【学園祭編】 口は災いの元
「メイド喫茶とかあるわけないか」
その一言が全ての元凶だった。
精霊科1年の内の1クラス。セルティア・アンヴリューとミリア・クランケットのテンサイコンビが君臨するそのクラスでは間近に控えた学園祭の出し物に向けて話し合いが行われていた。
魔道都市学園の学園祭――森羅学祭。
武の祭典が魔導杯であれば、森羅学祭は技の祭典である。
学園の生徒が研究した魔法や魔導具に関する技術の成果発表。それを主とした大規模なお披露目会こそが森羅学祭の正体だ。森羅学祭では魔導杯と同様に民間人も視察が可能なため、己の腕を売り込むため魔法使い――特に魔法科の生徒が日々の努力を認めてもらうために奔走することになる。
要は魔法科のための森羅学祭、精霊科のための魔導杯だったということだ。
脳筋――もとい精霊科の召喚士たち生徒は多少のトラブルはあったものの魔導杯を終えて武力を誇示する機会を得た。だから次は魔法科が活躍できる舞台が用意されているのはカリキュラムとして当然の流れだ。
魔導杯では魔法科の生徒も活躍できるように武闘カップが用意されていたように、森羅学祭にも精霊科が日の目を見る制度が用意されている。といっても中身は単純で、魔法科と同様に精霊科も研究成果を発表していいというだけの話である。
しかし、精霊科は戦闘に特化した教育を受けており、学習内容も精霊との交流を主とした講義ばかり。研究の成果といえば精霊の生態や趣向、教育・調教の仕方などマニアックなものが関の山。召喚士でなければ見向きもしない。
「精霊科の学園祭はつまらない」とは有名な話であり、世間一般の評価でもある。
そしてそれは精霊科の進学したばかりの1年にも容赦なく降りかかる。需要も無ければ人気も無いとわかってはいても行事なので避けては通れない。
やる気がなくてもやるしかない。
ルダージュを囲んでいたのはそんな精霊科の業を背負ったセルティアたち学園生の重苦しい空気だったのだ。
「……」
ルダージュはセルティアの隣で生徒たちの背中を眺めていた。
元の世界とはだいぶ違う異世界の学園祭の催し物。バンドの演奏もなければ出店も出さない。お化け屋敷や射的などの遊戯すら話題にならない。お堅すぎる文化祭に唖然とするしかなかった。
だからついポロリ、と溢してしまったのだ。屋台もなければ普通の喫茶店すら出店しない文化祭。ましてや本物の執事にメイドが身近にいる異世界に、店員がメイド服を着て接客をする喫茶店――
「メイド喫茶とかあるわけないか」
と、ルダージュは苦笑気味に呟いていたのだ。
完全に不可抗力だった。
だがそれは学園祭の出し物について頭を悩ませ、閑静としていた教室には驚くほど響いた。耳にも心にも。
「……ルダージュ? メイド喫茶ってなんですか?」
当然、ルダージュの隣に座っていたセルティアが聞き逃すわけもなく、目をぱちくりとさせ己の召喚獣の顔を覗き見る。前屈みになり机に胸と肘を乗せ頬杖をつくセルティア。その表情はどこか楽しげで「ねえ、メイド喫茶のこと教えてください」と段々とイタズラな笑みへと変わっていく。
「え、あっ……」
服に溢した醤油のシミのように、ルダージュの言葉はじわじわと教室に滲んでいき色濃く染めていく。我に帰った時には時すでに遅く、教室内から「メイド喫茶?」「なんだそれ?」「メイドがなんだって?」とクラスメイトたちからの疑問符がところかしこから染み出していた。
俺、やっちまったかも。
これは失言だ。
