救出作戦
『……』
さて、どうしたものか、とルダージュは目の前にいる男たちを見据えた。
水中都市の使者との会話の後、ルダージュは魔装の船を創り出しセルティアたちを乗せてリューゼル湖を渡った。魔装の船は宙に浮くことができるため、航行――もとい飛行することで飛竜のような速度で水上を駆け抜けた。
当然、使者の人魚も同乗したのだが魔装の乗り物に慣れていないため目を回してばかりだった。だが、仲間を助けたいという想いからガイド役の手を緩めることはなかった。
魔装を使用した全速力と人魚の手引き。
ルダージュたちが幽霊船のようなボロい船をすぐに発見できたのは必然とも言えた。
時間にして十分程度。それが港町を出航してから湖賊船に奇襲をかけるまでに要した時間だ。
その甲斐もありルダージュの視線の先には人魚の女性が網に囚われ宙吊りにされているだけだった。目立った怪我はなく顔色も悪くはない。
客観的には間に合ったのだと安堵して良い状況のように映った。彼女が武装したルダージュを不審な目で見つめてくること以外は大した問題もない。
「くそ、よりにもよって紛れ込んだ1匹が幻魔なんて……っ!」
湖賊の男が恨みがましく嘆く。彼らの目には人間より一回りほど大きい灰色の幻魔が単身で乗り込んで来たように見えるのだろう。
事実、今のルダージュは騎士の姿ではなく竜を模した魔装で身を包み幻魔のような獣を演じている。
理由は単純だ。
灰騎士の姿で囚われた使者を助けようとすれば人質に取られる可能性があり余計に彼女を危険に晒してしまう。しかし、化物の姿で奇襲すれば相手は不運だと嘆き勝手に諦めてくれる。誰も言葉の通じない獣を相手に人質を取ろうなど思わないからだ。
「ぐあっ!」
適当に魔装の棘を飛ばし、また1人湖賊の男を戦闘不能にした。
本当はセルティアたちと敵を一掃するはずだった。だが、想定外の事態に遭遇したことでルダージュは独断専行を余儀無くされ、即興で幻魔を演じ今に至る。
(それもこれもあの露出狂が悪い。なんで下半身丸出しで出てきたんだ! あんなのセルティアたちに見せられるわけないだろ!!)
湖賊船に接近する途中、男が急に甲板に立ったと思ったらズボンを脱いで下半身を露出し始めたのだ。
身体能力が向上しているルダージュは人族より遠目が利くためばっちりとそれを目撃してしまったのだが……逆に功をなしセルティアたちの視界に入る前に排除することができた。
魔装船に彼女たちを残し単独で湖賊船に突貫することにはなったが、幻魔を演じる有用性の確認も実験できて強襲そのものはルダージュにとって有意義なものになった。
「あべは!?」
「ぐえ」
船内にいた湖賊を全て蹂躙し、そして目の前にいた残りの湖賊たちも魔装の触手で意識を刈り取る。最後に残ったのは立派な髭を蓄えた腹の出た男――湖賊船の船長のみ。
「役立たずどもが……俺は、こんなところで死ぬつもりはねえええええぞおおおおおおおおおお!!」
雄叫びをあげ最後の悪あがきとでも言うように幻魔の竜に突進してくる。
肥えた体躯に似合わず身のこなしは熟練者のそれだった。ルダージュが操る魔装の触手鞭を掻い潜りシミターを握った腕を振りかぶる。
「おらよ! ――ぁ?」
シミターの刃が魔装の身体に吸い込まれ――当然のように弾かれた。
『邪魔だ』
「な!? 喋っぶべら!?」
最後の湖賊を魔装の尻尾で叩き潰す。
衝撃により床に穴が開き、船長の上半身が甲板に埋没する形となった。
船上に静寂が訪れ、残されたのは魔装に身を包んだルダージュと網に囚われた人魚のみとなった。
湖賊は数だけは多く、セルティアの言葉通り三十人以上いた。十人を超えてから数えるのが面倒になり、正確な数はわからないがルダージュはそのすべてを片付けた。
達成感はない。
部屋を這う害虫を駆除するような嫌悪感から解放されたような感覚と、目の前の女性を守り切ったのだという安堵が強かった。
ゆっくりと彼女に近づき、人魚の姿を視界に収める。
