↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰騎士物語  作者: トキバカナリ
追の章
133/155

【学園祭編】 精霊ルダージュのお料理教室

 魔導都市学園には楽導館(がくどうかん)と呼ばれる大規模なコンサートホールのある建物が存在する。収容人数は二階席も合わせて約2000人。それは現魔導都市学園の全校生と職員を合わせて丁度よく収まる座席数となっており、創設当時から在学生の数に大きな変化がないことを示していた。


 コンサートホールの主な目的は舞台の観劇。年に数回、外から有名な劇団・楽団を招き、演劇や演芸、演奏などの芸術鑑賞を学園生に提供する場として利用されている。内容や時期によって学年単位あるいは学園全体で鑑賞したりと規模も変わってくるが、基本的には学園生のために準備されたホールである。


 ただ、今は学園祭の準備期間真っ只中。

 主役は生徒であり芸術鑑賞を目的とした祭りでもない。学園祭だからといって劇団を呼び込むことはないためコンサートホールだけは閑散としていた。


 だが、この楽導館という建物は精霊科と魔法科、この2棟の校舎の間に位置していた。校舎同士と隣接して設計されているのは利便性を考慮したためではあるのだが、それは別にコンサートホールが日用的に使われているというわけではない。

 楽導館にはもう一つの側面、むしろ学園生にとっての主役としての一面があったからだ。


「それでチキンライスを炒めている間に溶いた卵を別のフライパンで熱します」


 コンサートホールへと繋がる一階のロビー。そこは大量の椅子と机が並んでいた。そしてその並びに沿うように長い受付のような窓口があり、上の看板には料理のメニューや値段などが表記されている。

 飲食店の装い――そこは楽導館の学生食堂だった。

 各階にはテラスやバルコニーが存在し、天井は吹き抜けになっている。日当たりの良さから日中の今は明るい日の光が食堂全体を照らしていた。


「火を通しながら中心を数回ささっとかき混ぜて、半熟になったら火を止めます」


 ルダージュの声は窓口の奥、食堂の厨房から響いていた。

 灰色のエプロンを掛け、2つのフライパンを相手に調理に勤しむ。片方には異世界(アリアストラ)産の材料で炒めたバターチキンライス。もう片方には異世界産の卵と牛乳を混ぜた黄色い生地ができていた。

 そして彼の隣には料理をサポートするためにセルティアとアリアンジュが付いており、それを取り囲むように精霊科の生徒――調理担当となった生徒たちが興味深そうに彼の手元を覗いていた。さらに厨房の外には人型精霊が料理をすると聞きつけた野次馬生徒でごった返していたため、ルダージュを中心に扇状の人だかりができていた。


「あとはこの卵の上に炒めたライスを盛って、こうやって被せて包み込む」


 チキンライスが卵によって綺麗に隠れ、それを皿に移すと周囲から「おぉー」と感嘆の息が漏れた。


「最後にこのケチャップをかけて完成」

「これがオームライスですのね」


 間近で見ていたアリージェの言葉にルダージュが頷く。

 オームライスとイントネーションが少し変なことになっているがルダージュとアリアンジュにとっては馴染みのあるオムライスのことである。なぜかルダージュたちがオムライスと発音しても異世界人にはオームライスと聞こえるらしく、訂正することは叶わなかった。翻訳魔法のちょっとした齟齬である。


「ルダージュはよくお料理を手伝ってくれたり手料理を振舞ってくれたりするので味は保証しますよ!」


 召喚獣(ルダージュ)の代わりに得意げになる召喚士(セルティア)様。

 なぜ、ルダージュがオムライスの作り方を披露しているのか。それはメイド喫茶の看板メニューは何にしようかという話し合いになった時に、アリアンジュが「オムライスかな~」と発言したことが原因だ。当然、異世界人にはオムライスは通じないので実際に作ることになり、急遽開催されたのが学園の食堂を間借りしたルダージュによるお料理教室というわけだ。


「とりあえず……誰か味見してみるか?」


 オムライスと言ってもアリアストラには鶏や牛といった動物はいない。だが、それに近い魔物の肉や卵、乳製品が市販されているため同じような味付けの料理は再現できる。

 大学の入学式を終えてから一人暮らしをするはずだったルダージュは、母親から事前に家事を教わっていたため簡単にだが自炊できる。アリアストラに召喚されてからもセルティアの家事を手伝っていたため手際もよくなっていた。