なぜなら今ルダージュは窮地に立たされているからだ。セルティアに説明を求められている以上答えないわけにはいかない。ただ、その答えを口で説明するの正直……恥ずかしかった。
メイド喫茶っていうのはメイドさんの格好をした店員さんが給仕をする飲食店のことだよ、とオタク文化のオの字も知らない異世界人に説明するのはあまりにも難易度が高かった。「なに言ってるの?」と一蹴されてもおかしくない。
「……」
ルダージュは助けを求めるためにセルティアを挟んで向かい側に座っているアリアンジュに視線を送る。だがそこにはすでに顔を手で覆って伏せているアリアンジュの姿があった。彼女はこれから訪れるであろう同郷の先輩の辱めを予想し居た堪れなくなっていた。共感性羞恥といってもいいだろう。
「メ、メイド喫茶というのはですね……」
「はい」
口調が硬くなるルダージュを横目に、セルティアは先を促すように返事をする。
「……」
嘘をつきたくないルダージュは最後の抵抗とばかりに口を戦慄かせ、
「メイドさんの格好をした店員さんが給仕をする飲食店のこと……です」
諦めた。何の捻りも誤魔化しもないそのままの意味を異世界人たちに教えてしまう。教えてしまった。
反応は一様だ。
聞き耳を立てていたクラスメイトたちは突拍子もないことを言い出した人型精霊に懐疑的な視線を向けている。まさに「なに言ってんのこいつ」状態である。
だが一人だけ別の反応を示した者がいた。
「店員がメイド服……」
セルティアだ。彼女はルダージュの言葉を反芻するように口元に手を当て視線を落とす。
「それは本物のメイドが給仕をするわけではないんですね?」
「え? あ、あぁ。普通の店員がメイド服を着るだけ」
追加で質問が飛んでくるとは思わなかったルダージュは戸惑いながらも肯定する。
「どうしてメイド服で接客を?」
「えっと、客を主人に見立てて接するっていうコンセプトだからかな? いらっしゃいませ、がお帰りなさいませって挨拶に変わったり客をご主人様って言ったり」
ルダージュも実際にメイド喫茶に行ったことがあるわけでもないため説明に難儀するが、セルティアの問いは止まらない。
「なんでメイド服なんですか? 他の服ではダメなんですか?」
「ダメってわけじゃないけど、メイドと接する機会がない平民だと物珍しいから……じゃないかな。どこかの国ではそうやって客引きをやってるみたいだよ」
曖昧な言葉を使ってあたかも「他の国はもうやってることだよ」というニュアンスを混ぜ、発想を擦り付ける。それまでルダージュの言葉を聞いていた生徒たちは「へぇ~」「面白い国もあるんだね」「世界は広いなぁ」と納得の言葉を口にしていた。
異世界の文化だからね、そりゃ広いよ。
とルダージュも心の中で同意する。
そしてそれはセルティアも同様だ。彼女はルダージュが元異世界人だと知っているので『メイド喫茶』なるものが異世界の文化だということは察していた。
だが、だからこそルダージュは困惑していた。
不注意とはいえ異世界の文化を口走ってしまったルダージュに対し、フォローするどころか根掘り葉掘りと聞く側に回っているのか。
いつもの彼女なら助けてくれるはずなのになぜ?
その答えはいたってシンプルだった。
「ルダージュは――」
いつになく真剣な眼差しのセルティア。
そして彼女は核心に触れる。
「――メイドが好きなんですか?」
ルダージュの脳内でセルティアの言葉がリフレインしていく。
メイドが好き、メイドが好き、メイドが好き――ルダージュはメイドが好き。
「どうしてそうなる」
俺はメイドが好きなのか?