隊長と呼ばれるだけはあって引き締まった身体をしていたが女性らしいしなやかさも忘れていない。そしてその容姿は人魚姫と呼称したほうがしっくりくるほど美しかった。異世界に転移してルダージュはたくさんの種族に出会ったが、その中でも特に童話や御伽噺のファンタジーを連想させる神秘性がそこにはあった。
(――っと、見とれてる場合じゃない。早く魔装を解いてもう安全だとアピールしないと)
我に返り、自分が獣に化けていることに思い出す。
囚われの人魚からしてみれば化物が最後の獲物を見つけて近づいて来たようにしか見えず、一難去ってまた一難という状況に他ならない。
――その、はずだった。
「貴方、もしかして灰騎士のルダージュ?」
『!? あれ? よく、わかりましたね』
なんとルダージュが魔装を解除する前に正体を言い当て、彼女の方から話しかけてきたのだ。
意外な展開にルダージュは最初こそ戸惑ったものの、すぐに魔装の竜の身体を霧散させ、その胴体から灰騎士の姿で降り立つ。そしてその流れのまま騎士の鎧も解き、姿を明かした。
「初めまして魔導都市学園から派遣された召喚獣、人型精霊『灰騎士』のルダージュといいます。要請を受けて助けにきました」
頬の紋様を見せつけて改めて正体を明らかにする。
それと同時に彼女を捕らえている網を魔装の刃で切り裂く。網で宙吊りにされていたためそれを切ってしまえば当然落下してしまうのだが、対策は忘れていない。
彼女が落ちる前に魔装で作った台座に座らせ、そのままゆっくりと下降させる。
人魚の女性は「これが噂の人型精霊の能力なのね」と感心したように台座を撫でた。それが椅子のような形に変化するとまた感嘆の声を漏らす。
「お気遣い感謝するわ。私はアクアリゼル水兵部隊遊撃隊長のハザクラ・ロー・レデネス。国の使者として貴方たちを都市まで案内する予定だったのだけど……ごめんなさい、情けないところを見せたわ」
「いえ、災難でしたね。えーっと、ローさんは怪我はないですか? すぐに仲間が到着するので魔法で治すこともできますよ」
「見ての通り無傷だから心配無用よ。それとローは部族の略称だから私のことはハザクラと呼んでちょうだい」
「ハザクラさんですね。わかりました」
アリアストラの人魚は多数の部族が集まっているため名前と苗字の間に部族の略称を挟んでいる。ハザクラの場合はロゥダン族に所属しているため省略してローと名乗っている。
「貴方のことは何て呼べばいいかしら?」
「好きに呼んでください。基本的にみんなルダージュと呼び捨てにしてますけど」
「愛称はあるの?」
「え? あー……ルルって呼ばれたりもしますけど……」
「ルルくん」
「……別に名前の呼び捨てでもいいんですよ?」
「ルルくんがいいわ。響きが可愛いし、貴方にピッタリ。雰囲気もなんだか年下っぽいし」
「どうでしょうね」
ルダージュは言葉を濁したが囚われの人魚姫改めハザクラはセルティアたちより大人びていて二十代前半のように見えた。事実、彼女の年齢は23歳でありルダージュより歳が上だ。
貴方にピッタリ、という不本意な発言に目をつぶれば愛称で呼ばれることに抵抗もない。
「とりあえずお話の続きまた後にしましょう。これから俺は湖賊たちを一箇所に集めて逃げられないように拘束してきます。ハザクラさんはここで休んでいてください」
「拘束……船内にいる湖賊もこんな感じで全て倒したの?」
ハザクラが辺りを見渡すと呻き声を上げる湖賊たちの姿が視界に映る。船上にいた湖賊たちは気絶しているか体を強く打ちつけられて戦闘不能になっているかのどちらかだった。
「中ですか? 概ね同じように気絶させておきましたよ。運が悪い奴はいろんなところが折れてるかもしれませんが、ギルドとかに引き渡すことになっても支障が無い程度には加減しておきました」
「ルルくんは精霊なのに変なところに気を回すのね。でも、加減……ね、なるほど。だから貴方から――……」
ハザクラは1人納得するように頷くと、そのままルダージュを見上げた。その瞳は何かを見定めるような真っ直ぐとしたものだったが、真意がわからないルダージュにはどうにも居心地の悪い視線でもあった。
「えっと、何か不味かった、かな……」
「いいえ、ごめんなさい。貴方のことを少しだけ理解したわ。ルルくんは優しくて強いのね」
