【学園祭編】 精霊喫茶で僕と握手!
結論から言えば精霊科1年のコンセプトカフェは大成功――は大袈裟だがそこそこの成果を出した。
物珍しさから客足が途絶えることはなく、店舗となった教室は常に満員に近い状態を維持している。
使用している教室は5部屋。構成は空き教室が中心になっており、元々は教材で使う魔導具の保管場所として使われていた部屋や多目的室が主だ。使わない魔導具などを適当な場所に運び出し、空になった室内を喫茶店ぽく装飾。ルダージュの記憶に合致した文化祭のメイド・執事喫茶が出来上がった。
当初の予定ではメイド喫茶と精霊喫茶が2部屋、執事喫茶を1部屋で運営するつもりだった。理由は森羅学祭の客層は男性の比率が大きく執事喫茶よりはメイド喫茶の方が人気が出るだろうという思惑があったから。
しかし、実際に出店したのは精霊喫茶のみとなった。
一部の生徒がメイド服や執事服、コンセプトカフェそのものに拒絶反応を示したからだ。いくら人型精霊が出した妙案だとしても人の感情は統一できない。単純に従者の服を着たくない者、喫茶店をやりたくない者の登場は避けられなかった。そもそもメイド・執事喫茶と銘打ってコケたら恥ずかしという感情が生徒たちの根底にあり、新しいことへの挑戦を躊躇わせたのだ。
そこで解決策として提案されたのが全てを精霊喫茶にしてしまうという大胆な計画だ。これはメイド・執事喫茶の出店を諦めたわけではなく、精霊喫茶に他の喫茶を統合して一本化を図っている。
つまり、正式には“精霊喫茶の出店”という体で喫茶店を開くが、精霊だけに働かせるわけにもいかないので召喚士たちはメイドや執事の格好をして盛り上げますよ、あくまでも精霊がメインの喫茶店ですよ、と内外に向けての建前を用意した。
これにより喫茶店の興行が当たらなかったとしても、精霊科が精霊科らしい挑戦をして失敗した――と解釈可能になり、スタンスを崩すことなく最低限のダメージで済むようになった。
言い訳の準備が整った後は人材を適材適所で配置するだけ。
メイド服や執事服を着たくない者は料理担当として裏方に徹し、喫茶店をやりたくないとほざいた生徒は――働きたくないから抗議している連中の集まりだったので、「他の案はあるのか?」と問い質されると押し黙ってしまい、いつのまにか逃げ道を塞がれ同調圧力に押し潰された。
そうして出来上がったのがメイドや執事が給仕をする5種類の精霊喫茶。
1号店はセルティア率いるメイドたちと獣系統に霊核化できる精霊たちで構成されている。ルダージュから見れば犬や猫などの動物に近い姿に変身できる精霊を集めた正統派を意識した構成だ。カーバンクル型のルナールなどがここに配属されている。
2号店は趣が変わり、ガルバトスのような子竜やイルヴェノムのような蛇、いわゆる爬虫類系統の精霊が集合している。召喚士側は生徒会役員の女子生徒をリーダーに据えているためこちらも1号店と同様にメイド喫茶のようなものだ。
3号店はさらに特殊な装飾型の精霊専門店。壁一面を武器やアクセサリーに霊核化できる精霊で飾り、アンティーク調の雑貨店を想わせるようなシックな雰囲気を醸している。執事喫茶でもあるためリーダーは本職のオルガ。そして彼の精霊であるアグニードもガントレット精霊であるため同じ部屋に配属され、無造作にテーブルの上に置かれている。ここにいる精霊は人を驚かすのが好きなのか、たまに動いては来店客の反応を楽しんでいた。
そして4号店。ここには人型精霊『紅騎士』のアリアンジュが配属された。
人型精霊というもはや御伽話に近い伝説の存在。そんな彼女がメイド服を着て給仕してくれるとなれば混雑は必至。他の店と比べ精霊の数は控えめにし、彼女をサポートするためにメイドが増やされた。本来の目的であったメイド喫茶の体を成しているのはこの4号店だと言い切れるだろう。
では、最後の5号店。執事服を着た『灰騎士』のルダージュが配属され、4号店と同様の理由から彼をサポートする執事が増やされたこの店は、執事喫茶となったのか?