 つまり、はた目からは美味しそうな料理にしか見えなかった。

 そのためだろうか、


「はいはいはい! 俺に味見させてくれ!!」

「ちょっと待ちなさいよ! あんたは執事役でしょ!? 何でここにいんのよ、普通は調理組に優先するべきでしょ!?」

「精霊の手料理とか激レアすぎるだろ。そうか人型だとそういうこともできるのか……」


 人型精霊という肩書が背中を押しているのかルダージュの手料理は異常な人気を見せていた。我先にと挙手する生徒たちにルダージュは苦笑いを返すことしかできない。視界の端でセルティアもアピールしているが「いつでも食べれるでしょ」とルダージュが窘めると、珍しく頬を赤くしたセルティアが「そ、そうでしたね……」と萎むように引き下がっていった。


「じゃあ、一番手は……」


 素直だな、と思いつつ皿にスプーンを乗せ周囲を見渡すと、兎耳がルダージュの目の前で揺れる。調理係ではなかったはずだが、どうやら彼女も様子を見にきていたようだ。

 ルダージュは静かにオムライスの皿を彼女の前に置いた。


「食べてみるか? ティーユ」

「……いいの?」


 首を傾げながらもその手にはすでにスプーンが握られている。準備は万端だった。


「素直な感想が聞きたいからな」

「ん、わかった。いただきます」


 クラスメイトからマスコット的扱いをされているティーユなら角が立たないし、性格的にもお世辞を言うようなことはしないだろうという判断だった。実際、周囲の生徒たちからは不満の声は上がらなかった。

 皆が固唾を飲んで見守る中、マイペースなティーユは一口目をゆっくりと頬張りリスみたいに口を動かす。


「ど、どうですの?」


 待ちきれなかったのかアリージェが感想を促すと、一口目を食べ終わったティーユが一言「……おいしい」とだけ伝え、二口目に手を伸ばした。


「味の感想はありませんの?」

「……え? んーとってもおいしい。わたしはこれ好き」


 なんとも淡白な感想しか得られず見守っていた生徒たちは肩透かしを食った気分になったが、言葉とは裏腹に手と口が止まらないティーユの姿に興味津々だ。

 ルダージュはそんな彼女を眺めながら頬を緩め、


「とりあえず近い人から味見してみてくれ」


 と皿に近い生徒たちに順々にスプーンを手渡した。

 基本的には反応は一緒で美味しいという感想と共にルダージュに質問が飛び交う。

 中身のライスの味付けをバターではなくケチャップにしてもいいし、別のソースをかけて味変もできることや焼き加減で卵をとろとろにしてもいいこと。ルダージュが思い出せる限りのアレンジを教えた。


「まあ、今回は初めてだから正統派だけ提供すればいいんじゃないか。手慣れてないと料理のアレンジは失敗の元だしな」

「それが無難でしょうね」


 もぐもぐと動く口元を手で隠しながら頷くセルティア。

 いつの間に食べたのだろうか。


「とりあえず残りも作るよ」


 セルティアの早技に驚きつつルダージュは調理を再開した。

 フライパンにはチキンライスがまだ半分残っていたので、2つ目のオムライスを仕上げる。卵を焼いて包むだけだったので時間はかからなかった。


「これからメイド喫茶専用オムライスの仕上げをしたいと思う」


 ピタッと周囲の動きが止まる。


「仕上げ? こんなにおいしいのにまだ完成してないの?」

「いや、味付けは終わってる。ただメイドさんの魔法の言葉が足りてない」

「オームライスに魔法陣でも描きますの?」

「……ごめん、言い方が悪かったね」


 魔法という単語がそのままの意味で通ってしまう異世界。勘違いするなという方が土台無理な話だった。


「あー……おまじないが最後に必要なんだ」


 言い直されてもピンとこないのかティーユたち異世界人の頭上に疑問符が浮かぶ。隣では「先輩……! もしかして」とアリアンジュが目を見開いた。


「では実際にやってもらいましょう。アリアンジュ」

「……ぅえ!? 私!?」


 呼ばれるとは思っていなかったのだろう。悲鳴に近い素っ頓狂な声が上がる。


「少しは手伝え。それにお前は俺と精霊喫茶がメインになるからここで一回やって見せればそれで終わりだろ?」

「や、でも、やったことないしよく知らないし恥ずかしい」

「セルティアー今からアリアンジュが恥ずかしいことしてくれるってさ。見てみたいよな」

「あ、ずっる! 先輩それずるいって!!」

「わー! 楽しみです! それは見逃せませんね!!」

 

