宴会後の祭りの静けさ
湖の園――アクアリゼルの宴は盛大に行われた。
水中という人魚にとっての生活圏を脅かす水棲型の幻魔が討ち取られたのだ。
呑んで騒がずにはいられない。
元々は部族間で解決するつもりだった。
だが、相手は幻魔。
魔法は効かず、剣や槍は強靭な鱗に阻まれなす術がなかった。
同胞は顎に噛み砕かれ、鋭利なヒレに切り裂かれ、巨大な手に握り潰された。
立ち向かった人魚の戦士たちは勇敢であり、残された戦士たちもまた蛮勇ではなかった。
自分たちの力だけではどうしようもないと早々に方針を切り替え、アクアリゼルの民は友好国であるアリアデュラン王国に救援を求めた。
頼みの綱は召喚士。
対幻魔戦闘に長けた精霊を操る魔法使いだ。
だが並大抵の召喚士では相手にならないことはわかっていた。
時代が時代なため召喚士とは名ばかりで、幻魔との実戦経験の浅さはどうしようもない。
さらに戦場が深い水の中となれば、なおのこと対処できる者は限られる。
それは召喚士として最高位の役職である宮廷魔法使でさえ例外ではない。実力もピンキリで、幻魔戦の経験もほとんどない。
しかも敵は水の中。
普通の増援ではいたずらに犠牲を増やすだけだと目に見えていた。
熟慮した結果、人魚たちは最近召喚された人型精霊『灰騎士』とその召喚士に一縷の望みをかけた。
実績と精霊王と同じ人型である神秘性に縋ったのだ。
そんな経緯もあり、人魚たちは幻魔が討たれることを期待していなかったわけじゃない。
ただ、期待以上だったのだ。
島に到着して早々に「とったど〜!」と幻魔だった肉塊を見せつけてくるとは誰も予想だにしていない珍事だった。
それどころか人型精霊は討伐したことを誇ることさえしていない。
遊泳中に美味しそうな魚を見つけたから銛で突いた――なんて日常の一部と同じように振る舞われては人魚としても立つ瀬がなかった。
だから族長が「宴をやるぞ!」と声高らかに宣言した時に人魚たちは慌てた。
何の準備もしていなかったからだ。
まず行われたのは人員の確保。
アクアリゼル内の全ての部族の人魚を掻き集め、宴の準備が行われた。
老若男女はもちろん役職すら問わずに駆り出されたので、そこにはルダージュたちの到着を出迎えた兵士たちの姿さえあった。
本来であれば衛兵たちには関係のない話だ。都市を防備している兵士が持ち場を離れて宴に参加するなど常識的に考えればできるはずもない。
そのはず……なのだが、今回は事情が違った。
人魚の天敵とも呼ぶべき湖賊までもがルダージュによって狩られていたからだ。しかも幻魔のついでに、だ。
警戒しなければならない相手が牢屋の中――というお膳立てもあり、兵士たちも気兼ねなく参加することができた。
秘境である水中都市にそもそも敵が攻めてこないという現状も後押ししている。
こうしてアクアリゼルの人魚が一堂に集う、幻魔討伐祝いの準備が整った。
主役であるルダージュと召喚士のセルティア、シルヴィエとティーユは上座へと案内され手厚い歓迎を受けた。
テーブルにはリューゼル湖で獲れた魚介類をふんだんに使った料理が隙間なく並び、ルダージュたちの隣にはハザクラ率いる見目麗しい女人魚たちが酌人としてついた。
宴では族長の進行により人魚たちへ挨拶する機会も設けられた。セルティアが慣れたように、ルダージュが少し緊張気味に語り、聖刀剣の巫女であるシルヴィエは軽く手を振ることでそれに応えた。
フライング気味に羽目を外したのは最後に残っていたティーユだ。彼女は何を思ったのか盃を手に取ると「灰騎士さいきょー! お兄ちゃんさいきょー! かんぱーい」と音頭を取りはっちゃけた。
そこからは先はただのどんちゃん騒ぎ。
無礼講で、呑んで食べ、歌って踊った。
宴会ということもあり途中で宴会芸のお披露目もあった。