「あ、あのルダージュ様! あ、あ、あ握手をををお願いします!!」
答えは否だ。
『……』
ルダージュは無言で手を差し出し、一般の男性客と握手を交わす。今の彼は執事服の上に魔装を纏い、鎧殻の姿で接客をしていた。
目の前には長蛇の列ができており、執事服を着た他の男生徒が列整理を行なっている。
「はーい、おかえりなさいませ旦那様。ここでは立ち止まらないで前へお進みくださーい」
「お嬢様もこちらのお席へどうぞ。店内であれば灰騎士を見放題ですよーご注文は何にされますか?」
気分は特撮ヒーローの握手会だった。
入り口で客を出迎え、流れるように握手を交わす。後は他の生徒が当初の予定通り執事として接客するという段取り。取ってつけたような執事喫茶要素とヒーローショーのような『灰騎士』の人気ぶりに5号店は混沌を極めていた。
さらには、
『おほー! ルダージュに釣られて女性客が増える増える! パイがより取り見取りではないか~。1号店から拉致られたときはどうなることかと思ったがこちらのほうがメニューが豊富でよいぞよいぞ~』
客を邪な目で見るパイソムリエの変態鳥のおまけ付きだ。
本来であれば1号店所属となるはずだった蒼い鳥の精霊ヴァルトロ。可愛いメイドたちに囲まれてしまえば暴走するのは目に見えていた。問題を起こす前に回収したルダージュの判断に間違いはない。
『むむ!? ――そこのおっぱいの大きなお嬢さん。どうかね? 我とともにこのカップルジュースを飲むというのは』
メニュー表を器用に翼で指差し、クエクエと客の女生徒に絡みだした。
「あらあら、鳥の精霊さんはこれがおすすめなの? う~ん、でもこれは2人分だから私には大きすぎるかもしれないわ」
『ここに君の恋鳥がいるぞ。安心して頼むがいい!』
相変わらず人の言葉は理解していても内容は都合のいいように解釈していた。これ以上放置していたらいつ客の胸の谷間に突貫するのかわかったものではない。
「ヴァルトロ」
『む? 何用だ?』
ルダージュが気が気でなくなる前に動く影があった。
「坊ちゃまがお呼びだ。こちらは私に任せて3番テーブルの方に移動してくれないか?」
『ここからがいいところだというのにー蛇の主は最近間が悪いのぉ~』
生徒会副会長のロイだ。彼はルダージュに一瞬だけ目配せをするとすぐにヴァルトロへと向き直る。執事服を着たロイの視線の先には確かに小さな男の子が子供椅子に座りながら「トリさんだ~」と目をキラキラさせ両手を挙げていた。
『む~人気者の辛いところだ。蜜月の時間、ささやかな逢引はこうして引き裂かれてしまうのだな。だが安心してほしい愛しの君よ。我は必ず君の元へとグペッ――』
「悪いな、時間が押してるんだ」
鷲掴みにされたヴァルトロが投げ飛ばされ弧を描いて飛んでいく。
同時に鳥の「クエックエー!?」という鳴き声も響いたが、ロイは無視するように先ほどまでヴァルトロが相手をしていた女性客の接客へ移る。
「失礼しました。ここからは私がお仕えいたします」
「あ、ふ、副会長さんが給仕をしてくれるのですか?」
「今は副会長ではないですよ。貴女の執事です」
「は、はい……っ」
文武両道で家柄も顔もいいロイが執事服を着て接客をしているのだ。惚けるなというのが無理な話だ。
事実、5号店は人型精霊ルダージュがメインではあるものの、そのサポートとして選ばれたロイをお目当てに足を運んでいる女性客も多数いる。丁度、彼の目の前であわあわしている女生徒も執事服のロイを覗きに来ていたのだった。
「本日は何になさいますか?」
「えっと、では副会ちょ――あなたのおすすめはありますか?」
「ではランチでしたらこちらのオームライスでどうでしょう。チキンライスをクックトリスの卵で包んだ料理になります。もしくはデザートだけご所望でしたらこちらのクレイプという薄いパンのようなケーキもご用意できます。どちらも人型精霊考案のレシピになります」
「クレイプで、お願いします」
「かしこまりました、お嬢様」
「……わぁーぉ」
ヴァルトロ相手に大人のお姉さんのような落ち着きを払っていた女生徒も執事服ロイの前では形無しだ。堂の入った所作で一礼し去っていく彼をずっと目で追っている。
『ありがとな、ロイ。ヴァルトロを止めてくれて』
「構わない。要注意精霊への警戒も副会長としても務めだ。それよりもいいのか? 持ち場を抜け出して」
ルダージュとロイがすれ違いざまに言葉を交わす。
『いつまでも握手会をしているわけにはいかないからな』
「そうか……ちなみにヴァルトロが何か叫んでいたように聞こえたが、彼はなんて?」
『最近我の扱い酷くなーい!? だとよ』
「特定の部位への執着をなくしてくれれば普通に接することができるんだがな」
『違いない』
実はロイはヴァルトロの性癖を知っている。