「この惨状を背にして受ける褒め言葉じゃないような気がしますけど」
ボコボコにした湖賊たちを背に何故か優しいと褒められるルダージュ。
ハザクラの言葉の裏に潜む真意。それがルダージュに1つの大きな決断を迫ることになるとは、まだ誰も知ることはないのだった。
±
「ところでルルくん」
「なんですか?」
「座っているだけじゃ手持ち無沙汰だから私のことを湖に投げ入れてくれる? 周囲をひと泳ぎして逃げ出した湖賊がいないか確認してみるわ」
「それは……助かりますけど、大丈夫ですか?」
「特使の貴方たちだけを働かせて兵団の隊長の一人がサボりじゃ格好がつかないもの。それに彼らには聞きたいことが沢山あるし、一人残らず連れ帰らないと」
目を細めニコリと微笑むハザクラ。フェイスベールに包まれたその笑顔はどこか妖艶で底知れない凄みがあった。
「だから任せてもらえるかしら?」
もし逃げだしていた湖賊がいたとしても絶対に彼女からは逃れることはできないだろう。
ルダージュはそんな確信を抱きながら静かに頷くことしかできなかった。
「じゃあ、はい」
唐突にハザクラが両手を広げルダージュに身体を向ける。まるで抱擁を待っているかのようなポーズにルダージュは「ん?」と困惑を隠せない。
ハザクラはそんなルダージュの心を見透かしているのか、先ほどとは打って変わってイタズラめいた笑みを浮かべながら茶化すように「ん?」と首を傾げる。
「……人魚流の挨拶ですか?」
「違うわ。挨拶ならさっき済ませたじゃない」
「ですよね」
「抱っこ」
「……はい?」
「だから“抱っこして”のポーズよ」
「……」
初対面でハグをするのと抱っこをするのはどちらが難易度が高いのだろうか。ルダージュはそんなくだらないことを考えながら黙り込む。
(ハグならまだ受け入れ――……いや、そもそも俺は人型精霊だ。そう、精霊としてこの世界で生きている。セルティアも最初の頃は一緒の風呂に入ろうとしていたぐらいだ。今の俺はハザクラさんに人間扱いされていないだけ、そう考えれば不思議なことはない)
散歩をしている犬を「触らせてくださーい」と飼い主にお願いする。その距離感と同等なのだとルダージュは自分に言い聞かせている間、ハザクラはどこかわざとらしく目尻を下げ、悲しそうな顔で口を開いた。
「ルルくんが抱っこしてくれないと、私は床を這いずりながら移動することになってしまうわ」
「うっ」
「ここの床は木の板だから鱗も傷ついてしまうし……何より赤ん坊のようにハイハイする姿を貴方の前でするのは少し恥ずかしいわ」
「それは」
「あ、でもそんな恥じらう私を見たいと、そういう趣味があるならやぶさかじゃ――」
「さあ、さっさと端っこの方に行きますよ。しっかり捕まっていてください」
言うが否やルダージュはハザクラを抱き上げた。人魚の下半身は人族の骨格と似ているのか、魚の尾が膝のように折れ曲がり自然とお姫様抱っこの形となった。
「あら、大胆なのね。もう少し遊べると思ったのに」
鈴を転がすように笑うハザクラにルダージュは呆れたように嘆息し足を進める。
「俺も少しだけハザクラさんのことを理解しましたよ」
「なにかしら? 言ってみて」
「揶揄うのが好き」
「美人なお姉さんが抜けているわ」
「自分で言います?」
「ルルくんが言ってくれれば言わなくて済むわね」
「あと距離が近い」
「抱っこされてるもの。当たり前よ」
「物理的にじゃなくて、態度が気安いって意味です。ほら着きましたよ。ここまでくれば飛び込めますよね」
あと一歩でも踏み出せば湖に真っ逆さまという所で立ち止まる。
「ありがとうルルくん。帰ってきたらまた親睦を深めましょう」
ルダージュの腕から滑り落ちるようにしてハザクラが湖に飛び込んだ。言動はふざけていたが飛び込む姿は優雅で揶揄い好きの人魚の面影はどこにもない。
その後、魔装で運べばそもそも抱き上げる必要もない、とルダージュが気付き頭を抱えたのは語るまでもないだろう。
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