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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第六章 人鬼と禁呪の人魚姫
142/155

水中都市アクアリゼル

「ここが水中都市……?」

「……ほー」

「絶景ですね」


 難なく湖賊を退治し、無事に人魚の使者であるハザクラを救出したルダージュたちは彼女たちの案内によりある島へと辿り着いた。


 島の名はテヘロプ島。

 異世界言語で湖の臍(へそ)という意味だ。

 山々と滝に囲われた島であり、霧で覆われた水域を抜けなければ辿り着くことはできない。

 湖の臍――という名称なだけあってその島はリューゼル湖の真ん中から南方の位置にあり、臍のように凹んだ場所に存在した。


 リューゼル湖は世界最大の湖である。

 当然、その臍《ほぞ》ともなればその名に違わぬ規模となる。

 ルダージュの見立てでは直径は一キロメートルを優に超えており、湖の水面から島の陸地までの高低差は東京タワーの全長とほぼ同等だ。


「驚いた?」


 魔装の椅子に座ったハザクラが隣にいたルダージュを見上げる。その顔は心なしか得意げだ。


「想像していた光景と全然違いますね。水中都市って聞いていたからてっきり水の中にでも案内されるかと……」

「残念ながら私たち人魚は肺呼吸だから水中を魚のように移動できても生活の基盤は水から上。他の種族とそう変わらないの」


 人魚は魔法によって魚の下半身を手に入れた人間。

 セルティアから事前にそう聞いてはいたが、だからといって未知の生態の生活風景を想像できるかといえばルダージュには難しい話だ。


 そもそもルダージュにとって人魚とは架空の生物であり元の世界ではアニメでしか見たことがない。そこでは水の中で寝食を済ませていたためそのイメージに引っ張られた。


(水の中っていうより水の下にある都市だな。水面より下にあるからある意味“水中都市”でもあるけど)


「ここには洞窟がたくさんあってそのうちの一つが居住区に繋がっているわ。そこは一旦水に潜らないと辿り着けない場所にあるからそっちの方がルルくんの想像通りかも?」

「いや、俺の想像なんて初っ端から打ち砕かれてますよ。居住区なんてもう見当もつかないな……じゃあ、今見えている建物は商業関係ですか?」


 ルダージュたちの眼下にはすり鉢状の地形が広がっていた。そして水底の地上――とでも言うべきテヘロプ島の大地では平屋の建物が並び、その間を縫うように樹木などの植物が生い茂っていた。


「ふふ、ハズレよ。都市とは呼ばれていても私たち人魚は他種族と交流する機会は少ないの。そもそもアクアリゼルに招待すること自体珍しいわ。特産品を売るために貿易ぐらいはするけど、島で商売をすることはほとんどないわ」


 あと食料も基本的には自給自足よ。

 とハザクラは付け加える。

 随分と閉鎖的なんだなとルダージュは思ったが、場所が場所なだけにそれもしょうがないのだなと納得する。

 人魚の園は彼女たちの道案内がなければ辿り着くことさえできない秘境。

 観光地のような場所などあるわけがないのだ


「見た目通り、もっと直感でいいのよ?」

「直感って言われてもな……正直、遺跡にしか見えませんよ」

「正解」


 ほとんど独り言のようなルダージュのつぶやきにハザクラが頷いた。これにはルダージュも「……え?」と戸惑うことしかできない。


「半分、正解。ここは昔、私たちのご先祖さまが幻魔から逃げた時に見つけた古代遺跡なの。それを改築して用途によって使い分けているわ。会議とかたまに来る客人のための客間とか、あとは……干物を干したり?」

「やりたい放題だ」

「人魚が居座って数百年。それもまたこの遺跡の歴史の一部」

「説得力があるんだか無いんだか……」

「とりあえず下に降りましょう。言伝は届いているはずだから今頃族長たちが首を揃えて待っている頃よ」


 ハザクラの部下――セルティアたちに助けを求めてきた人魚の男性はすでに先触れとして都市に帰還していた。使者として灰騎士と合流したこと、灰騎士の協力により湖賊を捕え司書隊長(ハザクラ)を救出できたことを報告している。

