【学園祭編】 職員会議は黙る、されど進む
「――というわけで、精霊科1年は学年全体で休憩スペースを作り来客のための喫茶店として活動します」
アーネ・フランの締めの言葉を受け、魔導都市学園の会議室に沈黙が落ちる。
総勢100名以上の学園の職員が一堂に会し、精霊科と魔法科の教員が顔を向かい合わせながら手元の資料を覗き込んでいた。
定例職員会議。
それは学園長の権限の元、学園の運営を円滑に執行するための話し合いの場。基本は職員相互の事務連絡、意見交換、学園長による運営方針の周知などを定期的に行なっている。
議題は様々で、今年は特に話題に事欠かない会議が多かった。
人型精霊の召喚の成功に始まり、問題児の退学、生徒の誘拐、妖精の森への侵入、よくわからない迷子の捜索。合宿中の幻魔との遭遇、討伐、聖剣と聖刀の管理、巫女の臨時教員としての受けいれ。そして魔導杯期間中の幻魔襲来、討伐からの二柱目の人型精霊の召喚を確認。
半年ほどでここ数十年、下手をしたら数百年でも起きないような問題が次々と発生し、定例会議あるいは緊急の臨時会議の討議の中心となった。
今年の職員会議は例年にも増して疲れる。
それが職員全体の共通認識であり、紛れもない事実でもあった。
正直、毎年問題児はいるし魔法の扱いができても精神が未熟であれば大なり小なり事件は起きる。生徒数も多いので停学や退学などは毎年1人や2人はざらだ。
だが、まさか問題児ではなく特待生、しかも生徒会長にまで上り詰めるほど優秀な生徒に頭を悩まされるとは思わなかった。
「……魔法科としてはうちの研究が邪魔されなければ精霊科が何をしようと構いませんが、その奇天烈――柔軟な発想はいったい誰が?」
初老の魔法科主任が代表してアーネに問うと、彼女は職員たちの視線から逃れるためにわざと資料に目を落とし「精霊科1年のセルティア・アンヴリューとその召喚獣ルダージュです」と静かに答えた。
職員たちも結果を予想できていたのか「またかー」みたいな空気が流れる。
「たしか彼女のクラス担任はフラン先生でしたね?」
「ええ、まぁ」
「例年通り普通の学園祭をやろうとは進言されなかったのですか? 今年は不慮の事故や災難も多く、まともに行事を終えることができない状況ばかり。最初からイレギュラーな要素を組み込むのはいかがなものかと」
「あー……いえ、私としても寝ていたらいつの間にかこうな――ったというのは冗談で、生徒の自主性を尊重しようと思いまして見守っていたらこんなことに」
つまり寝て放置していたら勝手に決まっていたと、アーネの言い訳もむなしく職員たちには全て筒抜けだった。
「ちなみにうちの2学年も後輩に感化されたのか当初の予定を白紙に戻して現在は再考の真っ只中ですよ」
「同じく3年も後輩に負けたくないといって練り直した。今は召喚士体験会といって精霊とのコミュニケーションや戦闘方法をレクチャーする場を鋭意製作中だ」
精霊科2年と3年の主任が補足するように言葉を付け足す。
セルティアが他クラスに案を持ち込んだその日。上級生たちは独自の情報網から下級生の動向を入手し、対抗意識を燃やすように風変わりな催しをすることにした。
2年は去年のつまらない文化祭の二の舞にならないため。3年は最後の年なのでただ単にはっちゃけるため。それぞれの思惑から動いている。
「つまり今年は精霊科全体が今までとは全く異なる森羅学祭にするということですね」
魔法科主任の言葉に精霊科の教員たちがなんとも言えない表情で頷く。
「我々としては先ほども言いましたが魔法科の活動に支障が出なければ何をやっていただいても構わないのですが……学園長はどう思われますか?」
彼の言葉は嘘偽り無い本心だ。