元々ヴァルトロの行動をロイは怪しいと勘づいていた。しかし根拠がなかったため精霊と意思疎通が取れるルダージュに相談し、真実を打ち明けられた。
ヴァルトロは女性の胸が好きなのだと。
そこからはヴァルトロが過度な変態行為をしないようにルダージュとともに監視する役割を担うことになったのだ。
『ところで今のお客さんは魔法科の娘かな?』
「彼女か? 彼女は魔法科4年のエルザ・キャンベル・フォート。キャンベル家の令嬢だが……何か気になることでもあったか?」
『あっちで4年ってことはロイたちの同期だよな』
「そういうことになるな。俺の場合はクラスメイトでもあったが」
『ちょっと挨拶してくる』
「お、おう」
首を傾げるロイをよそにルダージュは騎士の姿のまま店内を闊歩する。物々しい姿ではあるが周囲はルダージュのことを人型精霊の霊獣化と認識しているのでそこまで身構えることはせず、むしろ目を輝かせてその姿を目で追っていた。
身構えたのは1人だけ。
「え、あら? あらあら……」
ルダージュの向かう先が自分のテーブルだと気が付いたエルザだ。
副会長と人型精霊がお話してるなーと呑気に眺めていたら張本人がこちらに向かってくるのだ。慌てるなというのが無理な相談だ。
『こんにちは』
しかも挨拶までしてきた。オウム返しのように「こんにちは、精霊さん」と口にするのが精いっぱいだった。
『ん? あぁ、この姿だと話しにくいかな』
ぎこちない態度を緊張と勘違いしたのか、ルダージュは魔装を解くと執事服の姿に戻る。
「霊核化まで……」
姿は別に関係ないんだけどな、と思ったが口にしない。エルザとしては間近で人型精霊の霊核化を見れたという事実が大事だった。
「お隣に座っても?」
「ど、どうぞ」
隣と言ってもエルザが座っていたテーブルには彼女の正面にしか残りの椅子はない。よってルダージュと向かい合う形で相席することになった。
(これが伝説の人型精霊の一柱『灰騎士』のルダージュ。本当に人間みたいな態度なのね。油断していると精霊さんだということを忘れてしまいそうになるわ)
「ルダージュさんは執事にならないのですか?」
「俺はあくまで執事服を着せられただけの精霊――って扱いだから、執事服はオマケみたいなものなんだ。それにこれから始めるアンケートにロールプレイは邪魔かなって」
「アンケート?」
「そうアンケート。料理を待つ間に簡単なアンケートにご協力お願いします」
「わ、わかりました。わかりましたから、頭を上げてください」
まさか人型精霊に頭を下げられるとは思わなかったためエルザはあたふたと手を振る。そこからはシンプルな自己紹介から始まり来店の目的などの質問が続いた。
エルザは自分の研究の発表が終わり、休憩する場所を探していて5号店に行き着いたことをルダージュに説明した。
「なるほど……だから魔法科の子たちがだんだん増えてきたのか」
「はい。元々、魔法科の魔導具の研究発表は学科全体で1日を通して行われます。当然最初に発表してしまった生徒は手持無沙汰になってしまうんです。後続の発表内容もある程度はすでに知っているので興味がなければ暇になってしまいます」
「疲れている魔法科にとって喫茶店はうってつけだったということか」
「もちろん他にも理由があるんですよ」
「副会長のロイが執事服を着て接客してくれるしな」
「えぇ、そうです。あのみんなの憧れマクセル副会長を近くで――ではなく! からかっていますね?」
何のことやらとルダージュはおどけるように肩を上げる。
「まったくもう、理由はあなたたち精霊のことですよ」
「俺たちが?」
「意外そうな顔をしないでください。ここは精霊喫茶ですよね? 精霊目当てに来るのは当たり前じゃないですか」
「でも同じ学園の生徒だろ? 精霊なんて学園で生活していればよく見るじゃないか」
精霊科と魔法科の校舎は楽導館を挟んで向かい合わせ。今のルダージュとエルザがテーブルを挟んで向き合ってるようなもの。学園全体にとって精霊の存在自体は珍しいものではない。
「見ることはできますね。逆を言えば見ることしかできなかったとも言えますよ。魔法科ではこうやって精霊さんとお喋りしたり触れ合ったりなんてできませんから。少なからず私たちはこういったことに憧れていました」
エルザはそう言って少しだけ寂しそうに笑った。
彼女も召喚士進級試験を受けて落ちた身。今でこそ魔法科として誇りをもって学業に取り組んではいるが、落第したときは人並みに落ち込んだ。
「だからこういった機会を設けてくれたルダージュさんには私を含め魔法科の生徒は感謝をしていたんですが……あまりそういった意図はなかったようですね」
「はは、は……偶然の産物というか身から出た錆というか」
ここまで魔法科の事情を聴いてしまうとメイド喫茶を実現するためになし崩し的に決まったものだとは言いづらかった。