 

「――っと、その前に」


 ハザクラが首にかけていたネックレスの装飾を手に持つとそのまま口元へと運び笛を吹くように息を吹きかけた。

 ルダージュたちには何も聞こえなかったが変化はすぐに訪れた。

 近くの水面からボコボコと気泡が浮き出て、次の瞬間には巨大な魚――ではなく人魚の兵隊たちが飛び上がり、ルダージュたちのいる船へと舞い降りた。


「ただいま参上いたしました! 司書隊長殿!」


 人魚の兵士たちは全員が武装をしていた。男女の割合にほとんど差はなく、若干男の兵士の人数が多い。

 そして皆が皆、撥水性の高い防具で身を固めており槍やレイピアなどの刺突系の武器を握っていた。

 彼らは水中都市アリアリゼルを防衛している兵士であり、ハザクラに呼ばれるまで水中で待機していたのだ。


「ご無事で安心しました!」

「ええ、ありがとう。心配をかけたわね」

「今日もお美しいです! お姉様!」

「はいはい、ありがと。今度からはもう少し場を弁えるように」


 周囲から笑い声が上がる。

 ハザクラが隊長として慕われているのがわかる光景だった。若干名慕い方が別ベクトルの部下もいたが本人は手慣れているのか軽くあしらっていた。


「聞いて」

『――』


 なんて事のない言葉が静寂を生み出した。

 さっきまで和気藹々としていた人魚兵はどこにもいない。


「こちらは我々の要請に応えてくれた学園の召喚士様御一行よ。失礼のないように」

『はっ!』


 洗練された敬礼と姿勢。

 それだけで兵士たちの練度の高さが窺えた。そしてそれをまとめる司書隊長ハザクラの統率力も垣間見える。


(抱っこして……なんて俺を揶揄って遊んでた人とは思えないな)


 ハザクラの後ろ姿を眺めながらルダージュはそんな感想を抱いた。どちらが素なのか、どちらも素なのか、それとも……なんて考えている間に話は進む。


「私はこれから彼らを族長の間へお連れするわ。君たちはこの船の中にいる愚か者どもを牢屋にぶち込んでおいてくれるかしら」

『はっ!』

「船そのものはどうしますか?」


 兵士の男が代表して指示を仰ぐ。ルダージュたちは知らないが副隊長という立場の人魚だ。

 彼はなぜか悪い顔で笑っている。


「とりあえず放置。盗難船の可能性もあるし下手に解体してトラブルを招く必要はないわ。今はまだ、ね」


 リューゼル湖の場合、難破船などの持ち主不在の船の取り扱いは全てアクアリゼルの人魚の所有物となる。それは法律で定められているわけではなく、ただ単純に沈没した船を引き上げる能力が他の国にないからだ。