ルダージュは自問自答を始めた。あまりの衝撃に一瞬だけ気を失いかけたがなんとか自我を保ち続ける。
「だって、好きじゃないと確認しませんよね」
「……確かに」
いや、でもそれは文化祭といったらメイド喫茶とかお化け屋敷が定番だからであって――
「私がメイド服を着たら嬉しいですか?」
「セルティアがメイド……」
思わず想像してしまう。
くるりとスカートをなびかせ「お帰りなさいませ、ご主人様」とほほ笑む彼女の姿を。
「絶対に可愛いだろうな」
畳みかけるような質問の応酬につい本音が漏れる。アリアンジュはそんな先輩の姿を呆れたように半眼で見つめ「言いくるめられてますよ、せんぱーい」と声をかけるが届かない。
「素直ですね、ルダージュは……ふふ、でも、そうですか。絶対に可愛い、と」
破顔したセルティアが席を立つ。
何事かとクラスメイトたちが彼女を見上げるが、同級生として接する機会が多い彼らはセルティアが次に言わんとすることを大体わかってしまった。
「みなさん、メイド喫茶やってみましょう!」
ほら来た。
想像通りである。あの精霊好きの生徒会長セルティア・アンヴリューが自分の召喚獣である人型精霊ルダージュの提案を無視できるわけがない。
だけどそれはセルティアの都合であって他の生徒には一切関係のない話でもあった。
「生徒会長……気持ちはわかるけどそれはちょっと遠慮したいかも……」
「そうそう、例えルダージュ君のお願いでもさ……なんかその恥ずかしそうだし」
反応は芳しくない。それどころかメイド服を着ることになるであろう女子生徒からは特に不満が噴出している。男子生徒は静観している者が多く、成り行きに身を任せようとしていた。
ルダージュはというと、いつの間にか自分の願望で女子生徒にメイド服を着せようとする変態精霊という立ち位置になっていることに困惑し、またアリアンジュに助けを求めるが――
「んべっ」
舌をぺろっと出され相手にされなかった。
「ん~つまらないと評価される精霊科の文化祭。私たちの代で革命を起こすのも悪くはないと思ったんですが反応がイマイチですね。確か東の国の魔法学校では出店などを出してお祭りのようにしている、という話もありますし、私たちも喫茶店なら難しくはないかと」
「でも、女子の負担やばくな~い? あたしらがメイド服着て接客するとして男子どうすんのよ? 厨房任せるの? この貴族の坊々どもにできる?」
「それはこっちの台詞だ。お前たちこそ自炊できんだろ。覚えてるぞ? 合宿の時に料理にソースで魔法陣を描いて暴発させたバカがいたってな」
「――あ?」
「やんのか」
教壇でいがみ合うクラス代表の男女。
魔導都市学園は貴族が多い。そのため家事をする機会がなく食事も学園が用意した食堂で済ませる生徒がほとんどだ。セルティアのように好き好んで料理をする者はごく一部しかいないし、そもそもセルティアは平民の出なので貴族連中の料理の腕は壊滅的とも言える。
「喧嘩はほどほどにしてくださいね。調理スキルは当日までに磨くとして、男子生徒の役割を考えなくてはなりませんね。料理担当と割り切ってもいいと思いますが……」
と、セルティアがルダージュに目配せする。
何かいい案はないのかと訴えかけているのだろう。
ルダージュとしてはメイド喫茶をやること前提で話が進んでいることに異を唱えたい立場ではあったが、話の腰を折るのも気が引けたので助言することにした。
「なら、男は執事服を着て接客したらどうだ?」
クラスの何名かの女子生徒がぴくりと反応を示す。
「執事服……なるほど、メイド喫茶に対抗して執事喫茶もやるということですね」
「そうそう、客を「お嬢様」って呼んで迎えたりな。この学園には本物の執事もいるし所作とか学べば本格的でもある接客になるんじゃないか?」
アリージェの専属執事であるオルガを思い浮かべる。
執事モードのオルガであれば指導できるし、日本で働いていたら受けもよかっただろうとルダージュは考えた。この異世界で通用するかは別問題だが、形にはなるだろうと。
(そういえばこの学園って執事はいるけどメイドも実はいるのか?)
ルダージュはあまり考えたことがなかったため知らないが、学園には主人の身の回りの世話役として在籍しているメイドと執事が多数いる。学園の制服を着ているため外見だけでは判断ができないし、年齢も近い。主人の懐妊に合わせ、己の子供を産もうとする使用人一家が種族を問わず存在するためだ。
「どうでしょう? メイドに執事、これでみんなで活動できるようになりましたよ」
セルティアが教室を見渡す。
元々が客受けの悪い精霊科の研究発表をするだけの場。それが生徒主体の喫茶店経営へと変更されたのだ。話し合い開始当初よりは前向きな表情をしている生徒が多くなった。