魔法科はとりあえず自分たちの研究やその成果を邪魔されなければ他はどうでもいい。ただ、学園長は違う。アルフォス・リオン・ルフォルという元勇者のエルフの男は意外にも生真面目な文化祭を好む。昔、生徒の意見で他国の学園ような祭に相応しい出し物を出したいという意見があったが、学園長に一蹴され実現することはなかった。魔導都市学園の生徒として本分を疎かにせず学業に専念した成果を見せなさい、と至極真っ当な意見でねじ伏せたのだ。
「……ふむ、そうだね――」
この会議室の中で精霊科の出し物に否を唱える人物といえばアルフォス学園長その人しかいない。
彼は職員たちが見守る中、顎に手を当て何事かを考えるように渋面を作る。それを見たアーネが「やはり学園長は反対ですか?」と質問するが、
「いや、そういうことではない」
とアルフォスはきっぱり否定した。
ではどうしてそんなにも難しい顔をしているのか。
それはあまりにも重いものだった。
「姉さまたちに着せるメイド服で悩んでいる。どこ産のものがいいだろうか?」
家族愛が重い。ついでに職員たちは頭が重くなった。
「が、学園長」
魔法科の主任が呆れたように眉根を寄せ、指で揉みこむ。
「いや、聞いてよ! 最近また未来の旦那とギクシャクしているんだ。問題は解決したから普通に会話できるはずなのにもどかしくてしょうがない。ここは僕が一肌脱いで後押ししてあげないとダメだと思うんだ」
とりあえず色仕掛けは大事だと思わない? とアルフォスが皆に同意を求める。ちなみに巫女姉妹は臨時教員の中でも特別枠なため会議にはほとんど参加していない。本日も不参加だ。
「学園長、今は職員会議中ですよ」
アルフォスの傍で控えていた秘書エルフが諫言する。
学園長の姉が森を出てから――いや、正確にはもう少し前の人型精霊が召喚されてからというもの、彼は浮き足だっていた。おそらく人型精霊ルダージュが姉たちを娶ってくれるだろうと彼はその頃から予期していたのかもしれない。
ただ、その影響か今年の会議は毎度のように巫女姉妹の相談をされるようになってしまった。
「僕は賛成だよ」
『!?』
これはまた長くなりそうだな―と覚悟していた職員たちが驚いたようにアルフォスに注目する。
「今年は生徒も君たち職員も気を張る問題に直面することが多かった。これが生徒たちにとって息抜きになるのなら反対する理由はないよ」
あーでも食べ物を提供するなら食品の管理は徹底してね、とアルフォスが付け加える。
「学業第一の学園長が珍しいですね」
「ま、いつもなら僕が反対する立場にいたからね。でも今年から色々と変えていこうかと思っている。何事にも余裕というものが大事だと気が付いたからかな」
「余裕……ですか?」
「例えば幻魔に遭遇しても慌てない余裕のある心とか、休めるときには休むという心の余裕とか、かな」
職員たちは押し黙ってしまった。
幻魔に対抗できる人間など実践経験のある召喚士しかいない。この時代にそんな特殊な召喚士など国単位で数えてもごく少数しかいない。学園の教員でも例外を除けば皆無だ。
これからは教員たちも幻魔との戦い方を学ぶ必要があるということだろう。
「前者は今後の課題としてそのうち話し合おうか。でも後者にはちょうどいいお祭りがある。その初めの第一歩がメイド喫茶っていうのも面白いじゃないか」
アルフォスの笑顔につられて、職員たちも口元を緩めた。
若干の私情も混じっていそうだが納得のいく答えであり、そんな学園長に反対意見を物申すものは現れなかった。
そして会議は黙々と進んでいくのだった。
±
「あ、ところでメイド服の話だけど南の諸島国にはスカートが短いタイプがあるって話が――」
「学園長は黙っててください。会議中ですよ」
「……はい」
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※割り込み投稿をやめるために一時的に後編(白黒騎士物語)を消しました。