 人魚であれば小型の船なら人力で動かすことができるし、大型の船ならその場で解体することもできるというわけだ。もちろん全て人魚たちの戦利品となる。

 そういう経緯もあって副隊長はほくそ笑んでいたのだ。


「それと……」


 ハザクラがはるか後方にある湖賊船を指差し口を開く。その表情はどこか戸惑い気味で気疲れのようなものも感じさせた。


「奥にある一隻。あの船はとりあえずホロコ島に停泊しておくように。アレ(・・)は私たちの手に余るわ」

「アレ? ですか……?」


 副隊長が目を細める。

 ホロコ島といったらテヘロプ島の離れにある小島のことであり扱いに困る物品などを放置する場所として利用している島だ。


「そういえばどうしてあの船だけ離れているんですか? それに、なんだかバカでかい魚(・・・・・・)みたいな塊が甲板に載っているような……」

「あー……それは――」


 ハザクラがアレの正体を兵士たちに告げる。

 次の瞬間、兵士たちの誰もが口をあんぐりと開け目を剥いた。

 その視線の先にはルダージュたち学園の召喚士御一行の姿があった。

 セルティアはどこか誇らしそうに笑い、ティーユはなぜか無表情だった。そして目尻を緩ませたシルヴィエが兵士たちと共に隣にいる彼を見上げ、


「……」


 渦中のルダージュは気まずそうに顔を逸らした。


 ±


 テヘロプ島は一面の砂浜を水で覆った島だった。


「靴が濡れるから裸足で島に上陸する――ってなんだか面白いな」


 延々と浅瀬が続く大地に島原産の植物が生い茂っている。まるで海の中を探検しているような気分になる光景だ。そこに古代遺跡の建造物があるのだから、まさに水の都――水中都市アクアリゼルという名は伊達ではない。


「この島は常に水で満ちているそうです。今はくるぶしまでしか水深はありませんが、時期によっては腰まで深くなってしまうとか」


 セルティアの解説を聞きシルヴィエの体が揺れる。その指先はいつの間にかルダージュの袖口をキュッと掴んでいた。


「もしかしてシルヴィエって――」


 ルダージュの疑問はそれ以上続かなかった。


「……」


 あの気高き聖刀剣の巫女エルフがしょぼくれていたからだ。口元を覆う仮面のせいでほとんど表情はわからないが目は悲しげに俯き、長耳も心なしか角度が下がっている。

 なによりコミュニケーションツールである筆談のための黒板には、水の中で溺れそうになっているエルフのデフォルメ絵が描かれていた。

 十中八九シルヴィエ本人だった。


(泳げないのか……意外な弱点)


 口に出さない代わりに袖口を掴んでいた手をとり握り直す。


「……!」


 ルダージュの思いがけない行動にシルヴィエが赤面し慌てた。


「余裕があったら泳ぎの練習でもしてみようか」

「――え? あ、いつの間に! 私もルダージュと手を繋ぎます!」


 その提案に答えたのは茹蛸になっているシルヴィエではなく、目敏いセルティアだった。

 彼女は空いている腕に回り込むとすぐにその手を取り腕まで絡めた。


「……じゃあ、わたしは背中」


 さらにティーユまで参戦し、彼女はルダージュの背中におぶさるように抱きついた。


「さすが人型精霊。モテモテなのね」


 騒がしい客人たちに苦笑をこぼすハザクラ。彼女は仲睦まじい四人をじっと見つめ、


「私も混ざったほうがいいかしら?」


 と軽口を言った。


「そんな使命感はいらない」

「でもほら、正面が空いているわ」

「抱きつかれても両手が塞がってるから抱えませんよ?」

「つまりぶら下がっても問題はないってことね」

「……本気ですか?」

「どうかしら?」


 くすくすくすとハザクラが意地悪な笑みを浮かべる。

 揶揄うような態度をとりながらも一歩も譲らない彼女。ルダージュにはそれが本気なのか冗談なのかわからなくなってきていた。


「大人気の人型精霊様にはそれくらいの甲斐性があってもいいとは思わない?」

「美少女を侍らせて鎧みたいに纏うことが?」

「美女騎士のルダージュ」


 隣で聞いていた召喚士がポツリと漏らす。

 灰騎士という二つ名の原型はもはやどこにもなかった。


「……セルティア、乗らなくていいから」


 そんなこんなでくだらない漫才を交わしている間に目的地である神殿――人魚の民の族長たちが円卓会議を行なっている場所“族長の間”がある建物へと到着した。


 ルダージュに引っ付いていたセルティアたちが離れ、身嗜みを整える。

 その光景を神殿の番兵たちが物珍しげに眺めていたが、ハザクラが声をかけると彼らもまた姿勢を正すことになった。


「族長たちはすでに中にいるようね。このまま案内するわ。こっちよ」


 ハザクラの後を追い数十秒。

 変わり映えのしない円柱と石壁の廊下を抜ける。するとそこには天井の無い円形状の空間が広がった。中央には壁と同じ材質の石でできた円卓があり、日の光が差し込んでいる。


 それを囲むのは六人の人魚だ。

 肌の皺から老齢の男女ということがわかる。だが、彼らから伸びる魚の下半身はどれも若々しい鱗に覆われていた。日の光を反射しているせいか煌びやかに映るそれは人魚の威厳のようなものにさえ見える。


