」
「それに今、舞をできる者が1人足りぬのだ」
「……」
なぜ足りないのか。
元々舞を踊れる者が少ないという理由もあるが、今回は違う。
「祝勝会のはずなのにしめやかに終わってしまうわね。ルル――精霊くんや学園生がいる場では相応しくないんじゃないかしら。後日、改めてではダメなのですか?」
「仇を討ってくれた者たちが見送ってくれた方が同胞たちの魂も安心して還れるだろう。ワシらの独り善がりではあるがな。なに、見知ったお主が踊れば彼らも純粋に楽しむことはできよう」
「……承りました」
若干、また言いくるめられたような気がしないでもないハザクラだったが拒絶するほど嫌でもない。寧ろここまで来たら服のチョイスを正当化するためにも舞うしかないような気さえする。
この後戻りできない状況も父と母が見越していたのだとしたら、さすがのハザクラも完敗と納得するしかない。
裏で糸を引いていた両親の人形として最後の舞までは操られてやろうと諦めた。
「俺も楽しみにしているぞ、娘よ」
「お父様は黙ってて」
±
ハザクラは意識してしまっていた。
誘惑するための服で着飾っているのだ。ルダージュのことを意識するなというのが無理な話である。
宴の最中はルダージュに侍るように横に居座り酌をした。
天地還りの舞を踊っている時も自然と視線はルダージュへと流れた。
好意を抱いてはいるが恋愛的な意味と問われると断言はできない。だが興味が無いと言えば嘘になる。
それもこれも父と母の策略とこの服のせいだとハザクラはずっと呪っていた。せめて着替えることができれば意識する必要もなかったのだろうが、タイミングもなかった。
席を外している間に過去の風習を知る者が現れ、告げ口でもされたらと思うと目も離せない。
もはやこれは監視なのではないか?
疑問を抱きながらもハザクラは無意識でもルダージュを目で追っていた。
だからこそ気づいた。
宴がお開きとなった瞬間のルダージュの微細な変化に。
そわそわと落ち着きがなく、セルティアたちを借り部屋まで送り届けると、今度はこそこそと隠れるように単独で上の地上を目指し始めた。
ハザクラは好奇心に負け、知らず知らずのうちに尾行していた。
あんなにも堂々と幻魔を討伐した人型精霊が人目を忍んで何をするつもりなのか単純に気になったからだ。
後ろ暗いことがあるようにも見えない。
だが、ルダージュがホロコ島を目指したときは一瞬だけ盗みを疑った。
夜に、隠れて、ホロコ島へ、という連想ゲームから盗みという結論が導き出されたからだ。
ハザクラはすぐに頭を振り、その邪推を否定する。人によっては宝島と呼ばれる島ではあるが人型精霊が欲しい物はないだろうし、欲しいのなら幻魔を討伐した報酬として要求すれば済む話である。それにハザクラにはどうしてもルダージュが盗みをするような人柄には見えなかったのだ。
だからルダージュがすぐ近くに停泊させてあった湖賊船に乗り込んだ時はほっと胸を撫で下ろした。自分の勘は間違っておらず、彼もまた悪漢などではないと再認識できたからだ。
湖賊船には金目の物は積んでいない。
あるのは一族の仇だったモノだけだ、と。
それが徒となった。
ルダージュが幻魔の死骸へと近づいた時も「幻魔の調査かしら、仕事熱心なのね」と勝手に納得し、勝手に感心し、油断していた。
そして、見てしまった。
ルダージュが魔装の爪で幻魔の肉を切り裂き、おもむろに口に運び咀嚼し始めるその姿を。
悪夢のような光景を不意に叩きつけられた。
(うそ……)
最初はあまりの衝撃に自分の目を疑った。
精霊が幻魔の肉を食らう。そんな与太話など聞いたこともなかったからだ。
そもそも幻魔を食べるなんて発想がない。
討伐できればその死骸は時間が経てば灰のように消えてしまうという幻のような存在。
食用としては不都合で不適切。
過去に幻魔を食べたなんて事例は聞いたことがない。
そもそもロゥダン族を含めアクアリゼルの祖先は”幻魔から逃げるために人魚になった”のだ。幻魔を討伐することもできなければ食べようと思う機会すらない。
(どうして貴方は、そんなことをしているの……?)
息を潜めたハザクラは彼のことがよくわからなくなりそうになっていた。
幻魔を食べる姿はもちろん衝撃的だった。
だけど冷静に考えるとそれだけなのだ。
幻魔の肉を食べるのは禁忌である――なんて教えは世界のどこにもない。
食べていいよ、と勧められれば拒絶するものが大半を占めるだろう。だが、それと同時に「食べれるの?」という疑問を抱く者も少なくはないだろう。
どうして幻魔を食べるのか?
食べる意味はあるのか?
幻魔を食べる貴方は何者なのか?
ハザクラの疑問は尽きない。
そして何よりも、顔を歪ませながら幻魔を食べ続けるルダージュから目が離せなくなってしまった。
哀愁のある姿がどうにも気に掛かり放っておけない。
「……ルル、くん?」
感情に流されつい話しかけてしまった。
自分の知る人型精霊だと確かめるように愛称で呼んでしまう。
「貴方……何を、しているの……?」
振り返った彼は血を滴らせながら驚いた顔で振り返り困った顔をした。
ハザクラが想定していた反応そのままで少しだけ嬉しくなる。
「幻魔を、食べてたの……?」
核心をつくと、ルダージュは諦めたように立ち上がりゆっくりとした足取りでハザクラに向かってきた。
本来であれば秘密を目撃してしまったハザクラが逃げ出してもおかしくはない状況だ。
だけど彼女は後ずさることすらしなかった。
恐怖で動けなかったわけではなく、ルダージュが自分を傷つけるわけがないという確信をこの瞬間に感じ取ったからだ。
ルダージュの手がハザクラの顔を覆うように迫る――その間際でも、彼女が目を逸らすことはなかった。
明日(6/26)も同じ時間に投稿します。