 普段はキリッとしている生徒会長のセルティアだが自分の召喚獣のことになると相変わらずだらしない笑みを浮かべる。それは第二精霊のアリアンジュでも変わりなかった。


「くっ、セルティアちゃんまで……わかった、わかりましたよ! やればいいんでしょ!?」


 紅騎士の姿でもないのに頬を紅色に染め、ゆっくりと両手の指でハート型を作り胸元に掲げる。

 そして覚悟が決まったのか深呼吸をして、


「も、萌え萌え、キュンキュン! 美味しくな~れ!」


 満面の引き攣った笑みでおまじないを言い切った。


『……』


 返ってきたのは残酷なまでに無反応な沈黙と「か、かわいい……!」という精霊好き(セルティア)の一言のみ。


「……せ、せんぱいの、ばかあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 羞恥に耐えきれなかったのかアリアンジュは叫びながら厨房を飛び出して行った。

 取り残された生徒たちはそんな彼女を見送り、困惑しながらもルダージュへと向き直る。


「ルダージュ、今のおまじないというのは本当に必要なんですの?」

「え? どうだろう。俺が見たかっただけだからな」

「それはまた……」


 いい性格してるわ、と皆が呆れた。


「でも、そうだな。とりあえず」


 ルダージュが男子たちに向けてオムライスを掲げ、


「おまじないがかけられたオムライス食べたい人」


 と言った瞬間、男たちによる戦争が起きた。

 こぼすなよーと魔装で皿を浮かし、獣の群れの中心に放り込む。


「効果は抜群だろ?」

「なるほど、理解しましたわ。……ところでセルティアの姿が見えませんがどちらに?」

「え? あ、こら!」


 当たり前のように獣の1匹として争奪戦に混ざろうとしていたセルティアをすんでのところで引き戻す。さすがに召喚獣として男として、他の男たちに揉みくちゃにされそうなセルティアを黙って見過ごすことなどルダージュにはできなかった。


「離してくださいルダージュ! 召喚士にはやらねばならない時があるんです!」

「ダメだって。女の子同士ならまだしもアレに混ざるのは君の召喚獣として許しません。諦めるまでずっと離さないから」

「そんな! 殺生な! ……あれ? でも、これはちょっと」


 最初こそ絶望していたセルティアだったが、自分の姿――ルダージュの片腕を腰を回され抱きしめられている状況を改めて自覚し、次第に頬に熱を帯びさせていく。


「あ、あの……ルダージュ? 今回は諦めます、諦めましたから。離してもらえると」

「却下」

「即答ですか!?」


 離す離さないの押し問答を繰り広げる召喚士と召喚獣。いままでならセルティアのほうが積極的にべたべたしていたのだが、最近では立場が逆転すると急にしおらしくなってしまう。

 他者の視点ではこっちの方がセルティアにとっておいしい状況になっているような気がするので部外者としては見守るだけだった。

 ただ一言ぐらいは挨拶するべきだろう。


「ごちそうさまですわ」

「ごちです」

「……? まだそんなに食べてないだろ?」


 いやいやご謙遜を、もうお腹いっぱいですよと思う面々だった。



 ±



 その後、他の料理も何か教えてくれと女生徒に頼られ、ルダージュは同じ材料で作れる丼料理を披露した。


「これは?」

「親子丼」


 鶏肉と玉ねぎのような野菜を煮て溶き卵でとじ、ご飯の上に乗せる。見た目もこだわるためにどんぶりのような深い皿に入れ、仕上げに緑の野菜も彩りとして添える。


「オヤコドーン」

「そう、親子丼」


 もはやイントネーションがうまく伝わらないのは翻訳魔法のデフォになりつつあるのでルダージュは訂正することをやめた。


「どうしてオヤコドーン?」


 ティーユがそんな質問を投げかけてきた。


「名前の話か? ここにクックトリスの肉とその卵があるだろ?」

「……ん」


 クックトリスとはアリアストラで一般的に食用されているニワトリ型の魔物だ。戦闘能力も低く鶏の品種改良と言われても納得できるレベルの弱さと味の良さがある。


「この肉が親で、その卵が子供だから、一緒に調理してできた料理が親子丼」

「ほーオヤコドーン、おやこドーン、親子……ドーン」


 段々とティーユの声が弱くなっていき、心なしか他の女子生徒たちもルダージュとの距離が物理的に開いていく。


「……わーお、サイコパス」

「え?」


 人型精霊はネーミングセンスがヤバい。

 そんな噂が学園中に広まるのは火を見るより明らかだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


少しでも面白いと思った方はブックマークと広告下の☆で評価していただけると嬉しいです!

ポイントによる応援があると作者のモチベーションが上がり励みにもなるので、なにとぞ応援のほどよろしくお願いいたします!!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。