「失礼します。水兵部隊遊撃隊長ハザクラ・ロー・レデネス。ただいま帰還しました」

「おぉ! よくぞ無事に戻ってきたローの戦士ハザクラよ!」


 円卓の上座に座っていた人魚の男が声を上げる。人魚の族長のまとめ役であり水中都市アクアリゼルの実質的な長である。


「湖賊と遭遇し交戦していると報告を受けた時は肝を冷やしたぞ。その様子だと……何事もなかったようだな」

「彼らのおかげで急死に一生を得ました」


 ハザクラは簡単に挨拶を済ませ、これまでの経緯を順を追って話し始めた。港に向かう途中で湖賊が待ち伏せしていたこと。救援要請のために部下の一人を都市へ、もう一人を港へ向かわせ、自分は囮となったこと。捕まってすぐに灰騎士(ルダージュ)たちに救われたことを簡潔に説明する。


「噂に違わぬ実力の持ち主のようだ。部族の代表として改めて礼を言う」


 感謝の言葉を述べる長に対し、セルティアが召喚士として答礼する。ルダージュとの契約の紋様が相手に見えるように行う動作の一つだ。

 あくまで今回の幻魔討伐を依頼されたのは召喚士セルティア・アンヴリューであり、彼女が学園の代表として招かれているからである。


「リューゼル湖を縄張りとしているあの湖賊どもは我々の天敵と言っても過言ではない。まさか全員を生け取りにするとは恐れ入ったが……彼奴らは今後の重要な情報源となろう」


 話に区切りがつき、


「グワン族長、学園の長より親書が届いているそうです」


 ハザクラが進行を務める。

 グワン族長と呼ばれたまとめ役の族長が軽く目配せをすると、ハザクラはセルティアから親書を預かりそのまま彼に手渡した。


「……ふむ、なんとも勉強熱心な召喚士殿だ」


 親書に目を通した族長は内容を一言でそう表し、それ以上の表現は避けた。なにか思うようなところがあったのか表情は硬い。だが、内容に関して追求することはしなかった。

 いや、切羽詰まっているためできなかったのだ。


「追加報酬の件、あい分かった。依頼が達成された暁にはワシの権限で都市の書庫を其方らに解放しよう。自由に読んでもらって構わない。ちょうどここに管理者(ハザクラ)もいる。彼女に案内をさせよう。しかし――」


 グワン族長は少しだけ渋るように言葉を続けた。


「湖賊を退けたことは感謝している。しかしこれは余談に過ぎない。我々が今、もっとも手を焼いている相手は幻魔だ。やつは突然リューゼル湖に現れ同胞を食い殺し、我らの血で水を穢した」