部族の戦士による武器を使った演舞から始まり、民謡の歌唱や楽器の演奏、中には茶番劇のようなものに挑み笑いを誘う者まで現れた。
そんな中、ルダージュたちが最も目を引いたのはハザクラによる舞だ。
ハザクラはルダージュたちと出会った時と同じ衣装に身を包み、数人の人魚を引き連れて水場へと移動すると、その上で静かに踊り始めた。
今までの熱をゆっくりと冷ますようなしめやかな舞と音楽。
同胞への弔いの意味もある舞なんです、とルダージュたちに酌をしていた人魚は語った。
綺麗だな、とルダージュは飾り気のない感想を抱いた。揶揄ってくる時とはまるで別人だ、とも思った。
宴の幕が閉じるまで、ルダージュたちはその光景を目に焼き付けた。
±
「……っ、……」
宴は終わった。
終わったにもかかわらず肉を頬張る音だけが止んでいない。
深夜、人工的な灯りがない薄暗い場所。
月明かりしか照らしていないその場所は宴会の会場である島から少し離れた小島だった。
ホロコ島である。
人魚にとって扱いに困るモノを放置している物置のような島。
島には座礁船や湖賊たちの船や盗品などが主に置いてある。
賊の盗品はトラブルを招きやすいためむやみやたらと交易に出すわけにもいかず、地上の市場で売るわけにもいかない。
人魚が盗品で金儲けをしている――なんて悪評を避けるためだ。
だからといって湖の中に放っておくわけにもいかないので、こうして島を一つ潰して投棄している。
人によってはホロコ島は宝島のようにも映ってしまう。
盗品には装飾品も含まれ、元々は北の帝国に流すはずだった宝石や貴金属も少なくないからだ。
だからごく稀に魔が刺した人魚が物色に来ることがある。
無断で持ち去ってしまえば窃盗と扱われ、バレれば水中都市の法に照らし合わされ罰を受けることになる。
数年に一度、罰せられる人魚が出てしまうのは、彼らもまた同じ人間であり業を背負っているという証明でもあるのだろう。
宴の熱気も冷めやらぬ中、夜更けのホロコ島に訪れるような人物だ。後ろ暗いことしているのは疑いの余地もない。
問題はこの島には食糧が放置されることはないという点だ。
食糧の場合は盗品であっても調理して消費してしまえば不都合はない。いたずらに腐らせるのは勿体無いし、そもそも遠慮するような文化もない。
食べれるような肉は置いていない。
食べてもバチは当たらない。
にもかかわらずまるで盗み食いでもするかのようにひっそりと隠れ、肉を食らう音だけが夜を支配する。
「……ルル、くん?」
びくり、と一つの影が揺れ、小さかった咀嚼音すらも聞こえなくなった。
「貴方……何を、しているの……?」
影の他に1人の美しい人魚が月明かりに照らされた。
ピンクブロンドの髪に薄紫色に輝く鱗。
ハザクラだ。
彼女は目の前の影に恐る恐る声をかけていた。
ホロコ島に食糧は置いていない。それは事実だ。
しかし、日中に島に停泊させた湖賊船にだけは今回だけ甲板に肉を積んでいた。
否、誰もそれを肉とは思っていなかった。
それは化け物の死骸であり時間が経てば灰のように塵となって消える。
食糧ではない。
食べ物ではない。
口にする、ということを考えること自体おかしいのだ。
なぜならそれは幻魔の肉だからだ。
「……見たな?」
影が振り返る。
闇に溶け込むような黒髪黒目の人影――人型精霊ルダージュ。
まるで夜が彼の罪を隠そうとしているようだと、ハザクラは思った。
だけどルダージュの体は幻魔の血で汚れ、特に両手と口元からは血が滴り落ちるほど赤く、鮮明だ。
何をしていたかはあまりにも明白だった。
「幻魔を、食べてたの……?」
「……」
ルダージュは答える代わりにゆらりとが立ち上がると、ゆっくりとした足取りでハザクラに近づくのだった。
明日(6/25)も同じ時間に投稿します。