しかし、
「でも、なぁ……」
「これでも滑ったら立ち直れないかも」
まだ、説得力に欠ける。
まだ、押しが弱い。
彼らをその気にさせる材料が足りないのだ。
それに――
「精霊科に関係ないし恥ずいし……」
クラスメイトから漏れる弱気で優柔不断な言葉の数々と本音。
どんなに真新しいことをやったとしても精霊科に関係のない催しはどうなんだ? という疑問が彼らを躊躇させる。
「……ルダージュ?」
セルティアは笑顔だった。
笑顔に凄みがあった。
ルダージュには見せたくない様々な感情を笑顔で隠し、煮え切らないクラスメイトたちをその気にさせる魔法の言葉はありませんかと訴えかけてくる。
「じゃあ――」
精霊科に関係があって、インパクトがあって、客引きもできそうな催しはもうこれしかない。
「精霊喫茶をやるしかない」
『!?』
教室内に戦慄が走る。
安直だがルダージュにはこれ以上のアイデアは思い浮かばなかった。教室の片隅で「なんでも喫茶店にするやん」という至極全うなツッコミが上がるが無視する。
「ル、ルダージュ? その精霊喫茶というのはももももしかして――」
あまりの衝撃に動揺を隠せないセルティアがどもり始める。
精霊好きを豪語している彼女にとっては目から鱗が落ちる発想でしかなかった。
「その名の通り普通の喫茶店にたくさんの精霊がいるだけのお店。精霊は勝手気ままに過ごして、客はそれを眺めたり撫でたりして愛でる」
「愛でる!?」
イメージはもちろん猫カフェ。
ただアリアストラにはネコ系獣人やネコ系の魔物はいるが、動物の猫がいるわけではないためネコを例に説明はできない。それでもルダージュの簡潔な説明で皆“理解ってしまった”のか、クラス代表の女子生徒が控えめに――少し恥ずかしそうに赤面しながら手を挙げた。
「あのーそれってさぁ、ルダージュ君やアリアンジュちゃんのことも“合法的”に撫でまわすことができるってこと?」
「……え?」
ルダージュは自分たちが精霊だと認識されていることを忘れていた。
「いや! それは――」
慌てて取り繕うがそれよりも早く横にいたセルティアが「ダメ―!」とルダージュに抱き着き、
「ルダージュは私の、」
精霊ですよ。と独占欲丸出しの台詞を口にしようとして固まる。
なぜならば精霊でも召喚獣でもなくそれ以外の願望の肩書を頭の中に思い浮かべ、そんな自分がいることに気づき赤面したのだ。さらに言うと、ここで自分の精霊を他人に触れさせたくないという態度を発案側が示してしまうと精霊喫茶が成り立たなくなるので言葉にするわけにはいかないという事情があった。
一瞬でセルティアは本能と理性の板挟みになり動けなくなってしまっていたのだった。
「……あー俺たち人型精霊の場合は絵面がこんなことになって不味いから。節度は守りましょう」
セルティアの葛藤の一部をなんとなく察したルダージュが現状を例にフォローに回る。
「鼻の下伸ばしてる男子には悪いけど、私に触れていい男は先輩――ルダージュだけだから。どさくさに紛れて触ってきたら潰す」
紅の籠手が握り拳をつくる。
腕から先を魔装で覆ったアリアンジュの忠告にクラスの男子たちが「ひんっ!」と青い顔をして内股になっていく。
「それはつまり女は触れていいってことですか!?」
怯まなかった女子生徒の1人が勢いよく手を挙げた。
アリアンジュとしてはそんな質問が投げかけられるとは思っても見なかったので、数秒ほど逡巡し――隣にいたセルティアを引き寄せ、
「これぐらいはサービスしてあげる」
と、そのまま抱きしめた。
「「「きゃあああああああああ!」」」
黄色い歓声が上がり精霊喫茶の良さを再確認した女子生徒たちがああでもないこうでもない精霊喫茶について語り合い盛り上がり始めた。逆に男子生徒は「女子だけずるいぞー」「俺たちもアンジュちゃんにハグされたーい」と欲望に塗れた不満の声が上がった。
『そんなに人型精霊にハグされたいなら俺が抱きしめてやろう』
一瞬で灰色の鎧殻を纏ったルダージュが男どもに向けて両腕を広げる。
これで大人しくなるだろうというルダージュの思惑通り、男子生徒たちは一斉に口を閉ざしてしまった。だが、何やら様子がおかしい。静かになったのはいいがその視線に少しの――熱がある。
「――ありかも」
『え?』
「俺、ルダージュの鎧……間近で見たことなかったんだよなぁ」
『お、おい、なにを言って――』
「ちょっと興奮してきた」
『本当に何を言っているんだ!?』
その後、目の色がやばくなってきたクラスメイトたちを宥めつつ、メイド喫茶、執事喫茶、そして精霊喫茶を実現させるため、ルダージュたちは他の精霊科1年のクラスに企画を持ち込み、学年全体でコンセプトカフェをすることを決定づけさせたのだった。