 長の言葉に他の族長たちが顔を伏せる。

 亡くなった人魚の同胞たちを思い出しているのだろう。


「湖賊を撃退した手腕に期待したい。その調子で我らの宿敵である幻魔を……どうした? 顔色が悪いようだが――」


 グワン族長の発言通り一同は浮かない顔をしていた。ばつの悪そうな何とも言えない顔だ。


「一体どうしたのだ? まさかお主たち――人型精霊の力であっても水棲型の幻魔には手こずると言うのか?」


 不審に思った族長の一人がセルティアたちでは幻魔を倒せないと懸念したのか、そんな疑問を口にした。

 実際はその逆(・・・)だ。


「もう倒しましたよ」


 約一柱、顔色が変わっていない召喚獣がいた。

 当のルダージュだ。

 彼は族長たちとの会話に割って入ると事もなげにそう言い切った。


「倒した、とは? 精霊様が湖賊を退治してくださったことはすでに存じておりますとも」

「いや、そっちも何ですけど幻魔も倒しておきましたよ」

「……」


 ルダージュの言葉をうまく飲み込めないのか、族長たちが沈黙する。

 精霊は召喚される際に翻訳魔法をかけられると聞く。その魔法に何か不具合が生じて会話が噛み合わないのでは、と疑い始めた。


「近年、他の地域でも幻魔が出没していると聞き及んでおります。灰騎士殿は今までどこで幻魔を討伐されたのですか?」


 いち早く復活したグワン族長がルダージュに問いかけた。

 人型精霊『灰騎士』の武勇は聞いている。だからこそ王国を通じて学園に依頼を出したのだ。この精霊は過去に倒した幻魔を列挙し、我々を安心させようとしている。そうに違いないと結論付けた。

 しかし、


「? どこでって――」


 質問の意図がわからないルダージュはシルヴィエを見て「デュカリオン大森林と後は……」セルティアを見ながら「アリエスト平原?」とあやふやになっていた地名を何とか絞り出す。そして――


「最後にリューゼル湖、かな?」

「ほっほっほ! さすがは噂に名高い人型精霊様。聖刀剣の森に現れた幻魔を退けたことは有名ですが他にも退治していたとは。しかも我々のリューゼル湖の幻魔まで倒されているとは…………んん?」

「水棲型の幻魔は久々――じゃなかった、水中戦は久々だったんで戦闘は搦手になりましたけど、なんとかなりましたよ」

「……」


 またもや族長たちが沈黙する。

 そしてようやく頭の理解が追いつこうとしていた。


「リューゼル湖の幻魔を倒した、と」

「倒しましたね」

「いつ頃ですか?」

「ついさっき、ここに来る途中で」

「どこで?」

「どこって言われても水中都市の近くとしか……え、てか何この展開。5W1Hでも聞かれるのか?」


 精霊様が意味のわからないことを言い出した。これはやはり翻訳魔法の齟齬に違いない。

 族長たちは質問を続けた。


「誰が倒したのですか?」

「もちろん俺が」

「何を」

「だから幻魔を」

「なぜ」

「依頼されたから――ってなんなんだ、これ」


 あまりにもくどい問い詰めに辟易するルダージュだったが、セルティアたちは狼狽する人魚たちの心情を理解できるのか気まずそうにしている。

 誰も信じられないのだ。

 あんなにも苦戦していた化物の討伐を「あ、幻魔? ここに来る途中で見つけたから倒しておいたよ」なんて気軽い挨拶とともに報告されても受け入れられない。

 しかも、


「は? え? もう? 倒した……!? いつの間に!? 一体全体どうやって倒したというのか! あの水中を縦横無尽に泳ぐ幻魔を! 我々人魚ですら追いつけない化け物ですぞ! 体は鎧のような鱗に覆われて魔法はおろか剣や槍さえ通さないのにッ!!」