だが合点はいった。
ルダージュは最初、客が本当に来るのか発案者として不安だった。だが蓋を開けてみれば魔法科の生徒を中心に客足が伸び、賑わいを見せている。その理由を知るためにアンケートを行ったのだ。
「あらあら、むしろ思惑などがないからこそ嫌味を感じさせない催しになったのかもしれませんね」
「嫌味?」
「なんでもありません。ただの独り言ですよ」
エルザの言う嫌味とはこの喫茶店が当てつけであり、精霊科から魔法科への施しのようなものだという意味だ。精霊を手に入れられなかった魔法科の生徒に自慢するための舞台装置になっているのではないかという下種の勘繰りによるもの。実際に一部の卑屈な魔法科の生徒がいたことをエルザは知っているし、絶対に精霊喫茶には行かないと誓っているのも耳にした。彼女の場合、発案者が目の前の人型精霊ルダージュだと風の噂で知っていたので心配はしていなかった。
「……? これは?」
ルダージュの目の前にエルザの手が差し出された。
「精霊喫茶ですもの、あなたにも触れていいってことですよね?」
「なるほど、喜んで」
テーブル越しに握手が交わされる。
マナー的にはどうなのかという話になりそうだが、そんなことは関係ない。これはただ魔法使いと精霊が交流しているだけの光景に過ぎないのだから。
「アンケートのご協力ありがとうございます」
「ん~精霊との触れ合いのはずなのに雰囲気が台無しですね~」
「あ、騎士の姿の方がよかったかな」
そういうことじゃないんですよ、とツッコミたくなったがエルザは苦笑で誤魔化すことにした。ルダージュが立ち上がったので、そろそろ人型精霊も別の場所に向かうのだと察するが、「ところで……」と彼は思い出したかのようにその場にとどまった。
「魔法科のシンシア・ネストンって娘のことは知ってるかな?」
「シンシア?」
ルダージュがエルザに接触した理由はこれだ。
レイフォン・ジル・フリークが裏切り者だと知ってしまったシンシアはショックのあまり体調を崩していた。ルダージュとしては彼女たちを自分の嘘に巻き込んだ引け目を少なからず感じていたのだが、いかんせん魔法科の情報は精霊科にいてはわからない。エルザをアンケート対象に選んだの彼女と同じ魔法科の同期だったからだ。
「彼女は確かジル家の嫡男が行方不明になってから休学していたようですが、今はもう復学しているみたいですね。今日の発表者リストにも載っていたはずですよ」
「ならいいんだ。召喚士の友人が休みがちだと聞いて心配していたんだ」
「そういうことでしたか。では私も同期として迷惑にならない程度に気にかけておきますね」
「そこまでは……いや、助かる。でも俺が心配していたってのは内緒で頼む」
内緒にする理由を適当にでっち上げ、ルダージュはエルザのテーブルを後にした。
人型精霊の正体がバレてしまった余波は今も続いている。前のような日常に戻ることはできず、新たな関係性を構築する切っ掛けとなっていた。
それが前進か後退か、ルダージュは歩みだしたばかりなのでまだわからない。
「おーい、ルダージュー! お前にお客さんだぞー!」
執事役の生徒に呼ばれ、足早に駆け寄る。
心なしか生徒の顔がにやけている様に見えたが、深く考えず鎧殻を纏い準備を整えた。そして、
『精霊喫茶へようこそ。ここは精霊と触れ合え――』
「ルダージュ」
唯一肌が隠れていない顔の下半分、その唇が彼の名を呼ぶ。
目元を覆う仮面と閉じられた瞼が彼を射抜く。緑がかった金髪は純白のフードに隠され、ローブもまた全身を――その下にある服装を隠すように羽織られている。
隣にはもちろん口元を覆う仮面と碧の双眸。同じようにローブで身を隠し、その手にはタブレット型の黒板があり『来ちゃった』と異世界文字が書かれていた。
『オリヴィエにシルヴィエ、2人ともどうしてここに……』
瓜二つのエルフ姉妹がルダージュの言葉を待たずに彼の手をそれぞれ握る。
「すまないがルダージュは借りていくぞ」
『連行』
誰も逆らうことはできなかった。むしろ温かい目で見送るように手を振っている。
引っ張られる感触を受けルダージュも足を前へと進めた。拒絶する理由はないし、ちょうど休憩時間に入るところだった。それにいつかはちゃんと話さないといけないと覚悟していたので、待ち望んでいた展開でもあった。
『どこに向かうんだ?』
手を引かれる感触が少しだけ軽くなり、
「人気のない静かな場所だ」
また少し、重くなるのを感じた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
少しでも面白いと思った方はブックマークと広告下の☆で評価していただけると嬉しいです!
ポイントによる応援があると作者のモチベーションが上がり励みにもなるので、なにとぞ応援のほどよろしくお願いいたします!!