「幻魔に食べられた後に内側から体を食いやぶ――串刺しにしました」

「う、内側から串刺シぃ!?」


 熱のこもった族長を前にそんな奇抜な討伐方法を提示されても、信じろと言うのが無理な話である 

 族長も思わず声が裏返る。


「……ハザクラよ」

「はい」

「説明を頼む」


 頭を抱えたグワン族長の命を受け、ハザクラは人知れずため息をついた後、口を開いた。


 ±


「幻魔がでた? もう?」

「ええ、どうやら今日は災難が続くみたい。見て、船の前方に水しぶきが上がっているでしょう?」


 湖賊を一網打尽にし、彼らの船で水中都市へ向かっていたルダージュ一行とハザクラたち人魚の使者。

 ルダージュの耳に届いたのは件の水棲型幻魔が出現したという朗報(・・)だ。


「確かに見えますね。ヒレみたいなものも水面から突き出てる」


 まるでサメ映画のような絵面が船から五百メートル先で展開されている。ルダージュにとっては経験したことはないが馴染み深いという矛盾を孕んだ光景だ。


「あの幻魔に何人もの同胞が食われたわ。最近は北の方を縄張りにしていたはず、なのだけれど……おそらく湖賊たちにつられて移動したのかも」


 参ったわ……とハザクラが深刻な表情を見せる。彼女の背後に控えていた部下の男も青ざめている。湖賊を一掃したばかりなのに幻魔にまで遭遇するとは夢にも思っていなかったのだろう。


「一難去ってまた一難ってやつか。でもちょうどいいや、見つける手間が省けた」

「ルルくん? 何を言って――」

「ちょっと倒してきます。ハザクラさんたちはここにいて。セルティアたちから離れないように」


 セルティアたちには魔装が譲渡されているため、ある程度の安全が保障されている。彼女たちの近くにいればハザクラたち人魚の身も護れるという寸法だ。


「倒す……って、貴方一人で!? いくら人型精霊でも水中にいる幻魔を単騎でなんて無茶よ!」

「いや、むしろ俺に狙いを定めてほしいので手出し無用です。三人にはもう倒し方は伝えてあるのでハザクラさんも一緒に見守っていてください」

「……何を、するつもりなの?」

「とりあえず俺が囮になって――幻魔に食べられてきます」

「本当に何を言ってるの!? 貴方は!!」


 ハザクラの悲鳴にも近い問いかけではルダージュを引き止めることはできなかった。彼は狼狽するハザクラにしてやったりと悪戯な笑みを向け、セルティアたちにはアイコンタクトを送る。


「任せました。ルダージュ」


 召喚士(セルティア)の言葉に頷き、ルダージュは灰騎士の姿へと霊獣化するとそのまま水棲型幻魔がいる場所へと飛んで行った。船を強引に動かすために使用していた魔装が船体から離れ、剣となり彼に追従する。

 本気で単騎で幻魔を討伐するつもりなのだとハザクラは悟る。


「召喚士として不安じゃない?」


 ハザクラはセルティアへと向き直るが、彼女は一瞬だけ目を丸くすると柔和な笑みを浮かべた。


「不安はありませんよ。心配ではありますけど、彼なら倒せるって信じてますから」

「おにいちゃん言ってた。水中じゃ剣が振れないからあえて相手の懐に潜り込むって」

「懐というか胃の中じゃないかしら」


 人型精霊の暴挙に慣れているのか召喚士一行が取り乱すようなことはなかった。それどころかシルヴィエに至ってはルダージュの作戦を絵に描いてハザクラに披露していた。

 そこにはやっぱり魚型の幻魔の胃の中で暴れまわる灰騎士の姿があったのだった。


 ±


「そして幻魔は倒されました」

「……端折り過ぎではないか? あの世界の敵である幻魔を討伐したというのにそれだけなのか?」

「そう言われても……次の瞬間には絶命した幻魔が水面から空中に浮きあがってきたのを目撃しただけですから」


 ハザクラはあの衝撃を忘れることはないだろう。

 ”内側から”針で体を突き破られた幻魔が、ゆっくりと空に浮かぶあの光景を。

 シルヴィエがまた絵を描いて披露しているが、そのデフォルメ絵ですらおどろおどろしい。


「水中に逃げられるのが面倒だったから捕まった方が早く倒せると思った」


 ルダージュの動機に言葉を失う一同。

 ほどなくしてホロコ島に放置されていた幻魔の亡骸を族長たちが確認、依頼していた討伐対象と特徴が一致。

 依頼の達成が受理され族長が高らかに宣言した。


「皆の者! 宴を開くぞ!」


この章の本題は幻魔と戦うことではないのであっさり描写しました。前の話を投稿してない、とかではありません。

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